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第6話 『静寂に、歌を』

 スキル取得画面でタップすると、分かったような分からないような、説明になっていない説明が表示されるスキル【同調】。


 プレイヤーの間では、忍者や斥候、あるいは暗殺系ビルドなキャラクターが、周囲の風景と同調する事で隠密スキルの効果を上昇させられる。

 あるいは魔術を使う時に、使う属性に近い環境。例えば水場周辺で同調スキルの発動を意識しながら水魔術を使うと威力が上がって、消費MPが減少する。

 そんな報告があげられて、言葉通り意識する何かと『同調』して、親和性を得るおまじない系スキルとか言われている。


 意味はありそうだけれど、効果対象も曖昧。


 一つの用途に限れば、もっと強力で確実な専門スキルがいくつも存在するのよね。

 それなのに、【同調】はレアリティーがレジェンダリー。初級スキルにもかかわらず、習得にはなんと10SPも必要なの。

 あと1SP足せば、中級スキルに手が届いてしまうお値段ですよ?

 効果もはっきりしない、使いこなせるかもわからない。そんなスキルに貴重なSPを費やすなんて、普通に考えたら効率が悪すぎるわよね。プレイヤーの間で非推奨スキル扱いされているのも、納得です。


 けれど、私はこのスキルに賭けてみたかった。

 だって――。


 きっかけは、『幻月花の涙』を取り込んだ時に判明した、あの異常な死亡原因でした。


『魔力核と適合しない属性マナが反発』。つまりマナには、少なくとも私の魔力核にとっては、相性がある。

 だったら、私自身と相性の良いマナが、きっとあるはずよね?


 そして、もう一つ。ずっと気になっていた言葉がありました。

 ログイン初日、浮かれてはしゃいで飛び回った私を迎えた、たった一つの言葉。

 始まりのシステムメッセージ。



 《月が流した涙の子が、生を得ました》



 あれはきっと私を指し示してくれた、祝福の言葉。


 この廃墟に咲き誇る、花の名前は? 『幻月花』。

 そして、その花が私にくれた幸せな味がする珠は? 『幻月花の涙』


 無数の死を重ねて、ふわふわ、ひゅんひゅん、飛びまわって遊ぶ私をいつもそっと見守ってくれていたのは?

 この、永遠の夜の世界で、私を優しく照らし続けてくれていたのは?

 この幻想の世界を満たしてくれていたのは?


 そう、ここに満ちているのは天上に浮かぶ、常に変わらない『満月』の光。


 まずはこの空間に、月明かりに照らされた世界に、ただただ私を【同調】させる。


 冴え冴えとして冷たい、それなのにほんのりと温かな何かが、全身を優しく包んでくれる気がする。

 まるで月明かりが、私の身体の輪郭をそっと撫でてくれているみたい。

 現実の身体では、もう長いあいだ味わえなかった感覚に、薄っすらと涙ぐみそうになる。

 けれど……MPの減り方は、相変わらず。


「うん。これだけじゃ足りないのね」


 それでも、間違った方向に進んでいる気はしない。

 月明かりに身を委ねることはできても、そのマナを私自身のものとして受け入れられたわけじゃない。


 まだ、何かが足りないのね。

 私は所詮(しょせん)まだ空っぽな、あるいは何色にも染まっていない、魔力を固めただけの器。

 受け入れる準備も整っていない、固く閉ざされた蕾。


 ステータスを見れば、そこにはっきりと書かれてる。



 ★ ════════════════════════ ★

 種族: 純魔の幻体

 属性: [未解放]

