014話. 建物賃貸
月曜日の朝、エレナと子どもたちに見送られながら、ラエフの荷馬車に乗り込んだ。
「ラエフおじさんの言うことをよく聞いて、気をつけて行ってくるのよ。」
「はい、心配しないでください。お前たちも仕事中に怪我をしないよう、気をつけていろよ。」
「俺がしっかり管理しておくから、いい店を契約してこいよ。」
子どもたちとの挨拶も終えると、御者台に座ったラエフが尋ねた。
「荷物の忘れ物はないな?」
「もちろんです。お金と聖水しかないので、忘れようもありません。」
司祭に港町への外出許可をもらう際、聖水を頼んでおいたルーベンだった。
「それじゃあ、出発しよう。」
若い頃、下級貴族の御者をしていたラエフだった。
そのため、村の品物を港町で代わりに売り、注文された品を買ってくる副業をしていた。
ついでに、聖堂の物品も代わりに運んでいた。
「港町には普段、何日おきくらいに行くんですか?」
「時期によって違うな。収穫期には週に一度行くこともあるし、冬には月に一度のこともある。」
「それなら、これからハーブもお願いしていいですか?」
港町に新しく農園を作るのは、当然ながら非効率的だった。
土地代が高いうえ、人も別に雇わなければならないからだ。
さらに、品質を均一に管理することも問題だった。
そのため、ハーブは今後も農園で栽培して乾燥させた後、配達させるつもりだった。
後に事業が大きくなれば、農園を拡張すれば済む話だった。
「いくらでも構わない。」
「料金は――」
ラエフはルーベンの言葉を遮って言った。
「あんな茶葉の欠片を乾かしたものが、どれほどの重さになるというんだ。ただで運んでやる。」
『このおじさん、見た目と違って純朴なんだな?』
近いうちにスペイン各地へティーハウスを開くことになるルーベンだった。
当然、徐々に農園を大きくし、全国各地へ流通させるつもりだった。
場所によっては内陸へ輸送することもあるだろうが、海上輸送が主になるはずだった。
その方が、より安全だったからだ。
つまり、ビーゴ港まで運ぶハーブの量が、今後大幅に増えるということだった。
「それは駄目です。あの箱一杯につき、1箱3マラベディお支払いします。」
「ロペルマンの息子だけあって、勘定はきっちりしているな。」
「当然です。お金の問題は、きちんとしておかないと。」
親しい間柄であるほど、金銭問題は明確にすべきだというのがルーベンの持論だった。
「それはそうと、一人で行く時は休まないが、本当に辛くなったら言え。何度も通った道だから、暗くなっても辿り着ける。」
ラエフの思いやりのある言葉に、ルーベンはにっと笑った。
元のルーベンならともかく、今のルーベンにはその程度の忍耐力はあった。
***
ビーゴは港町であるだけに、検問が厳しい方だった。
品物も人も問わず、世界各地から妙なものが流れ込んでくるからだ。
しかし、ラエフとルーベンは聖堂が発行した通行証を持っていたため、簡単に通過できた。
到着した当日はミサに出席し、聖堂が用意してくれた部屋で眠った後、翌朝早くから動き始めた。
「俺は村人たちの品を売って、注文された物を買ってくる。」
「お手伝いできなくて、すみません。」
「いや、お前も用事があって来たんだからな。分からないことがあれば修道士様に尋ねなさい。工房には午後から一緒に行ってやる。」
「はい、また後で。」
そうしてラエフを見送ってしばらく待っていると、ルーベンより二、三歳年上に見える修道士が近づいてきて尋ねた。
「もしかして、ルーベン兄弟でいらっしゃいますか?」
「はい、ルーベンです。」
この時代、聖堂は数多くの経済活動を行っていた。
教会や聖堂が所有する牧場、葡萄園、養蜂場といった農業や畜産業、融資や利息収入のような金融活動も行っていた。
賃貸事業もその一つだった。
「住宅と商業用建物をご覧になる方で間違いありませんか?」
修道士は思ったより幼い兄弟が来たため、念のため確認した。
「はい、そうです。」
「分かりました。どちらからご覧になりますか?」
「まず住宅から見たいです。繁華街から多少離れていても構いませんので、庭と離れがついた広い家を探しています。」
複数人で暮らすことになるうえ、ルーベンが研究するための別空間が必要だったため、離れは必須だった。
火を使う作業が多いため、同じ建物内では危険だったからだ。
「繁華街でなくても、その程度となると少し値が張りますが……。」
この幼い兄弟に、そんな金があるのだろうかと疑問に思う修道士だった。
