第6話 規格外の女
使者は、二組同時に来た。
先に着いたのは宮廷魔術師団の男だった。ローブが埃だらけで、目が落ち窪んでいる。三日は寝ていない顔だ。
「こちらが、火柱の杖の——」
「五件目までなので、あと一枠ありますよ」
「は」
彼は私の言葉を理解しないまま、棚の杖を見せてくれと言った。私は一本渡した。
彼は測定器具を取り出した。銀の輪と、水晶の目盛り。杖に嵌めて、詠唱して、目盛りを読む。
読んで、固まった。
もう一度詠唱した。もう一度固まった。器具を叩いた。振った。息を吹きかけた。
「壊れてます?」
「壊れていない。壊れていないから困っている」男は青い顔で私を見た。「魔力伝導率が、測定限界を振り切っている」
「ああ、はい」
「はい、ではない! この器具は王宮の最高級品だぞ! 目盛りの上限は名工ハルヴァルの遺作を基準に——」
彼は途中で言葉を切って、杖の中ほどを指でなぞった。そこは、節を避けるために通り道を三分ずらした箇所だ。
「……ここ。この歪みの補正」
「はい」
「人の手で、やったのか?」
「他に手はないので」
男は杖を握ったまま、しばらく口を開けていた。それから、絞り出すように言った。
「あなたは、魔力を——」
「測定値ゼロです。十一回連続で」
*
彼が言葉を失っているところに、二組目が着いた。
グレイシア伯爵家の紋章の入った馬車。降りてきたのは家令だった。私が生まれたときから家にいる男で、顔を見た瞬間、胃のあたりが冷たくなった。
差し出された手紙には、父の字で三行あった。
一族の名誉のため王都に帰参せよ。籍は取り計らう。詳細は家令に聞くこと。
家令が、丁寧に補足した。
宮廷が調律のできる職人を探していること。伯爵家が「当家の血筋の者が心得ております」と申し出たこと。だから戻れ、と。
要するに、稼ぎ頭が欲しいのだ。
七年間、祖父の工房の鍵を誰も取りに来なかったくせに。測定値がゼロだった十一回、誰も慰めなかったくせに。
私は手紙を折り畳んだ。
指が震えていた。震えているのが見えないように、手を後ろに回した。
「お断りします」
「お嬢様」
「私はもう平民です」
家令の眉が動いた。宮廷魔術師の男が、後ろで息を呑んだ。
「ですので、伯爵家からのご命令には従えません。——ご用命は、正規の依頼書と前金でどうぞ」
「……お嬢様、それは」
「一日五件まで。日没で閉めます。納期は木の乾き次第。値は私が決めます」
私は言い切った。
叫ばなかった。恨み言も言わなかった。ただ、線を引いた。ここから先はあなたたちの土地ではありません、という線を、地面に一本。
家令は長いこと私を見ていた。それから、深く頭を下げて、馬車に戻った。宮廷魔術師の男も、杖を棚に戻して、何度も振り返りながら去っていった。
*
馬車の音が聞こえなくなってから、私は膝から落ちた。
土間に座り込んで、膝を抱えた。震えが止まらない。歯が鳴った。
強気は演技だった。全部演技だった。あの家令の顔を見た瞬間から、私は六つの私に戻っていた。測定球の前で、光らない手のひらを見せて、父の落胆した顔を見上げていた、あの。
「……っ」
戸が鳴った。
三回。等間隔。
返事ができないでいると、勝手に開いた。
シリルは、私を見た。それから、何も言わずに土間を横切って、鍋を火にかけた。
聞かない。事情も、経緯も、誰が来たのかも。
湯が沸く音だけが、しばらく続いた。
彼は茶を淹れて、私の隣に腰を下ろした。膝を抱えた私と、同じ高さになるように。
湯呑みが、そっと横に置かれた。
「怖かったな」
喉の奥が、詰まった。
「……はい」
「よくやった」
私は、そこで初めて泣いた。声を出して、みっともなく、鼻をすすって泣いた。十六年ぶんと、前世の三十年ぶんを、まとめて。
彼は何も言わなかった。背中もさすらなかった。ただ隣にいて、自分の茶を飲んでいた。
*
泣き止むころには、茶がちょうど飲み頃になっていた。
私は湯呑みを両手で持って、すすった。安い茶葉だったが、これまで飲んだどの茶より美味かった。
顔を上げると、彼の腰の杖が目に入った。
いつもは黒衣に紛れて見えにくい。今は隣に座っているから、飴色の木肌が、火明かりのすぐそばにある。
握りが、小さい。歪みは緩やかな弧を描いていて、その弧が——
私は、湯呑みを置いた。
そっと手を伸ばして、指先を柄に触れた。
魔力が、通った。
入口で一度細くなって、中ほどで蛇行して、節の真上を無理やり通って、詰まって、それでも抜けていく。
こんな通し方をする職人はいない。節は避けるものだ。避け方は決まっている。
避け方を知らない人間だけが、こう削る。
手が止まった。
この削り跡に、見覚えがある。




