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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第42章 黒冠の狩人

谷を、黒殻騎が囲みます。逃げ場はない。カイの直した鎧巨兵だけが頼りなのに、機体は彼の誓気を拒みます。守りたい記憶を、奪われてしまったから。そんなカイへ、玄弥が差し出す言葉が――凍りついた機体を、はじめて動かします。



 谷の底で、火を焚いた。


 カイが慣れた手つきで、枯れた苔と小枝を集める。火打ち石を打って。小さな赤い炎が、岩壁をちろちろと照らした。玄弥はその向かいに座って、エクスカリバーを膝の上に横たえる。


「腹、減ってないか」カイがふいに言った。


 外套のふところから、固い黒パンを取り出して。半分に割って。片方を玄弥へ放ってよこした。ぶっきらぼうに。礼を言われるのを、先回りして嫌がるみたいに。


「……いいのか」玄弥は受け取った。


「干からびる前に食え」カイは自分の分をかじった。「向こうの世界から来た、なんてやつが、目の前で行き倒れたら、寝覚めが悪い。それだけだ」


 玄弥はパンをかじった。固くて、すこし酸っぱい。歯が痛くなりそうなくらい固い。それでも、空腹にしみた。乾いた荒野を走り通した体に、塩気がじわじわ広がっていく。なんでだろう、こういうとき、ふと、どこかの店の唐揚げの匂いを思い出す。場所は思い出せないのに、匂いだけ、舌の奥に残っている。


「うまい」玄弥は言った。


「まずいだろ、それ」カイが、ふん、と笑った。「気を遣うな。難民の非常食だぞ」


「いや、ほんとにうまいよ。腹減ってたから」玄弥は口の端のかけらを、指でぬぐった。「――ありがとな」


 カイは何も言わなかった。ただ、火を見ていた。礼を言われ慣れていない、横顔で。


「セレノアって、どこ」玄弥は聞いた。


「知らないのか」カイが火をつつきながら言った。「翡翠翼騎団の国だ。発光する森と、湖の上の都市。――もう、ないけどな」


「ない?」


「焼かれた」カイの声は平らだった。感情をわざと抜いたような、平らさ。「魔王軍に。森の記憶ごと。おれは難民だ。家をなくして、こうやって谷から谷へ逃げ回ってる。壊れた鎧巨兵を拾って、直して、売って。それで食ってる」


 玄弥は横倒しの鎧巨兵を見た。火明かりの中で、傷だらけの装甲が鈍く光っている。


「これも、拾ったのか」


「ああ。半年かけて直してる」カイは機体をちらりと見た。その目だけが、ほんの少しやわらかかった。「もうすぐ動く。動いたら、ここを出る。誰にも頼らずに。おれ一人で生き延びる」


「家族は」玄弥は聞いた。聞いてから、しまった、と思った。踏んではいけないところを、踏んだ気がした。


 カイの手が、ぴたりと止まった。


 火をつついていた小枝を握ったまま。じっと炎を見つめて。やがて、ぽつりと言った。


「いない」


「……そっか」


「いや、ちがう」カイは首を振った。苛立つように。「いた、はずなんだ。家族。父さんと、母さんと。妹も。いた。それは覚えてる。いた、ってことだけは。――でも、顔が思い出せない。声も。名前も。なんにも」


 玄弥は、息をのんだ。


 玄弥は、膝の上のエクスカリバーを、知らず握り直していた。


「黒冠魔導団に」カイは低く続けた。「奪われた。森が焼かれたとき。あいつら、住民の記憶を根こそぎ吸い上げた。鎧巨兵の燃料にするって。おれは逃げた。逃げて、生き延びた。けど――家族の記憶だけ、ぜんぶ持っていかれた。今、おれの頭の中には、家族のいた場所に、ぽっかり穴が空いてる。なのに、その穴が、まだ痛いんだ。顔も思い出せないのに。なんで、こんなに痛いんだよ」


 カイは笑った。自嘲するように。


「だから、もう誰も信じない。信じたって、奪われる。覚えたって、消される。人とつながるのは、痛いだけだ。一人なら、なくすものもない」カイは、火に向かって言った。「――お前も、すぐ消える。今だけ、いい顔して。みんな、そうだ」


 玄弥は、しばらく黙って火を見ていた。


 それから、ぽつりと言った。


「俺もさ」


「あ?」


「俺も、忘れてんだ」玄弥は自分のこめかみを、指で突いた。「いろいろ。大事なこと。大事な、人。顔がぼやけてる。名前も半分くらい、出てこない。剣を使うたびに削れてくんだ。俺の、中身が」


 カイが玄弥を見た。


 はじめて、まともに目を合わせた。同じものを抱えた者を、見つけたような目で。


「お前も、奪われたのか」


「いや、これは自分で使った代償だ」玄弥はエクスカリバーを撫でた。「誰かを守るために。けど結果は同じだよ。忘れてく。だから――あんたの痛み、ちょっとは分かる、気がする」


