019話. 大仕事
ラエフは約束どおり、翌日の午後に生花を持ってきた。
「おじさん、本当にありがとうございます。これはビーゴの教会で作られたワインで、こちらは奥さんに差し上げるハーブティーです。それから、これは今回の運送代です」
「普段から運送代を十分にもらっているのに、どうしてこんなものまで用意したんだ」
ラエフが頑として受け取らなかったので、ルーベンは荷台へ贈り物を入れた。
「運送代は定期便の分だけでしょう。これは別に払わないと。それに最近はワインもすごく安いんです。ハーブティーだって僕が作ったものだから、ほとんどただですし」
「まったく、ロペルマンと本当によく似ているな。情に厚いのか、きっちりしているのか分からん」
「情に厚いということにしてください。それより、疲れているなら泊まっていってもいいですよ」
ラエフは御者台へ上がりながら答えた。
「俺もそうしたいんだが、妻の腹が少し目立つようになってきてな。そばにいてやらないと」
「あっ! そうですよね」
「とにかく、次の定期配送の時に会おう」
「はい、本当にありがとうございます。お気をつけて!」
ラエフが路地を曲がり、視界から消えたところでルーベンも動き出した。
「よし、最後の追悼ミサまでには抽出できそうだな」
ルーベンは箱を抱えて研究室へ入った。
そして花と葉の状態を確かめるため、箱を開けた。
「うん、状態はいいな。糸はどこに置いたっけ」
ルーベンはリンネルの糸を探し出し、カモミールの花を束ねた。
そしてアランビックフラスコへ半分弱まで水を満たした後、カモミールの花が水に浸からないよう糸を調整し、管を繋いだ。
「また忍耐の時間か」
これは前世でも大して変わらなかった。
もちろん前世では現代的な蒸留器を使っていたが、今と同じ蒸気蒸留法を用いていたからだ。
それでもコールタールのような危険な成分はなかったため、気は楽だった。
椅子に座り、うとうとしながら管を伝って落ちる水とエッセンシャルオイルを眺めた。
そうして長い時間が過ぎた。
エッセンシャルオイルと水が層に分かれている陶器を持ち上げ、二つを慎重に分離した。
「レモンバームまで終わらせれば、そろそろミサに参加するのにちょうどよさそうだな」
ルーベンはレモンバームの花と葉をリンネルの糸に吊るし、再びフラスコの下へ火を入れた。
***
四十日間に及ぶ長い追悼が終わり、街は再び活気を取り戻していった。
まだ以前のような賑わいではなかったが、酒場にも少しずつ人が集まり始めた。
だからといって、ティーハウスの人気が衰えたわけではなかった。
すでに心を掴んだ女性客と、その女性客たちに会おうとする男性客で、常に足の踏み場もないほどだった。
おかげでルーベンは客の応対をしながら、ウェガーに紹介されて従業員として雇った三人の子供たちを教育するのに忙殺されていた。
「ローズヒップ・カモミールと、カモミール・タイムのハーブティーを作ってみて」
新人たちはひどく緊張した表情で湯を沸かし、ハーブティーを作った。
『ウェガーおじさんがまともな子たちだと言っていたけど、それなりに上手いな』
一日教えただけにしては、手際よく仕上げていた。
もちろん、まだ低温乾燥法を教えるには早かったが。
長く一緒に働き、ルーベンの信頼を得るまでは、到底教えられるものではなかった。
「できました」
「僕も終わりました」
ハーブと砂糖をどれだけ入れたか直接見ていたので、味を確かめなくても分かった。
「ひとまず材料の量は正確だし、抽出時間も完璧だ。ただ、カップへ注ぐ時に手が震えすぎてる。そうして茶葉でも入ったら捨てないといけないから、気を付けて」
「分かりました」
「今日はひとまず先輩たちがやるところを後ろで見ていて」
ルーベンは教育を終えると、店を訪れた客たちへ挨拶するため厨房を出た。
その時、司祭服を着た見覚えのある人物が店へ入ってきた。
「あれ? 行政司祭様? どうしてこちらへ?」
教会には寄付という名目で、ルーベンがハーブを送っていた。
だから、この時間にハーブティーを飲みに来たわけではないはずだった。
「ああ、ここにいたのか。私と一緒に教会へ来てもらわねばならん」
何がそれほど急ぎなのか、普段の品格ある話し方ではなかった。
「はい、分かりました」
ルーベンは司祭について行きながら尋ねた。
「何があったのですか? わざわざ直接いらっしゃらなくても、人を遣わせてくだされば僕から伺いましたのに」
