第11話 『白と黒の双子月』
ふよふよ。まずはやっぱり一番目立つ、お城の中央部分からよね。
浮島という限られた場所だとは判明したけれど、むしろだからこそ燃える展開とも言えるわ。
空に浮かぶお城を擁する敷地、しかもたぶん、プレイヤーでは私だけの独り占め状態継続中。
ファンタジー好きにとっては憧れのシチュじゃない?
全体はだいぶ崩れてしまっていて、まともに探索できそうな場所は限られているけれど、お城に、教会、図書館。
それにお城本体とはどうも別に建てられていたらしき、塔。
重点探索目標はこの4か所かしらね。
『……、…………』
「……あら?」
今、何か聞こえたような。
すごくか細い声……ううん、言葉というよりは、誰かの吐息みたいな?
花が風にそよぐ音とは明らかに違う、生き物の気配を感じさせる何か。
きょろきょろ、辺りを見渡してみると……。
「……っ!」
視界の隅で、黒い何かが動いた!?
この1か月、私以外に動くものなんて、ほとんど見かけなかった世界。
以前にも何度か、黒い人影みたいなものが揺れるのを見た気がしたけれど。
「……やっぱり、見間違いじゃなかった?」
さっき見たランキングのこともあるもの。
もしかして、本当に。この浮島には、私のほかにも誰かがいるの……?
今黒い何かが見えたのは、私のいた花園とお城を結ぶ、砕けたモザイク模様の道から左に分岐した先。
行動範囲も広がったのだから、せっかくの変化を見逃す手はないわ。行き先変更!
この辺りまで来ると幻月花も少なくなって、いろいろな植物が無秩序に生い茂ってる。
蔦植物に覆われた灰色の塔の大きな正面扉は、右半分が外れてこちら側に倒れてる。
「お邪魔します」
半分だけ開いた扉をくぐると、意外なことに塔の中はとても明るかった。
「……わぁ」
真っ先に目を奪われたのは、塔の最上階までまっすぐに伸びる、巨大な吹き抜け。
その周囲をぐるりと取り巻くように、二本の螺旋階段が上へ、上へと続いているの。
各階のお部屋は、そのさらに外側へ並んでいるみたい。
そして、何より変わっているのが……。
「……白と黒の、随分と綺麗なモノトーン?」
塔の内装は、純白と漆黒の二つの色で造り分けられていました。
螺旋階段も同じ。一方は白く、もう一方は黒い。
吹き抜けを挟んで向かい合いながら、互いを追いかけるように最上階へと巻き上がっていく二本の階段。
まるで、白と黒の糸を撚り合わせたみたい。
「ふふっ。なんて素敵な造りなのかしら。誰かいます……か?」
恐る恐る声をかける。さっき見えた何かがいるんじゃないかと、期待半分。
けれど、反応は何も……。
「……! 今、そこに確かに」
いた。今、確かに何かがいた。かなり上の方の、黒い階段のある側。
黒の背景に黒色で見づらかったけれど、あちこちから取り込まれた月明かりに浮かび上がるように。
「尻尾と耳よね? ふさふさしていた気がするけれど……でも、わんこやにゃんこにしては大きすぎるし、むしろ人のシルエットにしか見えなかったような」
黒い階段を追いかける? それとも、反対側の白い階段?
けれど、どうしてかしら。どちらも、なんとなく足を踏み入れるのをためらってしまうのよね。
「って、そうでした。私、飛んでいるのでした」
ふふん。そうよね! 何もわざわざ階段を使わなくても、吹き抜けをまっすぐ昇ってしまえばいいじゃない?
途中のお部屋も気になるけれど、それは後回し。
まずは、あの不思議な人影に追いつかなくちゃ!
どこかの階でお部屋に入ったかもしれないから、じっと目を凝らして、見落とさないように。
「また……ねえ、待って。待ってくださらない?」
確かに見えた。ほんの一瞬だったけれど、飛んでいる私よりもはるかに速く駆け上がったとしか思えない、もうほとんどてっぺん付近。
黒い階段に、確かに耳とふっさふさの尻尾を揺らす人影!
背格好はかなり小さい、それこそ私よりも。リアルにいたら、中学生くらい?