 火が、ぱちりと爆ぜた。火の粉が、ひとつ、ふたつ、闇に吸われて消えた。玄弥は、膝の上のエクスカリバーを、意味もなく握り直した。


「でもな、カイ」玄弥はまっすぐ少年を見た。「俺、一個だけ、気づいたことがある」


「なんだよ」


「守りたい相手の顔を、忘れても」玄弥は言った。「守りたいと思ったことは、消えないんだ」


 カイが、瞬きをした。


「俺、もう、誰を守ろうとしてたのか、はっきりとは思い出せない」玄弥は、自分の胸を、こぶしで軽く叩いた。とん、と。「泣いてた女の子がいた。星を数えてた子も。でも、顔はぼやけてる。名前もあやふやだ。――なのに、ここが、まだ、ちゃんと覚えてるんだ。あの子たちを守りたいって、思った、その気持ちだけは」


 カイは何も言わなかった。


 ただ、火を見ていた。そのまなざしが、ほんの少し揺れていた。


 そのとき。


 頭上で、地響きがした。


 大きな影が、谷のふちを覆った。


「来た」カイが、跳ねるように立ち上がった。「黒殻騎だ。回り込まれた。谷を囲まれてる」


 玄弥も立った。エクスカリバーを握って。見上げると、谷の両側の岩壁の上に、黒い巨体がずらりと並んでいた。王冠状の頭部。赤く光る継ぎ目。一体が、谷の底を覗き込んだ。赤い目が、玄弥を捉えた。


『継承者を、発見』


 機械的な声が響いた。抑揚のない、嫌な声だ。


「カイ、あんたは逃げろ」玄弥は言った。「あいつらの狙いは俺だ。あんたが巻き込まれる理由はない」


「逃げろって、どこへだよ」カイが舌打ちした。「囲まれてんだぞ。――機体だ。乗るしかない」


 カイは横倒しの鎧巨兵に駆け寄った。胸の操縦槽をこじ開けて。中へ滑り込む。


「直したばっかりだ」カイが叫んだ。「動くか分からない。けど、やるしか――」


 操縦槽が閉じた。


 機体の継ぎ目に、淡い光が走った。一瞬。けれど、すぐに消えた。鎧巨兵は横倒しのまま、ぴくりとも動かなかった。


 玄弥は、その光景を見て。


 以前にも、こういうことがあった気がした。誰かが、力を出せずに苦しんでいた。記憶じゃない。もっと奥の。胸のいちばん深いところで、玄弥は知っていた。力が出ないのは、力が足りないからじゃない。守りたいものを見失っているから、出ないのだ。それをどこで学んだのかは、思い出せない。けれど、その確信だけは、消えていなかった。


「くそっ」カイの苛立った声が、機体の中から漏れた。「なんでだ。誓気が通らない。動力は生きてるのに。機体が――おれを拒んでる」


 玄弥は機体に駆け寄った。


「誓気って、なんだ」


「守ると決めた、記憶を流し込むんだ」カイが答えた。「それが動力になる。けど、おれには――守りたい記憶が、ない。家族のことを思い出そうとすると、穴しかない。何を守りたいのか、分からない。だから、機体が応えてくれないんだ。ずっと、そうだった」


 頭上の黒殻騎が、谷へ降りてくる。岩壁をつたって。地響きが近づく。時間がない。


「カイ、思い出せ」玄弥は操縦槽のすぐ外に立った。「家族の顔じゃ、なくていい。守りたいって思った、その気持ちを」


「だから、それが、ないって――」


「ある」玄弥は強く言った。「あんた、さっき言ったろ。家族のいた場所が、まだ痛いって。顔も思い出せないのに、痛いって。――それが証拠だ。守りたかったから、痛いんだ。どうでもいい人なら、穴が空いても痛くなんかない。あんたは、ちゃんと守りたかったんだよ。記憶が消えても、その想いは、まだ、あんたの中に残ってる。痛みって形で」


 機体の中が、静かになった。


「思い出せなくて、いい」玄弥はもう一度言った。「守りたいって思ったことが、あった。それを信じろ。今度はそれを、目の前のものに向けるんだ。――この谷を。あんた自身を。俺でも、いい。誰か一人でも、守りたいって思えたら。機体は、応える」


 長い沈黙があった。やがて、機体の継ぎ目に、淡い翡翠色の光が灯った。今度は消えなかった。じわりと広がって。脈打って。鎧巨兵が低く唸った。横倒しの巨体が、片腕を地面につき。ゆっくりと起き上がった。


「動いた」カイの声が震えていた。「動いた、ぞ。おい、動いたぞ、こいつ」


「ああ」玄弥は笑った。「あんたの誓いが、応えてくれた」


 黒殻騎が襲ってきた。


 谷の底へ降り立った一体が、腕を振り上げた。玄弥たちへ。


「カイ、肩を貸せ!」玄弥は叫んだ。


「は?」


「乗らない。あんたの機体の肩に立つ。そこから斬る」


「正気か、お前――」


 けれど、カイは機体の手を地面につけた。玄弥がその手に飛び乗る。機体が玄弥を肩へ持ち上げた。七メートルの高さ。風が強い。玄弥は肩の装甲を踏みしめて、エクスカリバーを抜いた。


