第15話 『怪盗ルミナティア!』
VRMMOで図書館、それも誰も来た事が無い★4クラスの素材が取れるエリアの……わかっていたけれど、これはさすがに興奮してきました。お城の一角に残された、大きな独立した建物。蔦の這う外観とは裏腹に、建物としての構造には傷一つなかったそこは――。
「……わぁ」
思わず、感嘆の声がこぼれます。
なんて、なんて素敵なのでしょう! 足元から真っ直ぐ奥へと伸びるのは、深紅の絨毯が敷かれた広い通路。その両側に整然と並ぶ飴色の書架は、見上げるほどに高く、幾重にも連なる漆黒の列柱とともに、広大な空間を形作っています。
天井を支える優美なアーチの連なりは、まるで大聖堂みたい。左右の壁に沿って設けられた回廊には、さらに無数の書架が並んでいるの。
壁の高い位置には、色鮮やかなステンドグラスが幾つも嵌め込まれている。差し込む白い月光は薄青や深紅に染まり、床のモザイクと深紅の絨毯に、静かな光の模様を描く。そして、天井から吊り下げられたシャンデリアに灯る魔法の灯り。
一部しか灯っていないようですが、温かみのある琥珀色の光が、歴史の重みを感じる空間を柔らかく照らし出しています。
「……ふふっ。これは、たまりませんね」
幻想的な月下の花園とはまた違った、懐かしいような、心が落ち着くような静謐な美しさ。
その一方で、漂う古い紙と木の香りは、現実の図書館を想わせてくれる。
うふふ。本、大好き! まして、ここはファンタジーの世界です。魔導書に古代文明の記録、もしかしたら失われた魔法の研究書とか、禁忌のスキルの取得条件なんてものまであるかも? なんて、ゲーム的な期待も膨らみます。
いけません。顔がにやけちゃう。
ふよふよと広間を進めば、奥にはひときわ立派な書見台が据えられています。その上には、分厚い革表紙の大きな本が一冊。
「あら。これなんて、いかにも何かありますと言わんばかりじゃないですか……」
わくわく。わくわく。
そーっと、その革表紙へ手を伸ばして――。
「……?」
ふと、私の周囲が翳りました。ステンドグラス越しに差し込んでいた月明かりを、何かが遮っているの。
何気なく振り向くと。
そこには、立派な漆黒の甲冑を身に纏った、中身が伽藍洞の騎士の姿。
しかも、その両腕は既に、大きな剣を斜めに振りかぶっていて……。
「ひゃわぁぁ!?」
ちょ、ちょっと待って!
このいたいけな美少女に向かって、いきなり何をするつもりなのぉ!?
なんて、悠長にふざけている場合じゃなかった……! 問答無用で振り下ろされた巨大な剣。
まさかまさか、1か月以上たって初めてのモンスター? にこんなところで遭遇するなんて。
とっさに最高速度で上昇した私の足先をかすめるように、凄まじい勢いで刃が通り過ぎました。
図書館に傷をつけたくないからか、重くて取り回しの難しそうな大剣なのに、その刃はピタリと床寸前で止まっている。
色味の異なる黒い石を並べたモザイクに、黒い剣身に揺らめく魔法の灯りがぼんやりと映り込んで、ゆらゆら。
「ちょ、ちょっと!? 私、まだ何もしてませんよね」
いえ、本を読もうとはしましたけれど! それだけで斬りかかってくるだなんて、図書館の利用規則が厳しすぎませんか!?
入場規制がされているとかならまだしも……条件は何? あの書見台の本が特別? それとも、どの本を手にするのもダメ? ……って、それも後で考えればいい事でした。
ブオン、と風圧が上空にいる私にまで届く、斬り上げの一閃。飛翔能力はないようで、重厚な騎士甲冑に振るわれる刃は到底私に届くはず……。
《死亡しました。5秒後にリスポーンします。Lv1のため、デスペナルティーは免除されます》
……が……ない。
白い月明かりに照らされた幻月花のお花畑。
ついさっきまで、図書館のあまりの壮麗さと未知の書物、そしてあわよくばお宝ゲットと胸を躍らせていたというのに。
初めて遭遇した敵らしい敵との戦闘は、飛ぶ斬撃の一撃で青いMPバー、かっこ、わたしのいのち、かっことじる。を、粉砕。
「はあ……」
まあ? 専用の鑑定スキルが無いから敵の名前はわかりませんでしたが、ちらっと見えたカーソルは赤黒い、遥かな格上を示す色でしたし? 私、か弱いレベル1で、防具も初期装備のワンピースドレスですし!?