 ★ ════════════════════════ ★



 まずは集める。


 いつの時代からここに在ったのか、ところどころ崩れた立派な、黒い宝石みたいなお城。

 昔日の名残を確かに遺すこの廃墟の中心、多分かつての広大な中庭を覆い隠す白く輝く花園。


『幻月花の涙』を1つ、2つ……集めた純白の珠を手のひらの上に乗せて私の胸元、致命部位として与えられた『魔力核』にそっと添えてみる。


 ぽかぽかとした温もりを感じる気がするけれど、魔力視に映るマナは微動だにしていない。

 それなら。


【錬金:充填】


 私の魔力核を、魔導具を動かす魔石に見立てて、『幻月花の涙』のマナを移し替えようとする。

 うん……何も起きない。

 珠の中にも、私の魔力核にも、確かにマナは存在している。

 けれど、二つの間に流れは生まれてくれません。


「そうですよね、そこまで簡単ではないですよね……それなら」


 何が足りないのかを、もう一度【魔力視】で確かめてみましょう。


 この1か月、ずっと有効にしたまま過ごしたこの現実ならざる空想の視覚はLv.3にまで上がっている。

 失って長い、現実の視力よりももうよっぽど自然に感じてしまっているかもしれない、魔力という輝きをも映し出す視覚。


 きらきら、きらきら、煌めく粒子は私の魔力核と白い球の中で微睡むように揺蕩っている。

 まずは、この珠の中に閉じこもっているマナと、私のマナをうまく触れ合わせられたらいいのだけれど。


【魔力操作】 《必要SP1》 ※魔力の操作能力が向上する


 魔力を思いどおりに動かす能力。もちろん、あれば便利なのは間違いないでしょう。

 けれど、今の私に本当に必要なのは違う気がする。

『幻月花の涙』を飲んだ時、私の魔力核は、適合しないマナを拒絶した。それなのに、無理やりマナを動かして、私の中へ押し込もうとしたところで……。


「ん~、違う気がする」


【魔力操作】が間違いというわけじゃないの。ただ、今はもう少しだけ……そうね。優しく?

 私とマナを馴染ませるような方法を試してみたい。

 そんな方法はないかしらと、スキル一覧をそっとスクロールしていく。


 そういえば……VRMMOだから、集中力を乱さないように配慮されてるのかな? って思っていたけれど。ゲーム内でも見られる公式サイトにアップロードされるプレイヤーの動画を片手間に見ていて気が付いたことがあったの。


 私が1か月を過ごしたこの場所は、とっても深い静寂に包まれている。

 まるで何かを悼むような、厳かな静けさ。

 私の身体を優しく包む純白のワンピースドレスの衣擦れや、白銀の長い髪がさらさらと流れる音がはっきりとわかる程。


 称号欲しさに無茶をして、どっかんぼっこん、ひどい音を立てたのが恥ずかしくなるほどに、とても静か。

 ん……思い出したらあまりの恥ずかしさに、ちょっとほっぺが赤くなってきちゃった。


 そうなの。

 ここは、このフィールドは……ゲームとしてのBGMが存在していない。


 静かで、神秘的で、素敵だけれど。

 少しだけ、寂しい?


 ……だったら、私が音を奏でてみるのはどうかしら。幻想的なこの空間に、舞いを捧げるのも素敵かもしれない。

【魔力操作】で無理やりマナを動かそうとするより、【同調】したこの世界に、もっと自然に私というマナを重ねてみたい。


 それに、せっかく自由に動けるようになったのだもの。


「うん。決めた!」


 まだ私が機械に生かされるようになるより昔。

 小さい頃の思い出。


 これでもお嬢様らしい習い事だって一生懸命こなしていたのよ?

 お歌に、踊りのお稽古だって、大好きだったのだから。


 ……ふふっ。

 それに、考えてみたら。

 この方法なら、たとえ何も起きなかったとしても、きっと楽しいと思うの。


【歌唱】 《必要SP1》

【舞踊】 《必要SP1》

【初級魔力纏】 《必要SP1》


 私は『始まりの街』にも行けないし、各地にある教会をはじめとする転職できる施設にだって行けない。

 だから職業っていうコンテンツも未開放のまま。

 吟遊詩人や、踊り子の職業を解放するのに必須だって書いてあった、スキル3点セット。


 魔力纏(まりょくてん)は武器戦闘や格闘でも使うそうだけれど、声に、歌に、舞いにマナを纏わせる(まとわせる)のもこのスキルらしい。


 残りSPは、これでぴったり0。

 本当に後戻りはできなくなっちゃったけれど……うん。きっと大丈夫!



 ――でも、先に少しだけ、こっそり練習はさせてね? 内緒よ?


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