攻撃は当たりますが、減りません
爪は外れた。ドウジは振り直した。二度目が、少年の左腕を落とした。
腕は舗装の上に落ちた。落ちてから、起き上がった。指が枝になった。枝から枝が出た。皮が裂けて節ができた。化け物が、一体増えた。
ドウジは踏んだ。折れたところから芽が出た。芽はすぐ腕の太さになった。踏んだ足の下で、もう一本が立った。ドウジは爪を上げた。上げた位置で、止めた。爪は下りた。増えた二体がドウジの横をすり抜けた。ドウジは追わなかった。片方が背中まで回った。ドウジは向き直らなかった。爪は、下りたままだった。
少年が、手を叩いた。
「あー、それ前に見た。やるよね、みんな」
凛が路肩のホイールキャップを拾った。縁は丸かった。凛はそれを地面に伏せた。土が持ち上がった。四つ足の怪獣が出た。怪獣は緑の塊に当たった。塊の腹が抜けた。怪獣はそのまま向こう側へ出た。塊は、後ろで閉じた。怪獣は戻って、もう一度当たった。今度は前脚が肩まで沈んだ。沈んだ脚が抜けた。塊は形を戻した。跡は、無かった。
「それ、当たってる?」
カイが散った。蝙蝠が少年の周りを回った。首の付け根を見た。肩を見た。腰を見た。継ぎ目は、無かった。切り口だけがあった。切り口の縁から、枝が続いていた。組み立てられたものではなかった。育ったものだった。蝙蝠は、離れた。
リラが少年の胸を見た。核が一つあった。リラは潰した。潰した位置の下で、もう一つが光った。それも潰した。三つ目は、動いた。肩から肘へ動いた。肘から手首へ動いた。手首の先で、四つ目が光った。
数は、減っていなかった。
少年が、落ちた方の腕を振った。落ちた腕は、もう立っていた。
「順番にやるんだね。丁寧でいいと思う」
地面がまた盛り上がった。緑が二つ出てきた。ドウジが爪を下げたまま、前に立った。
◇
緑は三箇所から出た。増えた化け物が電柱の陰を回った。交差点へ入ってきた。
「ドウジ――」
リラの声は、名前で止まった。ドウジはもう、路地の口に立っていた。爪は下げたままだった。一体目が正面から肩に当たった。ドウジは半歩下がった。踏み直して、戻した。爪は上がらなかった。二体目が横から枝を振り下ろした。ドウジは腕で受けた。受けた腕の皮が、肘まで裂けた。血が指まで下りた。
路地の口の先に、リラとユキがいた。
ドウジは前へ出なかった。膝を沈めた。位置は、変わらなかった。押されて靴が舗装をこすった。こすった分だけ、踏み直した。それだけを、繰り返した。
少年が首を傾げた。
「え、やめちゃうの?」
ドウジは三体目を肩で受けた。
「散――」
カイの声だった。語頭で切れた。蝙蝠は、もう街区に散っていた。二羽が信号機の上を回った。高さは変えなかった。三羽が南へ抜けた。戻ってこなかった。一羽がリラの前を横切って、屋上の縁に止まった。リラは止まった方を見た。屋上の下の路地から、緑が湧いた。もう一羽が看板の裏から出てきて、低く二度旋回して東を指した。東の歩道橋の下でも、緑が上がっていた。屋上の一羽が向きを変えた。西の方は、動かなかった。
「ああ、そっちが見る係になったんだ」
凛が蓋に指をかけた。蓋が上がった。丸い縁が街灯を受けた。舗装が割れた。怪獣が出た。怪獣は化け物に当たらなかった。二体の周りを回った。体が輪になった。輪は締まらなかった。ただ、閉じただけだった。中で化け物が枝を振った。枝は輪の内側に当たって、止まった。凛は次の位置を指さなかった。輪の中を見たのはリラだった。リラは輪の外を回った。角度を変えて、もう一度中を見た。凛はその後ろを通り過ぎた。
「囲うだけ? それ、勝てないよ」
相馬が放置車両の列に手を向けた。腕が肘まで光った。先頭の一台の側面が起きた。板になった。板は路地の口の横に立った。壁の続きになった。二台目が同じ高さまで起きて、板の縁に噛んだ。三台目は寝かせたまま路面へ出した。段になった。段の上を、蝙蝠が低く抜けた。緑が板に当たった。形が崩れた。崩れた先が縁から回り込もうとした。相馬は四台目を横倒しにした。回り込む先が、埋まった。板の裏で車体が鳴った。相馬は手を離さなかった。緑は、板の手前で溜まった。
