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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第49章 七つの禍

七禍卿が、七人すべて、いっせいに動きます。転送、呪詛、記憶改変、死者の起こし、鎧巨兵の汚染、偽の未来、結界破壊。四つの国を、同時に。境界獣の空路で戦場を渡り歩いても、玄弥たちは、一組きり。すべては、救えません。これは、勇者が初めて、はっきりと負ける夜の話です。


 それは、いっせいに始まった。


 四つの方角で。同じ刻に。まるで、誰かが合図を出したみたいに。七禍卿が――七人すべてが、動いた。


 玄弥たちは、レイグラスの空にいた。雲海の上で。四つの煙を見ていた。けれど、煙は一つではなかった。見ているうちに、増えていった。一本が、二本に。二本が、四本に。四王国の空が、ぜんぶ、黒く染まっていく。


『聞け、世界よ』


 空に響いたのは、魔王の声だった。地の底から湧くような。けれど、今日はいつもよりおごそかだった。終わりを告げる者の、声で。


『今日、私は七つの禍を放つ』魔王の声が言った。『お前たちが四つに分かれている、その隙間へ。転送。呪詛。記憶の改変。死者の起こし。鎧巨兵の汚染。偽りの未来。結界の破壊。――七人の卿が、四つの国を同時に襲う。さあ、見せてもらおう。ばらばらの心が、どこまでもつかを』


 玄弥は、エクスカリバーを握りしめた。


「四つ、同時に」玄弥はつぶやいた。「そんなの。どうやって、止めるんだ」


「無理だ」カイが操縦槽から言った。声が震えていた。「四つを同時に、なんて。おれたちは一組しかいない。一つの戦場に行ってる間に、ほかの三つが落ちる」


『境界獣の空路を使え』アヴァロンが叫んだ。『あの獣たちが、空に道を開いた。あれなら、戦場から戦場へ、最速で渡れる。すべては無理でも。少しでも、多く――』


 玄弥は、空を見上げた。


 森で助けた境界獣たち。竜。骨の鹿。羽虫。彼らが空の彼方からやってきた。礼を返すみたいに。玄弥たちを乗せて。戦場から戦場へ、運ぶために。


 戦いが始まった。まず、アルディアへ。白角騎士団の外城。あの、城壁を思い出で戻した城。そこに、転送の卿が現れていた。次々と黒殻騎を城内へ転送して。城壁の内側へ。直接。守りを無視して。


「城の中に、敵が」ガレスが青ざめた。「転送で。城壁が意味をなさない」


 玄弥は竜の背から、城へ降りた。黒殻騎の鎖を断ち、捕虜を救った。一体。二体。けれど――転送は止まらなかった。一体、解放するたびに。二体、転送されてくる。きりがない。


「玄弥どの」ガレスが叫んだ。「転送の卿を止めねば。元を断たねば、終わらない」


 だが、卿は、姿を見せなかった。


 遠くから。安全な場所から。手を汚さずに。ただ、転送を続けるだけ。玄弥が近づこうとすると、卿は転送で逃げた。捕まえられない。元を断てない。


「くそっ」玄弥は、抜いた剣の柄を、握り直した。爪が掌に食い込むほど。「逃げる。卑怯だ」


『玄弥』エクスが言った。『他の戦場も危うい。ここに留まれば、一つは守れる。だが、他の三つが落ちる。――選ばねば、ならん』


 玄弥は迷った。目の前の城を守るか。他の三国へ行くか。どちらを選んでも、何かを失う。


「ガレス」玄弥は絞り出した。「ここを頼む。白角騎士団で。耐えてくれ。俺は――他の国も、見なきゃならない」


「行け」ガレスがうなずいた。剣を構えて。「ここは我らが守る。最後の一人まで。お前はつなぐ役だ。一つの戦場に縛られるな。行け、玄弥どの」


 玄弥は、竜の背に戻った。


 後ろ髪を引かれながら。アルディアを後にした。グランヴェルへ。


 炉の都へ着いたとき、すでに、炉は止まっていた。


 救ったはずの炉が。また止まっていた。鎧巨兵の汚染。汚染の卿が、記憶鉱の脈に黒い呪いを流していた。鋼壁重騎団の機体が、次々と黒く染まっていく。誓気が汚されて。守るための機体が。襲う機体に、変わっていく。


「我らの機体が」鋼壁重騎団長が叫んだ。「黒殻騎に。汚染されている。味方の機体が、味方を襲う」


 玄弥は汚染された機体の鎖を断とうとした。けれど、黒殻騎の鎖とは違った。汚染はもっと深く、乗り手の記憶ごと黒く染めていた。断っても。すぐに、また染まる。


「これは」玄弥は声が裏返った。「黒殻騎と違う。もっとしつこい。元から断たなきゃ」


「炉だ」団長が叫んだ。「記憶鉱の脈が汚染されている。炉を止めて、脈を封じなければ――だが、炉を止めれば、都が死ぬ」


 玄弥は、選択を迫られた。


 炉を止めて汚染を防ぐか。炉を生かして都を守るか。どちらも。取れなかった。


「団長」玄弥は言った。「あんたが、決めてくれ。俺は――他の国も、回らなきゃ、ならない」


「行け」団長は苦しげに言った。「ここは我らの都だ。我らが決める。お前は――他を。すまんな、少年。お前一人では。背負いきれん」


 玄弥は、また竜の背に戻った。


 今度は、セレノアへ。森が、また黒くなっていた。救ったばかりの森が。呪森卿は倒した。でも――別の卿が。呪詛の卿が。湖を黒く染めていた。セレノアの湖上都市の、湖を。黒い呪いが、水を伝って、広がっていく。


