第50章 王たちの敗北
負けた後、四王が中立都市に集まります。けれど、責任をなすりつけ合うばかりで、連合は成立しない。そこへ黒冠魔導団が乗り込み、四王を、同じ記憶の牢へ閉じ込めてしまう。助けに向かった玄弥は、王たちに「協力しろ」と命じるのか――それとも。そして魔王が、エクスカリバーの、ある真実を口にします。
中立都市に、四王が集まった。
どこの王国にも属さない、交易の都。そこなら、誰も、誰の下にもつかずに会える。今度は使者じゃなかった。四つの王国の王、本人が。玄弥が頼んで、頼んで、やっと集まった。集まったのは、いい。けれど、座に着くなり、空気がぴりぴりと張りつめた。
「貴公の国が、突破を許したからだ」アルディアの王が、グランヴェルの王に言った。「貴公の鋼壁が、もう少しもちこたえていれば。我が外城は、落ちなかった」
「何を言う」グランヴェルの王が声を荒げた。「我が炉が止まったのは、セレノアの湖が先に染まり、記憶鉱の脈が乱れたからだ。元をたどれば、セレノアの責任だ」
「我が国に、責任を押しつけるな」セレノアの王が、青ざめた顔で言った。「我らはもう、二度も故郷を失った。それを――」
「そもそも」レイグラスの王が扇をたたいた。「我が艦隊が割れたのは、海凪提督が未来視に騙されたからだ。それをつけ込まれた。だが、それは貴国らも同じだろう。誰一人、卿の術を防げなかった」
会議は、また紛糾した。
誰のせいか。どの国がいちばん損をしたか。責任のなすりつけ合い。負けた、その後でさえ、彼らはつながれなかった。むしろ、負けたから、よけいに互いを責め合った。
玄弥は、それを聞いていた。一度、会議で失敗した。それでも、また集めた。今度こそ、と。なのに、負けた痛みが、彼らをよけいに、ばらばらにしていた。
「あの」玄弥は口を開いた。「責任の話、後にしませんか。今は」
「黙れ、小僧」アルディアの王がにらんだ。「お前が、回ると言ったから。我らは待った。連合を信じて。だが、結果はこれだ。四つ、すべてが落ちた。お前の理想論のせいで――」
「待って」玄弥は言った。「俺のせいで、いい。俺が悪かった。間に合わなかった。それは認める。でも、今、責任をなすりつけ合っても。何も――」
言いかけたとき、会議場の扉が、吹き飛んだ。
黒い霧が、なだれ込んできた。フードをかぶった影が。一つ。二つ。三つ。数えるそばから増えて、七つになる。七禍卿。七人すべてが、中立都市の会議場へ乗り込んできた。
「七禍卿」アヴァロンが剣を抜いた。「全員。なぜ、ここに」
『王たちを、迎えに来た』
七つの影が、同時に囁いた。
『一つ所に集まってくれて、助かる。四人、まとめて連れていける。――記憶の牢へ』
黒い霧が、四王を包んだ。
「逃げて!」玄弥は叫んだ。「王たちを守れ!」
届かなかった。黒い霧が四王を飲み込み、四人の王の姿が、すうっと消えた。霧と一緒に。あとには何も残らない。空っぽの玉座が、四つ。並んでいるだけ。
「連れていかれた」アヴァロンが唇を噛んだ。「四王が。記憶の牢へ。――黒冠魔導団の奥の手だ。捕らえた者を、記憶の中に閉じ込める。本人のいちばん恐れる、記憶の中に」
「行く」玄弥は即座に言った。「助けに行く。記憶の牢に。どこだ」
『来るなら、来い、継承者よ』七禍卿の声が囁いた。消えゆく霧の中から。『お前を待っている。お前が来れば。お前の優しさが、どこまで通じるか。試してやろう』
黒い霧が、渦を巻いて、玄弥を飲み込もうとした。玄弥は迷わなかった。エクスカリバーを握って、霧の中へ飛び込んだ。「玄弥!」というカイの叫びを背中で聞いたときには、もう、霧の向こうへ消えていた。
気づくと、玄弥は、奇妙な場所に立っていた。
壁も、床も、ない。黒い空間。ところどころに、窓のような光が浮かんでいた。その窓の中で、記憶が流れていた。誰かの。
