第45章 王国会議は剣より遠い
アルディアに、四王国の使者が集まりました。けれど日本で肩を並べたはずの彼らは、帰還した今、また領土と指揮権で割れています。玄弥を「勇者の王」に祭り上げようとする声。それを玄弥は、はっきりと拒みます。「僕を王にしても、また一人に押しつけるだけだ」と。
アルディア王国の大広間に、四王国の使者が集まった。
白い円卓。高い天井。巨大樹の根が、壁を太い血管みたいにつたっている。根の隙間から、淡い光が漏れていた。そこに四つの紋章が並んだ。白角のアルディア。鋼壁のグランヴェル。翡翠翼のセレノア。蒼帆のレイグラス。それぞれの軍団を率いる、国の使者たち。
玄弥は円卓の端に座った。カイがその隣に。少し居心地悪そうに、椅子の上で身じろぎして。アヴァロンとガレスが、後ろに控えた。
「皆」アヴァロンが口火を切った。「我々は、日本の城郭で、一度、共に戦った。覚えているはずだ。旧江戸城。駿府城。名古屋城。大阪城。あのとき、四王国は肩を並べた。だからこそ、魔王軍を押し返せた。――今、必要なのは、あのときの連合だ。四王国がひとつになること」
しん、と静まった。
それから、ざわめきが起きた。
「連合、だと」鋼壁重騎団の使者が、鼻で笑った。岩のような体格の男だ。「あれは緊急時のことだ。日本という、異常な場所での。帰ってきた今、話は別だ。我がグランヴェルは、自国を守るので手一杯だ。他国に兵を貸す余裕はない」
「それは、こちらも同じ」蒼帆魔導艦隊の使者が、扇を開いた。優雅な口ぶりだが、目は冷たかった。「レイグラスは交易で成り立っている。連合に加われば、魔王軍の標的になる。それに――指揮は、誰が執るのです? まさか、アルディアの白角騎士団が、上に立つ、などと言うのでは」
「それは」アヴァロンが言葉に詰まった。
「ほら」鋼壁の使者が声を荒げた。「結局、それだ。連合と言いながら、白角騎士団が号令をかけたいだけだろう。冗談ではない。我が鋼壁が、なぜアルディアの指揮下に入らねばならん」
「翡翠翼騎団も」セレノアの使者が、静かに言った。けれど、その声には深い疲れがにじんでいた。「我が国は、もう、ない。森は焼かれた。我々は難民の軍だ。守る領土もない。連合に加わったとて――何を差し出せる。何を得られる。今さら」
円卓が紛糾した。
領土のこと。責任のこと。指揮権のこと。だれが上に立つか。だれが損をするか。日本で共に戦った、あの絆は、どこへいったのか。帰還して、自国の現実に戻ったとたん、彼らはまた、四つに割れていた。
玄弥は、それを黙って聞いていた。膝の上で、握ったり開いたりしている自分の手を、ぼんやり見ながら。一人ずつなら、いい人たちなのに。集まると、こうなる。守りたいものがありすぎて。失いたくないものが、多すぎて。
「あの、剣の少年は」
不意に、鋼壁の使者が玄弥を見た。
「聖剣の継承者だと聞いた。日本で四城を救ったと。黒殻騎を何体も解放したと」使者は値踏みするような目で言った。「――ならば、いっそ。この少年を、連合の頭に据えてはどうだ。勇者なら、誰も文句はあるまい。白角の下でも、鋼壁の下でもない。中立の勇者の下、ということなら」
「それは、名案」蒼帆の使者が扇をたたんだ。「聖剣の勇者が連合を率いる。象徴としても、申し分ない。少年、どうかね。きみが我らの王になれば、すべて丸く収まる」
円卓の視線が、玄弥に集まった。
四王国の使者たちが、期待と計算の入り混じった目で、玄弥を見ていた。勇者を頭に据えれば、自分たちは誰の下にもつかずにすむ。責任を押しつけられる。便利な、神輿。
玄弥は、ゆっくり立ち上がった。椅子が、床をこする音が、やけに大きく響いた。膝が、ほんの少し震えていた。大の大人が四人、こちらを見ている。それでも、座ったままでは言えない気がした。
「……俺を、王にするって」玄弥は言った。静かに。「そしたら、丸く収まる、って」
「そうだ」鋼壁の使者がうなずいた。「きみが上に立てば、誰も誰かの下につかずにすむ」
「それ、ちがうよ」玄弥は首を振った。「それ、丸く収まってない。ただ、責任を一人に押しつけてるだけだ」
使者たちが眉をひそめた。
「俺を王にしたら、あんたたちは楽になる。俺のせいに、できるから」玄弥は続けた。声は震えていたけれど、止まらなかった。「連合がうまくいかなくても、勇者が悪い。負けても、勇者が弱かった。――それ、誰かを楔にするのと、同じだ。一人にぜんぶ背負わせて。自分たちは、手を汚さない」
玄弥はこぶしを握った。
