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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第34章 駿府城、記憶陥落

深夜、駿府城から悲鳴のような報せが届きます。翡翠翼の鎧巨兵が、次々と空から墜ちていく。黒冠魔導団が記憶鉱を汚染し、「空を飛べる」という記憶そのものを奪ったのです。玄弥は巨大な光刃で、墜ちる機体を受け止めます。けれど、その代償は――。


 報せは、深夜に来た。


 灯里のタブレットが、けたたましく鳴った。寝ていた玄弥を叩き起こすほど。画面には、駿府城からの緊急の報せ。短い、けれど、ただごとではない言葉が並んでいた。


「先輩」灯里の声が震えていた。「駿府城の翡翠翼騎団が。空から、落ちてる、って」


「落ちてる?」玄弥は目をこすった。「鳥が落ちるみたいに、か」


「鎧巨兵が、です」灯里はタブレットを胸に抱き込んだ。「翡翠翼の鎧巨兵は、翅で飛ぶでしょう。それが、いっせいに墜ちはじめた、って。空中で。理由が分からないまま。次々と」


 玄弥は布団を跳ね飛ばして、起き上がった。みんなが大社前の交差点に集まった。アヴァロンがすぐに駿府城へ窓を開く。一度通った場所だ。前より早く、開いた。


 窓の向こうに、駿府城が見えた。異世界の砦と重なった城。発光する大森林に囲まれた、湖上都市の面影を宿す城。けれど、今、その空は――地獄だった。


 翡翠翼の鎧巨兵が、次々と墜ちていた。


 空を飛ぶはずの、七メートルもの巨体が。翅をばたつかせながら。けれど、まるで飛び方を忘れたみたいに。ぎこちなく傾いて、きりもみして、地面へ落ちていく。一機。また一機。湖の水面に、城壁に、森に。叩きつけられる音が、地響きのように響いた。


「なんで」玄弥は喉が干上がった。「なんで、飛べなくなってるんだ」


「記憶鉱だ」アヴァロンが城の地下を指さした。窓の向こう。城の足元から、黒いもやが立ちのぼっている。「黒冠魔導団が、駿府城の地下の記憶鉱を汚染している。翡翠翼の鎧巨兵は、記憶鉱に刻まれた、『空を飛べる』という記憶で飛んでいる。その記憶が汚染されて――奪われている」


「飛べる、って記憶を奪う」玄弥の腕に、ぞわりと鳥肌が立った。「だから、飛び方を忘れて、墜ちてるのか」


「そうだ」アヴァロンの顔がこわばった。「翡翠翼の強みは空にある。それを根こそぎ断つつもりだ。あの団長が、軍議で言っていた。森が汚染されて、子どもが帰る場所を失った、と。次は空まで奪われる。駿府城は――最初の拠点が、陥落しかけている」


 窓の向こうで、翡翠翼の女団長の鎧巨兵が見えた。必死に、墜ちかけた味方を支えようとしている。けれど、団長自身の機体も、翅が震えて、高度を保てなくなっていた。地下の汚染が、団長の機体にまで及んでいる。


「行く」玄弥は剣の柄を握った。


「玄弥どの」ガレスが鎧を鳴らして前へ出た。「あの数だ。墜ちる機体を、ぜんぶ支えるなど――」


「やるしかないだろ」玄弥は窓へ踏み込んだ。「中の操縦士が死ぬ。あんなに高いところから落ちたら。中の人が」


 玄弥は窓をくぐった。駿府城の空の下へ。


 焦げ臭い風。汚染された記憶鉱の、黒いもや。その中を、巨大な鎧巨兵が次々と墜ちてくる。玄弥は城壁の上に立って、剣を抜いた。


「澪、ガレス」叫んだ。「墜ちた機体の操縦槽から、操縦士を出してくれ! 俺が機体を支える!」


「分かった!」澪がガレスと走り出した。「玄弥、無理だけはしないで!」


 玄弥は剣を両手で握った。空を墜ちてくる、巨大な機体を見上げた。


「守る」つぶやいた。「中の人を」


 光の刃が伸びた。巨大化した。これまでにない大きさに。墜ちてくる機体を受け止めるために。玄弥の意志に応えて、光が空高く伸びていく。それはもう、刃というより、巨大な光の腕のようだった。


 光刃が、墜ちてくる機体をすくい上げた。ふわり、と。地面に叩きつけられる寸前で。光の腕が機体を受け止めた。そっと。地面へ横たえる。中の操縦士は――無事だった。


「一機!」玄弥は息をついた。


 けれど、墜ちてくる機体は、一機じゃなかった。二機。三機。四機。同時に。空のあちこちから。玄弥は光刃をいくつにも分けた。腕を何本も伸ばすみたいに。一本でこっちの機体を。もう一本であっちの機体を。受け止める。地面へ横たえる。