「だいたい、どれくらいの価格ですか?」
「家によって異なりますが、月に6レアルから8レアルほどです。」
一般的な平民にとっては、非常に負担の大きい金額だった。
『やっぱり、まだ大都市じゃないから安いな。』
しかし、現代のビーゴを考えれば、非常に満足できる価格だった。
「それでは、8レアルの家を見せてください。」
「え? あ、こほん! 承知しました。」
一瞬戸惑った修道士は、すぐに表情を整えてルーベンを案内した。
一緒に広場を横切りながら、昨日は暗くてきちんと見られなかったビーゴの景色を眺めた。
まず目に入ったのは城壁だった。
『前世で見たものより、明らかに小さい。』
ビーゴのカストロ要塞とサン・セバスティアン要塞は、前世では有名な観光地だった。
どちらも元からあった城壁を、17世紀中後半にイングランド海賊の侵略と略奪を防ぐため増築したものだったため、前世で見た姿はまだ存在しなかった。
『まったく、イングランドの奴らが問題なんだよ。どうして国が海賊を公認するんだ? それが国か? ただのならず者じゃないか。』
イングランドは海賊を公認するため、私掠免許状(Letter of Marque)を発行した。
これは敵国であれば、官民を問わず攻撃し略奪する法的権限を与えるものだった。
1284年にフランスのフィリップ4世が最初に作った制度だったが、実際に最も有効活用した国はイングランドだった。
しかも、この私掠免許状は19世紀半ばまで使われていた。
『俺も被害に遭うかもしれないんだ。後でカピトゥラシオネス・デ・コルソ(Capitulaciones de Corso)でも必ず発行してもらおう。』
イングランドとフランスの私掠船に苦しめられたスペインは、やむを得ずカピトゥラシオネスという私掠許可証を発行した。
そうしなければ、自国の海上交易商たちが全滅しかねなかったからだ。
計画通りに進めば、近いうちに海へ出なければならないルーベンだった。
黙ってやられるつもりはまったくなかった。
そこまで考えたルーベンは港へ視線を移し、船を観察した。
『商船より漁船が中心なのを見るに、確かにまだ発展していない。』
前世のビーゴは、商船や大規模漁船はもちろん、クルーズ船のような観光産業まで発達した、人口30万人の大都市だった。
しかし、この時代には大西洋貿易の中心地であるア・コルーニャ(A Coruña)や、海軍基地のあるフェロル(Ferrol)に比べ、はるかに小さな都市だった。
『まだ大物たちに占有されていないから、俺が影響力を広げるにはうってつけだけどな。』
計画通り新大陸に拠点を築くとしても、本国に基盤は必要だった。
天然の良港を持ちながら、まだ発展途上にあるビーゴは、そういう意味でも非常に適していた。
どのように影響力を広げていくかという考えはいったん脇へ置き、家を見て回った。
「8レアルの家は、こちらが最後です。」
「7レアルの家とは、何が違うんですか?」
「ほかは似ていますが、離れの大きさが小さいです。」
それでは困った。
ルーベンにとって、離れが最も重要だったからだ。
「二番目に見せていただいた家が気に入ったのですが、もう一度見てもいいですか?」
「もちろんです。」
広さだけを見れば最後の家が最も良かったが、あまりにも外れにあった。
治安が完璧ではない時代だったため、離れは少し小さいものの、比較的繁華街に近い二番目の家を選んだ。
「ここにします。」
「引っ越しは、いつ頃のご予定ですか?」
「遅くとも一週間以内には荷物を運ぶ予定ですが、まず今すぐ契約したいです。明日からでも使えるように。可能でしょうか?」
ほかの誰かが契約してしまう可能性もあり、すぐにどうしても済ませなければならないことがあった。
「ううむ、それでしたら今日の夕方、遅くとも明日の午前中には署名できるよう、契約書を用意しておきます。」
まだ叙階も受けていない修道士が、契約書を書くことはできなかった。
彼も報告を上げなければならなかったため、時間が必要だった。
「分かりました。それでは、村の聖堂の司祭様が聖水を用意してくださったのですが、少し家の中で祈りを捧げてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。お待ちしております。」
ルーベンは修道士に十字を切って了承を求めた後、家の最も奥まった部屋へ入った。
そして、司祭から受け取った聖水の瓶を取り出した。
「くう、これこそ本物の聖水だ。どうせ数日後には入るんだから、5%でいこう。」