「湖が」玄弥の喉が、ひゅっと鳴った。「黒くなる。また」


「もう、無理だ」セレノアの人々が絶望した。「やっと森が戻ったのに。今度は湖が。どこまで奪えば、気が済むんだ」


 玄弥は呪詛を断とうとした。けれど、湖は広すぎた。一か所断っても、別の場所から黒く染まる。きりがない。


「玄弥」カイが機体から叫んだ。「全部は無理だ。お前の体がもたない。さっきから、剣を振るうたびに――お前、何か忘れてってる。顔色がおかしい」


 玄弥は、自分の手を見た。


 確かに。剣を振るうたびに、記憶がこぼれていた。誰のことだったか。何の記憶だったか。それすら分からなくなっていく。光刃を伸ばすほど、玄弥は削れていく。


 それでも、玄弥は止めなかった。


 次々と、戦場を渡った。竜の背で。アルディアへ。グランヴェルへ。セレノアへ。レイグラスへ。一つの戦場でできることをして、すぐに次へ。けれど――足りなかった。圧倒的に、足りなかった。


 一組の玄弥たちでは、四つの戦場を同時には守れなかった。


 夜が来た。そして――次々と、報せが届いた。


「アルディアの外城が、陥落」竜の背に伝令が届いた。「ガレス隊は生き延びたが。城は落ちた。転送の卿には、勝てなかった」


「グランヴェルの炉が、止まった」次の報せ。「都は生き残った。だが、炉は死んだ。もう鎧巨兵を造れない。鋼壁重騎団は、武器を失った」


「セレノアの湖が、黒く染まった」さらに、次。「湖上都市は放棄された。住民は避難した。だが、戻ったばかりの故郷を。また、失った」


「レイグラスの主力船が、沈んだ」最後の報せ。「再統一した艦隊は。結界破壊の卿に。港の結界を破られ、主力船を沈められた。蒼帆魔導艦隊は――半壊した」


 玄弥は、竜の背で、動けなかった。


 四つ、すべてが。落ちた。一つも。守りきれなかった。救ったはずの国が、一つ、また一つと崩れていく。玄弥の目の前で。


「俺」玄弥はつぶやいた。声が震えていた。「俺、何も、守れなかった」


「玄弥」カイが機体から降りてきた。


「全部、つないだ、つもりだった」玄弥は言った。「グランヴェルを救って。セレノアを救って。レイグラスを取り戻して。一つずつ。地味でも確かだって。そう思ってた。なのに――一晩で。ぜんぶ、ひっくり返った。四つ、同時に来られたら。俺、何もできない」


 玄弥は、自分の手のひらを見た。


「炉では」玄弥は、汚れた指を、一本ずつ折った。「名を返した。鉱夫の名を。一人ずつ。森では、歌が核を撃った。カイの母さんの歌が。海では――偽物の未来を暴いた。提督の目を覚まさせた。――三回、ぜんぶ、別のやり方で救った。剣で斬ったんじゃない。毎回、違う手で。ちゃんと考えて。一つずつ。なのに」


 玄弥は、ぎゅっと手を握った。


「なのに」玄弥は繰り返した。「それでも――全部は、救えなかった」


 膝が、勝手に折れた。玄弥は、その場にくずおれた。はじめてだった。これほどはっきりと、負けたのは。三島でも。城郭戦でも。いつも、最後には誰かを救えた。一人でも。けれど、今夜は。誰も守れなかった。四つ、ぜんぶ、落ちた。


『玄弥』エクスがささやいた。声が、痛ましげに揺れた。『お前のせいではない。一人で四つを守れる者など、いない。それを――魔王は分かっていて、四つ、同時に放った。お前のやり方の弱さを、突いたのだ』


「弱さ」玄弥はつぶやいた。


『お前は、一人ずつ、つなぐ』エクスは言った。『地味で、確かなやり方だ。だが、遅い。時間がかかる。魔王は、その隙を突いた。連合ができる前に。四つを同時に崩した。――お前の優しさが、間に合わなかった』


 玄弥は、何も言えなかった。


 その通りだった。会議で連合を断られて。一つずつ回ると決めた。地味でも確かだと。でも――間に合わなかった。三つの国をつなぐ間に、魔王は四つを同時に突き崩した。玄弥のやり方の、いちばんの弱点を。


