第32章 四つの最強、ひとつになれず
四つの窓を同時に開き、四城の軍団長が初めて一堂に会します。
白角は速攻、鋼壁は籠城、翡翠翼は住民救助、蒼帆は撤退。誰も譲らない。
そこへ、黒冠魔導団の呪いが忍び寄り、味方同士が武器を向け合う。
玄弥は、エクスカリバーを床へ突き立てて、ある問いを投げます。
四つの窓を、同時に開く。
そんなことができるのか。玄弥は半信半疑だった。けれどアヴァロンは、できると言う。一つずつ向こうとこちらをつなぐのではなく、三島大社前を中心に、四方向へ薄い窓を開く。駿府城。名古屋城。大阪城。そして、まだ味方になっていない、旧江戸城。四つの城の軍団長を、同じ場所に、声と姿だけでつなぐ。初めての共同軍議だった。
「無理をするな」アヴァロンは剣を地面に突き立てながら言った。汗がこめかみを伝っている。「四方向の窓を保つのは、私一人では難しい。玄弥、お前がエクスカリバーで中心を固定してくれ。お前が定点だから、できることだ」
また定点。玄弥はその言葉に引っかかったが、今は聞かなかった。
エクスカリバーの柄に手を添える。抜かずに。剣の力が、四つの窓をつなぐ芯になる。アヴァロンが詠唱を始めた。地面に、四つの光の波紋が広がっていく。
空気が、四方でねじれた。
交差点の東。西。北。そして駿府の方角。四つの窓が開いて、それぞれに別の景色がにじみ出す。発光する大森林。火山の赤い空。雲海の港。白い城壁。そして、その手前に、四人の人影が浮かび上がった。
四城の軍団長。
翡翠翼騎団の団長は女性だった。背中に薄い翅をたたんでいる。鋭い目。駿府城で玄弥に協力を約束した、あの人だ。けれど、その目は、他の三人を見るとき、警戒で細められていた。
鋼壁重騎団の団長は、岩のような大男。全身、重い甲冑をまとって、腕を組み、不機嫌そうに立っている。
蒼帆魔導艦隊の団長は、痩せた、神経質そうな男。指で何かを、しきりにはじいていた。
白角騎士団の団長は――ガレスの上官にあたる、若い騎士。ガレスが姿勢を正した。
「集まってもらったのは」アヴァロンが口を開いた。「他でもない。魔王が、攻撃の標的を変えた。四城ではなく、この聖剣の継承者一人に。今こそ、四つの軍団が一つになるべき時だ。共同で戦線を組み直す。そのための軍議を開きたい」
四人の軍団長が、互いを見た。その最初の視線だけで、玄弥には分かった。この人たち、仲が悪い。
「共同戦線、ね」蒼帆の団長が皮肉な声で言った。「いいだろう。では、聞こう。どう戦う。私の考えは決まっている。今は退くべきだ。各城を捨てて、雲海の奥へ艦隊を引く。態勢を立て直してから反撃する。無謀に城を守って、すり潰されるのは、もうたくさんだ」
「退く、だと」鋼壁の大男が唸った。「ふざけるな。城を捨ててどうする。我ら鋼壁は、城に籠もってこそ無敵だ。動かぬ。一歩も。城門の前に盾を並べ、何が来ようと押し返す。退却など、臆病者の戯言だ」
「籠城だと」白角の若い騎士が鼻で笑った。「貴公らは、いつもそれだ。亀のように閉じこもって。だから背後を突かれて、補給を断たれる。戦は速さだ。籠もる前に、こちらから討って出る。魔王軍が態勢を整える前に、白角の高速騎が敵陣を切り裂く。それが唯一の勝ち筋だ」
「速攻」翡翠翼の女団長が低く言った。「貴公らは、いつも自分たちの武勲しか考えていない。討って出れば、後ろに残された住民はどうなる。魔王軍は住民を人質に取る。記憶を奪う。村ごと燃料にする。守るべきは、城でも武勲でもない。逃げ遅れた人々だ。まず住民を安全な場所へ移す。話は、それからだ」
四人が、いっせいにしゃべりだした。速攻。籠城。住民救助。撤退。それぞれが、自分の正しさを譲らない。声が重なって、大きくなって、軍議はたちまち言い争いになった。玄弥はぽかんと、それを見ていた。
四つの最強の軍団。どれも自分の土地では無敗。けれど、それぞれが自分の戦い方しか信じていない。互いのやり方を認めない。だから、一つになれない。だから――一つずつ潰されてきた。
「待ってくれ」玄弥は口を挟もうとした。「みんな、間違っちゃないだろ。速さも、守りも、住民も、退くのも、ぜんぶ必要なことで――」
誰も聞いていなかった。
玄弥は、ふと気づいた。四人の軍団長の足元に。それぞれの窓の向こうに。うっすらと、黒いもやが漂っている。記憶を吸う紫でも、名前を奪う灰色でもない。もっとねっとりした黒。それが、四人の耳元にまとわりついていた。
「凪人」玄弥は小声で呼んだ。「あれ、見えるか」
凪人がスケッチブックを開いた。鉛筆を走らせる。
「……いる」凪人の鉛筆が、ぴたりと止まった。「黒い影。四人の後ろに。耳元で、何かささやいてる。言葉をねじ曲げてる。みんなの言ってることを、悪く、悪く聞こえるように」
