旅客機は変形できませんが、やります
機影が落ちてきた。角度がついていた。速度は落ちなかった。市街の方へ、来ていた。
「くそ」
凛が二歩走って、止まった。足の置き場がなかった。ユキが空を指した。
「届くはずない!」
高度はまだあった。ビルの三倍は上だった。機体の腹が見えた。窓の列が光った。音が戻ってきた。低く長く伸びて、屋根の樋が震えた。
「ユキ。あいつを!」
ユキが振り向いた。少年の足元から緑が伸びていた。体が細くなっていく。何本もの蔦になった。蔦は地面を這い、護岸の縁を越え、水面に落ちた。それきり、出てこなかった。
やり逃げである。
ユキの手はまだ上がっていた。手を、下ろした。
落ちる先は住宅の並びだった。その先が学校だった。校庭に白い線が引いてある。人の姿はなかった。機体は真っ直ぐ、そこへ向いていた。時間は、なかった。
ドウジが構えを解いた。カイが翼を広げた。相馬は空から目を離さなかった。凛が顔を上げた。リラが上げた。
六人の顔が、同じ方を向いた。
――かつて相馬は言った。新幹線は変形できるが、やらない。乗客がいるからだ。
では、乗客ごと落ちてくる旅客機は。
答えを出す係は、決まっていた。
◇
凛が空を仰いだまま、ユキの腕を掴んだ。
「ユキ、空に球体を出せ! 縞、まだ出てるだろ!」
「待ってました!」
ユキが両手を突き上げた。指の先から膜が広がる。膜は丸くなりながら昇っていった。ビルの高さを越えたところで止まり、日を受けて虹色に濁った。落ちてくる機体の下に、ひとつ浮いていた。
相馬が走り出しながら腕を上げた。腕の光が肘まで伸びる。
「翼のおっさん。俺を運んでくれ、あの球体までならいけるだろ」
「おっさんではない。千年物だ」
文句を言いながら、背中は割れて翼が開いていた。腕が相馬の脇の下に入る。足が路面を離れた。二人の影が屋根を横切って上がっていく。
「何するんだお前ら!」
ドウジは路面に立ったままだった。飛べない側の悲哀である。
凛が球体へ手を向けた。肩から先を突き出すようにして、止める。球体が震えた。膜の内側が濃くなる。中で何かが畳まれていた。それが膜を破らずに膨らんだ。丸い胴と、畳んだ後ろ足が出た。
カエルだった。
なぜ今カエルなのかは、凛にしか分からない。いや、凛にも分かっていないかもしれない。
カエルが空中で一度縮んだ。跳んだ先に相馬がいた。相馬が翼の腕を蹴って離れ、カエルの背に落ちて両膝で挟む。前へ倒れ込んで、掌を着いた。光が皮の上を走った。
カエルの胴が伸びた。後ろ足が伸びて鉤爪になった。脇腹が裂けて骨が出た。骨のあいだに膜が張った。張り終わる前に、打ち下ろした。路面の砂が巻き上がる。首が前へ抜けた。
ワイバーンだった。
カエルからの二段変形である。生き物への冒涜という声もあろうが、緊急事態につき受理された。
高さが変わった。屋根が下へ流れる。機体の腹は、まだ上にあった。
相馬は何も言わなかった。凛も言わなかった。ユキが両手を突き上げたままだった。
◇
ワイバーンが機体の腹の下へ回り込んだ。窓の列が横へ流れる。相馬が背を蹴った。翼の風が下から当たる。ワイバーンは失速して後ろへ落ちた。落ちながら、丸くなった。
相馬の両手が、外板に着いた。指が沈んだ。足が外板を噛んだ。
乗客がいる。他人の物である。整備士に怒られる。全部知っている。知った上で、脳内の引き金を引いた。
「俺たちはもう、反則級なんだよおおおお!!」
光が外板を走った。継ぎ目が消えた。機体が膨れた。影が街区ひとつを覆った。胴の中心に筋が浮き、筋が持ち上がって背骨になった。背骨は節ごとに割れて外へ出た。
「うぉおおおお!!!!」
後翼が前へ動いた。両翼が根元から折れて後ろへ回る。三枚の翼の根が一点に集まって、扇の要のように繋がった。
