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年間パスですが、通してもらえません

誰も答えなかった。

 門番が一歩前へ出た。関節が二度鳴った。傾いた光が横から当たっていた。広場の土は乾いていた。

 顔が見えた。口の両端が上がったまま、固まっていた。割れた塗装の下に、地金。片方の目の奥で、小さな灯が点いたり消えたりしていた。胸から下げた案内板は文字が褪せていた。肘の隙間から、配線が垂れていた。

 相馬が息を吐いた。

「……ゲートんとこに突っ立ってたやつじゃねえか」

 門番は答えなかった。

 ドウジが半歩だけ横へ動いた。ユキが柱の陰から出た。凛は入口の方を見ていた。カイは屋根の上に残っていた。露店の幕が一度膨らんで、落ちた。

 門番の首が回った。軋みが広場の端まで届いた。首が、リラのところで止まった。

 膝はつかなかった。頭も下げなかった。腕は下ろしたままだった。

 リラが、見返した。

 風が通った。売店の庇が鳴った。観覧車は止まったままだった。地面に、ゴンドラの影。

「戻ったな」

 門番はそれだけ言った。

 広場の奥へ道が続いていた。門番は、その前から動かなかった。

 相馬が道の方へ足を向けた。

 門番が横へ動いた。一歩だけだった。相馬の前で止まった。

「そっちは通れない」

 相馬が足を止めた。ドウジが半歩出た。門番は腕を上げなかった。

 門番の首がリラの方へ傾いた。軋みが鳴った。

「あんたは通る」

 首が戻った。灯が一度消えて、点いた。

「後ろのは、通さない」

 風が広場を渡った。露店の幕が鳴った。日が庇の影を長くしていた。土が冷えはじめていた。

 相馬は何も言わなかった。ユキが半歩下がった。カイは屋根の上に伏せたままだった。

 門番が観覧車の方へ首を向けた。乗り場の柵の内に、擦れた白線。

「前に、家族連れが並んでいた。四人だった。子供が二人いた」

 誰も口を挟まなかった。

「先頭まで行って、乗って、降りて、出口から帰っていった。次の日には、いなかった」

 胸の案内板が風で揺れた。褪せた文字が裏返って、戻った。

「その次の日には、別のが並んでいた。券を買って、並んで、乗った。それだけだ」

 首が戻った。笑顔の形をした口が、動いた。

「ただ、見に来てるだけだ」

 誰も答えなかった。ドウジが息を吸って、そのまま吐いた。ユキが広場の土を見ていた。相馬は門番を見ていた。

 露店の屋根に、鳥が一羽。

 凛が入口の方を見たまま、言った。

「うち、年間パスなんだけど」

 門番の口の両端は上がったままだった。灯が点いたり消えたりしていた。

 誰も笑わなかった。凛が口を閉じた。それきりだった。冗談は、たまに着地に失敗する。

 広場の奥の暗がりから風が来た。錆びた金属の匂いがした。

 リラが門番を見ていた。前へは出なかった。声も出さなかった。

 門番がリラを見た。首がそこで止まっていた。それから、道の前へ戻った。

「ここまでだ」

 門番はそう言って、動かなくなった。

 屋根の上で瓦が鳴った。カイが、下りた。

 カイが広場の土に立った。翼をたたんだ。爪が土に触れて、離れた。

 門番の首が回った。軋みが鳴った。

 カイが歩いた。門番の三歩手前で、止まった。

「そうだ」

 風が通った。露店の幕が膨らんで、落ちた。

 門番は答えなかった。灯が点いたり消えたりしていた。相馬たちは道の手前に立っていた。誰も口を開かなかった。

 カイが観覧車の方を見た。それから、門番に戻した。

「棺から出されたとき、手袋の指が入ってきた。ためらいがちだった。なのに、震えていなかった」

 門番の口の両端は上がったままだった。

 広場の土が冷えていた。日は庇の裏へ落ちかけていた。売店の奥で何かが軋んでいた。

「流れ込んできたのは、敬意と、慎重さだった」

 カイはそれきり言わなかった。門番の前から、動きもしなかった。

 門番の灯が消えた。しばらく点かなかった。それから、点いた。

 誰も動かなかった。

 広場の奥で音がした。金属が外れた。鎖が滑って、垂れた。地面に、鎖の先。

 事務所の裏の暗がりで灯が点いた。奥へ続く道の縁が浮いた。露店の並びの向こうまで、細く見えた。

 門番はそれを見なかった。観覧車の方も見なかった。

 相馬がドウジを見た。ドウジが道の方へ首を振った。凛が入口から目を離した。ユキが半歩前に出た。

 門番が横へ寄った。半歩だけだった。道の縁に立った。

「通れ」

 それだけだった。

 門番はそこから出なかった。足は広場の土に置いたままだった。

 相馬が歩き出した。門番の脇を通った。凛が続いた。ユキが続いた。ドウジが最後に通った。通りぎわに、門番を見た。

 リラが道へ入った。門番は、頭を下げなかった。

 カイが門番の前に立っていた。しばらくそのままだった。それから、背を向けて歩いた。

 門番は広場に残った。暗がりの側を向いていた。関節の音が止んだ。

 土の上に、剥げた塗装のかけら。


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