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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第48章 雲海の裏切り


 レイグラスは、雲海の上にあった。


 港の国。巨大な岩の台地が、赤い雲海から突き出して、その上に白い都市が築かれていた。台地のへりには、無数の桟橋。そこに魔導船がずらりと並んでいる。帆と翼を持つ船。蒼帆魔導艦隊。四王国随一の、艦隊。


 その港が、封鎖されていた。


「味方の、船が」カイが操縦槽から言った。信じられない、という声で。「味方の船が、味方の港を封鎖してる。同じ蒼帆の紋章を掲げて。なのに、にらみ合ってる」


 玄弥は肩の上から、その光景を見た。


 港の外に、半分ほどの魔導船が陣を組んでいた。蒼帆の紋章を掲げて。けれど、その船首には、黒い王冠の印が付け足されていた。魔王軍に寝返った、しるし。


 港の中には、残り半分の船が、慌ただしく防御の構えを取っていた。封鎖されて。出るに出られず。帆が半分しか張られていない船もあった。応戦するべきか、降りるべきか、そこにいる誰もが決めかねている、そういう半端さが、上から見ても伝わってきた。


「裏切りだ」アヴァロンが低く言った。「蒼帆魔導艦隊の半数が、魔王軍へ寝返った。同じ艦隊が二つに割れて、にらみ合っている。――最悪の形だ」


 玄弥たちは、港の中の都市へ降りた。


 残った艦隊の司令部へ。そこには、混乱と絶望が満ちていた。司令官が玄弥たちを迎えた。憔悴した顔で。


「アルディアとグランヴェルが、約束を交わしたと聞いた」司令官は言った。「だが、我が国はそれどころではない。見ての通りだ。我が艦隊の半分が寝返った。寝返った半分を率いているのは――海凪提督。我が艦隊の誇りだった、男だ。なぜ、あの人が裏切ったのか。誰にも分からん」


「海凪提督」玄弥は聞き返した。「どんな人なんだ」


「立派な人だった」司令官は苦しげに言った。「民を、誰より大事にする人だった。部下に慕われ、民に敬われ。あの人が魔王につくなど、信じられん。何かの間違いだと思いたい。だが――現に港を封鎖している。我らを魔王軍へ引き渡そうとしている」


「会えるか」玄弥は言った。「海凪提督に。話をしたい」


「無茶を言うな」司令官が首を振った。「敵旗艦は、封鎖陣のまんなかだ。近づけば撃ち落とされる。蒼帆の砲撃は四王国一だぞ。一隻の舟で行けば、雲海の藻屑だ」


「舟で、行かない」玄弥は言った。「カイ、あんたの機体、飛べるか」


「飛べるか、って」カイが目を丸くした。「翡翠翼騎団の機体じゃないんだぞ。これは地上型だ。翅はない。――でも」カイは少し考えた。「セレノアで直したとき、翡翠の誓気が馴染んだ。翅はないが、跳ねることはできる。一回、二回なら。雲海の上を。船から船へ跳んで――」


「それで、いい」玄弥は言った。「敵の船を足場にする。一隻ずつ跳んで、旗艦まで行く」


「正気か」カイが呆れた。「砲撃の雨の中を、跳んで渡るのか」


「ほかに、方法、ある?」玄弥は聞いた。


 カイは、しばらく玄弥をにらんでいた。


 それから、ふっと笑った。あきらめたように。けれど、どこか楽しそうに。


「……ないな」カイは言った。「お前といると、まともな方法が一個もない。乗れ。跳ぶぞ」


 戦は、もう始まっていた。雲海の上で。味方同士の艦隊が、撃ち合っていた。蒼帆の紋章を掲げた船が。同じ紋章の船を。砲撃が飛び交い、雲海が炎で染まった。落ちる船。割れる帆。同じ国の人間が、互いを撃ち合う。いちばん悲しい、戦だった。見ているだけで、玄弥は喉の奥がきつくなった。


 カイの鎧巨兵が、跳んだ。


 港のへりから、雲海の上へ。すさまじい跳躍。翡翠色の光を引いて、一隻の敵船の甲板へ着地した。船が揺れる。砲手たちが驚いて振り返った。けれど、玄弥たちはもう、次の船へ跳んでいた。


「うわ、揺れる」玄弥は肩の上でしがみついた。胃の中身が、跳ぶたびに、ふわっと持ち上がる。遊園地のあれだ、と、こんなときなのに思った。三島の駅前にあった、回転するやつ。「カイ、もうちょっと、優しく――」