う、うぅぅ。
だから、だからぁ。
高難易度になったのは私のせいですけどぉ、分かってますけどぉ。
もうちょっとルミナティアに優しくしてぇ~。くしゅん。
「負けない……負けないもん」
――見慣れた視界の暗転を繰り返すこと、20回。……ええ。
さすがにこれだけ挑戦すれば、少しはわかってくることもあります。
まず、あの黒騎士さん。
普段は姿が見えないのに、本を取ろうとして一定の距離まで近づくと、突然すぐそばへ現れるの。
しかも、出現した時点で既に攻撃態勢!
「……うぅ。それ、ちょっとずるくありません?」
そして一度現れると、私を撃退するまでは実体を持って追いかけてくるみたい。
幸い、移動速度だけなら、私の最高速度での飛翔がほんの少し勝っているようです。
……ただし、あの大剣からは斬撃まで飛んできますけれどね!
それから、何より困ったこと。
せっかく本を手に入れても、図書館の中で倒されてしまうとインベントリに収納していた本まで消えて、元あった場所へ戻ってしまうの。つまり……。
「本を手にとるだけじゃ、駄目なのね」
ちゃんと持ち帰るためには、少なくともあの騎士さんから逃げ切らなくちゃいけない。
少なくとも図書館の外には持ち出す必要があるのでしょう。
あと、もう一つ大事なこと。
「たぶん、読めないですね」
U-topiaには大量の言語スキルが眠ってる。全部習得するなんて、SP的に不可能。
検証勢とか、解析班みたいに名乗る人たちが解読に夢中になるくらい、よくできてるらしい。
距離を置いて眺めるだけなら自由だから、あちこちの背表紙を確認してみたのだけれど……うん、日本語でも英語でもない、不思議な文字ばかり。
ところが、入り口近くのカウンター脇に置かれた薄い冊子だけは、視線を合わせると、まるでアイテム名がインベントリ内で表示されるように日本語が浮かび上がったの。
『ノクティリア大書庫利用案内』
表紙そのものに刻まれた文字は変わらず、そこに日本語の表示が二重写しになっているだけ。それもこの場所の案内書なら、きっと何かの役に立つはず! そうでなくとも、内容が理解できる可能性があるアイテムならきっと意味があるはず。
と、いうわけで。怪盗ルミナティア様の獲物は決まりました!
沈む事のない月に見守られて、日が昇る事のない夜の世界を飛翔する。
幽玄な弦楽器の調べに乗せて、するり、するり、回廊の柱を伝って身を隠し、蔦に覆われた図書館の扉の陰からそーっと中を覗き込む。
じー。そんな私を少し離れたところから見つめているのは、わんこ耳の女の子らしい、小さな黒い影。
「……あら?」
なんだか、前よりも少しだけ姿がはっきり見えるような。
よく見ると、顔や身体を覆っていた黒い靄が、以前よりも薄くなっているみたい。
その奥には、細い顎や柔らかな頬の輪郭が、うっすらと見え隠れしています。
そしてもしかして、とびきりの美少女さん?
すごく整ったお顔をしている気がするのだけれど、ちょっとクール系というか、無表情系美少女?
何度目かの死亡から戻ったら、開けっ放しになった図書館の扉のすぐ前にしゃがみこんでいたのですよね。
一緒に入るでもなく、ただ私が戻ってくるときまってそこにいて、くんくんと、扉のあたりで匂いを嗅いでいるような……。
やっぱり、明日エリシアさんに私、臭くないか聞いてこよう……絶対大丈夫、大丈夫なはず。
彼女のことは気になるけれど、今はお目当ての本の奪取を夢見る怪盗なのです。
目標は、入り口近くのカウンターの脇。
この大書庫の広さを考えれば近場も近場。正面入り口から、わずか100メートルほどの場所です。
そして、問題は帰り道。
さっきは出口へ向かって振り返ろうとしたところで、あっさり斬り捨てられてしまったのよね。
なら、最初から帰りの動きまで考えておかなくちゃ。
扉は内開き。大きな装飾が飛び出しているから、そこには引っかからないように。
目標の冊子を手に取って、すぐにインベントリへ収納。
あとは、とにかく出口へ!
「……うん。イメージトレーニングは、十分!」
もう一度、入り口からカウンターまでの経路を辿る。眼前に積まれている、何冊かの薄い冊子。
伸ばした白い手で、さっと、軽いそれを優しくつかむ。
よしっ! そのままインベントリへ収納。これで両手は自由!
とたん、すぐ真隣りの空間から滲み出す黒い騎士の姿。
そっ、それやっぱりずるい! 出現した時には既に横薙ぎの一撃が振るわれてる。胴体を上下真っ二つに断たれる直前、反射的に床に向かって後頭部からダイブ。がりッと背中を自分から黒い宝石床のモザイクで削りながら、削れるMP(命)を横目に我慢、我慢……!