「そんな使い方する?」
ユキが位置を変えた。カイの立っていた場所は空いたままだった。ユキはそこを通った。輪にも板にも近づかなかった。リラの後ろへ出た。輪の中で化け物が枝を振り続けていた。板の向こうで、緑が高さを上げていた。
リラは何も言わなかった。ユキの方を向いた。
ユキは、もう手を差し出していた。
リラはその手を取った。取ったまま二歩進んだ。ユキが、段の上へ出た。
◇
ユキが段の上で、手を開いた。
板の向こうの緑の表面に、細かい縞が浮いた。縞は端から端まで一定の間隔で並んだ。並んだまま、寄って離れた。寄って離れる幅は、変わらなかった。
同じ縞が輪の中に出た。化け物の枝の一本一本に沿って走った。先まで行って、戻った。戻る速さは、緑と同じだった。
舗装に落ちたままの腕にも出た。踏まれて折れた芽にも出た。歩道橋の下で上がりかけていた緑にも出た。
少年の袖の内側にも、出た。首から顎の縁まで続いた。幅は、他と同じだった。
「そっちの人、まだ何もしてなかったもんね」
縞は交差点の端で細くなって、一点に集まった。集まったところで、縞と縞が重なった。重なった点は、三つあった。一つは板の裏。輪の底に一つ。歩道橋の下に一つ。
リラが指を立てた。
板の裏の点が潰れた。音は小さかった。周りの縞は残った。輪の底の点が潰れた。輪の中の縞が幅を失った。歩道橋の下の点が潰れた。
リラはそれ以上、潰さなかった。縞は交差点じゅうに残っていた。残ったまま、揃わなくなった。
枝の化け物が止まった。振り上げた枝が下りた。下りたところから、動かなかった。皮が乾いて色が抜けた。輪の中に、倒木が二本あった。枝の先が舗装に触れた。それだけだった。
板の手前の緑が高さを失った。表面の縞が消えた。緑は霧にならなかった。液にもならなかった。舗装の上に落ちた。落ちて、広がった。板の下から溝へ少し流れて、そこで止まった。
歩道橋の下でも、同じことが起きた。
凛の怪獣が輪を解いた。土に沈んで見えなくなった。相馬が車体から手を離した。腕の光が肘から消えた。蝙蝠が屋上の縁を離れて、カイの肩へ戻った。ドウジは、路地の口に立ったままだった。
ユキが手を閉じた。縞が、消えた。
◇
少年は交差点の真ん中に立っていた。服に切れたところはなかった。落とされた方の腕の先から枝が出ていた。枝は五本に分かれた。指の形になった。
少年は倒木の間を通った。板の手前まで来て、止まった。板の向こうにドウジが立っていた。少年は靴の先で溝の縁を突いた。緑は動かなかった。少年は足を戻した。
「……ふうん。そっちは、喋らないんだ」
少年は背を向けた。二歩歩いた。三歩目で止まった。
小さく伸びをした。伸びをしたまま、首だけでこちらを向いた。
六人は肩で息をしていた。相馬の腕は、まだ光っていた。
「この地上が真に美しい緑に変わるんだよ? 素晴らしくない?」
ドウジが前に出た。少年は同じだけ下がった。追う形にならなかった。凛が半歩踏み込んだ。ユキが手を上げた。少年はそれを見て、笑った。攻める気配はなかった。逃げる足でもなかった。ただ、間合いの外に出た。
「あまり騒ぎ大きくするなって言われてたけど。まぁいいか」
少年が、空に手をかざした。
高いところに、機影があった。海から来る便だった。音は遅れて届いていた。
その音が、途切れた。
機体が傾いだ。片翼の先が下を向いた。高度が落ちた。落ち方が、速くなった。
「汚物を処理したいなら、叶えて差し上げます」
相馬が走った。届く距離ではなかった。カイが翼を出しかけて、止めた。少年は動かなかった。手はまだ、空に向いていた。
「怒り、叫び、食らい合う。狂乱を楽しめ」
風が海から来た。街路樹が鳴った。
機影が、大きくなった。




