表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/61

第33章 聖剣は誰かを縛る

アヴァロンが、一族の封印記録を開きます。

エクスカリバーは、世界を守る剣。けれど、その本当の役割は――二つの世界の境界へ、剣を授かった一人を縛りつける「楔」でした。玄弥が剣を使うほど記憶を失う、その理由が、いま明かされます。


 アヴァロンが、ひとりで消えていた。


 軍議のあと、三日ほど。玄弥が家で、療養している青年と子どもの世話をしている間に、アヴァロンはどこかへこもっていた。剣の一族にしか開けない、何かを調べているのだ、と、ガレスが言った。


 そのアヴァロンが。


 夜明け前。三島大社の奥の、古い社の前で、玄弥を待っていた。顔は暗かった。蝋燭の明かりだけが、その横顔を照らしている。手元に、古い巻物が開かれていた。見たことのない文字。剣の一族の封印記録、と、アヴァロンは言った。


「呼んだのは」アヴァロンは玄弥を見ずに言った。「お前に話さねばならぬことがあるからだ。奪名卿が言ったこと。お前と澪どのが定点だということ。あの意味を、ようやく確かめた。一族の記録から」


 玄弥は社の縁に腰を下ろした。胸がざわついた。聞きたいような、聞きたくないような。けれど、もう逃げられないことは、分かっていた。


「教えてくれ」玄弥は言った。「俺と澪が、何なんだ」


 アヴァロンは巻物を撫でた。


「エクスカリバーは」ゆっくりと語りだした。「世界を守る剣だ。それは、お前も知っている。けれど、本当の役割は、それだけではない」


「どういうことだ」


「二つの世界がある」アヴァロンは言った。「お前たちの世界と、私たちの世界。本来、交わらぬはずの二つ。けれど、境界が薄れると、混ざり合い、崩れていく。等価交換が起きる。記憶が流れ出す。やがて、両方の世界が溶けて、消える」


「それを止めるのが、エクスカリバーだろ」玄弥は言った。「世界を守る剣だって」


「そうだ」アヴァロンはうなずいた。「だが――どうやって止めると思う」


 玄弥は、答えられなかった。


「楔だ」アヴァロンは静かに言った。「二つの世界の境界に、楔を打ち込む。崩れないように。動かないように。固定する。その楔こそが――エクスカリバーの、本当の役割だ」


 交差点に刺さった、エクスカリバー。あれは、世界を守る剣。それが、固定する装置。玄弥の頭の奥で、何かが引っかかった。


「楔は」アヴァロンは続けた。声が震えていた。「ただの剣ではない。剣だけでは、世界を固定できぬ。均衡を保つには――剣を授かった一人を。境界へ縛りつける必要が、ある」


 玄弥は、息をのみかけて、できなかった。


「縛りつける、って」かろうじて繰り返した。「誰を」


「剣を授かった者を」アヴァロンはようやく玄弥を見た。その目に、苦しみがにじんでいた。「お前を、だ。玄弥」


 社の奥で、蝋燭がゆれた。


「お前が剣を使うたびに」アヴァロンは言った。「記憶を失うのは、なぜだと思う。光刃を巨大化させるほど、大切なものを忘れていく。あれは――ただの代償ではない。お前が少しずつ、こちら側に。異世界側に、楔として馴染んでいるのだ。剣を使うほど、お前の半分が、境界に縛られていく。記憶を失うのは、お前が人でなくなっていく、しるしだ」


 玄弥は、何も言えなかった。喉の奥が、ひゅっと鳴った。声を出そうとして、出なかった、というほうが近い。


 ずっと、ただの代償だと思っていた。剣を使えば、何か忘れる。釣りの帰りに財布を落とすみたいな、しょうがないことだと。けれど、違った。あれは、玄弥が人でいられる時間が、減っていく、ということだった。剣を使うたびに。世界を守るたびに。玄弥は境界の楔に、近づいていた。


 ふと、奪名卿に名前を奪われた、あの日のことが浮かんだ。母親に「どちら様」と言われた、あの顔。下駄箱から消えていた名札。あれは、奪名卿の術のせいだと思っていた。でも、本当は――ああいうことが、これから、何度も起きるのかもしれない。誰かの術なんかなくても。自分が、剣を使うたびに。少しずつ。自分で自分を、削っていく。


 考えると、足の裏がすうっと冷たくなった。怖い、というより、なんだか他人事みたいに遠かった。それが、かえって、たちが悪かった。


「最後に、どうなる」かすれた声で聞いた。「俺が、楔になったら」


「世界の境界に縛りつけられる」アヴァロンは目を伏せた。「ずっと。両方の世界の間に。人としての記憶も、名前も、ぜんぶ失って。ただの楔として。二つの世界が崩れないように。永遠に。――それが、聖剣を授かった者の最後だ。代々の継承者が、そうやって世界を支えてきた。誰にも覚えられず。名前もなく。たった一人で」