「文句、言うな」カイが叫び返した。「狙われてんだぞ。止まったら、撃たれる」


 砲撃が、追ってきた。


 雲海の炎が、鎧巨兵をかすめた。けれど、カイは跳び続けた。船から船へ。敵の足場を踏みしめて。旗艦へ向かって。玄弥は肩の上でエクスカリバーを構えた。けれど、敵兵は斬らなかった。ただ、足場を借りて、跳んでいく。


「旗艦が、見える」カイが叫んだ。「いちばん大きい船だ。あそこに、提督が」


 最後の跳躍。


 カイの機体が、旗艦の甲板へ降り立った。船が大きく揺れる。甲板の兵士たちが、武器を構えた。


「待て」


 甲板の奥から、声が響いた。


 一人の男が進み出た。長い外套。けれど、その顔は苦悩に満ちていた。海凪提督。寝返ったとは思えない、誠実な目をしていた。


「聖剣の継承者か」海凪提督は言った。「噂は聞いた。来ると思っていた。我らを止めに。――だが、無駄だ。私はもう決めた。レイグラスを魔王に差し出す。それが、民を救う唯一の道だ」


「民を、救う道?」玄弥は聞き返した。「魔王に国を売るのが?」


「お前は知らんのだ」海凪提督は言った。声が震えていた。「私は見たのだ。未来を。七禍卿が見せてくれた。連合を組み、魔王に抗えば――レイグラスは滅びる。民は皆殺しになる。一人残らず。子どもも。老人も。だが、魔王に従えば。民だけは生き残る。国は失う。誇りも失う。だが、命は助かる。私は――民の命を選んだ。それの、何が悪い」


 玄弥は、握りかけたエクスカリバーの柄から、そっと手を離した。


 この人は。裏切ったんじゃない。国を売ったんじゃない。民を救おうとしている。間違った方法で。偽の未来を信じて。――そういう目を、玄弥は前にも見たことがあった。源兵衛川で剣を抜いたガレスの目。守ろうとして、空回っている人間の目だ。憎めない。だから、よけいに、厄介だった。


「未来視の卿だな」玄弥は言った。「アルディアでも出てきた。連合の果てを見せて、王国をばらばらにした、やつだ。あんたにも見せたのか。レイグラスが滅びる未来を」


「ああ」海凪提督はうなずいた。「鮮明に。リアルに。炎に包まれる港。沈む船。死んでいく民。私の知っている顔が、一人ずつ。あれは本物だ。私には分かる」


「本物かよ」玄弥は言った。「本当に本物か。確かめたのか。あんた、未来視の卿の言葉を、そのまま信じただけじゃないのか」


「お前に、何が分かる」海凪提督の声が荒れた。「未来が偽物だという、証拠でもあるのか。あるなら見せてみろ。なければ黙れ。私は、民の命を賭けているのだ」


 玄弥は、言葉に詰まった。


 証拠はない。未来は見えない。アルディアと同じだ。あの時も、証明できなかった。けれど――。


『玄弥』エクスがささやいた。『未来視の術には、ほころびがある。私は知っている。未来を見せる術は、術者の知る情報からしか組み立てられん。術者が知らぬものは、その未来に現れない。――提督に見せた未来の中に。存在しないものがあれば。それが、偽りの証だ』


 その一言が、玄弥の中で、かちりと噛み合った。


「提督」玄弥は言った。「あんたが見た未来。滅びるレイグラスの未来。そこに、あんたの知ってる顔がいたんだよな。一人ずつ。死んでいく」


「ああ」海凪提督がうなずいた。「忘れられん。あの顔が」


「その中に」玄弥は聞いた。「子どもは、いたか」


「子ども?」海凪提督が眉を寄せた。


「あんたの知ってる、子ども」玄弥は続けた。「最近、生まれた子。まだ名前をつけたばかりの、ような、赤ん坊。その未来の中に、いたか」


 海凪提督が、黙った。


 記憶をたどるように。見た未来を。思い返して。


「……いない」海凪提督はつぶやいた。「赤ん坊は。いなかった。死んでいくのは、皆、大人と、私の知っている年ごろの子どもばかり、だった。なぜ、そんなことを――」


「先月」玄弥は言った。当てずっぽうだった。けれど、確信があった。「あんたの艦隊の誰かに、子どもが生まれただろ。あんたがまだ、名前もよく覚えてないような、新しい命が。――その子が未来の中にいなかったのは、なぜだ」