移動方向は正しい。
空ぶった大剣に体を沿わせるように、入り口へ不格好な後方滑りをする私に向かって踏み出される漆黒の甲冑の左脚。
「ちょ、だから、ひどいですって!」
女の子のお腹をそんな鉄の塊で踏んづけようとするだなんて! くぅ、出口への最短距離を諦めて、横方向に自分の身体を加速させて吹き飛ばす。がんっと打ち付けた頭に、目の前に星が飛び散った気がする。
赤黒い鈍い輝きのマーカーが、見上げる視界のはるか頭上に瞬く。
あぁ、今回もダメ……。
……。
ほんの数歩右手から流れ込む涼しい夜風。一瞬ふわっと見えた、揺らめく尻尾。
現実では、機械に生かされているだけで精一杯。
特別扱いだなんて、VR登校をやっかむ心ない言葉にもただ耳を塞ぐしかなかった私。
けれど、ここでは。この世界では、私自身の意思で身体を動かせる。
だから――視界の隅に映る私の青いバー。
その7割がガリッと消し飛ぶ。命の大半ごとなげうつそんな代償をもって、手の中に生まれる2つの感触。
「諦めたく、ない!」
倒れ伏してなお、わずかに低空浮遊していた身体に迫る、斬り上げの重い斬撃。
手に生まれた罅だらけの感触をなんとか差し込んで――ガッ!!
重い衝撃が腕を駆け抜ける。
べきリと、そのたった一度の交錯でへし折れた漆黒の親骨。黒白一対の舞扇。
その犠牲の代わりに、身体は斬り上げの衝撃と私自身の飛翔によって、迫る斬撃の軌道の外、天上高くへと吹き飛ばされる。
辛うじてすり抜けた大剣の切っ先。
強烈な踏み込みと共に、掬い上げるように跳ね上げられたそれは、正確に私に向けられたまま。
グッと引かれる切先。撃ち出すように突きあげられる切先は遥か下方だけれど、あの騎士には斬撃を飛ばす能力がある。
間合いの外で無意味な一撃を振るうような間抜けでもない。
「しっかりしろ、私!」
ほろほろと、舞い落ちる月華の魔力の燐光に誘われるように、立ちはだかる騎士の背後、開かれた扉の向こうの月明かりを目指して急降下!
ズビュンと、とんでもない風切り音を響かせて、レーザーのようにまっすぐに射出されたであろう、大剣からの不可視の飛ぶ斬撃に、空中でよじった身体に置いて行かれた綺麗な白銀の髪が散らされる。
はらりはらりと舞う髪を犠牲に、けれど、MP残り数ドットで耐えきった!
一撃をみまおうとかそんな事、一切考えない。
今のこの身体に、そんな能力ありはしない。
ただ、一つだけ。ずっと、ずっと。白い月明かりの下を、何度もリスポーンしながら飛び続けた私の証。
レベルはまだ1。武術系も、魔術系も、純粋な戦闘系スキルは今なお未習得。
けれど――。
「飛ぶことだけは、誰にも負けたくない……!」
幾千、幾万と繰り返した飛翔の果てに、Lv.5まで磨き上げた【魔力飛翔】。
今、残された魔力のすべてを、そこへ注ぎ込む!
思い出す。
あの夜、初めて月光の下で舞い踊った時のことを。
指先をしなやかに伸ばし、身体の軸を整える。ほんの少し腰をひねり、風に身を委ねるように。
こんな時なのに、口元には小さな微笑み。
……ふふっ。
だって、これも私の大好きなことなのだから。きっと、このスキルは応えてくれる。
【月華の舞い】。
さらさらと身体から零れる月華の属性を宿した魔力の燐光が、私の動きに合わせて流れを変える。
ふっと、身体を押し返していた風の抵抗が軽くなる。
「……いける!」
吸い寄せられるような、圧縮された鋭利な空気の塊の横をひらりとすり抜け。
騎士の頭上を通り越し、私は一筋の白銀の光となって、真っ直ぐに飛び抜ける。
ひゅぉぅ。
風鳴の音を耳元に響かせて、騎士の背中をするりと、気まぐれな風の妖精が、からかい、踊り抜けるように。
開かれたままの片扉を……抜け、た!!
残りMP、1ドット。
《死亡しました。5秒後にリスポーンします。Lv1のため、デスペナルティーは免除されます》
そして当然、月明かりに照らされる中、全力飛翔した私の身体は魔力の粒子を散らせて消えた。
最後、色を失い、暗転していく見慣れた視界。
その隅に、不思議そうに小首を傾げ、垂れ耳をへにょらせた女の子の姿が映りました。
相変わらず表情は乏しいけれど、差し出された小さな両手に、私の身体から散った月華の煌きがふわり、ふわりと集まっていく。
そして、その時。
この子の顔を覆っていた黒い靄が、さらに薄くなったような――。