『玄弥』エクスがかすれた声で言った。『大きく振るうな。最小限で。乗り手と機体を結ぶ、鎖だけを』


「分かってる」玄弥は言った。「斬るんじゃない。ほどくんだ」


 黒殻騎の腕が迫る。


 玄弥は、その装甲の奥を見た。赤い継ぎ目の、その下に。怯えた捕虜の記憶が、閉じ込められている。記憶を削られ、服従だけを植えつけられた、誰かが。


 光刃を伸ばした。必要な分だけ。細く。鋭く。


 そして、振り下ろした。黒殻騎の、機体と乗り手を結ぶ、黒い鎖へ。


 ぱきん、と。


 鎖が断たれた。


 黒殻騎がびくりと止まった。赤い光が消える。装甲がひび割れて。中から、ひとりの痩せた男が転がり出た。記憶を削られた捕虜だ。男は地面に倒れて、呆然と空を見上げた。「ここは……どこだ」とつぶやいて。「俺は……誰、だっけ」と。


「一人」玄弥は肩の上で息をついた。「あと、何体だ」


「五体」カイが機体を走らせた。谷を駆け抜けて。「全部相手にする気か。死ぬぞ」


「全部はしない。突破するだけだ。谷の出口へ」玄弥は言った。「カイ、走れ。残りは避けながら抜ける」


 カイの鎧巨兵が疾走した。


 翡翠色の光を引いて。黒殻騎の間をすり抜けて。一体が立ちふさがる。玄弥が肩の上から、鎖だけを断つ。中からまた、捕虜がこぼれ落ちる。機体がそのわきを駆け抜ける。風が唸る。光刃が舞う。けれど、玄弥は一度も敵を殺さなかった。ただ、縛りを断ち、道を開いた。


 谷の出口が見えた。


「抜けるぞ!」カイが叫んだ。


 最後の黒殻騎が、出口を塞いでいた。玄弥は肩の上でエクスカリバーを構えた。光刃が、わずかに伸びる。胸の奥が、またすこし削れる感覚。誰かの声の記憶が、ひとつ消えた。それでも――玄弥は振り下ろした。


 鎖が断たれて。最後の黒殻騎が崩れて。出口が開いた。


 カイの鎧巨兵が、谷を飛び出した。


 赤い荒野へ。雲海の下へ。


 背後で、黒殻騎の群れが追跡をあきらめた。彼らは命令を受けていた。継承者を消せ、と。けれど、その継承者は、もう谷を抜け、地平線の向こうへ走り去っていた。


 骨の城で。


 黒冠魔導団の術者が、その報告を受けた。フードの奥で、舌打ちが漏れる。継承者は、ただの難民の少年と手を組み、追跡部隊を突破した。このままでは、四王国へたどり着く。


『七禍卿を、動かせ』


 冷たい声が命じた。


『継承者が四王国に合流する前に。あの剣の芽を摘む。――今度は、確実に』


 荒野を駆ける鎧巨兵の、肩の上で。


 玄弥は振り返って、カイに声をかけた。


「カイ。あんたの機体、すげえな。よく直した」


 操縦槽の中で、カイは、ふん、と鼻を鳴らした。けれど、その口もとは、ほんの少しゆるんでいた。


「……当たり前だ」カイは言った。「おれが、直したんだからな」


 二人を乗せて、翡翠色の光が、赤い荒野を走っていく。


 信じることをやめた少年の機体が、はじめて、誰かを守るために動いていた。


読んでくださり、ありがとうございます。

この章の核は、玄弥がカイに伝える一言です。「守りたい相手を思い出せなくても、守りたいと思ったことは消えない」。家族の顔も名前も奪われたのに、その穴がまだ痛む。痛むということは、確かに守りたかったということ。記憶は消えても、誓いは残る――第三部全体のテーマを、ここで二人の言葉として置きました。

鎧巨兵は「誓気」、つまり守ると決めた想いで動きます。だからカイの機体は、彼が一人で生きると決めているうちは応えなかった。誰か一人でも守りたいと思えたとき、翡翠色の光が灯る。玄弥が機体に乗らず、カイの肩に立って戦うのも、これは二人の戦いだという形にしたかったからです。

そして玄弥は、ここでも敵を斬りません。乗り手と機体を結ぶ鎖だけを断ち、中の捕虜を救い出す。剣の使い方は、第一部から変わりません。

黒冠魔導団は、ついに七禍卿を動かします。次章、包囲されたアルディアの城へ。懐かしい顔が、待っています。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
少しでも「面白い」「続きが気になる」「この町を見届けたい」と思っていただけましたら、
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