第9話 建国祭の夜
建国祭の日、私は木を削っていた。
前の晩に選んだ一本だ。七年前の秋伐り、節が三つ。三つは多いが、三つとも同じ側に寄っている。この材は、節を避けるのではなく、節を並べて通り道の背骨にできる。祖父の帳面に一行だけあった手法を、今日初めて試していた。
シリルは木箱に座って、それを見ていた。
「三つ目が浅い」
「わかります?」
「音が違う」
「音でわかるんですか」
「君の手が止まる。同じところで」
私は笑って、刃を入れ直した。
王都では、そのころ奉納が始まっていたはずだ。
*
事件のことを知ったのは、四日後だった。
行商人が、大八車を放り出す勢いで村に入ってきた。
「割れた!」
集まった村人の真ん中で、彼は水も飲まずに喋った。
御前奉納。祭壇の前で、王太子が杖を掲げ、詠唱に入った。三小節目で、柄が鳴った。次の瞬間、杖は内側から破裂した。
破片が祭壇の天蓋を貫き、貴賓席の頭上を越えて、庭の噴水に落ちた。
「死人は?」
「奇跡的にゼロだ。殿下は右手をやられて、あとは擦り傷が数人。天蓋が破片を受けたのが幸いしたと」
私は息を吐いた。
そこだけは、本当に、よかったと思った。
*
続きは、半月かけて少しずつ届いた。
宮廷は原因を「呪詛」と発表しかけたが、押し切ったのは一人の魔術師だった。ローブが埃だらけで、目の落ち窪んだ、あの男だ。
彼は王家の杖を全部集めて、片端から測定器具にかけた。
全部、限界だった。
供給塔の触媒杖も、儀礼杖も、宮廷魔術師団の支給品も。歪みが積もり、圧が溜まり、いつ割れてもおかしくない状態で使われ続けていた。
七年間。年二回。継ぐ者がいないまま、誰も気づかないまま。
いや——気づいていなかったのではない、と調査は結論した。
祖父の工房への年二回の支払いは、七年前の死の直後、「不要な支出」として帳簿から削られていた。決裁したのは宮廷財務と、当時とりまとめを担っていた家——グレイシア伯爵家だった。
調律という仕事の存在を、彼らは知っていた。知った上で、線を引いて消した。
*
そして、致命的な一行が最後に来た。
王太子は、直前に忠告を受けていた。
同行した使者の一人が証言した。辺境の工房で、職人が三度の素人補修と内部の圧を指摘し、使用を止めるよう明言したこと。代替の杖を提示したこと。それを殿下が「無能が偉そうに」と切り捨てたこと。
証言は、宮廷でひときわ大きな沈黙を作ったという。
呪詛ではない。事故でもない。
差し出された手を、握らなかっただけだ。
*
私は、何もしていない。
告発もしていない。仕掛けもしていない。ただ、危ないものを危ないと言って、断った。それだけだ。
婚約破棄の夜から、私が彼らに対してした行為は、正しく断ることだけだった。
*
その話を聞いた日の夕方も、私は木を削っていた。
三つの節を背骨にした杖は、七割ほど形になっている。想像より難しく、想像よりずっと面白い。
「進んだな」
シリルが覗き込んで、私の髪から木くずを一枚つまんだ。
指が、耳の上をかすめた。
私は削り続けているふりをした。刃の位置が、二分ずれた。あとで直す。
「……明日、握りに入ります」
「そうか」
「王都、大変らしいですよ」
「そうか」
彼は本当に興味がなかった。私も似たようなものだった。あの都のことを考えている間、手が止まる。手が止まると、木が乾く。
窓の外が、赤くなった。
シリルが立ち上がって、ランプに伸ばしかけた私の手より先に、芯を絞った。
「今日はここまでだ」
「はい」
私は刃を置いた。前掛けを外して、湯を沸かした。同じ日に、王都では査問が続いていたらしい。私は茶を淹れて、干し肉を焼いて、シリルと二人で食べた。
会話は五つか六つだった。
夜は静かで、村は日が暮れたら寝るだけだった。
*
数日後、馬が来た。
騎士が二人。埃だらけの、正式な装いだ。差し出された書状には、王家の封蝋が押してあった。
私は工房の戸口で、それを開いた。
リリアーナ・グレイシアを王家御用達職人に任ずる。速やかに王都へ帰還し、爵位の復籍を受けよ。
命ず、と書いてあった。




