第10話 『自由な空の行き止まり』
月明かりに祝福された花園に、私は帰ってきた!
『始まりの街』は今ごろ、第2陣のプレイヤーたちで賑わっているのでしょうね。
そんな喧騒とは無縁のこの花園。昨日までと何も変わらない完全なる静寂の世界……では、もうないの。
物静かな弦楽器の心地よい調べに、思わずこのままゆったりまったり、幻月花にうずもれて寝そべりたくなっちゃう一段上の素敵空間。
「ランキングイベントの報酬も気になるけれど、活動時間がどれくらい伸びたか確認がてら少しだけ飛んでみましょう」
私のユニークシナリオが一筋縄でいくとは思えないから、限られたリソースをどこに振り分けるか考える時間が必要だもの。
もうすっかり慣れた、仮想世界の空を飛ぶ感覚。
MPの減り方は少し前までとは雲泥の差。それでも、何もしなくて1時間、巡航速度で飛んで7分くらいかな。
ぼーっとしているだけでも5分ごとにリスポーンしていたのが嘘みたい。
「ふふっ。これなら、今まで後回しにしていたところも探検できそうですね!」
過ぎゆく一面の花園を抜け、夜風をきって飛翔する。
真っ先に到達したのは大分原形をとどめているお城の中央部分。
今までいたのはお城の中庭に設けられた広場だった場所ね。
「ん、これはどういう事かしら……?」
ゆったりと上空へと駆け上り、遮る物も無くなったことで遥か彼方まで視界は通るようになったはず。
それだというのに、あちこち崩落した城壁の向こう側にはただ闇と夜空が広がっているばかり。
左右の端を見渡しても同じ。まるで地平線が突如すぐそこに現れたみたい。
背の低い植物に覆われた大地は、唐突に途切れてる。
獲得した【月華の魔吸】の効果は、周囲のマナを取り込んで私自身のマナ(MP)に変換するというもの。
取り込めるマナの属性は私自身と親和性のあるものでないとダメという制約付き。
「んーとりあえず行ってみましょう」
ふわふわ、ひらひら、動く影一つない大地の上を飛翔して。
やってきました世界の果て。
高度は飛行機なみかしら。人並みの視力しかないこの身体の眼では、夜の帳に包まれた地上の細やかな様子までは見えるはずもないけれど。はるか遠く、人々の営みを感じさせる温かな輝きが過ぎゆく速さは、ほどほど。
「ということは……」
ゆっくりと振り返り、月明かりに照らされたお城の姿を見つめます。
「このお城も、あのお花畑も……全部、お空の上に浮かんでいたの!?」
そう。私が一か月も過ごしてきたこの場所は、空高くに浮かぶ、巨大な浮島だったのです!
「すごい。すごい! これって、ものすごくファンタジーじゃないですか! ん~、一応。一応、ね?」
飛行時間的に地上にまで下りられるわけはないけれど、この浮島の底面の構造くらいは見ておきたい。
ふよふよ、高度を落として切り立った大地の端を乗り越えようとしたまさにその時。
《死亡しました。5秒後にリスポーンします。Lv1のため、デスペナルティーは免除されます》
にゅぁぁ~!?
まだMPは十分にあったのに! 一瞬で0になって死亡判定をもらってしまいましたよ。
攻撃されたとかでもないし、月明かりはずっと私を優しく見守ってくれているから、MP補給が途切れたわけでもない。
しいて言えば、微かに幕を突き破るみたいな、軽い抵抗があったかも?
分からない事があるなら、とにかく試すしかない! 幸い今は死んでもデメリットはないLv.1。
ひらひら~。
《死亡しました。5秒後にリスポーンします。Lv1のため、デスペナルティーは免除されます》
ふよ、ふよふよ……ぴゅーん。
《死亡しました。5秒後にリスポーンします。Lv1のため、デスペナルティーは免除されます》
ぐぬぬ、全速で、どうだ! きーーーん。
《死亡しました。5秒後にリスポーンします。Lv1のため、デスペナルティーは免除されます》
はい……。
どうあってもこの島から外へ、飛行して出る事はできないみたいです。
「むぅ……いいでしょう、今は負けを認めてあげます。降参ですよ!」
上から、横から、地表すれすれと見せかけて一気に急上昇。
速度も角度も変えてみたけれど、どうあってもこの島から外へ飛び出すことはできないみたい。
【魔力視】で凝視してみても、そこには何も見えません。
それなのに、境界を越えようとした瞬間、残りのMPが一気に消し飛んでしまうの。
まるで、浮島全体を覆う見えないドーム状の即死領域が展開されているみたい。
「……むぅ」
やっと、思いっきり空を飛べるようになったと思ったのに。今度は、島の外へ出ることができないなんて。
なかなか思いどおりにはいかないものですね。
……でも、まあ。
以前はお城の中にさえ、まともに入れなかったのだもの。
こんなに広い場所を自由に探検できるようになっただけでも、大きな前進よね!