窓の一つを覗くと、アルディアの王がいた。燃える自国を見ていた。外城が落ち、城壁が崩れ、民が逃げ惑う。王はそれを見せられて、震えていた。
『見ろ』七禍卿の声が響いた。『お前の国が滅びる。お前が他国を助けたからだ。もし、自国だけを守っていれば。これは防げた。――選べ、王よ。今度、戦が起きたとき。自国だけを守るか。それとも、また他国を助けて、自国を滅ぼすか』
アルディアの王は、うなだれていた。「自国だけを、守る」とつぶやきかけて。
「だめだ」玄弥は叫んだ。「それ、偽物の記憶だ。脅されてるんだ」
別の窓には、グランヴェルの王が、止まった炉を見ていた。セレノアの王が、黒い湖を。レイグラスの王が、沈んだ船を。四人とも、自国が滅びる記憶を、強制的に見せられて、迫られていた。「自国だけを救え」と。「他国を見捨てれば、お前の国は助かる」と。
玄弥は、四つの窓の間を駆けた。
「みんな」玄弥は叫んだ。「それ、本物じゃない。卿が見せてるんだ。あんたたちを、自国のことしか考えられなくするために。他国を助けたら滅びるって、思い込ませるために」
『継承者』七禍卿の声が笑った。『お前は王たちに命じるか。協力しろ、と。連合を組め、と。お前が号令をかければ、王たちは従うかもしれぬ。お前は勇者だ。聖剣の持ち主だ。命じればよい。それで、連合はできる』
玄弥は、足を止めた。
その通りだった。今、ここで玄弥が命じれば。「協力しろ」と叫べば。王たちは従うかもしれない。聖剣の勇者の言葉なら。それでも玄弥は、奥歯を噛んで、首を振った。
「命じない」玄弥は言った。
『ほう』
「命じたら、また、同じだ」玄弥は続けた。「俺が号令をかけて、王たちが従う。それじゃ、また、俺が頭に立つことになる。俺がいる間だけの連合だ。俺がいなくなったら、すぐ、ばらばらに戻る。――それじゃ、意味がない」
玄弥は、四王の窓の前に立った。
「みんな」玄弥は言った。命令じゃなく。お願いでもなく。ただ、まっすぐに。「俺は、あんたたちに、協力しろとは言わない。連合を組めとも言わない。それは――あんたたち自身が決めることだ。俺が決めることじゃない」
四王が、窓の向こうから玄弥を見た。
「でも、一個だけ」玄弥は続けた。「教えてほしい。卿は、あんたたちに自国が滅びる記憶を見せた。怖いだろ。その記憶。自分の国が燃えるの。民が死ぬの。――でも、考えてみてくれ。あんたが自国だけを守って、生き延びたとして。隣の国が滅びるのを見て。次は自分の番だって、おびえながら。たった一国で、魔王に立ち向かって。それで、本当に守れると思うか」
四王が、黙った。
「俺、一晩で、四つの国が落ちるの、見た」玄弥は言った。喉の奥がつかえて、声が掠れた。「一つも守れなかった。悔しかった。でも――気づいたんだ。一つずつ守ろうとしたから、間に合わなかった。じゃあ、一国だけ守ろうとしたら、どうなる。もっと簡単に、落ちる。隣が、助けてくれないんだから」
玄弥は、こぶしを握った。
「自国だけを守るっていうのは」玄弥は言った。「自国だけが滅びるのを待つって、ことだ。順番に。一つずつ。卿が見せてる未来は、脅しだ。でも、自国だけ守って滅びる未来は――本物だ。さっき、実際に起きた。俺が、見た。四つ、ぜんぶ、別々に戦って。別々に、落ちた」
「では」アルディアの王がつぶやいた。「我らは。どうすれば」
「俺は、答えを言わない」玄弥は言った。「命じない。決めるのは、あんたたちだ。――でも、これだけは。あんたたちは今、自分の国が滅びる記憶の中にいる。怖いだろ。なら、その怖さを覚えておいてくれ。それは、他の王たちも、同じように感じてる、怖さだ。同じ怖さを抱えてる者同士なら。少しは、分かり合えるんじゃ、ないか」
玄弥は、エクスカリバーを抜いた。
