第0話 職務の夜
新連載開始します。
現代モノの異種恋愛モノです。
お好みの方は読んでみてください。
それでは第1章の開始です。
人が意図的に消えたような静かな街に、二十代後半の凛とした女がいた。
その左襟に警察の身分を表す金のバッジが鈍く光り、動きやすい素材のパンツスーツが、しなやかな肢体を包んでいる。
渼星というその女は、警察組織の中に秘匿された対怪異部隊に所属していた。
陰陽師としての力を買われての配属だった。
女が腕につけた情報端末から、年配の男の声で無線連絡が入る。
『班長より各員。ガス爆発の危険処理という名目で、付近一帯の住民の避難は完了している。あとは怪異を倒すだけだ。それじゃあ、お仕事よろしくね』
その声を聞いて、頷いた渼星はホルスターの銃の安全装置を、手元も見ずに素早く解除した。
『こちらエトワール、了解』
コードネームを名乗って、返事を返した渼星は、そのまま銃を握って、目の前のビルに入っていく。
肩までに短く切り揃えられた黒髪を揺らしながら機敏に進む渼星。
懐から一枚のお札を取り出すと、左手の指で挟み、右手が不可思議な印を結ぶ。お札の周りに青白い梵字が揺らめくと、それがフラフラと頭上に向かって漂っていく。
式神――渼星が陰陽術で使役するそれは、人ならざるものの気配を察知してその先へ向かう。
「ふふ、見つけたわ。間違いない、この上にいる」
そう呟くと、しなやかな獣を思わせる動きで階段を登っていく。
階を上がっていくたびに、濃密になっていく怪異の気配を感じ、渼星は思わず身震いをした。
「ここね」
渼星は懐から拳大の機械を取り出すと、鍵穴に当ててスイッチを押す。
すると、微かなモーター音の後、カチリと鍵の開く音がした。
「相変わらず玲子さんの発明品は優秀だわ」
銃を右手に構え、左手でそっとドアを開けて、部屋に入る。
鉄臭い異臭を感じながら、靴のまま廊下を通ると奥の扉を開けて銃口を向けた。
そこには針鼠に似た棘を全身に生やした牛のような怪物が、人を喰らっていた。
何も言わず、渼星は銃を撃つ。
拳銃がブローバックされ排莢される瞬間、そこに青白く梵字が浮かび上がる。
着弾と同時に、そこにも青白い梵字が浮かび、人には発声できない悲鳴を上げると窓をぶち破って落ちていった。
『対象は窓から落下。おそらく窮奇と思われる』
渼星が腕時計型の通信端末にそう話しかけると、野太い男の声が返ってきた。
『ノワール了解した、あとは任せろ』
渼星が急いで階段を駆け降りて裏に回る。そこには怪異と向かい合う刀を持った男がいた。
刀身にやはり青白く梵字が光っている。
後ろを渼星に塞がれたことで観念したのか、怪異は逃げるのを諦め、攻撃のために身構える。
その時、上空から急にドローンが降りてきて、霊力を湛えた液体を怪異の顔にぽたりと落とす。
ジュッと肉の焼ける匂いがして、怪異が悲鳴をあげた瞬間、踏み込んだ男の刃が怪異の首を刎ねた。
渼星は刀の男に向かってサムズアップする。
刀の男も同じ格好で応えた。
明るい若い男の声が、無線機から聞こえる。
『先輩。お疲れ様でした。』
その声に、表情を和らげた渼星は、無線機に返事をする。
『ヴォン、状況終了よ。後片付けはよろしく。私はこのまま帰るわ』
『了解、僕も現場へ近づきます。後始末はお任せあれ』
そのまま、渼星は現場を後にした。
刀を白木の鞘にしまった男も、そこを去っていき、後には怪異の死体だけが残された。
封鎖線の中を一人進みながら、渼星は心の中でつぶやく。
「人と共存できない怪異を倒すことは、亡き父から受け継いだ、私の大切な使命……」
その表情は、意志に満ちた力強いものだった。
ふと、視界の先に、黒い人影を見つける。
「そこの人、ここは立ち入り禁止よ」
その背の高い黒いスーツの男は、まず渼星の顔から、襟元に視線を下す。
「刑事さん……ですか?」
「ええ、ガス爆発の危険がありますから、すぐに避難してください。案内しますからついて来てください」
渼星は男をじっと見た。身長一七〇センチある渼星の視線がそのままだと男の口元の高さになる。かなり背の高い男であった。
顔はモデルかと思うくらいに整っている。
その端正な唇が動いた。
「わかりました」——男はそう言って素直についてこようとする。
渼星は男の横を通り過ぎる。その瞬間、男の鼻がヒクヒクと動いた。
同時に、隣の男から微かな魔の香りがしたような気がして、渼星は目を見張った。
だがそれ以上、男からは人として当たり前の気配しかしない。不思議そうに男の顔を見つめてしまう。
「どうかされましたか?」
「あ、いえ、何でもないです」
「美人にそんな見つめられたら緊張してしまいますから、ご勘弁ください」
そう言って、にこりと微笑む男に、渼星は(何、この美形。こんな男に微笑まれたらこっちが緊張するわよ……)と心の中で悪態をついていた。
二人は無言のまま、地元の制服警官が警備している封鎖線の黄色いテープのところまで、歩いてきた。
「もう大丈夫です。これからはお気をつけて」
この時の渼星は、あの男のことを「少し妙な通行人」としか思っていなかった。
その違和感が、自分のこれからを変えていくことに、今は何の予感も抱いていない。
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