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第16話 『ご利用案内は先に読みましょう』

「ふ、ふふ、ふふふのふー」


 どうだ~、みたか~! 

 やった、やった♪


「エリシアさん、みてみてみて~!」


 興奮冷めやらぬまま、私は束の間、U-topiaゲームサーバーから『オリジン・ラウンジ』へとログアウト。

 手にした本を胸元に抱きしめて、ぴょんぴょんと、飛び跳ねる私を生暖かな眼差しで見つめる薄桃髪のエリシアさん。

 ふふ、この前のアップデートで、ゲーム内アイテムもここに持ち出せるようになったのよね。


 以前は草原に大きなソファーが二脚、ぽつんと置かれていただけのこの場所も、今ではちょっとだけ素敵に模様替え。


 一面の緑を残したまま、白い石畳の小径と、淡い色の小花が咲き乱れる小さな庭を設けました。

 その中心に建てたのは、白木で組まれた可愛らしいガゼボ。

 さらさらと風に揺れる薄絹のカーテンに、丸いティーテーブルと、ふっかふかのクッションを備えた3人掛けで使えるソファーが二脚。もちろん、エリシアさんと私のお気に入り!


 穏やかな陽光が降り注ぐ、とっても居心地のよい空間なのです。

 この素敵なお庭も、先日のイベントでもらった課金ポイントのお陰で整えられたのよね。

 ……ふふっ。頑張ってよかったぁ。


「あらあら。ルミナティアちゃん、そんなに嬉しかったの?」


「もちろんです! だって、だってね! 私、あの騎士さんから本を奪って、ちゃんと逃げ切ったんですよ!」


 えへへ。自慢したっていいでしょう? 何度も何度も、あんなに挑戦してやっと、だったのですもの。

 それに、エリシアさんは常に私のプレイ内容を見てくれているから。


「大切なアイテムだから、読むのはU-topiaの中でにした方がいいわよ? スキルやイベントフラグはここで読んでも回収できないからね」


 そう言って指さしてくれるのは、アイテムの説明UI。


 ★ ════════════════════════ ★

 名称:ノクティリア大書庫利用案内

 種別:イベントアイテム

 レアリティー:★3 RA(レア)


 閲覧可能時間:6時間

 所持期限:72時間 ※ログアウト中を含む

 ★ ════════════════════════ ★


「あ、読める時間に制限があるんだ、残念」


 せっかく2人で読もうと思ったのに。


 代わりに机の上においてあるガラス瓶に移し替えたのは、『幻月花の涙』。

 こういう消耗品もここで使うとゲームシステム的な効果は何も得られなくなっちゃう。

 でも、これはちょっと頑張ればいっぱい採集できるし、この至高の甘露は是非エリシアさんと分かち合いたいからね! 

 いつもお土産に持って帰っているの。


 ぼふん、とソファーに身を沈めた私の隣がそっと優しく沈みこむ。

 落ち着く春の香りをふわりと漂わせ、エリシアさんが嫋やかな指でつまんでそっと差し出す小さな球体を、ぱくり。


 んんん~~! 


 ほんのり苦いダークチョコレートが、口の中でゆっくり溶けていく。

 その中から、とろ~り。大好きな『幻月花の涙』の甘さが広がって、追いかけるようにパッションフルーツの爽やかな酸味が! そして最後にもう一度、『幻月花の涙』自身が奥に隠した優しい酸味がじんわりと広がって。


「さいっこ~う、おいしぃぃぃ!」


 一通り、現実では味わえない、楽しいおやつタイムを過ごした後。


「名残惜しいけれど、行ってくるね」



 ◇  ◇  ◇



 ふんふん、やっぱりこの本は中身も二重写しで日本語訳が表示される。

 花園の中心でふよふよと浮かびながら、冊子を開く私。



 ページを開いて最初に現れたのは、丸っこい文字で書かれた『ようこそ、ノクティリア大書庫へ』という挨拶。

 もちろん、丸っこいのは上に重なって見える日本語訳の方。下に透ける本来の文字は、細い曲線と小さな星印を繋いだような、不思議な形をしているの。


 最初の見開きには、色褪せた挿絵。高い書架の間で本を開く子供たちと、傍らで優しく見守る大人。ふわふわの尻尾を持つ子もいれば、角のある人もいて、種族も様々みたい。


「昔はずいぶん賑やかだったのね。少なくともお偉い学者様とかだけのための場所ではなかった……と」


 あの静まり返った広間を思い出すと、なんだか寂しい気分になります。今は受付の人も、司書さんもいないもの。

 次のページには、館内の案内図が載っていました。



 ★ ════════════════════════ ★

『ノクティリア大書庫・館内案内』


 ・一階/一般閲覧区画:地理、博物、暮らしの記録 等

 ・二階/回廊区画:歴史、天文、魔術理論 等

 ・三階/特別閲覧区画:祭礼、祭具、詩歌、舞踊  等

 ★ ════════════════════════ ★



「魔術理論も心惹かれるけれど、祭具に、舞踊……」


 塔で手に入れた12の武具。いかにも意味ありげに飾られた特別な品々、白と黒の舞扇。

 もしかしたら、その由来を知る手がかりがあるかもしれない。


 うぅ、今すぐ飛んでいきたい……けれど、あの騎士さんに邪魔されるし。3回目の挑戦で本にさえ近づかなければ問題ないはずと2階へあがろうとしたら、見事に叩き落とされたのですよね。


