封は緩みますが、掃除が増えます
道は露店の裏を回っていた。足元の土が湿っていた。奥の暗がりから、風が来ていた。
右手で、音が鳴った。
オルガンだった。調子が外れていた。天蓋の電球が何個か点いた。消えた。また点いた。メリーゴーラウンドが、回りはじめた。速さは上がらなかった。
木馬の間に、白い頭。
一つではなかった。木馬の背から下りた。土に落ちた。四つで立った。長い口が開いていた。歯が、並んでいた。
一体が土産物の棚に頭を突っ込んだ。棚ごと噛んだ。木が割れた。飲み込む音がした。
凛が足を止めた。
「食ってる」
「見りゃ分かる」
相馬の声だった。ユキが道の縁まで下がった。ドウジが前に出た。
白い頭がこちらを向いた。土を蹴った。
――門番が、動いた。
広場から真っ直ぐに来た。関節が鳴り続けた。先頭の一体の首を掴んで、地面へ押し倒した。土が跳ねた。門番はそのまま、押さえていた。
誰も動かなかった。通してくれた上に加勢である。年間パスの申請は正しかったのかもしれない。
残りが散った。露店の並びを回り込んできた。
「ユキ」
ドウジの声だった。ユキが両手を前に出した。球がいくつか浮いた。光が薄く広がった。木馬の影の下に、点がいくつも見えた。
「四つ! 右のは二匹だよ、並んでる!」
ドウジが踏み込んだ。低い姿勢から斬った。一体が横へ転がった。起き上がってきた。ドウジがユキの前に立った。
上から音がした。カイが落ちた。爪が背に入った。すぐ離れた。翼を打った。また上がった。
「腹が柔らかい」
「聞いた」
相馬が柵に触れた。腕が光った。鉄の柵が伸びて、地面に刺さった。露店の並びの隙間が塞がった。
「こっち通れ! 右は駄目だ!」
凛が硬貨を弾いた。指の先で回った。土に落ちた。
「塞いで」
地面が盛り上がった。出てきたものが道の脇に立った。白い頭が二つ、そこで止まった。凛が息を吐いた。
「あと少し持って」
リラは道の縁に立っていた。前へは出なかった。
メリーゴーラウンドがまだ回っていた。木馬の背から、また下りた。数が増えていた。天蓋の電球が、全部点いた。
門番は押さえたままだった。首も上げなかった。
柵の外に、噛み跡。
◇
木馬の背から下りるものが、途切れなかった。
相馬が柵から手を離した。走った。回っている台に足をかけた。床が回っていて、そのまま乗った。
「ドウジ、寄せろ」
「どこへ」
「乗り場」
相馬が木馬の首に触れた。腕が光った。木が膨れた。背から翼が出た。塗装の下から、鱗が出た。それだけだった。
中に何かがいるものは、乗り物ではない――その線は、越えなかった。木の側だけを借りた。中の何かは、起こさなかった。
相馬がその首に乗った。台から離れた。低いところを一度回った。
ドウジが横から押した。一体が転がって、乗り場の柵へ当たった。カイが上から追った。爪で肩を裂いて、離れた。凛の呼んだものが道の脇に立ったままだった。
「右、二匹まとめて来てる」
ユキの声だった。球がいくつか浮いていた。光が薄く広がっていた。
飛竜が低く入った。翼が土を打った。白い頭が三つ、乗り場の側へ転がった。
観覧車が軋んだ。腕が下りた。ゴンドラの扉が、開いた。
開いた扉の奥に、暗がり。
白い頭が引き込まれた。扉が閉じた。金具が落ちた。ゴンドラが、上がっていった。
次のゴンドラが下りてきた。扉が開いた。
回収までが遊具の仕事だった。この園、有能である。
ドウジが二体目を押し込んだ。カイが三体目を落とした。凛が呼んだものを下げた。ユキが球を消した。
相馬が飛竜を台の上へ戻した。手を置いた。腕がまた光った。翼が縮んだ。木馬が支柱に嵌まった。
相馬が床から下りた。息が上がっていた。
「終いか」
「まだ残ってる」
凛が広場の方を指した。
門番が、押さえていた一体を引いた。乗り場まで引いて、ゴンドラへ入れた。扉が閉じるまで、手を離さなかった。それから、広場へ戻った。押さえていた場所に、土の窪み。
メリーゴーラウンドが止まった。オルガンが鳴りやんだ。天蓋の電球が、一つだけ点いていた。
木馬が、何頭か欠けていた。
リラは道の縁から動いていなかった。
◇
土埃が落ちた。広場が静かになった。
観覧車が回りはじめた。今度は、速さが上がった。ゴンドラが下で風を切った。軸が低く鳴った。
地面が、動いた。
露店の並びがずれた。幕が畳まれて、支柱ごと下がった。園路の敷石が持ち上がった。別の向きへ嵌まった。売店の庇が回った。奥の暗がりが左へ寄った。新しい道の口が、出た。
池の方で音がした。鉄橋が動いていた。橋げたが片側から離れた。向きを変えた。また嵌まった。
六人は道の上に立っていた。足元の敷石は動かなかった。敷石の継ぎ目に、新しい線。
相馬が首を回した。広場から池の方までを見た。
「……掃くとこ、増えてねえか」
ドウジが黙っていた。凛が敷石の継ぎ目を靴の先で叩いた。カイが屋根の上へ戻らずに立っていた。
観覧車の軸の下で、金具が外れる音がした。
鉄が伸びた。段が出た。軸の裏を回って上へ続いた。上の端に床があった。手すりが四角く囲っていた。
軸の下に、鉄の階段。
リラが階段の下に立った。片手を手すりに置いた。上がった。
段が鳴った。ゴンドラが横を通り過ぎていった。リラの背が電球の光の中を過ぎた。影に入った。また出た。
上まで、行った。
リラが手すりの内側に立った。それから、下を見た。下に園路があった。屋根があった。池の水面があった。
風が、上を通っていた。
誰も何も言わなかった。
ユキが顔を上げた。
ユキは道の上に立っていた。手すりの高さまで首を反らしていた。そのまま、立っていた。
観覧車が回りつづけていた。ゴンドラが下りてきて、上がっていった。
広場に門番が残っていた。動かなかった。
電球が一つずつ点いていった。
園が、明るくなった。
◇
凛が屈んだ。敷石の外れたところに、四角い口。
下に段があった。相馬が柵の金具に触れた。腕が光った。金具が伸びて、口の縁に掛かった。凛が手を入れた。
紙の束が出てきた。縁が焦げていた。凛が一枚めくった。字が並んでいた。読める字ではなかった。
「戦の話っぽい」
「読めんのか」
「絵で分かる」
束の途中から、綴じ方が変わっていた。新しい紙だった。住所らしきものと、名前の列。
束の下に、畳まれた紙。
厚かった。四つに折られていた。折り目の端に線が出ていた。海の線だった。
凛が持ち上げた。畳んだまま脇に挟んだ。開かなかった。
ユキが束の上の一枚を見ていた。
「……これ、仏舎利と関係ある?」
誰も答えなかった。カイが首を振った。ドウジが束を見て、それから道の方を見た。
電球が一つずつ消えていった。園路が暗くなった。露店の幕は下りていた。券売機の窓が閉まっていた。
門番は、広場に立っていた。
リラは上にいた。手すりの内側から、動いていなかった。
相馬が口の縁の金具を戻した。土を靴の先で均した。
「明日、掃くとこ増えてるからな」
「あんたが増やしたんじゃないの」
凛が紙を挟み直した。
「これ、持って帰っていいやつ?」
「知らね」
園の灯が、最後の一つになった。