特別寄付をきっかけにかなり親しくなっていたため、話しづらさはなかった。
「ほかでもない。アルバ家から君を訪ねてきた方がおられてな」
「え? アルバ家ですか?」
大まかに計算しても、ルーベンが送った手紙は今頃ようやくトレドへ到着した頃だった。
仮に早く届いていたとしても、人をビーゴまで送る時間はなかった。
手紙とは関係なく、自分を探しに来たということだった。
『あれ? 今、司祭は『方』と呼ばなかったか?』
彼もまた叙階を受けた司祭だった。
いくらアルバ家から遣わされた者とはいえ、使いの人間を『方』と敬って呼ぶのも妙だった。
「アルバ家の副執事が自ら来られたのだ」
「えっ!?」
この時代、執事や副執事は貴族が務める役職だった。
財政管理だけでも帳簿を記録しなければならないため、どれほど仕事ができても文字を知らない平民には務まらなかった。
しかも、あのアルバ家の副執事だった。
記録が残っていないためルーベンにも誰なのかは分からなかったが、間違いなく高位の家柄の者だろう。
『ベアトリスは僕をそこまで気に入っていたのか? いや、いくらベアトリスでも、副執事をこんな遠くまで送る権限があるのか?』
序列上、アルバ家の直系は副執事より上だった。
だが、副執事はアルバ公爵の左腕も同然の存在だった。
いくらベアトリスでも、これほど遠いビーゴまで副執事を送るのは無理だった。
『ハーブが切れたのか? それなら人を使って送れと言えば済むはずだ』
どれほど頭を働かせても、副執事が自分を訪ねてきた理由は思いつかなかった。
ひとまず会ってみるしかなかった。
***
司祭の案内で入った部屋には、予想以上に多くの人がいた。
その中から副執事を見つけるのは難しくなかった。
黒いダブレットとホーズを身に着け、テーブルから立ち上がった人物だった。
『うわ、一目でベルベットだと分かるな。それに全身真っ黒だ』
毛並みの向きによって深い光沢を放っており、ベルベットで作られた服だと一目で分かった。
加えて、この時代の黒い染料は材料だけでなく製造工程も複雑だったため、非常に高価だった。
『あのダブレット一着だけで、僕の全財産より高そうだな』
ルーベンが内心で感嘆している間に、副執事が司祭へ言った。
「お忙しいところ願いを聞いていただき、ありがとうございます、司祭様」
「いいえ。何か必要なことがございましたら、いつでもお訪ねください。主の祝福が共にありますように」
司祭が出ていくと、副執事はルーベンへ尋ねた。
「お前がベアトリス令嬢の後援を受け、ハーブティーを作っているルーベンか?」
「はい。ルーベン・クルーガーと申します。アルバ家の副執事様にお目にかかります」
「なるほど、聞いていたとおり美しい顔立ちだ。時間がないので質問は受け付けん」
副執事はルーベンの返事も聞かず、そのまま言葉を続けた。
「仕立屋、始めろ」
「はい」
突然、副執事の後ろに並んでいた者たちが、巻尺でルーベンの寸法を測り始めた。
「え? ええ?」
ルーベンが状況を把握する間もなく、仕立屋たちは寸法を測り終え、元の位置へ戻った。
「確認は終わりました」
「どれくらいかかる?」
「はい、令嬢様のご記憶を基にあらかじめ仕立てておいた服と大きな差はありませんので、一時間ほどで仕上がると思います」
「よし、それならいい。ルーベン」
ルーベンは姿勢を正して答えた。
「はい、副執事様」
「今すぐハーブティーとブルーミングティーの材料を準備してこい」
「申し訳ありませんが、ブルーミングティーの材料は作り置きしておりませんので、二時間ほど作業時間が必要です」
副執事はしばらく考えてから答えた。
「ならば作業を終え次第、すぐに戻ってこい。戻ったら今後の日程を伝える」
ひどく戸惑ったものの、ルーベンはすぐに冷静さを取り戻し、状況を分析し始めた。
衣服、ブルーミングティー、日程。
三つのキーワードを頭の中で組み合わせると、かなり明確な意図が見えてきた。
『何か急な出来事が起きたらしいな。僕の接待が必要な状況なのか?』
戸惑いもしたし、尋ねたいことも多かった。
だが、『質問は受け付けん』という言葉が引っかかった。
下手に金主の心証を損ねて仕事を台無しにするわけにはいかないので、ひとまず必要な情報だけを得ることにした。
「それでは、どれくらいの期間になるのかだけ教えてください。従業員たちに、しばらく留守にすると伝えなければなりませんので」
