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旅客機は変形できませんが、やります

機影が落ちてきた。角度がついていた。速度は落ちなかった。市街の方へ、来ていた。

「くそ」

 凛が二歩走って、止まった。足の置き場がなかった。ユキが空を指した。

「届くはずない!」

 高度はまだあった。ビルの三倍は上だった。機体の腹が見えた。窓の列が光った。音が戻ってきた。低く長く伸びて、屋根の樋が震えた。

「ユキ。あいつを!」

 ユキが振り向いた。少年の足元から緑が伸びていた。体が細くなっていく。何本もの蔦になった。蔦は地面を這い、護岸の縁を越え、水面に落ちた。それきり、出てこなかった。

 やり逃げである。

 ユキの手はまだ上がっていた。手を、下ろした。

 落ちる先は住宅の並びだった。その先が学校だった。校庭に白い線が引いてある。人の姿はなかった。機体は真っ直ぐ、そこへ向いていた。時間は、なかった。

 ドウジが構えを解いた。カイが翼を広げた。相馬は空から目を離さなかった。凛が顔を上げた。リラが上げた。

 六人の顔が、同じ方を向いた。

 ――かつて相馬は言った。新幹線は変形できるが、やらない。乗客がいるからだ。

 では、乗客ごと落ちてくる旅客機は。

 答えを出す係は、決まっていた。

 凛が空を仰いだまま、ユキの腕を掴んだ。

「ユキ、空に球体を出せ! 縞、まだ出てるだろ!」

「待ってました!」

 ユキが両手を突き上げた。指の先から膜が広がる。膜は丸くなりながら昇っていった。ビルの高さを越えたところで止まり、日を受けて虹色に濁った。落ちてくる機体の下に、ひとつ浮いていた。

 相馬が走り出しながら腕を上げた。腕の光が肘まで伸びる。

「翼のおっさん。俺を運んでくれ、あの球体までならいけるだろ」

「おっさんではない。千年物だ」

 文句を言いながら、背中は割れて翼が開いていた。腕が相馬の脇の下に入る。足が路面を離れた。二人の影が屋根を横切って上がっていく。

「何するんだお前ら!」

 ドウジは路面に立ったままだった。飛べない側の悲哀である。

 凛が球体へ手を向けた。肩から先を突き出すようにして、止める。球体が震えた。膜の内側が濃くなる。中で何かが畳まれていた。それが膜を破らずに膨らんだ。丸い胴と、畳んだ後ろ足が出た。

 カエルだった。

 なぜ今カエルなのかは、凛にしか分からない。いや、凛にも分かっていないかもしれない。

 カエルが空中で一度縮んだ。跳んだ先に相馬がいた。相馬が翼の腕を蹴って離れ、カエルの背に落ちて両膝で挟む。前へ倒れ込んで、掌を着いた。光が皮の上を走った。

 カエルの胴が伸びた。後ろ足が伸びて鉤爪になった。脇腹が裂けて骨が出た。骨のあいだに膜が張った。張り終わる前に、打ち下ろした。路面の砂が巻き上がる。首が前へ抜けた。