記憶の牢をつなぐ、黒い鎖が見えた。四王を、それぞれの記憶に縛りつけている鎖。玄弥はその鎖を断った。一本ずつ。光刃で。一本断つたびに、胸の奥がまた削れた。けれど玄弥は止めなかった。四本、すべて断った。
四王が、記憶の牢から解放された。黒い空間が、崩れた。
玄弥は、四王とともに会議場へ戻った。空っぽだった玉座に、四人の王が座り直す。それでも玄弥は、何も命じなかった。
「俺は、ここまでだ」玄弥は言った。「あんたたちを助けた。でも、協力しろとは言わない。連合を組めとも言わない。――次に守るものを、自分で選んでください。自国だけか。それとも、隣の国も含めてか。それは、あんたたちが決めることだ。俺は命令しない。ただ――同じ怖さを抱えてること、忘れないでほしい。それだけだ」
玄弥は、頭を下げた。そして、会議場を出た。命令もせず。号令もかけず。ただ、王たちに、選択を委ねて。
四王は、玉座で動かなかった。互いを見て。それから、目をそらして。けれど、今度は責め合わなかった。何も言わずに、ただ、同じ怖さを、それぞれが噛みしめていた。
会議場を出ると、カイが待っていた。
「無事か」カイが駆け寄った。「お前、また忘れたろ。顔が、白い」
「平気」玄弥は笑った。「ちょっと、また忘れただけ。でも――王たちは、助けた。命令は、しなかった。選ぶのは、あいつらだ」
「命令、しなかったのか」カイが油の手で顔をこすった。「せっかく助けたのに。一言、協力しろって言えば。連合、できたかも、しれないのに」
「言わない」玄弥は首を振った。「言ったら、また、俺が頭に立つことになる。俺はつなぐ役だ。命じる役じゃない。――選ぶのは、あいつら自身じゃないと、意味がないんだ」
そのとき、空が暗くなった。
黒い雲が垂れ込めた。地の底から、声が響いた。魔王の声。けれど、今日は嘲笑が混じっていた。
『継承者よ』魔王の声が言った。『お前は、また命じなかったな。四王を助けて。なのに、協力させもしなかった。号令をかければ、連合ができたものを。お前の甘さには、呆れる』
「甘さで、いい」玄弥は空を見上げた。「命令でできた連合は、命令がなくなれば、消える。俺は――王たちが自分で選ぶのを、待つ。遅くても」
『その遅さで』魔王の声が笑った。『四つの国を落としたのだろう。お前の甘さが。何人の民を、見殺しにしたか。分かっているのか』
玄弥は、言葉に詰まった。その通りだった。間に合わなかった。四つ、落ちた。玄弥のやり方の、せいで。
『だが、面白い』魔王の声が続いた。『お前は、私に似ている。継承者よ。少しだけ。――命じない。一人ずつ、向き合う。誰かを楔にしたくない、と言う。それは、かつての、私の考えと、よく似ている』
「かつての、お前の考え?」玄弥は、聞き返す声が上ずるのを、自分でも止められなかった。
『教えてやろう』魔王の声が言った。低く。冷たく。けれど、どこか、寂しげに。『その剣だ。お前の手の中の、エクスカリバー。それは――かつて、私を選んだ剣だ』
玄弥は、エクスカリバーを見た。手の中の、白い刃を。
『その剣は』魔王の声が続けた。『かつて、私の手にあった。私もお前のように、楔になった。二つの世界をつなぐために。一人で。その剣を握って。――そして、忘れられた。誰にも。名前すら。だから、私は知っている。お前の行く末を。その剣を握る者がたどる、道を。お前も、いつか忘れられる。今、お前が必死に守っている、その者たちにさえ』
玄弥は、剣の柄を握る手に、知らず力がこもった。その剣が。エクスカリバーが。かつて、魔王の手にあった。魔王も、楔になった。一人で。そして、忘れられた。
『エクス』玄弥は震える声で聞いた。『本当か。お前、魔王の――』
エクスは、答えなかった。長い、沈黙があった。それから、ようやく、かすれた声で。