 そのたびに、玄弥の頭の中で、何かがこぼれ落ちていった。


 最初は、母親の顔だった。さっきまで覚えていたはずなのに。目鼻立ちが、水に溶けた絵の具みたいに、にじんで、ぼやけた。次に、三島大社のお祭りの、屋台のにおいが消えた。焼きそばだったか、たこ焼きだったか。それすら、思い出せない。次に、学校までの通学路の景色が薄れた。あの角の、酒屋。源兵衛川にかかる、小さな橋。剣を使うたびに。光刃を巨大化させるたびに。記憶が一つずつ、抜けていった。


 穴のあいた網で、水をすくっているみたいだった。すくった先から、こぼれていく。すくえばすくうほど、こぼれていく。それでも、すくうのをやめたら、下にいる誰かが、落ちる。でも、止まれなかった。止まれば、操縦士が死ぬ。


「玄弥!」澪の声が飛んできた。墜ちた機体のところから。「あんたの名前、伊勢崎玄弥! 白石澪の幼なじみ! 忘れんな!」


「分かってる!」玄弥は歯を食いしばった。「まだ、行ける!」


 ガレスと澪が、墜ちた機体に駆け寄って。操縦槽の扉をこじ開けて。中から、ぐったりした操縦士を引きずり出していた。一人。また一人。翡翠翼の騎士たち。記憶鉱が汚染されて、自分が空を飛べたことすら忘れて、呆然としている。


「全員、城壁の内側へ!」ガレスが叫んだ。「玄弥どのが支えている間に!」


 玄弥は空を見上げ続けた。最後の一機が、墜ちてくる。翡翠翼の女団長の機体だった。いちばん高いところから。翅が完全に止まって。きりもみしながら。城の中心へ。


 玄弥はありったけの力を込めた。


「守る!」叫んだ。「絶対に!」


 光の刃が、これまでの何倍にも伸びた。空を覆うほど。巨大な光の手のひらになって。墜ちてくる団長の機体を――受け止めた。


 その瞬間、玄弥の頭の中で、大きな何かが、ごっそりと抜けた。今度抜けたのは、自分の家の場所だった。


 三島のどこに、自分の家があるのか。玄関の戸の色。表札。台所の味噌汁のにおい。母親が待っている場所。それが――真っ白になった。思い出せない。自分がどこに住んでいたのか。どこへ帰ればいいのか。分からなくなった。


 光刃が、団長の機体を地面へ横たえた。操縦槽が開いて、女団長が転がり出てきた。生きていた。澪が駆け寄って、支えた。


 翡翠翼の騎士たちは、全員、助かった。けれど、玄弥は剣を握ったまま、城壁の上に立ち尽くしていた。


「……あれ」つぶやいた。「俺、どこに住んでたっけ」


 澪が、城壁を見上げた。それから、まずいことに気づいた顔で、駆け上がってきた。


「玄弥」澪が玄弥の腕をつかんだ。「玄弥、しっかり」


「澪」玄弥は澪を見た。澪のことは、覚えていた。「俺さ。家、どこだっけ。帰り道、分かんない。あれ。おかしいな。さっきまで覚えてた、はずなのに」


 澪の目に、涙がにじんだ。


「あんたの家は」澪は玄弥の手を、両手で握った。「三島の、源兵衛川の近く。青い屋根。表札に伊勢崎って書いてある。玄関に、あんたの自転車が置いてある。お母さんが味噌汁、作って待ってる。――忘れてもいい。あたしが連れて帰る。何度でも。だから、玄弥でいて。お願いだから」


 玄弥は、澪の顔を見た。家は思い出せなかった。けれど、澪のことは覚えていた。澪が隣にいる。澪が名前を呼んでくれる。それだけで、玄弥はまだ、玄弥でいられた。


「……うん」うなずいた。「お前がいるから。大丈夫だ。たぶん」


 でも、玄弥は内心、背筋が冷えていた。家の場所を忘れた。自分の帰る場所を。剣を使うたびに、代償は深くなっていく。アヴァロンの言葉がよみがえった。剣を使うほど、お前は楔に馴染んでいく。記憶を失うのは、人でなくなっていく、しるしだ。


 ああ。本当に、そうなんだ。玄弥は初めて、実感としてそれを理解した。今までは、味の記憶とか、写真の記憶とか。小さなものだった。なくしても、暮らしていける、かけらみたいなものだった。けれど、今日は、家の場所まで失った。自分が、どこへ帰る人間なのか。そこが、すっぽり抜けた。


 次は、何を失うんだろう。学校の名前か。母親の声か。それとも――澪の名前だろうか。


 そこまで考えて、玄弥は、ぎゅっと、目をつぶった。それだけは、嫌だ。家の場所なら、忘れてもいい。何度でも、澪が連れて帰ってくれる。でも、澪の名前を忘れたら。澪が隣にいることが、分からなくなったら。そのとき、俺は、もう、俺じゃない。そう思うと、背中の汗が、つめたくなった。


