表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、聖杖職人に戻ることにした  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/10

第9話 建国祭の夜

 建国祭の日、私は木を削っていた。


 前の晩に選んだ一本だ。七年前の秋伐り、節が三つ。三つは多いが、三つとも同じ側に寄っている。この材は、節を避けるのではなく、節を並べて通り道の背骨にできる。祖父の帳面に一行だけあった手法を、今日初めて試していた。


 シリルは木箱に座って、それを見ていた。


「三つ目が浅い」


「わかります?」


「音が違う」


「音でわかるんですか」


「君の手が止まる。同じところで」


 私は笑って、刃を入れ直した。


 王都では、そのころ奉納が始まっていたはずだ。



  *



 事件のことを知ったのは、四日後だった。


 行商人が、大八車を放り出す勢いで村に入ってきた。


「割れた!」


 集まった村人の真ん中で、彼は水も飲まずに喋った。


 御前奉納。祭壇の前で、王太子が杖を掲げ、詠唱に入った。三小節目で、柄が鳴った。次の瞬間、杖は内側から破裂した。


 破片が祭壇の天蓋を貫き、貴賓席の頭上を越えて、庭の噴水に落ちた。


「死人は?」


「奇跡的にゼロだ。殿下は右手をやられて、あとは擦り傷が数人。天蓋が破片を受けたのが幸いしたと」


 私は息を吐いた。


 そこだけは、本当に、よかったと思った。



  *



 続きは、半月かけて少しずつ届いた。


 宮廷は原因を「呪詛」と発表しかけたが、押し切ったのは一人の魔術師だった。ローブが埃だらけで、目の落ち窪んだ、あの男だ。


 彼は王家の杖を全部集めて、片端から測定器具にかけた。


 全部、限界だった。


 供給塔の触媒杖も、儀礼杖も、宮廷魔術師団の支給品も。歪みが積もり、圧が溜まり、いつ割れてもおかしくない状態で使われ続けていた。


 七年間。年二回。継ぐ者がいないまま、誰も気づかないまま。


 いや——気づいていなかったのではない、と調査は結論した。


 祖父の工房への年二回の支払いは、七年前の死の直後、「不要な支出」として帳簿から削られていた。決裁したのは宮廷財務と、当時とりまとめを担っていた家——グレイシア伯爵家だった。


 調律という仕事の存在を、彼らは知っていた。知った上で、線を引いて消した。



  *



 そして、致命的な一行が最後に来た。


 王太子は、直前に忠告を受けていた。


 同行した使者の一人が証言した。辺境の工房で、職人が三度の素人補修と内部の圧を指摘し、使用を止めるよう明言したこと。代替の杖を提示したこと。それを殿下が「無能が偉そうに」と切り捨てたこと。


 証言は、宮廷でひときわ大きな沈黙を作ったという。


 呪詛ではない。事故でもない。


 差し出された手を、握らなかっただけだ。



  *



 私は、何もしていない。


 告発もしていない。仕掛けもしていない。ただ、危ないものを危ないと言って、断った。それだけだ。


 婚約破棄の夜から、私が彼らに対してした行為は、正しく断ることだけだった。



  *



 その話を聞いた日の夕方も、私は木を削っていた。


 三つの節を背骨にした杖は、七割ほど形になっている。想像より難しく、想像よりずっと面白い。


「進んだな」


 シリルが覗き込んで、私の髪から木くずを一枚つまんだ。


 指が、耳の上をかすめた。


 私は削り続けているふりをした。刃の位置が、二分ずれた。あとで直す。


「……明日、握りに入ります」


「そうか」


「王都、大変らしいですよ」


「そうか」


 彼は本当に興味がなかった。私も似たようなものだった。あの都のことを考えている間、手が止まる。手が止まると、木が乾く。


 窓の外が、赤くなった。


 シリルが立ち上がって、ランプに伸ばしかけた私の手より先に、芯を絞った。


「今日はここまでだ」


「はい」


 私は刃を置いた。前掛けを外して、湯を沸かした。同じ日に、王都では査問が続いていたらしい。私は茶を淹れて、干し肉を焼いて、シリルと二人で食べた。


 会話は五つか六つだった。


 夜は静かで、村は日が暮れたら寝るだけだった。



  *



 数日後、馬が来た。


 騎士が二人。埃だらけの、正式な装いだ。差し出された書状には、王家の封蝋が押してあった。


 私は工房の戸口で、それを開いた。


 リリアーナ・グレイシアを王家御用達職人に任ずる。速やかに王都へ帰還し、爵位の復籍を受けよ。


 命ず、と書いてあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