『……私は』エクスは言った。『思い出せない。私も、忘れている。何か、大切なことを。だが――この声が。胸の奥が。今の言葉を聞いて、ざわついた。嘘だ、と否定、できない。私は――かつて、誰かを選んだ。その誰かを。私も、忘れてしまったのかも、しれない』
空の黒雲が、ゆっくりと晴れていった。魔王の声が消えた。最後に、一言だけ残して。
『次に会うときは』魔王の声が言った。『お前に、すべてを見せよう。私が、なぜ楔のままでいたいと言ったのか。なぜ、自由になりたくない、と叫んだのか。――そのとき、お前は知る。継承者よ。私を倒すことが、本当に正しいのかどうかを』
声が、消えた。
玄弥は、エクスカリバーを握りしめたまま、動けなかった。森の壁画を思い出した。最初の楔。その頭上の、黒い王冠。あれは――魔王だったのか。最初に楔になった人が、忘れられて、黒い王冠になったのか。そして、その人が握っていた剣が、今、玄弥の手にある。
「玄弥」カイが心配そうに声をかけた。「大丈夫か。今の――どういうことだ」
「分からない」玄弥は首を振った。「でも――何か、大きなことが。隠されてる。魔王のことが。この剣のことが。俺のことも、たぶん」
玄弥は、空を見上げた。黒雲は晴れた。けれど、玄弥の胸の中は、晴れなかった。負けた。四つの国を落とした。連合はできなかった。そして、この剣が、かつて魔王を選んだと、知った。いちばん底まで落ちた、気がした。
それでも、玄弥は、エクスカリバーを握り直した。
「カイ」玄弥は言った。「俺、まだ、あきらめてないからな」
「無茶を言うな」カイが苦笑した。「四つ落ちて。連合もできなくて。剣が魔王のものだったって、言われて。それでも、あきらめないのか。お前は」
「あきらめない」玄弥は笑った。弱々しく。でも、たしかに。「だって――まだ、みんな、生きてるんだ。王たちも。あんたも。ガレスも。アヴァロンも。向こうの世界の、みんなも。生きてるなら。やり直せる。何度でも」
「ほんと、馬鹿だな、お前」カイが、そっぽを向いた。耳が、赤かった。「――でも、嫌いじゃない。そういう、馬鹿」
玄弥は、空を見上げた。名前も、顔も、ぼやけている、誰かに。心の中で、つぶやいた。
「負けたよ」玄弥は言った。「初めて、ちゃんと負けた。四つ、ぜんぶ。守れなかった。情けないよな。でも――まだ、終わってない。だから、もうちょっとだけ。待ってくれ。絶対、帰るから。帰って、また、信号待ちをしよう」
その想いがどこへ届いたのかは、分からなかった。けれど、晴れた空の向こうで、誰かが、その声を、たしかに聞いていた気がした。
読んでくださり、ありがとうございます。
承の幕引きであり、転への扉を開く章です。記憶の牢で、玄弥は、命令しませんでした。号令をかければ、連合はできたかもしれない。聖剣の勇者の言葉なら、王たちは従ったでしょう。けれど、それでは玄弥が「頭に立つ」ことになる。命令で生まれた連合は、命令が消えれば崩れる。だから玄弥は、助けるけれど、命じない。「次に守るものを、自分で選んでください」――この一言に、第45章からの「つなぐ役」が、全部こもっています。
魔王は、その甘さを嘲笑います。「お前の優しさが、何人の民を見殺しにしたか」。これは、玄弥にとって、いちばん痛い問いです。答えは、まだ出ません。
そして――魔王が明かします。エクスカリバーは、かつて魔王自身を選んだ剣だった、と。第44章の壁画、「最初の楔」と「黒い王冠」が、ここで一本につながりかける。玄弥が握る剣は、かつて、忘れられた誰かの手にあった。それは、玄弥の行く末そのものかもしれない。
ここまでが、第三部の「承」です。物語は、いちばん底まで落ちました。次の第51章から、転が始まります。現代の三島から、空っぽの交差点から、澪たちの声が――届きはじめます。




