第1話 組織
翌朝——警視庁警備局警備企画課、警部補 倉橋渼星。そう書かれたIDカードを見ながら新人らしい若い婦警が慌てて敬礼をする。
「し、失礼しました。まさか警部補どのとは思わず……」
ラフなパンツスーツに首からは黒い石のペンダントが目立つ、とても警察官には見えない格好だ。更に二十代の若さだ。外部の人間と勘違いされても無理はない。
「いいわよ、こんな格好だし知らないのはしょうがないから」
渼星はそう言って、警視庁でもあまり知る人のいない奥の部屋へ入っていった。
用事で席を外していた先輩が戻ってきた。簡単に報告をすると、先輩が小声で話しはじめた。
「警備企画課は特別だから、私たちは知らない方がいいこともあるのよ。覚えておきなさい」
先輩は、そんな何の説明にもなっていない理由だけを教えてくれたのだった。
「おはよー」
渼星がそう言って執務室に入ると、全く熱のない、空虚な笑顔の班長が迎えてくれた。
「おはようさん。昨日はお疲れ様だったね。あ、報告書は14時までにきちんとあげといてね。使用した銃弾の補充申請もよろしくね。僕たち公務員だからさ、書類だけはきっちりしとこうね」
渼星の直接の上司、班長の鷹宮は五十代のどこにでもいそうなオジさんである。いつも笑顔を顔に貼り付けているが、本当に笑ったと思える顔を、渼星は一度も見たことがなかった。
「玲子さん、これ凄かったですよ。所要時間が半分以下になりましたね」
そう言って奥の席で何やら機械と工具を持って格闘していた白衣の年上の女性のそばに近寄る。そして、昨夜鍵開けに使っていた装置を机の上に置いた。
「そう、計算通りね、とりあえずこの『鍵開けくん』はこれで完成でいいかしらね」
「はい、もう充分、実用的だと思います」
そんな渼星に笑顔で返事する玲子は、技官であり、この警備企画課で使う武器その他各種備品の作成をしている四十路のリケジョである。
「先輩、報告書ちゃんと自分で書いてくださいよ、僕はもう手伝いませんからね」
席についた渼星に向かいの若い男が声をかけた。その声は昨日ヴォンと呼ばれていた男の声である。
「颯太くん、そんな冷たいこと言わないでさあ」
そう猫撫で声で甘える渼星に、後輩の颯太がキッパリと言った。
「後始末を一手にやってる僕の仕事は、皆さんの何倍も書類があるんですからね。自分のことは自分でやってください」
「あ、黒瀬さんも、書類はちゃんとしてください」
颯太は隣の席の昨夜刀を振るっていた男にそう声をかけた。刀を白い布で磨いていた無骨な男は悲しそうに言った。
「そ、そうだな、うん。倉橋もしっかりやれよ」
そう渼星に八つ当たりするように声をかけた。
「実働部隊の皆さんも直接怪異と闘う大変なお仕事があるのはわかってます。でも、毎回、色んな理由をでっちあげて、避難をさせてつじつまが合うように書類をつくる僕の仕事も結構大変なんですよ。」
口をへの字にして、颯太が周りを見回すと、
渼星と黒瀬は首を竦めて、デスクに向かって書類を書き始める。
この五人が、倉橋渼星の所属する警備企画課の全構成員だ。
公的書類上、役割の記されていない、警視総監直轄の部署である。
「いったい、いつまで怪異のことを隠し続けるんですかね? このSNS全盛の時代、情報操作も限界があると思うんですよね」
颯太が班長の鷹宮に視線を送りながら愚痴を言う。
「颯太くんの気持ちもわかるけどさ?——一般市民に、周りに妖怪がいて人を喰ってるなんてこと公開したら、パニックになるし、魔女狩りみたいなことも起こり得るよ……。まあ、公開する日が来るにしても、それを決めるのはもっと上の人たちで、僕らじゃないわけよ」
そう言って、鷹宮は手を合わせてゴメンのジェスチャーを颯太に送った。
午前中いっぱい、たっぷりと時間をかけて、何とか書類をあげた渼星は、顔色を悪くしながら、何とか書類を班長の鷹宮に渡す。
「ここ、捺印忘れているね。今日のミスはそれだけだよ。優秀じゃない、倉橋くーん」
「ここですね、はい。じゃあ午後は外回りしてきていいですか?」
「しょうがないねえ、ちゃんと連絡はつくようにしておいてよ」
「今日は充電忘れてないから大丈夫です」——そう笑顔で応える渼星に、やれやれと言うように肩をすくめた班長の鷹宮は、ひらひらと手を振った。
「外回り行ってきます」
そう言うと渼星は、ロッカーから装備一式を取り出すと、外へ向かおうとした。
「あ、補充の弾丸受け取って、ちゃんと儀式やってから行くんだよ、突然出動がかかることもあるんだからさ」
後ろから班長の声がかかる。
彼ら警備企画課は、緊急事態に備え常に武器の携帯が許されている。そのため、渼星も常に怪異と闘える武器を準備していかないといけない。
「玲子さん、補充分の銃弾お願いします」
「はい、これ。9ミリ対怪異銃弾」
そう言って、昨日撃ったのと同数の、聖別された特殊な金属でできた銃弾を受け取る。もちろん、これも志摩さんの発明品である。
「じゃ、隣の儀式部屋で、霊力込めてから、出掛けます。何もなければ直帰しまーす」
そうして渼星は隣の部屋に向かう。
小部屋に入ると、手早く式盤を広げ、そこに銃弾を並べる。その上に呪符を置き、呪言を唱える。すると蒼い炎をあげて呪符が燃え上がり、銃弾がうっすら蒼く光りはじめた。
「できた、できた」
そう言うと、渼星は弾倉を取り出して、蒼い銃弾を込め終わると、外に向かって歩き出した。
朝の受付の婦警さんに会釈をすると、渼星は外回りという名の、休息に出かけていくのだった。
警視庁警備局警備企画課・人員紹介
鷹宮道隆【班長】(53)警部……警備企画課の班長で実家はお寺。
志摩玲子【アトリエ】(41)技官……シングルマザーでマッドサイエンティスト気質。
黒瀬征四郎【ノワール】(35)……北面の武士の子孫を自称する剣術家。
倉橋渼星【エトワール】(28)……古来から怪異を退治してきた陰陽師の一族。
水城颯太【ヴォン】(26)……電子機器、機械、情報科学などのスペシャリスト。




