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話は三つだけですが、四つ目が出ます

研究室の窓が開いていた。夜の風が入ってくる。まだ、草の匂いがした。

 相馬の靴に土がついていた。床にも同じ土が落ちていた。誰も片付けなかった。机の上に紙が広がったままで、端が汚れていた。

 机の端の新聞に、機体の写真が出ていた。奇跡の不時着、とあった。誰も読み返さなかった。ムササビ忍者の目撃談がどう処理されたのかは、怖くて誰も調べていない。

 博士が棚を開けた。湯呑みを出して机に並べた。六つで、棚が空になった。

「足りん」

「俺は立って飲む」

 凛が短く笑った。

 ドウジが机の湯呑みを片手で取り上げた。

 湯呑みが手から手へ渡った。ユキが両手で受けた。凛が机の端に腰をかけた。カイが窓際に寄った。相馬は壁に背をつけていた。

「飲めよ」

「熱いのは後だ」

 外で虫が鳴いていた。湯気が上がった。博士が茶を一口飲んだ。

 リラが机の前に出た。全員を、見回した。

「話すわ。三つだけ」

「短いな」

「長くしても同じだもの」

「一つ。あれは病気じゃない。作り変えてる」

「二つ。作り変えた先は決まってる。人をやめて、向こうに寄る」

「三つ。誰でもいいわけじゃない。選んでる」

 ユキが湯呑みを下ろした。凛が目だけ上げた。相馬が壁から背を離した。

 リラが続けた。

 リラが窓の方へ半歩動いた。

「向こうの数は減ってない。こっちが減った分だけ――」

「――実は、我々も知っていた」

 リラが口を閉じた。博士が湯呑みを机に置いた。机の上の湯呑みが、二つ空になっていた。

 机の紙が風で持ち上がった。ユキが端を押さえた。

「何をだ」

「うちは仏舎利の守り手だ。代々そうしてきた」

 相馬が壁から一歩出た。

「彼女を盤に乗せたのは、我々だ」

 ユキが紙から手を離した。

「早くから知っていた。黙っていた」

 凛が机の端から下りた。床が鳴った。

「いつからだ」

「君たちが来るより、前からだ」

 博士が茶を飲んだ。湯気が薄くなっていた。

「そうかよ」

 相馬が床の土を踏んだ。

 リラは湯呑みを両手で持っていた。

「盤に乗った覚えはあるわ」

「当たり前みたいに言うな」

「当たり前だもの」

 リラが茶を飲んだ。

 相馬の顎が動いた。ユキが湯呑みを握り直した。凛が博士から目を離さなかった。

 カイが窓を少し閉めた。紙が動かなくなった。

 ドウジが湯呑みを机に戻した。

「てめえらの飼い主、うちの姫と同類じゃねえか」

「姫っつうかよ」凛が言った。「王女なら、王がいるんだろ。誰なんだよ」

 リラは答えなかった。目を伏せもしなかった。

 外で虫が鳴いていた。相馬が凛を見た。凛が相馬を見た。相馬が息を吐いた。

 博士が空の湯呑みを持ち上げた。そのまま置いた。椅子を後ろへ引いた。

 博士が、三人の方を向いた。

 博士が椅子から立った。椅子が床で鳴った。

「君たちには、才能の芽があった。押せば咲く芽だ」

 窓の外で虫が途切れた。また鳴いた。

 相馬の目に、給水の列が戻った。タンクを二つ提げた少年の顔が浮かんだ。相馬は口を開いた。閉じた。

「芽は勝手には咲かん。押す者がいる」

 ユキがポケットに手を入れた。何も出さずに抜いた。

「道路の依頼も、動物園の夜も、給水の列も。順番はわしが組んだ」

 凛が机から一歩離れた。

「……偶然じゃなかったってことかよ」

「偶然に見える形で押した。それだけだ」

 博士が湯呑みを盆に重ねた。そこで、手が止まった。

「押した先は、行った先だ。戻る道はない」

 相馬が博士を見た。

 博士が机を回って、相馬の正面に立った。

「あと一つ。君の体のことだ」

 相馬が博士を見た。

「覚醒は、進行の上に咲いている」

 窓の外で虫が鳴いていた。

「早まるぞ」

 部屋が静まった。虫の声だけが残った。

 相馬が机から離れた。

「知ってるさ」

 相馬が戸口の方へ体を向けた。

「その間にやっつけりゃいい」

 椅子がいくつも鳴った。全員が立った。机の周りが動きだした。

 凛が続いた。ユキが続いた。残りの椅子も動いた。足音が重なった。

 博士が戸口を空けた。

 相馬が先に立って廊下へ出た。凛とユキが続いた。残りも続いた。廊下に足音が散っていった。

 研究室に、博士が残った。灯りがついたままだった。

 屋上に夜風が渡っていた。

 眼下に街が沈んでいた。街の灯りは、ほとんど消えていた。

 真下の窓に、研究室の灯りが一つだけ点いていた。

 博士が縁の近くに立っていた。

「ずいぶん、えげつない事させるのね」

 声は、博士の隣からした。

「荒療治ですよ。解ってて言ってますよね」

 夜風がまた渡った。

 返事はなかった。

 博士の隣が、真下の灯りを見下ろしていた。

 夜だった。ユキは布団の中で目を開けていた。

 天井が暗かった。外で虫が鳴いていた。

 窓の外は暗いままだった。

 寝返りを打った。それでも、眠れなかった。

 ユキが胸の内で、誰かに手を伸ばした。

 何も、返ってこなかった。

「……まぁいっか」

 夜が明けていた。研究室に朝の光が入っていた。光が床まで届いていた。

 窓の外が白んでいた。空に雲がなかった。外で鳥が鳴きはじめていた。

 三人が博士のところへ来ていた。相馬が先だった。凛とユキが続いた。

 博士は窓の外を見ていた。

 遠くで、鐘が鳴っていた。前より、大きかった。

「仏舎利は、もう抑えきれん」

 鐘がまた鳴った。鳥の声に重なった。

 相馬が博士の横に立った。

「栓が駄目なら、元栓だろ」

「元栓なら――」

 博士が窓の外を示した。

「――すぐそこだ」

 窓の外に、園があった。

 開園前だった。園に人の姿はなかった。

 朝の光が差していた。いつもの、景色だった。

 閉園後だった。園は暗かった。空は暗く沈んでいた。

 三人が歩いていた。足音が並んでいた。

 裏手の管理区画を抜けた。照明は消えていた。コンテナが黒く並び、台車が壁際に寄せてあった。シャッターが下りていた。足元だけが薄く見えた。

 毎日通っている道だった。暗くても、迷わない道だった。

 ユキが二人の少し後ろを歩いていた。

 夜気が冷えていた。三人の息が白かった。

 事務所の脇を通った。窓は暗かった。ベンチが夜露で濡れていた。自販機は暗かった。

 相馬が前を見たまま、口を開いた。

「なあ。前に訊きかけたやつ」

「途中でやめたやつだ」

「いつだったか、忘れたけどな」

 凛も前を見ていた。

「ああ」

 静かな池の横を通った。

 遊具の影が地面に落ちていた。

 しばらく、足音だけが続いた。

 凛が、少しだけ話した。

「最初に出したの、犬みたいなやつでな」

「小さかった。すぐ消えた」

「うちの家系、たまに変なのが生まれるんだと」

「それだけだ」

 玉が一度、かちりと鳴った。指で、鳴らした。

 三人は前を見たまま歩き続けた。誰も顔を合わせなかった。

 足音がまた並んだ。

 道が広くなった。

 中央広場に出た。

 観覧車の下を通った。


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