主脚が胴から下りて曲がった。曲がったところが膝になった。機首が下を向いて割れ、割れた内側に窓の列が並んだ。それが、顔になった。
落下は止まらない。要が回った。三枚が同時に開いた。空気が下に溜まる。角度が変わった。住宅の屋根が横へ逃げた。電線が鳴った。屋上の給水塔が影に入った。
地上で凛が首を後ろに倒していた。口が半分開いていた。それを、閉じた。
「ムササビ忍者って……クソダサ」
「命懸けの人に言うことある!?」
ユキが叫んだ。凛は空を向いたままだった。
異形は学校の上を越えた。校庭の白い線が下を過ぎた。それから、山の方へ向かった。
◇
山の南側に草地があった。異形はそこへ、足から突っ込んだ。
足が土を掻いた。土が波になって前へ寄る。膝が着いた。膝が斜面を削った。胴が落ちて、ペタリと着いた。木が三本倒れた。滑った距離の分だけ、黒い跡が残った。
止まった頃には翼が畳まれていた。背骨が沈み、膝が胴に収まり、顔が機首に戻った。外板の継ぎ目が浮き直した。
草の上に、旅客機があった。
非常口が開いた。滑り台が膨らんだ。人が出てきた。一人が滑って転んだ。次の人が起こした。子どもが泣いていた。大人が名前を呼んでいた。列が、草地に広がった。
相馬は主翼の上に座ったままだった。肩が上下していた。
斜面の下から翼が上がってきた。ユキとドウジが草の上に下ろされた。凛が次に下ろされた。ドウジが尻を打って立った。カイの運搬は、雑になりつつある。
ユキが草を踏んで進み出た。人の列を見た。それから、リラの方を向いた。
「これが、私たちの能力」
「……今回は相当無茶したけど」
滑り台の下で、誰かが数を数えていた。数はまだ増えていた。列の先が、林の際まで届いた。
◇
人の列が草地の半分を埋めていた。リラが列の方を見ていた。
「どうする? この数じゃ、思念で人々の記憶は操れない」
「いや、大丈夫だ。ここは普通にやればいい。ユキ」
ユキが掌を口の前に当てて、息を吹いた。膜が出た。膜は丸くなって凛の前まで降りた。丸が縦に長くなる。上に頭が出た。頭に赤いものが乗った。左右に短い翼が出て、下に太い足が二本ぶら下がった。
鶏だった。胴が筒になっていた。嘴が開いたまま、閉じなかった。
凛が足を掴んで持ち上げた。鶏が逆さになった。嘴が列の方を向いた。凛が胴を二度叩いた。
「あ〜皆さん。すいません。トラブル解決庁職員です」
列の顔が一斉に向いた。相馬が主翼から飛び降りて、草を踏んできた。
「そんな名前じゃなかったろ。適当語りやがる」
「え〜、事故が起きましたけど、解決しました。そのうち救助隊がきます」
「説明雑……」
「はい。そこにおわすは商店街の有名人。お馴染みのエージェント相馬です〜。皆さんを救った英雄です。動画取っていいですよ〜」
列の何人かが端末を上げた。相馬が片手で顔を隠した。隠したまま、鶏を奪った。足を掴み直して嘴を前にする。
「てめぇっ。凛! ふざけんな」
「あちらにおわすは今回の作戦参謀。天才怪獣使いの凛様です〜。ぜひ動画に収めて拡散してください〜」
「返せっ」
「やだね」
凛が鶏の頭を掴んだ。相馬は足を離さなかった。鶏が二人の間で、長くなった。
「怪獣で遊ぶな」
「お前が先に遊んだろうが」
「俺のだぞ」
「ユキのだろ」
「そうです。私のです」
「じゃあ返せ」
「そっちが離せ」
鶏が鳴いた。二人の手が離れた。鶏が草の上に落ちた。落ちてすぐ起きた。列の方へ走っていった。子どもが笑った。
「逃げたぞ」
「拡声器が逃げた」
「拡声器って言うな」
「バカなの?」
ユキが言った。
ドウジがいなかった。カイもいなかった。リラもいなかった。撤収の判断だけは、あちらのほうが早い。
鶏が列の間を抜けていった。子どもが二人追いかけた。相馬が走り出した。凛が続いた。
「お前が捕まえろ」
「お前のだろ」
「ユキのだ」