『聞け、世界よ』


 また、魔王の声が響いた。


 今度は、勝ち誇って。


『見たか』魔王の声が言った。『四つに分かれた心では。一つの王冠に勝てぬ。お前たちは、それぞれ強い。だが、それぞれ別々だ。一つを守れば、別が落ちる。互いを助ければ、自国が落ちる。――だから、お前たちは、永遠に負け続ける。継承者よ。お前の優しさは美しい。だが、無力だ。一人ずつ救うなど。私が四つ、まとめて奪う、その速さには、追いつけぬ』


 声が、ふつりと止んだ。玄弥は、夜空を見上げた。


 四王国の空が、ぜんぶ、黒い煙で覆われていた。落ちた城。止まった炉。黒い湖。沈んだ船。何一つ守れなかった、夜の空。


「カイ」玄弥は低く言った。「俺、間違ってたのかな」


「何が」カイが聞いた。


「一人ずつ、つなぐやり方」玄弥は言った。「地味でも確かだって。でも、遅かった。間に合わなかった。みんなが言った通り、だったのかも。連合なんて絵空事で。俺を王にして、号令をかけさせたほうが。速かったのかも」


「玄弥」カイが玄弥の隣に座った。


 しばらく、二人は黙って、黒い空を見上げていた。


「おれには、分からない」カイは、膝を抱えた。「どっちが正しいのか。でも――おれ、お前のやり方で救われた。森で。母さんの歌を、思い出した。あれは号令じゃ、できなかった。お前が一人ずつ向き合ったから、だった。地味でも。遅くても。お前のやり方は――間違ってない、と、思う」


「でも、四つ、落ちた」玄弥は言った。


「落ちた」カイはうなずいた。「でも、人は死んでない。城は落ちたけど。ガレスたちは生きてる。炉は止まったけど。都は残ってる。湖は黒くなったけど。住民は逃げた。船は沈んだけど。提督は生きてる。――お前が一人ずつ、つないだから。みんな、生きてる。号令で突っ込んでたら。もっと死んでたかも、しれない」


 玄弥は、隣のカイを見た。


「土地は、また取り戻せる」カイは言った。「炉は、また燃やせる。湖は、また澄む。船は、また造れる。でも――死んだ人は、戻らない。お前は、人を守った。土地より。城より。それは、負けじゃない。と、思う」


 玄弥は、しばらく黙っていた。


 それから――ふっと笑った。力なく。けれど、たしかに。


「……ありがとな、カイ」玄弥は言った。「お前に慰められる日が来るとは、思わなかった」


「勘違いするな」カイはすぐに顔をそむけた。「慰めてない。事実を言っただけだ」


「うん」玄弥は笑った。「事実な。分かってる」


 それでも、負けは、負けだった。


 四つの国が落ちた。連合はできなかった。魔王は勝ち誇った。玄弥のやり方は――速さでは、魔王に敵わなかった。それは、変わらない現実だった。


 玄弥は、立ち上がった。


 膝が笑った。それでも、立った。


「もう一度」玄弥は言った。「会議を開く。四王に。今度は使者じゃない。王、本人に。会いに行く。中立都市で。――負けたけど。まだ終わってない。一つも守れなかったけど。みんな、生きてる。生きてるなら。やり直せる」


「気の遠くなる男だな、お前は」カイが苦笑した。「四つ、落ちた、その夜に。もう、次の会議の話か」


「俺、それしかできないんだ」玄弥は言った。「一人ずつ。何度でも。つなぐ。――それしか」


 竜が、翼を広げた。


 黒い夜空へ。中立都市へ向かって。


 玄弥は、その背に乗った。負けた勇者として。けれど、まだ、あきらめていない勇者として。


 夜の雲海が、どこまでも黒く広がっていた。


 その下で、四つの王国が、燃えていた。


 玄弥は、竜の首にひたいを押しつけて、目を閉じた。膝が、まだ笑っている。それでも、行き先だけは、もう決まっていた。


読んでくださり、ありがとうございます。

つらい章でした。書いていて、苦しかった。これまで玄弥は、どんなに追い詰められても、最後には誰か一人を救えた。けれど今夜は、四つの国が、同時に落ちる。アルディアの外城が陥落し、グランヴェルの炉が止まり、セレノアの湖が黒く染まり、レイグラスの主力船が沈む。一つも、守れない。

魔王の狙いは、玄弥のやり方の、いちばんの弱点でした。「一人ずつ、つなぐ」――それは確かで、優しい。けれど、遅い。連合ができる前に、四つを同時に崩されれば、間に合わない。物語を、いったん底まで落とすこと。それが、この章の役目です。

でも、カイが言うのです。城は落ちたけど、人は死んでいない、と。土地は取り戻せる。炉はまた燃やせる。でも、死んだ人は戻らない。お前は、土地より、人を守った、と。負けは負け。けれど、玄弥が守ったものは、たしかに残っている。

底まで落ちた、その先で。次章、四王の敗北と――魔王の、ある真実が、明かされます。

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玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
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