 海凪提督の顔が、こわばった。


「……生まれた」海凪提督は絞り出した。「先月。私の副官に。娘が。私は――まだ一度しか、顔を見ていない。名前も、ついこの間、聞いたばかりだ。確か――和、と。だが、なぜ、その子が未来に」


「七禍卿が、知らなかったからだ」玄弥は言った。「その子のことを。未来視の卿は、あんたの記憶から未来を組み立てた。でも、あんたがまだ、ろくに知らないその赤ん坊のことは。卿も知らなかった。だから、未来の中に出せなかった。――あんたが見た未来は、本物の未来じゃない。卿が、あんたの頭の中の情報をつなぎ合わせて作った、偽物だ。だから、卿の知らない命は、そこにいなかった」


 甲板が、静まった。


 海凪提督は、玄弥を見つめていた。目が揺れていた。これまでの確信が、足もとから崩れていく音が、聞こえるようだった。


「偽物……」海凪提督はつぶやいた。「あれが。私が、民の命を賭けて信じたものが。卿の作った、まやかしだったと」


「あんたは、間違ってない」玄弥は言った。「民を救いたかった、その気持ちは。本物だ。誰よりも立派だ。――でも、騙されたんだ。卿に。あいつらは、いつもそうだ。記憶を奪って。名前を奪って。今度は、見てもない未来を見せて。人のいちばん優しいところに、つけ込む。民を思う、あんたの心に。つけ込んだんだ」


 海凪提督は、しばらく動かなかった。


 それから――膝をついた。甲板に。がっくりと。


「私は」海凪提督は震える声で言った。「何を、してしまったのだ。偽の未来におびえて。仲間に砲を向けた。同じ艦隊を撃った。民を救うと言いながら――私が、民を殺していた」


「まだ、間に合う」玄弥は膝をついて、目線を合わせた。「あんたが目を覚ませば。寝返った半分も、戻ってくる。みんな、あんたを信じてついてきたんだろ。なら、あんたが戻れば、みんな戻る」


 海凪提督が、顔を上げた。


「全艦に、告ぐ」海凪提督は立ち上がった。声を張り上げて。「私は騙されていた。偽の未来に。砲撃を止めよ。蒼帆魔導艦隊は一つだ。割れてはならぬ。私が間違っていた。すまない。――皆、戻ってきてくれ。レイグラスの空へ」


 その声が、雲海じゅうに響いた。


 寝返った船が、一隻ずつ、砲撃を止めた。船首の黒い王冠の印を剥がす。蒼帆の紋章だけに戻した。提督の声に。彼らも、本当は信じていなかったのだ。裏切りを。ただ、提督についてきただけ。その提督が目を覚ませば、彼らも戻った。


 艦隊が、再び一つになった。


 雲海の炎が消えていく。撃ち合いが止んだ。同じ紋章の船が、もう一度、肩を並べた。


「ありがとう」海凪提督が玄弥に頭を下げた。「お前は、私を斬らなかった。裏切り者として、討つこともできたのに。代わりに――目を覚まさせてくれた」


「斬っても、何も解決しない」玄弥は笑った。「あんたは敵じゃない。騙されてただけだ。それに――あんた、いい提督だろ。民を思う。そういう人を斬ったら、もったいない」


 だが、その勝利を噛みしめる間もなかった。雲海の向こうから、地響きが聞こえた。


 はるか、遠く。四王国の国境のほうから。黒い煙が、何本も、立ち上った。それも、一国じゃない。四つの方角から。同時に。


「あれは」アヴァロンが青ざめた。「国境だ。四王国の。――突破された」


「裏切りの騒ぎに、気を取られている、隙に」海凪提督の声が、ひび割れた。「魔王軍が。四王国の国境を、いっせいに破った。私が――私が艦隊を割っている間に。レイグラスだけじゃない。四つ、すべての国境が」


 玄弥は、四つの煙を見た。腹の底から、すうっと血の気が引いていく。


 間に合わなかった。レイグラスは救えた。提督を取り戻した。でも――その間に。魔王軍は、もっと大きく動いていた。四つの国境を、同時に。これは。これは、ただの裏切りじゃなかった。もっと大きな、何かの始まりだった。


「カイ」玄弥は低く言った。「急ごう。何か――とんでもないことが、始まる」


 カイは、答えなかった。


 ただ、機体の中で、四つの煙を見つめていた。


 赤い雲海の上で、蒼帆魔導艦隊は一つに戻った。けれど、その勝利は。もっと大きな敗北の、前ぶれにすぎなかった。


 七つの禍が、動き始めていた。


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玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
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