司祭から受け取った聖水の瓶には、聖水の代わりにルーベンが作ったフェノール水溶液が入っていた。
ルーベンが寄付金まで出して司祭から聖水を受け取った理由が、これだった。
ルーベンは部屋の構造を一度確認し、蓋を開ける前に目を閉じて深く息を吸い込んだ。
5%フェノール水溶液は毒性が強く、消毒効果に優れていたが、視力の損傷や深刻な呼吸器障害を引き起こす可能性があったからだ。
「すうううっ。」
そして聖水を振りかける道具を使い、四方へフェノール水溶液を撒いた。
息が苦しくなるまで最大限耐えた後、部屋を出て扉を閉めた。
「はあ。息苦しい。次の部屋!」
ルーベンの祈りは、持ってきたフェノール水溶液がなくなるまで続いた。
***
店については特に条件を提示せず、できる限り多くの建物を見て回った。
『確かに道が入り組んでいるな。』
広場近くの繁華街を見物したかったが、一人では道を探すのが簡単ではなかったからだ。
そのため、建物を見るという名目で修道士と一緒に行動していた。
ついでに商圏についても尋ねた。
「二列目の建物までが、酒場と食堂街のようですね?」
「広場に近いため、どうしても人の往来が多いのです。そのため、価格も少し高い方です。」
すでに8レアルの家を契約する約束をしているため、修道士は疲れた様子も見せず、ルーベンを案内した。
戻れば司祭様に褒められることを期待しながら。
修道士はそうして十軒目の店を見せた後、尋ねた。
「お気に召したものはございますか?」
「悪くはありませんが、広場のすぐ前にある建物はありませんか?」
広場周辺の路地をほとんど回ったため、いよいよ本当に望んでいる建物を見る番だった。
「あるにはありますが……そこは非常に高価です。」
この時代、西ヨーロッパの都市の中心は聖堂だった。
当然、聖堂前の広場が最大の繁華街だった。
その広場に直接面した場所が、最も高く、最も優れた商圏だった。
「どれくらい高いのですか?」
「月に2エスクードです。そうせずに、二番目の路地になさいませんか? 8レアルの家をご契約いただいたので、二番目の路地なら私の裁量で値引きできます。」
それでは駄目だった。
ティーハウスは最高級を目指す店だった。
当然、広場のすぐ前に位置しなければならなかった。
「ひとまず、一度見てみたいです。」
「そこまでおっしゃるのでしたら……分かりました。」
広場のすぐ前にある空き建物は二軒だった。
立地としては、どちらも悪くなかった。
『うん、こちらの店の方が、飾った時にはるかに華やかになるな。』
しかし、内装を考えれば答えはすぐに出た。
「こちらにします。」
「本当に、ここになさるのですか?」
「はい。」
ルーベンの返事に、修道士はしばらく悩んでから口を開いた。
「私が差し出がましいことを申し上げてもよいか分かりませんが……。」
「構いません。どのようなお話ですか?」
「広場のすぐ前にある店は、短くても十年、長ければ何代にもわたって続いている店ばかりです。」
「それは大したものですね。」
家業を受け継ぐのが基本の時代だったため、よくあることだった。
「ですから私が申し上げたいのは、ここに店を構えると、家賃を支えきれない可能性があるということです。」
『こいつ、なかなか正直だな。』
ルーベンも、その事実を知らないわけではなかった。
そもそもメニューからして、ハーブティーという人々には馴染みのないものだった。
だからといって、砂糖入りのハーブティーを、水で薄めたワインやビールより安く売ることもできなかった。
店が軌道に乗るまでは、家賃と人件費を考えれば、間違いなく赤字になるはずだった。
「ご忠告には感謝しますが、心配なさらなくても大丈夫です。」
もちろん、ルーベンには狙いがあった。
まもなく訪れる10月3日。
エリザベート王妃の追悼式で始まる禁酒令。
追悼期間は、実に40日間も続く。
追悼期間中は酒はもちろん、音楽や公演も禁止される。
もちろん、聖餐式や医療目的での使用、王室や貴族の儀式など、例外は存在したが……。
『だが、酒場の主な客層である下級貴族や裕福な平民には関係のない話だ。』
それでも集まっておしゃべりしたいというのは、人間である以上どうしようもない本能。
この時代のスペインには、酒場を除けば、飲み物を置いて長時間滞在できる店は存在しなかった。
『最低でも40日間、客を独占できるということだ。』
その期間内に客たち、特に女性客の心をつかむ自信があるルーベンだった。