 玄弥は膝の上で、こぶしを握った。その話は。聞き覚えが、あった。


「……それ」つぶやいた。「魔王の話と、似てないか」


 アヴァロンの、巻物をなぞる指が止まった。


「魔王も」玄弥は続けた。「前に、モンスターの奥に王冠の影がいたとき。誰かを救えなかった記憶があった。名前を忘れられた孤独があった。もしかして、魔王も――昔、楔になった人なんじゃないか。世界を守るために。みんなに忘れられて。一人で」


 アヴァロンは、答えなかった。その沈黙が、また、答えの半分だった。


「……今は、その話はよそう」アヴァロンは首を横に振った。「お前が知るべきは、もう一つある。澪どののことだ」


「澪が」玄弥は顔を上げた。


「澪どのも、定点だ」アヴァロンは言った。「だが、お前とは逆だ。お前が異世界側へ馴染んでいく楔なら。澪どのは、現代側に、お前をつなぎ止める錨だ。お前がどれだけ境界に縛られても。澪どのがお前の名前を呼ぶかぎり。お前はまだ、こちら側にいられる。奪名卿がお前を消せなかったのは。澪どのがお前を、現代につなぎ止めていたからだ」


 名前を奪われかけたとき。澪が叫んだ。「あんたは、いる。あたしが覚えてる」あの声が、玄弥をこちら側に引き戻した。


「ただし」アヴァロンの声が、固くなった。「ここが、いちばん重いところだ。二人はつながっている。定点と定点。楔と錨。だから――片方が離れれば。もう片方にも、大きな反動が来る」


「反動」


「お前が楔になって、境界へ行けば」アヴァロンは玄弥をまっすぐ見た。「澪どのにも、その衝撃が伝わる。逆もまた、同じだ。澪どのがお前から離れれば。お前をつなぎ止めるものがなくなり、お前は一気に楔へと引きずられる。――二人はもう、別々にはいられぬ。世界の仕組みが、二人を一つに結びつけてしまっている」


 玄弥は、しばらく黙っていた。


 社の外で、鳥が鳴きはじめていた。夜明けが、近い。雀か、ヒヨドリか。こんなときに、そんなどうでもいいことを考えている自分に、ちょっと呆れた。


 頭の中で、いろんなものがつながっていく。剣を使うたびの記憶喪失。澪が名前を呼んでくれること。向こうの世界で、二人だけ記憶が揺らがなかったこと。ぜんぶ、この楔と錨の話に、つながっていた。


 つながってしまえば、もう、知らなかったことには戻れない。玄弥は、膝を抱えるみたいに、すこし背中を丸めた。さっきまで、ただの中学生で。寝坊して、澪に怒られて。それだけの毎日だったのに。その毎日のほうが、いまは、ずっと遠く感じた。


「……アヴァロン」玄弥は声を落とした。「一つ、確認、いいか」


「ああ」


「大河たちを。向こうに取り残された住民を。みんな帰すには」玄弥は聞いた。「四つの城の釣り合いをぜんぶ計算して。境界を固定して。等価交換をほどく。そうだろ」


「そうだ」


「その境界を固定する、楔が」玄弥は言った。「俺、なんだろ」


 アヴァロンは、答えなかった。


「俺が楔になれば」玄弥は続けた。声は、不思議と落ち着いていた。「境界が固定される。等価交換が止まる。大河も。灯里が心配してる人たちも。向こうの住民も。誰も入れ替わらずに、こっちへ帰せる。――そういう、ことだろ」


「玄弥」アヴァロンの声が割れた。「だが、それは。お前が人でなくなる、ということだ。記憶も、名前も、ぜんぶ失って。澪どのとも、二度と。誰にも覚えられずに。一人で、永遠に――」


「分かってる」玄弥は立ち上がった。社の外へ出た。


 空が白みはじめていた。三島の町が、薄青い朝の光に包まれていく。瓦屋根。電柱。源兵衛川。なんてことのない町。玄弥が生まれ育った町。


「アヴァロン」町を見ながら言った。「この話、みんなには言わないでくれ」


「玄弥」


「澪にも。灯里にも。凪人にも。ガレスにも」振り返らずに言った。「言ったら、みんな止める。それか、自分が代わりになるとか、言い出す。そんなの、嫌だ。誰も楔になんかしない。みんなを帰すために、誰か一人が犠牲になるなんて。それが、いちばん嫌なんだ。――でも」


 声が、すこし震えた。


「もし、本当に誰か一人が楔にならなきゃいけないなら」玄弥は言った。「それは、俺だ。剣を授かったのは、俺だ。最初から、そういう役目だったんだ。なら、俺がやる。みんなを帰して。大河も帰して。それで、俺一人がここに残る。それで、いい」


 玄弥はエクスカリバーのほうへ歩いていった。交差点の真ん中。刺さった剣。その柄に手を添えた。


「エクス」小声で呼んだ。「聞いてたろ」


『汝、何を、守る』


 いつもの問いが、返ってきた。


「みんなだ」玄弥は答えた。「澪も、灯里も、凪人も。大河も。向こうの住民も。アヴァロンも、ガレスも。家で療養してる、あの人たちも。ぜんぶ。一人も欠けずに帰す。守る」


