第4話 定時退社の職人
村人がやってきたのは、火柱の話が広まりきったころだった。
最初は婆さんが一人。次の日は三人。その次の日には、朝から戸口に列ができていた。
「鍬に付与できるかね。土が硬くて敵わん」
「鍋、焦げつかんようにならんか」
「うちの婆さんの杖、重くて持てんのだと」
杖職人のところに鍋を持ってくるな、と言いたかったが、よく考えると理屈は同じだった。魔力の通り道を整えるという意味では、鍬も鍋も杖も変わらない。鍋には熱の回りを均す線を彫った。焦げつきの原因は素材ではなく、火の当たりが偏っていることだったからだ。
婆さんの杖は、削るのではなく削らない方が正解だった。重心を握りの二寸下に移すだけで、体感重量が半分になる。彼女は杖を振り回して「若返った」と喜び、危ないので取り上げた。
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三日目の夕方、私は工房の戸に紙を貼った。
「一日五件まで。日没で閉めます」
村人はぽかんとした。
「なんでだ。まだ日は高いぞ」
「明日でいいので」
「客が来とるのに追い返すのか」
私は木くずを掃きながら答えた。
「無理して作った物は、必ず歪むんです」
「歪む?」
「六件目からは手が疲れます。疲れた手は刃を寝かせます。寝た刃は木目を潰します。潰れた木目は、その日は何ともなくても、三年後に折れます」
村人が黙った。
「品質管理の基本です。作れる数以上を受けたら、その工房は必ず信用を落とします。安く早く作ったものが壊れて、私が悪く言われるのは嫌なので」
「……えらい理屈っぽい嬢ちゃんだな」
「よく言われます」
前世では、これを言えなかった。言えないまま受け続けて、燃え尽きた。二度目の人生でくらい、言ってから死にたい。
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不思議なもので、断ると評判が上がった。
一月もすると、「あの工房のは当たり外れがない」という言い方が村に定着した。ガレンの火柱が話題を作り、婆さんの杖が信用を作った。並んでも五件で切られるので、朝から来る人間が増えた。それでも文句は出なかった。
夕方に閉めるのも、そのうち村の時計代わりになった。工房の戸が閉まると、畑から人が帰ってくる。
「あそこが閉まったら仕舞いだ」と言われるのは、悪くない気分だった。
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シリル・ヴァレンティンは、週に三回来る。
用事はない。
一度、それとなく聞いてみたことがある。
「今日はご依頼ですか」
「いや」
「……では」
「通り道だ」
真顔だった。
私は黙って湯を沸かした。あとで村人に聞いたところ、ヴァレンティンの居城からこの村までは、馬で片道二時間らしい。
通り道ではない。
*
彼は来ても何もしない。
いや、正確には勝手に仕事をする。土間の木くずを掃く。薪を割る。井戸の滑車の縄を、いつの間にか新しいものに替えていた。私が「ありがとうございます」と言うと、「ああ」と言う。それで会話が終わる。
無言で茶を飲む。半刻ほど座って、帰る。
三度目までは緊張していた。五度目からは慣れた。十度目には、彼が座る木箱に座布団を置いていた。
そのころには村中が面白がっていた。
「嬢ちゃん、あれは求婚だぞ」
婆さんが鍬の柄を叩きながら言う。集まっていた村人が一斉に笑った。私は顔が熱くなるのを感じながら、削りかけの杖を握り直した。
「いや、通り道なので」
「二時間かけてか?」
「……通り道なので」
シリルは薪を割っていた。聞こえていたはずだが、手は止まらなかった。斧が落ちて、薪が二つに割れた。
私は木を削った。刃が一度、わずかに寝た。潰れる前に止めた。
*
その日の夕方、行商人が来た。
大八車に反物と塩と針を積んだ、月に一度来る男だ。彼は塩の勘定をしながら、思い出したように言った。
「そういや嬢ちゃん、王都から来たんだったな」
「昔の話です」
「妙な噂を聞いたぞ」
私は銅貨を数える手を止めなかった。王都の噂に、もう興味はない。誰が誰と婚約したとか、誰が失脚したとか、そういうものだろう。
「王宮でな」行商人は声を落とした。「魔法事故が続いてるらしい」