「先輩!」灯里の声が、窓の向こうから飛んできた。「みんな、戻ってください! 窓が!」


 玄弥は振り返った。駿府城の空は、もう機体が墜ちきって、静かになっていた。けれど、地下の記憶鉱の汚染は、止まっていなかった。黒いもやが城全体を覆いはじめている。城壁が軋み、崩れはじめていた。翡翠翼騎団は、空を奪われ、城を守る力を失った。


 駿府城は――陥落した。四つの城のうち、最初の拠点が。実質的に、落ちた。


「下がれ!」アヴァロンが叫んだ。「これ以上は危険だ! 翡翠翼の生き残りを連れて、三島へ退く!」


 玄弥は澪に支えられながら、窓へ向かった。ガレスが翡翠翼の騎士たちを抱えて続く。女団長も、澪に肩を貸されて。城を出る。自分たちの城を捨てて。


 窓をくぐる、直前。玄弥は振り返った。崩れていく駿府城。汚染された空。その向こう。赤い雲の海の奥に、何かがいた。


 巨大な影。山のように大きな。人の形をした、何か。その頭に――いびつな、黒い王冠がのっていた。赤い雲の隙間から。じっと。こちらを。三島の方角を。見据えていた。


「あれ」玄弥は喉の奥で唸った。「あれ、まさか」


「魔王だ」アヴァロンの声が震えた。「王冠を持つ、巨大な影。あれが――魔王の本体。動きだそうとしている。駿府城が落ちて、三島への進路が開いた。あいつはこちらへ来るつもりだ」


 遠かった。けれど、確かにこちらを見ていた。玄弥を。名前を呼ばれた玄弥を。あの影が動きだせば、三島へ来る。澪のいる、灯里のいる、凪人のいる町へ。療養している、あの人たちのいる町へ。家の場所すら忘れた、玄弥の町へ。


「行かせない」玄弥はつぶやいた。「絶対に。あいつを、三島には」


 窓が閉じかけていた。澪が玄弥の手を引いた。「玄弥、行こう。今日はもう、限界。みんな連れて。帰ろう」


 玄弥は最後に、もう一度、赤い空の向こうの影を見た。それから、窓をくぐった。


 気づくと、三島大社前の交差点だった。夜明けの青い空。連れ帰った翡翠翼の騎士たち。女団長は地面に座り込んで、空を見上げていた。自分がもう飛べないことを、確かめるみたいに。


「……空を」女団長がつぶやいた。涙が頬を伝った。「私の翅を。森を。空を。ぜんぶ奪われた。私はもう、何の団長だ。飛べない、翡翠翼の団長など」


 玄弥は、その隣にしゃがんだ。


「飛べなくても」玄弥は言った。家の場所も思い出せない自分が、言うのも変だったけれど。「あんたは団長だ。あんたが軍議で言ったこと。森の子どもたちを帰したいって。あれ、忘れてないだろ。空がなくても。その気持ちがあるかぎり。あんたは、団長だ」


 女団長は、玄弥を見た。そして、ぐっと唇を噛んで、うなずいた。涙を拭いて。


「……ありがとう」団長は言った。「聖剣の子よ。空を奪われても。守りたいものは、奪われていない。それを思い出させてくれて」


 玄弥は、立ち上がって、空を見上げた。三島の青い空。さっき見た、赤い空の向こうの巨大な影が、頭から離れなかった。あれが来る。三島へ。それも、たぶん、すぐに。


「家、思い出せないや」玄弥はぽつりと澪に言った。むりやり、笑って。「ははっ。やべえな。帰り道、教えてくれ」


「うん」澪は笑わなかった。玄弥の手を握った。強く。「あたしが連れて帰る。何回でも。だから、笑わなくていいよ。無理に」


 玄弥は、澪の手の温かさを感じた。家は忘れた。けれど、この手は覚えていたい。澪の名前だけは。最後まで。


 信号が青に変わった。誰もいない、夜明けの交差点で。けれど、その青の向こうに。玄弥にはもう、見えていた。近づいてくる、黒い王冠の影が。


読んでくださり、ありがとうございます。

飛べたはずの鎧巨兵が、飛び方を忘れて墜ちていく。記憶を奪うとは、こういうことなのだと、書きながら背筋が冷えました。玄弥は、操縦士を死なせないために、光刃を限界まで巨大化させます。一機、また一機、墜ちる巨体を受け止めるたび、玄弥の記憶がこぼれ落ちていく。

そしてこの章で、玄弥はついに、自分の家の場所を忘れます。帰る場所が、真っ白になる。第33章で明かされた楔の真実が、ただの理屈ではなく、玄弥の身体に起きる現実として迫ってくる。「家、思い出せないや」とむりやり笑う玄弥に、澪が「笑わなくていいよ」と返す。あたしが連れて帰る、何回でも――この一言が、玄弥の最後の支えです。

駿府城は陥落しました。四城のうち、最初の拠点が落ちる。そして、赤い雲の向こうに、王冠を持つ巨大な影が現れます。あれが、動きだそうとしている。次章、ついに魔王が、東へ――現代へと渡ってきます。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
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