「一か月ほど後にはビーゴへ戻れるだろう」
思ったより長い期間だった。
前世なら、少し大げさに言えば拉致に近かった。
それでもルーベンに断る権利はなかった。
「分かりました。それでは準備を整え、時間に間に合うよう戻ります」
***
ルーベンは事情を伝えるため、家へ向かう前に店へ立ち寄った。
子供たちに一か月ほど留守にすると伝えた後、離れへ向かった。
家に到着したルーベンは、すぐに研究室へ入り、低温乾燥の準備を始めた。
「突然ではあるけど、むしろ好機かもしれない。ちょうどベアトリスにも一度会う必要があったし、僕を呼んだ催しなら、おそらく同席するだろう」
事業のためにベアトリスと会い、新しく作ったハーブティーと香水を見せるつもりだった。
どうせ会わなければならないのなら、行き来に時間を無駄にするより、まとめて一度に済ませてしまうのも悪くなかった。
ルーベンはあらかじめ作っておいた香水とハーブティーを揃え、炉へ火を入れた。
「それにしても、生花を仕入れておいて本当によかった」
創業時からの仲間たちには低温乾燥法を教えていたが、ブルーミングティーに使う乾燥法だけは教えていなかった。
彼らを信じていないわけではなかったが、万が一流出すれば契約違反となり、命が危険にさらされるからだ。
「温度はこれくらいでいいな」
ブルーミングティーに必要な花は、ハーブティーに使うハーブを乾燥させる時より、はるかに手間がかかった。
「状況からすると、それなりに重要な場へ行くみたいだけど、どこだろうな?」
副執事が自ら迎えに来ただけでなく、服まで仕立てていた。
突然連れていかれることには戸惑ったが、香水事業と共にハーブティーを広める機会でもあった。
ルーベンはブルーミングティー用のハーブまで揃え、すぐに教会へ向かった。
「戻りました」
「来たか。早く服を確認しろ」
副執事の言葉を受け、仕立屋たちがルーベンへ近づいた。
すると突然、服を脱がせ始めた。
「!」
『え、ええ? いくら何でもこれはちょっと。僕の社会的な体面が……?』
男たちに強引に服を脱がされる屈辱も束の間。
仕立屋たちはルーベンへ再び服を着せ始めた。
ところが、肌に触れる柔らかな感触から、ルーベンは金の匂いを嗅ぎ取った。
『何だ? これ、シルクじゃないか?』
副執事が着ているベルベットよりは少し安かったが、それに劣らない高級な生地だった。
手触りや実用性では、ベルベットより優れているほどだった。
ルーベンは無理やり脱衣させられたことも忘れ、シルクの柔らかな感触を味わっていた。
『やっぱり金って素晴らしいな』
ルーベンは改めて金の偉大さを悟った。
副執事はシルクの服を着たルーベンを、満足そうな表情で眺めた。
「うむ、ずっと良くなった。すぐに出発する」
ルーベンは副執事一行について、教会の裏手にある厩舎へ向かった。
そこには巨大な馬車が停まっていた。
『うわ、すごい! 四頭立てだ!』
単に馬車の大きさを見て驚いたわけではなかった。
馬車を引く四頭の馬と、馬車に描かれたアルバ家の紋章を見て驚いたのだ。
この時代、馬車を引く馬の数は法律で定められていた。
国王は六頭、公爵は四頭、公爵の子供たちは二頭。
ベアトリスがどれほどルーベンを気に入っていたとしても、貸し出せる馬車ではなかった。
『ならアルバ公爵か? いや、あの人はネーデルラントにいるはずだから……』
ルーベンは頭の中で素早く候補を絞った。
『公爵夫人。あの人しかいない』
ルーベンの推測を、副執事が裏付けた。
「本来ならお前が乗れる馬車ではないが、時間が足りないため、公爵夫人が特別に貸し与えてくださったものだ。感謝して乗るように」
やはりルーベンの予想どおりだった。
「光栄に存じます」
馬車の客室へ乗り込むと、広い窓から外の景色がそのまま見えた。
『それにしても、公爵夫人はなぜ僕を呼んだんだろう。目的は接待だろうけど、公爵夫人ほどの人が一体誰を接待するんだ? 実験的な試みまでして、強い印象を与えなければならない相手ということか……』
そうして馬車が動き出すと、ルーベンは副執事へ慎重に尋ねた。
「差し支えなければ、どちらで、どなたにお会いするために向かうのか伺ってもよろしいでしょうか?」
副執事はルーベンの耳元で静かに囁いた。
「国王陛下に拝謁するため、マドリードのアルカサルへ向かう」
「!」
『ベアトリス! 大仕事をやってのけたな!』




