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世界を滅ぼすラスボス悪魔を召喚しました~破滅寸前の悪役令嬢と最強悪魔の甘くない契約~  作者: 玖珠ゆら


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24.悪役令嬢


 昼下がり。公爵家カントリーハウスの一室には、甘い香りが漂っている。

 テーブルの上に溢れるほど沢山のスイーツが並ぶ。ノクス、ルシエルと共にそれを囲み、リーネが丁寧に紅茶を入れてくれる。


 壊滅的打撃を受けた公爵邸であるが、外壁が吹き飛んだものの、屋内に被害はほとんどない。

 というのも、ルシエルがここに残り、結界を張って守っていてくれたおかげだ。


 本来ならルシエルも聖女やシリウスたちと共に、今回の件を報告するため王都へ帰るはずなのだが……。

 一番大事な場面で不在だったため、特に伝えられることもなく。引き続き、念のため悪魔(ノクス)の監視を続けるという名目で、公爵邸に居座り続けている。


 窓の外では業者や使用人が修繕のため、慌ただしく働いている。

  


「平和ですねぇ。平和すぎて、退屈ではありませんか、ノクス様?」

「余計なことは言わないで、ルシエル。平和で何が悪いのよ」

「退屈を嫌う大魔王様を慮っているだけです」

「そうならないように、ノクスには仕事をお願いしてあるわ。新しい庭園の設計よ! 壊すよりも、創造する楽しさを知ってもらうためにね!」

「余は全く興味ないが?」


 シフォンケーキが見えないほど生クリームを乗せ、ノクスはつまらなそうに口に運んでいる。

 うぐ、と言葉を詰まらせると、意外なことにルシエルが食いついてきた。


「それは素晴らしいですね。庭園の真ん中に、ノクス様の像を建てるのはいかがでしょうか。大魔王様に相応しく、金の像を」

「素敵です! 屋敷を見下ろすほど大きなものが相応しいと思います!」

「リーネまでやめて。そんなの、父が許すはずがないでしょう」


 想像しただけでぞっとする。ただでさえ存在感が大きすぎるのに、像まで建ててどうする。 

 するとリーネが思い出したというように、ぽんと手を打った。


「そうでした! 公爵様といえば、セラフィーナ様宛てのお手紙を預かっております」

「私に、父から?」

「はい、つい先ほど届いたものです。お部屋に置いておきましょうか? それとも、今ここで読まれますか?」

「…………読むわ、今」


 どうせろくでもない内容に決まっている。

 先送りしたところでいいことはないので、リーネから手紙を受け取るとすぐに中身を開いた。


 そして文面に目を走らせ──。

 その内容に、顔色を失った。



「…………セラフィーナ様?」

「どうされました? 顔色が……」

 

「……………三日後、ここに馬車が迎えに来るわ」


 ぽつりと零すと、ルシエルとリーネも、途端に顔色を悪くした。


「迎え……とは? どちらに? 王都ですか?」

「まさか! ノクス様ですか!? そんな……! 正体を伏せながら、世界を救った存在として確かに報告は済んだはずなのに、何を今更……!」

「違う」


 焦る二人の言葉を、ぴしゃりと否定する。


「私を迎えに来るの。北の修道院行きの馬車が」



 すっかり忘れていたが、父の設けた期限は、三日後に迫っていた。

 ──過酷な北の修道院。

 私の破滅エンドは、全然避けられていなかった……!



「……ふむ、修道院か。余を退屈させぬ場所ならば、それもまたよかろう」


 そんな訳あるか。

 戒律の厳しい修道院での生活は、毎日同じことの繰り返し。清貧な暮らしと、祈るだけの日々。

 ノクスがそんなものに満足するはずがない。

 終わった。世界が……!!