プレイヤーを示すアイコンも見えなかったから、あれが私の比較的近くにずっといた住民なのかも。
でも、不思議なのは確かに視界にとらえたはずなのに、目の焦点があったと思った時には影も形もいなくなってしまっていた事。
「ま、まさか幽霊とかじゃないですよね?」
ゲーム内のモンスターとかでそういうのが出てくる分には、グロテスクなホラーテイストじゃなければ割と平気だけど……。
はっきりと姿を確認できたわけじゃないから、一抹の不安がよぎる。
――結局そのまま飛翔を続けて吹き抜けの最上部、塔の最上階にたどり着いてしまったわ。
そこは最上階全体が広々とした一つの部屋になっていたけれど……うん、ここにはもう、あの不思議な影の姿はないわね。
「やっぱり、追いつけなかったわね……」
がっくりと肩を落として、宙に浮いたまま大きくため息をつく。
あんなに小さな身体で、飛んでいる私を置き去りにするほどの速さ。
それに、確かに姿を捉えたはずなのに、目を離した途端に消えてしまうなんて。
普通の住民(NPC)とは、少し違う存在なのかもしれないわね。
「うぅ。お話してみたかったのに」
でも、ここで諦めるのはまだ早いわね。もしかしたら、この塔を調べているうちに、また会えるかもしれないもの。
「まずはここがどんな場所なのか、調べてみましょう」
気を取り直して、広間を見回してみる。
円形の広々とした部屋のそこかしこには、長い年月のせいで埃を被り、すっかりボロボロになった大きな天球儀や、破れて色褪せた羊皮紙に描かれた星図の残骸が、まるで忘れ去られた遺物のように散らばっている。
「何かしら、これ。ここは天文学とかを研究していた場所……とか? ファンタジー的に占星術とかは定番よね。それこそ王様への助言役とか……もしかしたら宮廷魔術師の遺産なんかあったりして」
それにしても。
「……綺麗」
つい、意味ありげでおしゃれなアイテムの数々に目が行ってしまったけれど、何よりの見どころはこっちね。
そこに広がっていたのは、言葉を失うほどに美しい、巨大な天井画。
濃紺の夜空を背景に、無数の宝石や鉱石が星々のように煌めいているの。
「……すごい」
まるで、本物の星空をそのまま閉じ込めてしまったみたい。
……あら?
しばらく見上げているうちに、ふと気がつきました。
あの星々、ほんの少しだけ、動いていない?
「……待って。これ、もしかして……」
ふよふよと浮かぶ位置を変えて、もう一度確かめてみる。
「天井が……透けてる?」
そうなの。
濃紺に見えていた天井の漆黒部分は、この浮島の大地と同じ、漆黒なのに透き通った不思議な鉱石でできているの。
そして、その天井の向こうには、本物の夜空。
宝石細工によって描かれた星々と、透けて見える本物の星空が重なり合っていたのね。
「なんて綺麗なの」
そして、その二重の星空を背景に描かれていたのが――。
「……二つの、月?」
互いに寄り添い、優しく絡み合うように夜空を翔ける、二つの大きな月。
一つは、今もこの浮島を優しく照らしてくれている、純白の穏やかな満月。
そして、もう一つは――。
光を宿さない、漆黒の月。ただの暗闇とは違うの。
周りに散りばめられた星々の輝きの中で、その輪郭だけは、不思議なほどはっきりと感じられる。
何も照らしていないはずなのに、確かにそこに在る。
まるで、すべてを吸い込んでしまうような、深い黒。
「でも、なんだか不思議。二連星……ううん、双子の月……って、呼ぶべきかしら?」
U-topiaの世界に複数の月が存在することは、WIKIにも載っていました。
『始まりの街』の空には、赤、青、緑、黄の小さな四つの月。それぞれ魔術の基本四属性と深く関わっていて、大きな白い月は、時折しか姿を見せないらしいの。
なのに、この浮島では夜が明けず、見上げればいつも白い満月がある。
そして、黒い月。
「そんな月、聞いたことないわね」
WIKIにも掲示板にも、『白と黒の双子月』なんて情報はなかったはず。
少なくとも、『黒い月』なんていかにも意味ありげな天体が浮かんでいたら、話題になりそうだものね。
「あら?」
塔の中心に浮かんだまま天井を見上げていた私は、ふと気がつきました。
白と黒、二つの色で造り分けられた天井。
よく見ると、漆黒の側には白い月が、純白の側には黒い月が描かれているのね。
どうして、わざわざ反対の色の場所に描かれているのかしら? そんなことを考えながら見上げていると――。
「……っ!」
黒い天井に施された、白い月のレリーフ。
その向こうに透けて見えていた本物の満月が、今まさに、ぴたりと重なりました。
瞬間。白い月のレリーフが、一際眩い輝きを放ったの。
「……え?」
漆黒の透明な天井を透かして差し込んだ月明かりが、宝石細工の月をレンズに見立てて収束し、一筋の光が下へと伸びていく。そして螺旋階段の中心、吹き抜けを突き抜けて最下層、入り口のある1階中央の床を照らし出しました。
ゴ……ゴゴ……。
「……ひゃっ!?」
部屋のどこかから、重い仕掛けがわずかに動くような音が響いてきます。
「な、何!? 何が起きるの!?」