『汝、自身は』


 剣が聞いた。初めて聞く問いだった。


 玄弥は、すこし黙った。


「俺は」言った。「いい。みんなが帰れるなら。みんなが笑ってられるなら。俺一人が楔になるくらい、安いもんだ。だから――もし、その時が来たら。俺が楔になる。みんなには内緒で。最後に、俺が引き受ける」


 剣は、しばらく黙っていた。それから、低く響いた。


『汝の、覚悟、聞いた』


 けれど、その声には、いつもの力強さがなかった。どこか、悲しそうだった。剣にも心があるみたいに。


「ありがとな」玄弥は剣に言った。「相棒」


 背後で、足音がした。玄弥が振り返ると、澪が立っていた。少し離れたところに。寝間着の上に上着を羽織って。寝癖のついた髪で。心配そうな顔で。


「玄弥」澪は言った。「こんな朝早く、どこ行くのかと思って。追いかけてきた」


 玄弥の心臓が、跳ねた。聞かれたか。楔の話を。剣に告げた覚悟を。


「……いつから、いた」玄弥は聞いた。


「今、来たとこ」澪は首をかしげた。「剣に、何か話してたね。エクスって、呼んでた。何の話?」


 聞かれていなかった。玄弥は、肩の力を抜いた。と、同時に、胸がちくりと痛んだ。澪には隠す。誰にも言わない。それが、玄弥の決めたことだった。けれど――澪を騙すような、後ろめたさがあった。澪は、玄弥をつなぎ止める錨。なのに玄弥は、その澪に、いちばん大事なことを隠そうとしている。


「なんでもない」玄弥は、むりやり笑った。「剣の調子、聞いてただけ。最近、よく働いてくれてるから。労ってた」


「ふうん」澪は疑わしそうに玄弥を見た。けれど、それ以上は聞かなかった。「変なの。剣を労うとか」


 澪は、玄弥の隣に来た。二人で、夜明けの交差点に立った。


「あんた、最近」澪はぽつりと言った。空を見ながら。「ときどき、遠くを見てる。なんか、一人で抱えてる顔、してる。気のせい?」


 玄弥の喉が、つまった。


「……気のせいだろ」玄弥は言った。「寝不足だよ。あの人たちの世話で」


「ならいいけど」澪は玄弥を見た。「あんたが何か抱えてるなら。一人で抱えないでよ。あたし、隣にいるんだから。何のために、あんたの名前、覚えてると思ってんの」


 玄弥は、唇を噛んだ。


 言いたかった。ぜんぶ。楔のことも。覚悟のことも。けれど、言えなかった。言えば、澪は止める。自分が代わると言う。それだけは、させたくなかった。澪を楔にするくらいなら。玄弥が千回でも、楔になる。


「……うん」玄弥は、それだけ言った。「ありがとう」


 嘘じゃなかった。でも、ぜんぶでも、なかった。


 澪は、それ以上聞かなかった。ただ、玄弥の隣で、同じ空を見上げていた。


 信号が青に変わった。二人の立つ交差点で。その青を、二人で並んで見ていた。


 いつか。この青信号を、二人で並んで渡る日が来るのだろうか。それとも――玄弥だけがここに残って。澪が一人で渡る日が、来るのだろうか。


 玄弥は、その青を見つめながら、胸の奥で、誰にも聞こえないようにつぶやいた。みんなを帰す。一人も欠けずに。たとえ、その一人に自分がならなきゃいけなくても。


 澪は隣で、寒そうに上着の襟を寄せた。その何気ないしぐさが、玄弥にはたまらなく愛おしかった。守りたいと、思った。だから、隠した。


読んでくださり、ありがとうございます。

この章は、第二部の折り返しにあたる、いちばん重い回です。玄弥がずっと「ただの代償」だと思っていた記憶喪失。その正体は、玄弥が少しずつ人でなくなり、境界の楔に馴染んでいくしるしでした。最後には記憶も名前も失って、誰にも覚えられず、一人で永遠に世界を支える。それが聖剣の継承者の役目だった。

そして、澪もまた定点でした。玄弥が異世界側へ縛られていく楔なら、澪は玄弥を現代へつなぎ止める錨。二人はもう、別々には生きられない。片方が離れれば、もう片方に大きな反動が来る。世界の仕組みが、二人を結びつけてしまっている。

玄弥は、この真実を、誰にも言わないと決めます。みんなを帰すためなら、自分が楔になる。澪にすら隠して。その後ろめたさと、それでも守りたい気持ち。夜明けの交差点で、何も知らない澪が寒そうに襟を寄せる。その何気ないしぐさを、玄弥が愛おしく思う。だから隠す。――この切なさが、伝わっていたら嬉しいです。次章、駿府城が陥落します。玄弥は、ついに自分の家の場所すら忘れます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
少しでも「面白い」「続きが気になる」「この町を見届けたい」と思っていただけましたら、
ページ下部の評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。

目次へ戻る 感想を書く レビューで応援
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