第7話 餌場
「屍食鬼、しかも人間が運び屋をやっている、か」
翌朝の警備企画課。班長の低い声が、静かな部屋に響いた。
「倉橋、黒瀬、水城の三名は現地へ。昼は周辺調査、工事終了後に突入。俺も夕方には入る」
班長の号令のもと、三人はそれぞれ準備をし、現地に向かっていった。
人の減った静かな課内で、班長はひとり呟いた。
「怪異だけじゃなく、人の介入……大きなことにならなきゃいいが」
その顔は、苦り切っていた。
現地近くのパーキングに車を止めて、三人は打ち合わせをする。
「私は、いつものように他に怪異の気配がないか街を探ってみるわね」
渼星がまずそう言って二人を見た。
「俺は、現場の周りのルートをチェックする。」
黒瀬はそう言って、地図に目を落とした。
「ぼくは、夕方以降の封鎖のための手続きを進めますね。あとは、その死体運びが来た場合の追跡用ドローンを準備します」
最後に水城がそう言うと、打ち合わせが終わったと判断した渼星と黒瀬は車から出ていった。
「さて、こっちも頑張りますか」
水城はそう言うと、ノートパソコンを取り出し、キーボードを叩き続ける。そのカチャカチャという音は、車内にいつまでも鳴り響いていた。
ハイテク機器と情報処理に長けた水城は、外資系企業から何度も勧誘を受けてきたが、すべて断っている。
「こんな面白くて、文字通り命懸けの仕事、会社じゃできないもんな」
そう呟く水城の表情は、楽しさで満面の笑みを浮かべていた。
工事現場の周りをさりげなく歩きながら、黒瀬は周囲の地理を自分の足で確かめている。通れる路地があるか、身を隠せる場所があるか。
黒瀬はどこまでも実戦肌の人間だった。
侍というより、戦場を渡ってきた武者に近い。
長物を隠すために製図ケースを背負っている。鍛えられた身体であるが、細身の彼は、一見ビジネスマンにも見えなくもない。
「魔は全て斬る」
そう呟いた黒瀬の瞳は、強い意気を湛えていた。
街を、魔の気配に反応する式神を連れて歩いている渼星。
その工事現場以外におかしな気配がないか、少しずつ範囲を広げながら調べていく。
夕方になり、そろそろ集合の時間かと時計を見て、戻る為に振り向いた瞬間、視界の端に気になるものを見つけ、さりげなく視線を送る。
そこには、昨日死体を運んでいた浅黒い肌の男が歩いていた。このまま尾行しようかと逡巡していると、さらに男の後ろから大上が現れた。そしてその男をどう見ても尾行するように動いているのがわかった。
大上の姿を認めた瞬間、渼星の胸が強く跳ねた。
どうして、ここに。
しかも、あの男を追っている。
「大上さん、なんで?」
そう呟いた瞬間、通信機に集合を即すメッセージが届いた。
尾行すべきか、とっさに判断が揺れる。
だが今は、独断で動くより夜の突入準備を優先すべきだろう。
首を振った渼星は、後で連絡を取ってみようと思いながら、今は集合場所を目指して動き出した。
水城の乗ってきた車の横に、指揮車が止まっていた。運転席に班長、助手席には玲子の姿があった。
「倉橋も戻ったな、いったんこっちに全員集まってくれ」
ワゴンの中に課員五名が揃う。
「調査の報告を頼む」
班長の声に最初に水城が話し始める。
「一帯の封鎖準備は地元所轄の協力を得て完了しております。連絡次第封鎖が行われます」
そう言って一息つくと、続きを話しはじめる。
「再開発中らしく周りも工事中で、夜間には周りに人はいなくなりそうです。——だからこそここで……なのだろうと思います。工事車両も通る大きな道は見晴らしもよく追跡は容易です」
黒瀬が周りを調べた情報を報告する。
「周りの地域を式神で探索しましたが、他に怪異の気配は発見されませんでした」——その後渼星は、あの男のことを一瞬考えたが、大上のことをどう話すか逡巡して、そこで会話を止めた。
その様子を見て一瞬渼星を見た鷹宮は、それ以上話さない渼星を見て全員に告げる。
「ひとまず全員待機、例の死体運びが来たら、水城はそいつらの追跡を頼む」
「わかりました」
水城が追跡用ドローンの準備を始める。
「こちらの騒ぎが伝わらない程度にそいつらが離れたら、黒瀬と倉橋は俺と工事現場に突入し、屍食鬼の始末だ」
「了解」
「はい」
二人の返事を聞いた鷹宮は玲子にも声をかける。
「玲子さんはここで待機しててください。退治が終われば、検屍をお願いします」
「わかったわ」
五人はそれぞれの役目に従い、準備を始めた。
夜更けになり、昨夜と同じ二人がやってきた。
渼星はその後ろを見るが、大上の姿は見えなかった。
昨夜同様に、麻袋を持って入っていった男たちは、手ぶらで工事現場から出てきて、街の方へ消えていく。それを追いかけて飛ぶドローンに気付かずに。
指揮車から水城が男たちの方へ向かい、鷹宮、黒瀬、渼星の三人は工事現場へ入っていく。
「では、状況を開始する。まず俺が結界をはる。その後、ノワールは前衛で斬り込め。エトワールは援護にまわれ」
「了解した」
刀を抜いて、黒瀬が答える。
「まかせて」
銃の安全装置を外した渼星も配置につく。
鷹宮は、スーツの懐から数珠を取り出すと、そのまま光明真言を唱え始める。
「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん」
最後の音とともに、工事現場の中が清浄な空気に包まれる。
そして黒瀬は、刀を手に地下へ降りていく。
銃声が鳴り、黒瀬の降りていく先の屍食鬼が倒れる。また他の屍食鬼も結界のせいで動きが鈍い。
「魔は斬る」
黒瀬の刀は冴え渡り、その剣尖が舞うたびに、屍食鬼が四肢を失い倒れていく。
また、渼星の銃も的確に屍食鬼に命中していく。
それは戦闘というよりは殲滅だった。
戦況に渼星が安堵しかけた、その瞬間だった。
鈴の音が耳元で聞こえた気がした。
ハッと顔をあげた渼星の後ろで、鷹宮が突然咳き込み、膝をついた。
「班長!?」
渼星が振り返る。
真言による清浄な空気がかき消え、逆に怖気を催すような異様な空気が辺りを包む。
「くっ……結界を破られた」
鷹宮の悲痛な声。
空気が変わると同時に屍食鬼たちの動きが速くなり、黒瀬が防戦一方になっていく。
「エトワール、援護を、ノワール、危険だ。いったん戻れ」
渼星の銃弾が連射される。その隙に、三角飛びの要領で壁を蹴った黒瀬が、一階の床に飛びつく。それを鷹宮が引き上げる。
「班長、屍食鬼が逃げます」
「何?」
地下の奥、横穴のような通路へ、動ける屍食鬼たちがいっせいに駆け込んでいく。
直後、一階の建物端から床板の外れるような大きな音がした。
そこから飛び出してきた屍食鬼たちは、そのまま外へ逃げていく。
渼星は即座に駆けだして、必死に追いかけて外に飛び出した。
その目に、遠ざかっていくトラックのテールランプが映った。