何度か飛び回って、浮島の様子も少しは分かってきたわ。
私のリスポーン地点でもある花園は、どうやら島のほぼ中央にあるみたい。そこを中心に、いくつもの建物を抱えた広い城跡があり、さらに外側には、その敷地をぐるりと囲んでいた城壁の名残が続いている。
でも、不思議ね。これほど大きなお城なのに、城下町らしいものはどこにも見当たらない。崩れた城壁の向こうには、ただ植物に覆われた大地が広がるばかり。
ところどころ、植物の途切れた場所から浮島の地肌が覗いています。
黒曜石に似た漆黒なのに、宝石みたいな透明感がある、不思議な材質。
これ、採掘できたら相当珍しい素材になりそうね。
見ているだけでも、思わず触れたくなるほど綺麗なんだもの。
ふぅ……。
飛行距離も伸びて大分気持ちよかったけれど、少し疲れたので、イベント報酬確認タイムにしましょう。
「ランキング上位獲れるのなんてほとんどないと思っていたから、イベント情報もあまりきちんと見ていなかったのですよね。どれどれ~?」
報酬はどれもゲーム内メールに添付されているので、ポチポチと開いていく。
★ ════════════════════════ ★
◆最多死亡数ランキング:1位
報酬:特殊モーション『死の誘い』 *保有属性等でエフェクト変化
報酬:アクセ『身代わり人形』×1個 *死亡判定を受ける時1度だけHP1で生存する
報酬:家具アイテム『棺桶』 *デザインカスタマイズ可
◆最長飛行時間:1位 (地に足をつけていない時間)
報酬:特殊エフェクト『飛行・風の戯れ』 *保有属性等でエフェクト変化
報酬:家具アイテム『羽根を閉じ込めた籠』
◆累計MP消費量:3位
報酬:特殊エフェクト『あふれ出る何か』
報酬:中級魔力ポーション×5
報酬:家具アイテム『光る水の入ったポーション瓶』
★ ════════════════════════ ★
最多死亡数は私が2位に100倍以上の差をつけてぶっちぎり。ただ……。
「あら? これ、HPが存在しない私でも使えるのかしら?」
なんだか、ものすごく嫌な予感がするのだけれど。
最長飛行時間のランキングは、一定以上の飛行時間を満たした上で、プレイ時間に占める飛行時間の割合で順位が決まるらしく、同率1位がかなりの人数いるみたいですね。
ここで舞った時に1歩、地面に足をつけていますが? あ、なるほど。累計10秒以内は0にカウントすると。それでこれはランキング同率1位が大量生産されたのですね。
他のランキングもかなりプレイヤーフレンドリーというか、優しく設定されているみたい。運営の性格の良さがにじみ出ていますね。
飛行ガチ勢向けには最長飛行距離とか、到達最高高度、到達最高速度みたいにいろいろなランキングがありますから、ギスギスするような事でもないと。そしてどれも自力達成が条件なので、到達最高高度では私はランク圏外。
累計MP消費量で3位というのは、レベルも上がってポーションも使っている前線組がいるから、ちょっと意外? と思ったけれど、リスポーンで全回復して常時消費していたからかな? 普通はプレイ時間中常に魔法を垂れ流すわけでもないだろうし。
そういえば、公式生配信での情報公開を承諾した御礼もあったわね。
……おぉ、課金ポイント10万円分!
実は私、かなりの高額預金を持っているのよね。
ただし、ちょっと不思議なことに、そのお金がどうして私のものになったのか、よく覚えていないの。
医療関係は治験扱いで、むしろ謝礼までいただいているから、つつましく暮らすだけなら一人でも何とか生きていけるのだけれど。もちろん、ママが私を溺愛してくれているから、そんな心配をする必要はないのよ?
ただ、忙しすぎて、なかなか会えないのはちょっと寂しいかな。
私のために頑張ってくれているって、わかってはいるのだけれどね。
それで、あの預金のお話。
どうにも記憶が曖昧で、ママに尋ねても『ストレス反応が改善したらね』って、教えてくれないの。
男性恐怖症に、軽い人間嫌いを思えば……うん、やめやめ。
楽しまなくっちゃ、損! どうでもいいから忘れているのよ。
むしろこうして、たーっぷりと悠々自適にゲームプレイ時間が確保できる、勝ち組生活に感謝しなきゃ♪
オリジン・ラウンジで癒してくれるエリシアさんにプレゼントとか、後で買っちゃおっかな~。
ちょっと興味がわいたから、どんなランキングがあったのかも調べてみましょう。
獲得ゴールド最多で名誉称号『黄金の嗅覚』に、換金アイテム『贋金のインゴット』……いや、それ換金したら捕まるんじゃ!? それと、家具『豪華な宝箱(空)』。
『始まりの街』の東西南北にいたボス討伐ランキングは、街の広場に石像が1か月設置されるのと、生産素材がいくつかに、家具『トロフィー』。ああ、なるほど、2陣以降も同じようなイベントがあって、石像は入れ替わるわけね。
どの報酬も名誉的な物とか、外見、アバター系統が多め。後発ともここで大きな差はつけないよ、という運営の意図が見えるわね。
かなり膨大なランキング項目を、すらすらと見ていくと……。
「あら? 私がこのランキングにかすりもしていないの……なんで?」
ふと目に留まったのは、『最も近い住民(NPC)までの距離・期間平均』に関するランキング。
さっきここが浮島だと分かって、地上とは常にあれだけの距離がある環境。
とんでもないへき地とか、異空間に飛ばされてるみたいなプレイヤーもいるかもだから上位ではなかったとしても、完全なランク圏外というのは……。
「この浮島には誰か……いる?」
そういえば、以前に数回だけ見かけた、あの黒い影。
まさか、見間違いじゃなかった……?
思わぬところでヒントを拾ったかもしれませんね。