 ワイバーンだった。

 カエルからの二段変形である。生き物への冒涜という声もあろうが、緊急事態につき受理された。

 高さが変わった。屋根が下へ流れる。機体の腹は、まだ上にあった。

 相馬は何も言わなかった。凛も言わなかった。ユキが両手を突き上げたままだった。

 ワイバーンが機体の腹の下へ回り込んだ。窓の列が横へ流れる。相馬が背を蹴った。翼の風が下から当たる。ワイバーンは失速して後ろへ落ちた。落ちながら、丸くなった。

 相馬の両手が、外板に着いた。指が沈んだ。足が外板を噛んだ。

 乗客がいる。他人の物である。整備士に怒られる。全部知っている。知った上で、脳内の引き金を引いた。

「俺たちはもう、反則級なんだよおおおお!!」

 光が外板を走った。継ぎ目が消えた。機体が膨れた。影が街区ひとつを覆った。胴の中心に筋が浮き、筋が持ち上がって背骨になった。背骨は節ごとに割れて外へ出た。

「うぉおおおお!!!!」

 後翼が前へ動いた。両翼が根元から折れて後ろへ回る。三枚の翼の根が一点に集まって、扇の要のように繋がった。

 主脚が胴から下りて曲がった。曲がったところが膝になった。機首が下を向いて割れ、割れた内側に窓の列が並んだ。それが、顔になった。

 落下は止まらない。要が回った。三枚が同時に開いた。空気が下に溜まる。角度が変わった。住宅の屋根が横へ逃げた。電線が鳴った。屋上の給水塔が影に入った。

 地上で凛が首を後ろに倒していた。口が半分開いていた。それを、閉じた。

「ムササビ忍者って……クソダサ」

「命懸けの人に言うことある!?」

 ユキが叫んだ。凛は空を向いたままだった。

 異形は学校の上を越えた。校庭の白い線が下を過ぎた。それから、山の方へ向かった。

 山の南側に草地があった。異形はそこへ、足から突っ込んだ。

 足が土を掻いた。土が波になって前へ寄る。膝が着いた。膝が斜面を削った。胴が落ちて、ペタリと着いた。木が三本倒れた。滑った距離の分だけ、黒い跡が残った。

 止まった頃には翼が畳まれていた。背骨が沈み、膝が胴に収まり、顔が機首に戻った。外板の継ぎ目が浮き直した。

 草の上に、旅客機があった。

 非常口が開いた。滑り台が膨らんだ。人が出てきた。一人が滑って転んだ。次の人が起こした。子どもが泣いていた。大人が名前を呼んでいた。列が、草地に広がった。

 相馬は主翼の上に座ったままだった。肩が上下していた。

 斜面の下から翼が上がってきた。ユキとドウジが草の上に下ろされた。凛が次に下ろされた。ドウジが尻を打って立った。カイの運搬は、雑になりつつある。

 ユキが草を踏んで進み出た。人の列を見た。それから、リラの方を向いた。

「これが、私たちの能力」

「……今回は相当無茶したけど」

 滑り台の下で、誰かが数を数えていた。数はまだ増えていた。列の先が、林の際まで届いた。

 人の列が草地の半分を埋めていた。リラが列の方を見ていた。

「どうする? この数じゃ、思念で人々の記憶は操れない」

「いや、大丈夫だ。ここは普通にやればいい。ユキ」

 ユキが掌を口の前に当てて、息を吹いた。膜が出た。膜は丸くなって凛の前まで降りた。丸が縦に長くなる。上に頭が出た。頭に赤いものが乗った。左右に短い翼が出て、下に太い足が二本ぶら下がった。

 鶏だった。胴が筒になっていた。嘴が開いたまま、閉じなかった。

 凛が足を掴んで持ち上げた。鶏が逆さになった。嘴が列の方を向いた。凛が胴を二度叩いた。

「あ〜皆さん。すいません。トラブル解決庁職員です」

 列の顔が一斉に向いた。相馬が主翼から飛び降りて、草を踏んできた。

「そんな名前じゃなかったろ。適当語りやがる」

「え〜、事故が起きましたけど、解決しました。そのうち救助隊がきます」

「説明雑……」

「はい。そこにおわすは商店街の有名人。お馴染みのエージェント相馬です〜。皆さんを救った英雄です。動画取っていいですよ〜」

 列の何人かが端末を上げた。相馬が片手で顔を隠した。隠したまま、鶏を奪った。足を掴み直して嘴を前にする。

「てめぇっ。凛! ふざけんな」

「あちらにおわすは今回の作戦参謀。天才怪獣使いの凛様です〜。ぜひ動画に収めて拡散してください〜」

「返せっ」

「やだね」

 凛が鶏の頭を掴んだ。相馬は足を離さなかった。鶏が二人の間で、長くなった。

「怪獣で遊ぶな」

「お前が先に遊んだろうが」

「俺のだぞ」

「ユキのだろ」

「そうです。私のです」

「じゃあ返せ」

「そっちが離せ」

 鶏が鳴いた。二人の手が離れた。鶏が草の上に落ちた。落ちてすぐ起きた。列の方へ走っていった。子どもが笑った。

「逃げたぞ」

「拡声器が逃げた」

「拡声器って言うな」

「バカなの?」

 ユキが言った。

 ドウジがいなかった。カイもいなかった。リラもいなかった。撤収の判断だけは、あちらのほうが早い。

 鶏が列の間を抜けていった。子どもが二人追いかけた。相馬が走り出した。凛が続いた。

「お前が捕まえろ」

「お前のだろ」

「ユキのだ」


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