「俺、それ、もうやめたいんだ。一人が、ぜんぶ背負うの」玄弥は言った。「俺、楔になって、こっちに来た。記憶、ぼろぼろなくして。それでも後悔はしてない。みんなを守れたから。――でも、本当は。誰か一人が犠牲にならなくて、いい方法が、あったはずなんだ。みんなが少しずつ責任を引き受ければ。誰も、楔にならずにすむ」
「子どもの理想論だ」鋼壁の使者が吐き捨てた。その言葉に、玄弥はかっとなりかけて、けれど、すぐに飲み込んだ。怒鳴っても、たぶん、何も伝わらない。
「理想論で、いい」玄弥はまっすぐ、その目を見た。「でも、俺、城壁を戻したの、見た。一人の英雄じゃ、なかった。何百人もの住民が、一人ずつ思い出を語って。それで、消えかけた城壁が戻った。一人のすごい力じゃない。みんなの、ちょっとずつの力だ。――連合も、同じだろ。誰かが上に立つ、んじゃない。みんなが、ちょっとずつ肩を貸し合うんだ。俺を王にしても、何も解決しない」
大広間が静まった。
使者たちは、玄弥を見ていた。反発の目で。けれど、その奥に、わずかな揺れもあった。一人に押しつけるのが、いちばん楽だということを、彼ら自身、本当は分かっていた。
その沈黙を破ったのは。
ふいに、大広間に満ちた、冷たい気配だった。
円卓の中央に、黒い霧が立ち上った。誰も入ってきていない。なのに、霧は人の形をとった。フードを深くかぶった、影。顔は見えない。けれど、その存在から、底冷えする力が放たれていた。
「七禍卿」アヴァロンが剣を抜いた。「未来視の」
『争うな、王たちよ』
影が囁いた。声は頭の中に、直接響いた。
『私は、未来を見る者。お前たちの行く末を、見せてやろう。――連合を組めば、どうなるか。その果てを』
黒い霧が、円卓の上に像を結んだ。
燃える城。崩れる城壁。倒れる鎧巨兵。逃げ惑う人々。四つの紋章が、ぜんぶ炎に包まれて、灰になっていく光景。アルディアも。グランヴェルも。セレノアも。レイグラスも。すべてが滅びる、未来。
『これが、連合の果てだ』影が囁いた。『四王国がひとつになれば、魔王はそれをまとめて滅ぼす。ばらばらでいれば、生き延びる国もある。連合は、四つすべての破滅を招く。――さあ、王たちよ。帰るがいい。自国を守れ。それが唯一の、生き残る道だ』
使者たちが青ざめた。燃える自国の姿を見て。震え上がって。蒼帆の使者の手から、扇が落ちかけた。鋼壁の使者は、円卓の縁を、ぎりっと握っていた。
「帰る」鋼壁の使者が立ち上がった。「私は帰る。グランヴェルは連合に加わらん。自国を守る」
「レイグラスも」蒼帆の使者が続いた。「失礼する。あんな未来は、御免だ」
「待て!」玄弥が叫んだ。「それ、偽物だ! そいつの見せてる未来は」
『偽物だと?』影が笑った。『未来視に、偽りはない。お前は、これを否定できる根拠を、持っているのか、継承者よ』
玄弥は言葉に詰まった。根拠は、ない。未来は見えない。けれど――。
「根拠は、ない」玄弥は言った。一度、唾を飲み込んでから。「でも、お前ら、いつもそうじゃないか。記憶を消して。名前を奪って。今度は、見てもない未来を見せて、怖がらせる。手を汚さずに。人の心を、人質にして。――それが、お前らのやり口だ。未来が本物かどうかは、分からない。でも、お前が何のために、それを見せてるかは、分かる。連合をこわしたいんだ。だから、見せてる。それだけは、確かだ」
『……ほう』影がゆらりと揺れた。『口の減らぬ、小僧だ』
「証明は、できない」玄弥は続けた。使者たちへ向き直って。「未来が偽物だって、証明は。でも、本物だって証明も、できないだろ。だったら――どっちを信じるかは、あんたたちが決めることだ。怖い未来を信じて、帰るのか。それとも、自分の目で確かめるのか」
けれど。
恐怖は、言葉より強かった。
鋼壁の使者は、すでに扉へ向かっていた。蒼帆の使者も。セレノアの使者だけが、ためらっていた。けれど、やがて、力なく首を振って、立ち上がった。
「すまない、少年」セレノアの使者は言った。「我々は、もう一度、国を失った。二度目は――耐えられない。あの未来が、たとえ、わずかでも本物なら。賭けることが、できない」
使者たちが去っていった。黒い影も、満足げに霧へ溶けて、消えた。
大広間に、玄弥とカイと、アヴァロンとガレスだけが残された。
「……だめだったな」玄弥は円卓に座り込んだ。がっくりと。「言葉じゃ、足りなかった。あいつの見せた未来のほうが、強かった」