 絶望の淵で沈黙する私の手を、ルシエルがそっと握った。


「セラフィーナ様。もしご迷惑でなければ、私から婚約を打診させていただきたく存じます」

「ルシエル……!」


 ノクスの退屈をしのぐため、自らの人生をも差し出すなんて、敬虔な信者にも程がある。

 しかし──。


「有り難い申し出だけれど、父が首を縦に振るとは思えないわ」


 ルシエルと結婚したって、旨味がないのだ。

 ゲームのエンディング時のように、彼が神官長にでもなってくれていれば話は違ったが、今のルシエルは上位の神官とはいえ、身分は没落貴族。あの父が納得する相手とは言い難い。



 ルシエルが「そうですね」と、どこか残念そうに視線を落として。それからノクスに微笑みかけた。


「ではやはり、ここはノクス様の出番でしょう」


 大量のスイーツを次々と平らげていたノクスが、名指しされて皿から視線を上げる。


「……何?」

「セラフィーナ様のためです。王都へ参りましょう」

「王都?」


 ノクスだけでなく、私とリーネも首を傾げた。

 


「修道院行きを回避すべく、お力添え致します。私、根回しと囲い込みは得意分野ですので」


 ヤンデレ気質の男が黒い笑顔で怖いことを言って、空気がぴしっと固まった。

 



 ◆◇



 煌めくシャンデリアの下、色とりどりのドレスが踊る。


 王都王城、大広間。

 王国中の貴族が集められ、盛大な夜会が行われている。


 その中心に、第二王子シリウスと聖女エリシアの姿。今宵は二人の婚約発表パーティーだ。

 正史通り。ラスボスを倒さずとも、ヒロインは王子様と結ばれた。



 名を呼ばれ会場入りした貴族たちが、順に今夜の主役のもとへ進み挨拶をしていく最中。 

 賑やかで華やかな会場に響いたその名に、大きなどよめきが起こった。

 

「ノクス・アストレア伯爵ならびにセラフィーナ・ベルナール公爵令嬢ご入場!」


 

 貴族たちの視線が、一斉に入口へと集まった。

 

 先に姿を現したのは、漆黒の礼装に身を包んだ青年だった。

 夜を切り取ったような黒髪。揺らぐ影のように静かな足取りで歩み出るその姿に、誰もが息を呑む。

 

 ──ノクス・アストレア伯爵。

 つい数日前まで存在すら知られていなかった新興貴族。だが王命によって叙爵されたその名は、すでに王都中を駆け巡っていた。

 世界を呑み込む寸前だった瘴気災害を単独で鎮圧した英雄。


 ただしその頭には、英雄という呼び名にそぐわない、人外であることを激しく主張する黒い角。

 皆、口に出さずとも思っているはずだ。あの貴族の正体はきっと…………と。

 でも、それを言葉にできる者など一人もいない。

 なぜなら彼は国王が認めた英雄であり、そこにいるだけで死を覚悟するほどに強烈な威圧感を放っているから。誰だって命は惜しい。余計なことを言って死にたくはないはずだ。


 

「…………どうしてこんなことになったのかしら。もう二度と社交界に顔を出すことはないと思っていたのに」


 ノクスの隣で貴族たちの怯えた視線を共に受けながら、ぽつりと零す。するとノクスは、私へと視線を落とした。

 

「そなたの望む通り、修道院に行くことはなくなった。余に感謝するがよい」

「そうなんだけど……! その方法が、どうしてよりにもよってあなたとの婚約なのよ! 悪魔と結婚なんて笑えない……!」



 ────そう。私とノクスは婚約した。


 ルシエルはシリウスを巻き込み、国王陛下にノクスについて進言した。それはただ功績を称えるものではなく、彼がどれほど危険な存在であるかも、正しく伝えるもので……。

 要するに、敵にまわせば国どころか世界が簡単に滅ぶので、味方につけて囲い込め、作戦だった。

 ついでにノクスの手綱を引く役目が私に与えられた。はいそうです、王命による婚約。

 こうなっては、さすがの父も何も言えない。修道院行きはなくなった。



 周囲の視線の中には、私に対する侮蔑や好奇も混ざっている。

 恐ろしい悪魔伯爵と断罪された悪役令嬢というこの組み合わせ、色々と勘ぐるなという方が無理な話だ。

  

 注目を集めながら、主役であるシリウスと聖女の前へ進み出た。

 そして笑顔で淑女の礼をとる。  

 

