砕いても戻りますが、挟まれば止まります
岩が一つ、また一つと浮いた。
小道の脇の土が割れて、下から拳ほどの塊が抜け出してくる。化け物の周りに宙で並んだ。並び終わると同時に、飛んだ。
ドウジが前に出た。
「下がってろ」
一振りで三つ砕けた。破片が顔の横を抜けていく。四つ目を掌で受けて握り潰し、五つ目は肩に当てて逸らした。狼、強い。
緑の異形は、道の脇にいた。枝分かれした腕は下がったままだ。それは霧に戻り、草の上を低く流れて、木立の陰で見えなくなった。部下に丸投げして退勤である。管理職の風上にも置けぬ。
砕けた破片が、地面を跳ねた。跳ねたまま、止まらない。転がる向きが、揃っていた。
破片は化け物の足元へ集まった。盛り上がりの中心へ吸い込まれて、内側から押し出されるように腕が組み直る。砕く前と、同じ形に戻った。
「戻ってやがる」
二度目が来た。ドウジが同じだけ砕いた。破片は同じ道を通って中心へ帰る。帰る速さは、飛んでくる速さより速い。
リラが目で追った。
中心に集まる瞬間だけ、破片は隙間なく詰まっている。表面が一枚の岩になる。硬い時間は短い。外から届く角度は、どこにもない。
弾は減っていない。砕いた分がそのまま、次の弾になっている。永久機関である。物理法則に謝ってほしい。
「キリがねぇ」
ドウジの膝が沈んだ。
カイが動いた。
輪郭をほどいて散る。数十の蝙蝠が低く回り込んで、腕の組み上がる継ぎ目へ向かった。岩と岩の間に、隙間がある。蝙蝠たちはそこへ、順に入った。
最後の一匹が入ったところで、岩が閉じた。
閉じきらなかった。
継ぎ目にカイが挟まっている。文字にすると間抜けだが、作戦である。腕の岩は半分だけ戻って止まった。中心の盛り上がりが波打つ。破片が帰る道を失って宙で滞った。表面の一枚岩ができない。
射線が、空いた。
「お嬢さんそのまま射貫け!」
「王女と呼びなさい!」
「今それどっちでもいいだろ!」
リラの手が上がった。
滞った破片の間が押し退けられる。指を差し込むように岩がめくれて、奥まで道が通った。
中心の奥に、拳より少し大きいものがあった。表面が濡れている。それが持ち上がって、体から引き抜かれた。宙で止まる。
リラが、指を閉じた。
核が潰れた。音は、小さかった。
岩が一斉に落ちた。腕が崩れ、胴が崩れ、盛り上がりが平らになって、土煙が横に流れた。
カイは土煙の中から出て、元の形に戻った。肩の埃を払う。挟まれた身にもなってほしい、という払い方だった。
◇
土煙が薄くなった。
岩は道の上に散らばったままだった。ドウジが一番大きい塊を足でどけた。
「これは、本体じゃない」
リラが言った。
「侵食された、人間」
ドウジの足が、止まった。
「……世界を、こいつらだらけにするって事か」
「一定の数になれば、感染は止まらなくなる」
「ならば逆に、我らだけでは少なすぎるだろう」
カイが言った。フランが両手を後ろで組んだ。
「切り札なら、一応ありますよ」
ドウジが振り返った。
「それでダメなら、それでいい」
「ああっ?」
フランは道の先を見ていた。
「私は、彼らの理論も否定しません」
ドウジが口を開きかけた。
「そもそも王族は、獣の気など糧にもしない」
リラは、何も言わなかった。
「ふざけるな。お前も人間だったんだろうが」
カイが言った。フランがカイを向いた。
「私が重んじるのは、王女の御心のみ」
……この執事は、忠義の置き場所が深すぎて底が見えない。
◇
小道の上で土煙が薄れていった。風は止んでいた。
砕けた岩が道いっぱいに散らばっている。その手前に、カイたち四人。奥の草の際に――三人が、立っていた。
例の、道路管理たちである。
「侵略者の天敵だったって事ね」
変形の男が言った。独り言のような声だった。球体の男が首を伸ばして岩の山を見ている。七色の娘は、こちらを見ていた。正確には、王女を。
答える者はいなかった。フランが道の先へ体を向けた。
「リラ、行くぞ」
ドウジが言った。リラが歩き出す。
七色の娘が、一歩前に出た。
「あなたはリラじゃないわよね。どういう事」
リラの足が、止まった。肩越しに、振り返る。
「私は鏡になっただけ。あなたは逆よね。受け入れて、変化する」
「……あなたは、誰?」
「深淵からの、瞳……」
娘の口が開いた。言葉は出てこなかった。もう一度開いた。やはり、出てこなかった。
カイにも、王女の言葉の意味は分からなかった。ただ、その声がその時だけ、いつもの命令の声とは違って聞こえた。気のせいかもしれない。気のせいでは、ないのかもしれない。
球体の男が手を挙げた。
「お前らは、食わないのか?」
「食らうのは異常者でしょ? あなたの世界と同じ」
三人は黙った。
「急ぎましょう」
リラが言った。四人は小道の先へ向き直った。歩き出す必要はない。草が一度揺れて、次の瞬きの時にはもう、四人はそこにいなかった。
……この三人と同じ食卓を囲む日が来ることを、この時の四人は、まだ知らない。




