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婚約破棄されたので、聖杖職人に戻ることにした  作者: 九葉(くずは)


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第4話 定時退社の職人

 村人がやってきたのは、火柱の話が広まりきったころだった。


 最初は婆さんが一人。次の日は三人。その次の日には、朝から戸口に列ができていた。


「鍬に付与できるかね。土が硬くて敵わん」

「鍋、焦げつかんようにならんか」

「うちの婆さんの杖、重くて持てんのだと」


 杖職人のところに鍋を持ってくるな、と言いたかったが、よく考えると理屈は同じだった。魔力の通り道を整えるという意味では、鍬も鍋も杖も変わらない。鍋には熱の回りを均す線を彫った。焦げつきの原因は素材ではなく、火の当たりが偏っていることだったからだ。


 婆さんの杖は、削るのではなく削らない方が正解だった。重心を握りの二寸下に移すだけで、体感重量が半分になる。彼女は杖を振り回して「若返った」と喜び、危ないので取り上げた。



  *



 三日目の夕方、私は工房の戸に紙を貼った。


「一日五件まで。日没で閉めます」


 村人はぽかんとした。


「なんでだ。まだ日は高いぞ」


「明日でいいので」


「客が来とるのに追い返すのか」


 私は木くずを掃きながら答えた。


「無理して作った物は、必ず歪むんです」


「歪む?」


「六件目からは手が疲れます。疲れた手は刃を寝かせます。寝た刃は木目を潰します。潰れた木目は、その日は何ともなくても、三年後に折れます」


 村人が黙った。


「品質管理の基本です。作れる数以上を受けたら、その工房は必ず信用を落とします。安く早く作ったものが壊れて、私が悪く言われるのは嫌なので」


「……えらい理屈っぽい嬢ちゃんだな」


「よく言われます」


 前世では、これを言えなかった。言えないまま受け続けて、燃え尽きた。二度目の人生でくらい、言ってから死にたい。



  *



 不思議なもので、断ると評判が上がった。


 一月もすると、「あの工房のは当たり外れがない」という言い方が村に定着した。ガレンの火柱が話題を作り、婆さんの杖が信用を作った。並んでも五件で切られるので、朝から来る人間が増えた。それでも文句は出なかった。


 夕方に閉めるのも、そのうち村の時計代わりになった。工房の戸が閉まると、畑から人が帰ってくる。


「あそこが閉まったら仕舞いだ」と言われるのは、悪くない気分だった。



  *



 シリル・ヴァレンティンは、週に三回来る。


 用事はない。


 一度、それとなく聞いてみたことがある。


「今日はご依頼ですか」


「いや」


「……では」


「通り道だ」


 真顔だった。


 私は黙って湯を沸かした。あとで村人に聞いたところ、ヴァレンティンの居城からこの村までは、馬で片道二時間らしい。


 通り道ではない。



  *



 彼は来ても何もしない。


 いや、正確には勝手に仕事をする。土間の木くずを掃く。薪を割る。井戸の滑車の縄を、いつの間にか新しいものに替えていた。私が「ありがとうございます」と言うと、「ああ」と言う。それで会話が終わる。


 無言で茶を飲む。半刻ほど座って、帰る。


 三度目までは緊張していた。五度目からは慣れた。十度目には、彼が座る木箱に座布団を置いていた。


 そのころには村中が面白がっていた。


「嬢ちゃん、あれは求婚だぞ」


 婆さんが鍬の柄を叩きながら言う。集まっていた村人が一斉に笑った。私は顔が熱くなるのを感じながら、削りかけの杖を握り直した。


「いや、通り道なので」


「二時間かけてか?」


「……通り道なので」


 シリルは薪を割っていた。聞こえていたはずだが、手は止まらなかった。斧が落ちて、薪が二つに割れた。


 私は木を削った。刃が一度、わずかに寝た。潰れる前に止めた。



  *



 その日の夕方、行商人が来た。


 大八車に反物と塩と針を積んだ、月に一度来る男だ。彼は塩の勘定をしながら、思い出したように言った。


「そういや嬢ちゃん、王都から来たんだったな」


「昔の話です」


「妙な噂を聞いたぞ」


 私は銅貨を数える手を止めなかった。王都の噂に、もう興味はない。誰が誰と婚約したとか、誰が失脚したとか、そういうものだろう。


「王宮でな」行商人は声を落とした。「魔法事故が続いてるらしい」

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