 うん、まずは続きを読みましょう。


 ふむふむ。二階は回廊ってなってるけれど、外周部の部屋がずらっとつながっている感じね。

 書架の配置に、閲覧室、休憩室。

 貴重書の保管区画まで書かれてる、ずいぶん親切な、というか訪れる人を信頼してた? 案内図。


 さらによく見れば、それぞれの区画に描かれた小さな紋章は、どれも白と黒の色が組み合わされた意匠。


 さらに、三階の案内図に記された特別閲覧区画のイラストは、全体が黒でシックにまとめられたあの図書館にあって、この空間だけはモノトーンな2色で構成されていることを示している。


 双子月、塔と同じ黒白2色の配色。


 そして、その後には利用上の注意事項が書かれていました。



 ★ ════════════════════════ ★

『ご利用の皆様へ』


 ・初めての方は、受付で利用登録をお願いいたします。

 ・女神様の許可がある方はその旨を申告してください。

 ・館内ではお静かに。蔵書を無断で持ち出したりしないでください。

 ・中央閲覧台の資料は、司書の立ち会いのもとでご利用ください。

 ・お借りになった書物は、必ず期限内にご返却ください。

 ★ ════════════════════════ ★



「…………」


 入館手続き、してません。

 無断持ち出し、しました。

 中央の本にも、いきなり手を伸ばしました。


「……あの、すっごく心当たりがあるのですけれど」


 いえ、だって! 受付に誰もいなかったんですもの!

 それに、剣を振り回す騎士さんの方こそ、図書館ではお静かにしていただきたいですよね!? あれ、斬撃の風巻く音以外ほぼ無音で動いてましたね?


 うゅ……で、でもでも、結局受付も機能していないのだから、資格の得ようがないですもの!


 案内図の余白には、羽根ペンを持った小さな動物たちが描かれているの。『迷ったら司書へ』なんて吹き出しまで添えられていて、いかにも親切。この冊子を作った人の優しい心が感じられる、愛くるしい作り。


 今は誰もいない、立派な図書館。

 でも、いつかは本を抱えた子供たちが走り回って、司書さんに注意されたり、難しい本を一生懸命読み解いたり。

 そんな日々があったのかもしれない。


「……」


 冊子から目を上げて、空に浮かぶ大きな白い月を見つめる。

 現実で、ママ以外の誰かとそんなふうに笑い合ったのって……最後はいつだったかしら。


 あら。真ん丸なお月様が、少し滲んで見えるわ。

 いけない、いけない。ぱちくりと目を閉じて、開いて、深呼吸。


 再び冊子をめくればもう、最後に近いページ。

 それまでの可愛らしい挿絵や丸みを帯びた文字で表示される翻訳文とは趣の違う、見開きいっぱいの厳かな絵画が現れました。


 青い大地を遥か眼下に、星々煌めく夜空を寄り添うように並んで踊る、二つの月。

 ひとつは純白、もうひとつは漆黒。

 それぞれの月に腰掛け、向かい合って微笑みを交わす、二人の女性――一目で女神様と思わせる神々しいお姿。

 白い月の女神様の輪郭は淡い光で描かれ、漆黒の月の女神様は夜の色に溶け込むように描かれている。


「白と黒の……双子月」


 添えられた短い文章を、ゆっくりと目で追います。


『白き月の女神と、黒き月の女神。二柱の加護の御許に、知は等しく分かち合われる。命を慈しみ、世界を見守る、優しき女神の愛。受け継ぐ知を、子らへ伝える』


「黒い月は……どこに行ってしまったのかしら」


 生放送以降も徐々に増えている公式動画には世界各地のいろんな風景が公開されていて、解析好きなプレイヤーたちが、この現実よりもはるかに広大なU-topia世界で日々新しい発見を報告している。けれど、『黒い月』については、今のところ確かな情報を見た覚えがないのよね。

 私のことまで話題にしているスレッドもあるみたいだけれど……う、うん。そちらは今は見ないふり。

 それに、この冊子みたいに翻訳表示が付いている本は、撮影しても中身が白紙になってしまうらしいの。

 自力で言語解読に至る道は険しいらしいわ。


「……この文字が、自分で読めたらいいのになぁ」


 そっと指先でなぞった、その時。


 視界の隅で、スキル関連メニューのアイコンが小さく光りました。

 スキル一覧には新たに、【言語:ノクティリア古語(初級)】が取得可能になってる。

 必要SPはまさかの10!? それってつまり、初級(1SP)の必要に上乗せで、これがレジェンダリーレアリティー(+9SP)っていう事よね? なんて、WIKIで解明されていたスキルに必要なSPの法則を思い出す。



 案内図を何度も見直して、見知らぬ文字と日本語訳を比べて。もしかしたら、何か法則性を見つけられるかも? なんて夢中になっていた私。、『月華の魔吸』を得てもなお私の身体から漏れ出し続ける魔力の燐光まで、途中で何度もMP切れによるリスポーンを挟む羽目に。


 ええ、もはや慣れっこですとも!

 そんなこんなで、冊子を開いては読み、閉じては考え……。

 いつの間にやら、閲覧可能時間は残りたったの5秒。


「うそ、もう6時間も読んでいたの!?」


 大人しく返却する事も考えたけれど、せっかくだから何が起きるのか見てみましょう。

 なんて暢気にまだ本を覗いていたら、ズパンッ! 悲鳴を上げる暇も、反応する余地も無く。



 《死亡しました。5秒後にリスポーンします。Lv1のため、デスペナルティーは免除されます》



 これも今日1日で随分と見慣れた漆黒の大剣が、私の身体を爆裂四散させてくれちゃったわ。


 あなた、図書館の外にも出られたのね? でもこれ――しっかり戦えるようになったら、ちょっと悪い事ができそうな仕様じゃない? いつか絶対、ぎゃふんって言わせてあげるんだから!


 そんな負け惜しみかもしれない悔しまぎれの想いを抱きながら、いつもの暗転する視界を私は眺めるのでした。


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