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月夜の大神と対魔刑事と 〜陰陽師の女刑事は、月夜に獣と化す『人ならざる男』と恋に堕ち、組織を離れ、神降しの巫女となる〜  作者: 國村城太郎


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第6話 逢魔が時の影

 落ち着いた雰囲気の喫茶店のボックス席で、渼星は大上と向かい合って座っていた。

 他に客はいない。穏やかな音楽が、静かな店内に流れている。珈琲の香りに混じってふと、昨日の車内と同じ安らげる香りが鼻に届いた気がして、渼星はふと息を詰まらせた。

 そのことを誤魔化すように、話し始める。


「えっと……私は、不法入国者に絡む犯罪の捜査を担当しているんですが、大上さんはそういう分野の記事を書かれているんですよね」


「はい、そうです」


 ニコリと人好きのする笑顔を見せる大上に、少し胸を詰まらせながら、渼星は話を続けた。


「ここ以外に、最近そういう輩が増えた地域とかご存じですか?」


「そうですね……」


 大上は鞄からメモ帳を取り出しページをぱらぱらとめくっていった。


「たとえば、○○や△△、それから……」


 いくつかの地域を並べていく大上の話を聞き、渼星もメモをしていく。


「元々華僑の方が多かった地域は当然新しく入国される方が多いんですが、そちらは受け入れ側もしっかりしているのでトラブルになることは少ないですね」


 渼星は、その言葉に頷く。チャイナタウン的に成立している地域には、何人か力のある道士がいて自衛しているのを渼星は実家の縁で知っていた。


「それ以外の地域ですと、私は次はこの辺りの取材をするつもりです」


 大上がテーブルに広げた地図を指差す。


「ここは……なるほど中東や東欧からの入国が多い地域ですね」


「はい、規模はまだ大きくないですが、ゆっくり入国者が増えていっています。トラブルもこれから増えるのではないかと懸念しています」


「もし、よろしければそういった地域で、なんらかのトラブルの情報があれば、どんなことでも構いません、お知らせいただけないでしょうか?」


 渼星の言葉を聞いて、ゆっくりとペンを手の上で器用に回した大上が、尋ね返す。


「それはつまり、私に倉橋さんの情報屋になれ、と?」

 

 大上は少しだけ目を細めた。

 試すような視線だった。


 覗き込むような視線を向けられた渼星は、下ろしそうになった視線を、意識して前に向けて相手を見返した。


「ええ、そうです。」 


 大上は思案しつつ言葉を返した。

 

「それは仕事としてですか?」


「ええ。もちろん無理にとは言いません。でも、あなたの情報は現場で役に立つと思っています」

  

 じっとこちらを見つめながら考え込んでいる風だった大上は、ニコリと表情を変えて右手を差し出していった。


「わかりました、これからよろしく」


 差し出された手と、大上の顔を交互に見ながら、はっと気付いて慌てて自分の右手を差し出し、おずおずと大上の手に近付ける。 


 伸ばした右手を、大上の大きな手がやわらかく包み込む。

 思っていたより温かく、思っていた以上に落ち着かない。

 渼星はどぎまぎしながら、ようやく声を絞り出した。


「よろしくお願いします」


 あらためて直通の連絡先を交換し、今後の連絡の取り方を簡単に確認し合った。


 これでまた会える。

 その事実が胸の奥をわずかに浮き立たせるのを、渼星は気づかないふりで押し込めた。

 何事もない顔をして、冷静に打ち合わせを続ける。



 あれから三日、街を調べる三人には何の成果もなく、もう一体の怪異の影も形も見当たらなかった。地元の抗争も終息を迎えつつあるという情報もあり、調査は打ち切られた。


 次の捜査先に、渼星は大上の次の取材地といった中近東の人間が増えている街を選び、班長の許可を得て来ていた。


 棒の先にアイスをつけてパフォーマンスをする浅黒い肌の売り子の、口上と動きを視界に入れながら、雑多な雰囲気の街を歩く。

 

 表面上には何の問題もない街に見える。ただ、日本人の割合が少ない。


 大きな戦争の報せは減っても、世界のあちこちでは小さな紛争が絶えない。

 比較的平穏なこの国には、そうした土地から人も流れてくる。人だけならまだいい。

 問題は、その影に紛れて『別のもの』まで入り込んでくることだった。


「人だけならともかく……怪異まで入ってくるなんて」

 小さく呟いてから、渼星はふと父の顔を思い出した。

 父が生きていたら、こういう時どう言っただろう。ひとつため息をついた。


 スマホを取り出し、アドレスを見る。大上の連絡先が画面に映っている。何も異変を見つけられず手詰まりな状況の打開に、連絡をしてみるという考えと、安易に連絡するべきでないという思いと、連絡するのが気恥ずかしいという感情が、絡まり合って、渼星はそのまま画面を暗くした。



 夕方、夕陽が差し込み、景色がその色に染まる。俗に逢魔が時と言われる時間。

 渼星は、おかしな気配を感じる。小さい、違和感。渼星はすぐにその方角へ走り、建築中のビルの工事現場にたどり着いた。


 その日の工事が終わる時間のようで、工員たちが立ち去った後、渼星はそっと中に入っていく。

 既に誰もいない、だが違和感は消えずそこに人ならざるものの気配がはっきりとあった。


 ビルはまだ骨組みと外壁が出来たばかりで、各階の床も最低限しか張られていない。

 そして魔の気配は、明らかにさらに下——地下から漂っていた。


 渼星は、お札を取り出すと気配消しと猫目の印を結ぶ。そして地下を見下ろした。まともに降りる場所などがなく、どうやって移動しようか考え込んでいると、外から近づいてくるものの気配を感じ、物陰に隠れる。


 浅黒い肌の、明らかに日本人ではない二人組が入ってきた。

 彼らは地下の穴を覗き込もうともせず、大きな麻袋を放り落とす。

 何かを見てはいけないとでもいうように、顔をこわばらせたまま、足早に外へ戻っていった。


「いったい何を落としたのかしら?」


 再度そっと階下を見る。大きな麻袋らしきものが落ちている。


 それを見つめる渼星の目に、近くの地面が隆起するのが見える。


 ぼこっと盛り上がった土の中から人の形をした何かが起き上がった。


 その何かは、麻袋の口を裂くように広げると、中身へ顔を埋めた。

 肉を引きちぎる湿った音が響き、遅れて血の匂いが立ちのぼる。


 同様に地面から何体もの影が起き上がって、同じく麻袋の中のものを喰らっている。


屍食鬼(グール)……」


 渼星が小さく呟く。


 麻袋の中のものは、死体だった。


 入っていた死体を喰らい終えると、屍食鬼(グール)たちはまた土の中に戻っていった。


 数が多すぎる。

 一人で踏み込めば、喰われるだけだ。

 そう判断した渼星は、そっと現場を離れ、安全圏まで下がってから班長へ報告を入れた。


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