「お前のせいでは、ない」アヴァロンが言った。「彼らは、怖いのだ。失うことが。誰だって、そうだ」
「玄弥」
ずっと黙っていたカイが、口を開いた。
「お前、王になれって言われて、断ったろ」カイは言った。ぶっきらぼうに。けれど、まっすぐに。「あんなに簡単に、力を手に入れられたのに。なんで断った」
「言ったろ」玄弥は笑った。「一人に押しつけるの、もう嫌なんだ」
「ばかだな、お前」カイは前髪をかき上げた。悪態のはずなのに、ちっとも、悪態に聞こえなかった。その目は、どこかまぶしそうだった。「……でも。そういうやつ、おれ、初めて見た。力をほしがらない、やつ。みんなほしがるのに。記憶も、土地も、力も。お前は、ぜんぶ人に返そうとする」
玄弥は、立ち上がった。
窓の外を見た。赤い雲海が流れていた。その下に、四つの王国が、ばらばらに散らばっている。言葉では、つながらなかった。一度の会議では。
「決めた」玄弥は言った。言ってから、自分でも、ちょっと驚いた。考えるより先に、口が動いていた。「俺、自分の目で回る」
「回る、とは」ガレスが聞いた。
「四つの国を、ぜんぶ」玄弥は言った。「会議で使者を集めても、だめだ。あいつらは、自国の現実しか見てない。だから、俺が行く。一つずつ。その国の人たちに会って。何が怖いのか、聞いて。何を守りたいのか、聞いて。一人ずつ、つないでいく。城壁を戻したときみたいに。地味でも。遅くても。それしか、ない」
「気の遠くなる話だ」アヴァロンが苦笑した。「四王国を、一つずつ口説いて回る、だと」
「うん」玄弥は笑った。「俺、もともと、そういうやり方しか、できないんだ。一人ずつ、しか。救えない。地味で、遅くて。でも――それが、いちばん確かだって、知ってる」
カイが、鎧巨兵のほうへ歩き出した。
「乗れよ」カイはぶっきらぼうに言った。「四つも回るんだろ。歩いてたら、何年かかるか、分からない。――おれの機体で、運んでやる」
「いいのか」玄弥は目を見開いた。一拍、声が出てこなかった。
「勘違いするな」カイは振り向かずに言った。「お前を信じたわけじゃ、ない。ただ――おまえのやり方を、もう少し見てみたいだけだ。力をほしがらない勇者ってやつを」
玄弥は笑った。胸の奥が、あたたかくなった。信じることをやめた少年が、もう一度、誰かと行こうとしている。
大広間を出て、玄弥は空を見上げた。赤い雲海の向こう。どこかに、自分を待っている人がいる気がした。名前も顔も、ぼやけているのに。その人へ、心の中でつぶやいた。
「まだ、時間がかかりそうだ」玄弥は言った。「四つの国を、回らなきゃならない。連合を作らなきゃ、魔王には勝てない。だから――もうちょっと、待ってくれ。絶対、帰るから。帰って、また、あの信号待ちをしよう」
信号待ち。
その言葉が、どこから出てきたのか、玄弥には分からなかった。口にしてみて、はじめて、その音の手触りに気づいた、という感じだった。
けれど、その響きが、なつかしくて。あたたかくて。胸の奥の、いちばん大事な場所に、しまわれた宝物のような、気がした。
カイの鎧巨兵が、最初の一歩を踏み出した。剣より遠い、人の心へ向かって。一つずつ。
読んでくださり、ありがとうございます。
第三部の「起」を締める章です。四王国は、いい人たちなのに、集まると割れてしまう。守りたいものが多すぎて、失うのが怖すぎて。そんな彼らが玄弥を神輿に担ごうとする。一人に責任を押しつければ楽だから。けれど玄弥は、それこそ自分が嫌だった「楔」と同じだと見抜いて、断ります。力をほしがらない勇者――この姿が、信じることをやめたカイの心を、少しずつ溶かしていきます。
会議を壊したのは、未来視の七禍卿。「連合すれば四王国すべて滅びる」という偽の未来を見せ、恐怖で王たちを帰してしまう。玄弥には、それが偽物だと証明する力はありません。けれど「証明はできない、でもお前が何のために見せているかは分かる」と返す。黒冠魔導団のやり口は、いつも人の心を人質にすること。恐怖は、言葉より強い。今回は、玄弥は負けました。
だから玄弥は決めます。会議ではなく、自分の足で四王国を一つずつ回る、と。地味で、遅くて、それでも確かな道を。カイが「お前のやり方を、もう少し見てみたい」と機体を差し出す――この一言が、次のアーク「四王国巡戦」への扉になります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。玄弥の旅は、まだ折り返したばかり。一つずつ、つないでいきます。




