表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄されたので、聖杖職人に戻ることにした  作者: 九葉(くずは)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/10

第8話 お断りいたします

 馬車が三台。騎士が十二。


 村の道は幅が足りず、行列は工房の前で詰まっていた。婆さんが鍬を担いだまま、道端で目を丸くしている。


 戸口に立った男を見て、私はまず、季節のことを思った。


 あの夜会から、一年が巡ろうとしていた。


「久しいな、リリアーナ」


 王太子ジェラルド・ヴィス・アルデリアは、記憶より少し痩せていた。目の下に隈がある。だが背筋の伸ばし方と、顎の角度だけは、あの夜のままだった。


「殿下」


 私は膝を折った。平民の礼だ。ドレスの裾を摘まむ必要がないので、こちらの方がずっと楽である。


 彼は工房の中を見回した。木くずと、削りかけの杖と、煤けた壁。鼻に皺が寄るのが見えた。


「こんなところにいたか」


「はい」


「聞いている。杖を削っているそうだな。——ちょうどいい」


 彼は従者を呼び、細長い箱を運ばせた。



  *



 蓋が開いた瞬間、匂いでわかった。


 古い漆。層は七枚。銀の象嵌。柄尻に王家の紋。


 祖父の仕事だ。


「建国祭の御前奉納で使う。調律とやらが要るらしい。貴様の祖父の作だそうだから、身内なら扱えよう」


 王都の職人はどうしたのか、と聞くのは野暮だった。


 辺境まで馬車三台で来ている時点で、答えは出ている。王都の工房は、全部断ったのだ。


 私は箱に手を伸ばした。


「触れても?」


「早くしろ」



  *



 握った瞬間、背中に冷たいものが走った。


 魔力が、入らない。


 いや、入る。入って、三寸で壁にぶつかる。迂回する。迂回した先でまた詰まる。二度目の迂回。三度目。


 私は目を閉じて、指を柄に沿わせた。作業台のランプを近づけ、木肌を見る。


 ——補修痕が、ある。


 漆の層の下、握りの上五寸のあたり。埋め木だ。それも、目の走りを無視して押し込んである。素人仕事。二つ目は柄尻。三つ目は中央。


 三度。三度、正規でない手が入っている。


 祖父の削った通り道は、そのたびに押し曲げられて、いま三重に歪んでいる。歪みと歪みの間に、逃げ場を失った圧が溜まっている。指先に、じわりと滲む感触がある。膨らんでいる。内側から。


 私は、数分そうしていた。


 誰も口を利かなかった。



  *



 私は目を開けて、杖を箱に戻した。


 蓋を閉めて、押し返した。


「お受けできません」


 ジェラルドの眉が上がった。


「なんだと」


「この杖は、既に三度、正規でない手で補修が入っています。魔力路が三重に歪み、内部に圧が溜まっています」


「意味のわからんことを」


「いま調律しても、間に合いません」私は言った。「歪みを直すには、まず埋め木を全部抜く必要があります。抜けば形が保ちません。作り直しなら三月、いえ、この材の乾き具合なら四月です。建国祭までは、二十日でしょう」


「四月だと? そんなものは——」


「まっとうな職人なら、誰も引き受けません。王都で断られたのも、同じ理由のはずです。引き受ける者がいたら、そちらを疑ってください」


 私は箱の上に手を置いた。


「使わないでください。それだけです」



  *



 これは、私にできる最善だった。


 罠ではない。仕掛けでもない。私はこの人を憎んですらいない。憎むには、あの都のことを思い出しすぎる必要がある。


 ただ、目の前に危ない杖がある。危ないと読める人間が私しかいない。だから言った。工房に鍋を持ってきた村人に、火の当たりが偏っていますよと言ったのと、まったく同じ声で。


「奉納の場でこれを使えば、割れます。人が死ぬかもしれません」


「……」


「代わりに、無銘でよければ一本お渡しできます。装飾はありませんが、割れません」



  *



 ジェラルドの顔が、ゆっくりと赤くなった。


「——貴様」


「はい」


「無能が、偉そうに!」


 声が工房を揺らした。棚の杖が一本、倒れた。


「魔力ひとつ持たぬ女が、王家の宝を裁くか! 貴様の言うことなど誰が信じる! 祖父の作を貶して、自分の粗末な棒を売りつける腹だろう!」


「……」


「戻る気があるなら婚約の件は再考してやろうと思っていたが、その様では話にならん。せいぜい木を削っていろ」


 彼は箱を従者にひったくらせ、外套を翻した。


 戸口で一度、振り返った。


「建国祭には、これを使う。使って見せる」



  *



 馬車の音が遠ざかっていく。


 村人たちが、遠巻きに私を見ていた。婆さんが「大丈夫かい」と声をかけてくる。私は頷いた。


 言えることは全部言った。


 言ったものを受け取るかどうかは、あの人の手の中にある。


 私は棚から倒れた杖を拾い、埃を払って立て直した。作業台に戻り、削りかけの一本を握る。三寸削って、握りの重心を確かめた。木くずが落ちた。


 窓の外で、日が傾いた。


 私は刃を置いて、前掛けを外した。戸口に出て、看板を裏返す。


 いつも通り、日没だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