閉園後の見回りですが、時給は出ません
よく晴れた朝だった。
片側一車線の道は空いている。田んぼと倉庫と自販機。信号はさっきから青しか出していない。その道を、社会貢献研究所の軽トラックが一台走っていた。
「なぁ相馬。なんでうち、いっつも軽トラなんだよ」
助手席の凛が窓枠に肘を掛けたまま言った。
「あの爺、絶対わざとだろ」
「わざとだな」相馬はハンドルを握ったまま答えた。「変形させてもヘボロボットにしかならん」
「認めるのかよ」
「事実だ」
世界を救えるレベルの変形能力も、素材が軽トラでは十五メートル級の軽トラにしかならない。装甲は薄い。積載量は三百五十キロ。夢がない。
真ん中に押し込まれたユキが膝を寄せた。シフトレバーが膝の内側に当たっている。
「でも相馬はパワーアップしたじゃない。飛行機とか」
「蹴るな」
「蹴ってない。当たってるだけ」
「当てるな」
「じゃあ凛がロック鳥出して、軽トラごと運べばよくない?」
三人とも黙った。
凛が想像した。ユキも想像した。相馬は運転しながら想像した。荷台に爪を掛けた巨鳥と、その下でぶら下がる軽トラックと、真下を歩く一般市民の頭。
ため息が三つ同時に出た。
「やめとこう」
「やめとこ」
「やめておけ」
◇
本日の依頼は、市立動物園の夜間巡回である。
依頼書には「閉園後に二名以上で園内を回ること」。下に手書きで「動物に触らないこと」と添えてあった。
「触らないってさ」凛が言った。
「触るなよ」
「触らねえよ。……なんで俺を見て言った?」
「前科があるからだ」
軽トラックが正門前に停まったのは、夜の十一時を過ぎた頃だった。ユキが助手席から転がり出て、膝を伸ばしながら門をくぐる。
三歩で、足が止まった。
柵がねじれていた。
展示の岩が割れ、砕けた欠片が順路の敷石まで飛んでいる。園灯の一本が根元から傾いて、光が斜めに地面を舐めていた。
「……巡回、っていうか」凛が言った。「事後処理じゃんこれ」
その斜めの光の中に、三人いた。
背の高い男が上着も着ずに立っている。黒い上下の男が首を傾げている。真ん中に少女がひとり、この惨状の中でただ一人だけ、髪の一筋も乱れていない。
「なんで俺がこんなことをしなきゃならん」上着なしの男が言っていた。
「口を閉じなさい」
仲間割れである。
「都合いい」凛が舌打ちに近い息を吐いて、一歩前に出た。
相馬はすでに動いていた。園の送迎バスが灯りの外に停めてある。手を触れると車体の継ぎ目が鳴った。屋根が割れて肩になり、前輪が畳まれて腕になり、座席が背骨のように連なって立ち上がる。運転席がそのまま胸の位置に収まって、相馬はシートベルトを締めた。
「敷地内は私有地です」十五メートル級のバスロボットの中から、相馬は生真面目に言った。「道路交通法の管轄外だ。遠慮なくやります」
「誰も聞いてねえよ」
凛は園灯を見上げた。手を伸ばす必要もない。電球が音を立てて割れ、割れた球の内側から丸い背中が押し出されてくる。四つ足が地面を掴み、足跡の下から苔が広がった。生まれて三秒の怪獣が、生まれて三秒の森を連れている。
ユキは目を細めて夜から色を拾った。園灯の橙、看板の青、岩の白、男の上着の黒、苔の緑、縁の黄、自分の靴の赤。七色。
掌の上で七つの色が縒り合わさり、虹の弾になって夜へ飛ぶ。
ちなみに以前のユキは、色を集めるたびになぜか謎のおっさんへ変身する工程を挟まされていた。先の事件を経て、その工程は省略された。本人いわく「パワーアップ」。凛いわく「無駄な中間工程のリストラ」。
バスの腕。怪獣の突進。虹の弾。三人分が同時に届いて――
誰にも、当たらなかった。
バスの腕は、少女が指を一本動かしただけで逸れて空を叩いた。怪獣の突進は上着なしの男が跳んで避け、避けたついでに首を掴んで投げ返した。虹の弾は黒い上下の男に届く直前、男ごと蝙蝠の群れになって散った。
三人とも、一歩もこちらに詰めていない。
「……もう何も信じられん」凛が言った。
少女が正門のほうを向いた。園灯の斜めの光が、そのとき初めて顔にかかった。
ユキの口が、勝手に動いた。
「――アヤ?」
少女の目がユキを見た。それだけだった。
「いや。……やっぱ、違う」
ユキは自分で首を振った。振ってから、振った理由が自分でも分からなかった。
「引くわよ」少女が言った。
「はぁ? やっと乗ってきたところだぞ」上着なしの男が吠える。
「あんたが乗ってどうすんのよ」
少女は正門の外を見たまま言った。
「あれは闇じゃない。殺す理由が、こっちにないの」
男は言い返そうとして、言い返す先を見失った。黒い上下の男が最後に振り返って、軽く頭を下げる。
「お嬢さん、これでよろしいのかい」
「王女と呼びなさい」
三人は柵の切れ目から出ていった。追う理由も、追える速さもなかった。
バスが継ぎ目から順に元へ戻り、怪獣は電球に吸われて消える。
「で、どう報告すんの」凛が言った。
「巡回中に異常あり、と書く」
「異常」
「異常だ」
ユキは正門の外を見ていた。もう何も見えない。
「……アヤ」
その呟きは、誰も聞いていなかった。