「殿下、聖女様。本日はおめでとうございます」

「……ありがとう」

「ありがとうございます」


 シリウスは強ばった顔で、聖女も緊張した面持ちでノクスを見上げている。

 ……正しい判断。ノクスはいつ気まぐれに世界を滅ぼすかわからない。祝いの席でも決して気を緩めないところは、さすがと言えよう。


 ──そう、感心したのだけれど。

 聖女の視線がす、と私の方へ滑った。


「……あの、セラフィーナ様……。大丈夫、ですか……?」



 何が、なんて。

 聞き返したところで、きっと答えはくれないのだろう。


 だって聖女の瞳には、はっきりと哀れみの色が見てとれた。

 私に対する、憐憫。 



 婚約者(シリウス)を奪われ、他の女(聖女)との婚約を目の前で突きつけられた、私を。

 誰もが恐れる悪魔(ノクス)を、婚約者として押し付けられた、私を。

 哀れんでいる。

 ────この女は、私のことを見下しているのだ。



 全身が熱くなるほどの怒りを覚えた。

 せっかく忘れかけていた、聖女への強烈な憤怒が蘇る。


  


「…………ええ。もちろん、大丈夫ですわ。幸せですもの」


 満面の笑みでそう言って、優雅に一礼する。ノクスの腕を取ると、そのまま踵を返した。

 

 ────そして。



「……許せない……! ノクス、新しい仕事を依頼するわ。今すぐ、ここで、私と心から愛し合う婚約者を演じるのよ……!!」

「何のために?」

「私の自尊心を満たすため、よ!」

「芝居は好まぬ。余がそなたを満足させる理由もない」

「一応婚約者じゃないの! どうせ退屈な夜会なんだから、付き合ってくれてもいいじゃない」

「芝居をすれば、退屈せぬと?」

「面白いかどうかは、やってみなければわからないでしょう?」

「……よかろう。ただし、この余を付き合わせておいて退屈であったならば、二度とつまらぬことが言えぬよう、そなたのその口を縫い付ける」

「いやいやまって! やっぱりやめ……」


 慌てて撤回しようとした私の腰を、ノクスがぐっと引き寄せた。片手を取ってわずかに屈み、ノクスの瞳が伏せられる。そのまま私の手の甲に、そっと口付けを落とした。


「……え……」


 不意打ちに驚いて、小さく声が漏れた。

 唇が離れて、至近距離で目が合う。ノクスの漆黒の瞳の中に、口をぽかんと開ける私の顔が映っている。


 目の前にいるのが、ただの絶世の美男に見えた。

 急に恥ずかしくなって、頬に熱が集まる。心臓がうるさい。


 …………こんなはずじゃなかった……!

 相手は人外だし、私の好きなタイプはきらきら王子様だったはずだ。

 それなのに、これじゃあ、まるで……!!

 


「これで満足か?」

「まっ……、いや、違う……! さっきのはやっぱりなしにして! こんなことしたって、あなただって楽しいはずないし!」

「……ふむ」


 真っ赤になって言い訳をする私をしばらく観察していたかと思うと、ノクスは口角を上げた。

 

「存外そなたの相手は退屈せぬ。しばし付き合ってやってもよい」

「え…………」



 こんなはずじゃなかった。のに。


 寄り添う私たちを、たくさんの目が見ている。

 シリウスと聖女も。

 それは恐怖か、驚愕か。もしくは侮蔑、あるいは────。

 

「……もう! なんでもいいわ。それじゃあ、付き合ってもらいましょうか。あなた、踊れる?」

「人間にできて余にできぬことなど、あるはずもなかろう」

「言ったわね……!」



 ノクスと手を繋いで、夜会の中央へと歩き出す。舞踏のために開けられた、広間の真ん中。痛いほどに周囲の視線が突き刺さるけれど。

 堂々と胸を張って、ノクスと向かい合う。


「勝負よ、ノクス。私とあなた、どちらがより互いを愛しているように見えるのか」

「よかろう。勝ち負けとあらば、負けはせぬ」

「私だって。負けず嫌いで、しぶといのよ」

「知っておる」


 ノクスが愉しげに目を細めて、二人の影が重なった。



 世界を滅ぼすはずだったラスボス悪魔は、今宵夜会で優雅に踊る。


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