「黒冠魔導団だ」アヴァロンが剣を握った。声が低い。「呪詛の術だ。会議の不信を増幅している。互いの発言を、侮辱に聞こえさせている。まずい。このままでは――」
四人の言い争いが、いつのまにか、ただの戦術論じゃなくなっていた。
「臆病者と言ったな」鋼壁の大男が剣を抜いた。「もう一度、言ってみろ」
「何度でも言う」白角の騎士も剣に手をかけた。「貴公らの籠城は、ただの保身だ」
「黙れ、どちらも」蒼帆の男が杖を構えた。「武勇だの、保身だの。そんなものに付き合っていられるか。退く者は、退く」
「逃げる気か」翡翠翼の女団長が翅を広げた。「住民を見捨てて」
四つの窓の向こうで、四人の軍団長が武器を構えた。互いに。味方同士で。
窓は声と姿をつなぐだけだ。実際に斬り合うことはできない。けれど、この四人が本気で敵対すれば、四つの城はばらばらになる。魔王軍と戦う前に、人間側が内側から崩れる。それこそが、黒冠魔導団の狙いだった。玄弥の腹の底が、ひやりと冷えた。
「やめろ!」玄弥は叫んだ。
声は届かなかった。黒いもやが、四人の耳をふさいでいた。誰も玄弥を見ない。四人とも、目の前の相手しか見ていない。憎しみと不信で、目が濁っていた。
言葉では届かない。玄弥は奥歯を噛んだ。なら。
エクスカリバーの柄を握った。そして――引き抜いた。地面から抜けた剣を、四つの窓の中心へ。力いっぱい、床へ突き立てた。
ガッ、と重い音が響いた。光の刃が、地面から天へまっすぐ立ちのぼる。柱のように。四つの窓を貫いて、四人の軍団長の視界を、一瞬、白く染めた。
言い争いが、止まった。四人が、いっせいに玄弥を見た。
「……剣を抜いたな、聖剣の子よ」翡翠翼の女団長が目を細めた。「我らに剣を向けるつもりか」
「違う」玄弥は剣の柱の前で、首を横に振った。「あんたたちに向けてない。あんたたちの耳に取りついてる、もやに向けたんだ。ほら――凪人」
凪人がスケッチブックを掲げた。四人の後ろにいる、黒い影の絵を。
「あんたたち、さっきから、互いの言葉を悪く聞いてるだろ」玄弥は言った。「臆病者とか、保身とか。本当に、そんなこと言ったか。よく思い出してくれ。あんたたちの後ろで、黒い何かが言葉をねじ曲げてる。魔王軍の呪いだ。あんたたちは操られてる。味方同士で潰し合うように」
翡翠翼の女団長が、耳元を払った。確かに何かがいた、というように。鋼壁の大男が、構えた剣をわずかに下ろした。
光の柱が、もやを焼いていく。じりじりと。黒い影が悲鳴のような軋みを上げて、四人から剥がれ落ちていく。
「……聞け」玄弥は剣の柱に手を添えたまま言った。声が震えた。けれど、まっすぐだった。「俺は戦術なんて分かんない。籠城がいいのか、速攻がいいのか、退くべきか。そんなの、俺には分かんない。でも、一つだけ、分かることがある」
四人が、玄弥を見ていた。
「あんたたち、さっきから、ずっと『誰が一番強いか』を言い争ってる」玄弥は続けた。「白角が速い。鋼壁が固い。翡翠翼が空を飛べる。蒼帆が遠くから撃てる。どれも最強だ。だから、誰も譲れない。誰が上か、決められない。――でも、それ、間違ってる」
玄弥は四人を、一人ずつ見た。
「誰が一番強いかじゃない」言った。「誰を帰したいかを、言えよ」
軍議の空気が、止まった。
「あんたたち、なんで戦ってる」玄弥は続けた。「武勲のためか。城のためか。違うだろ。守りたい誰かがいるからだろ。村の家族とか。逃げ遅れた子どもとか。記憶を奪われた仲間とか。帰したい誰かが、いるんだろ。――それを言えよ。誰が強いかじゃなくて。誰を帰したいか。それなら、ばらばらの戦い方も、つながるはずだ」
四人は、しばらく黙っていた。
最初に口を開いたのは、翡翠翼の女団長だった。
「……森の子どもたちだ」団長は翅をわずかに震わせた。「セレノアの森が汚染されて。子どもたちが帰る場所を失った。あの子らを、もう一度、光る森へ帰したい。だから私は戦っている。住民救助、と言ったのは、そういうことだ。武勲のためでは、ない」
「……俺の城の麓に」鋼壁の大男が低く言った。「鍛冶の村がある。年寄りと子どもが多い。逃げ足が遅い。だから俺は退けん。籠城して、城門で敵を食い止める。その間に、村の年寄りを逃がす。それしかない。それを――保身と言われて、頭に来た」
「私の艦隊には」蒼帆の男が目を伏せた。「内通者がいる。誰か、分からん。だから城に籠もれば、内側から崩される。退くのは臆病からではない。仲間を内通者から引き離して、立て直すためだ。雲海の奥に、まだ無事な港町がある。そこの住民を、巻き込みたくない」
「白角は」白角の若い騎士が、ガレスをちらと見た。「捕虜が多い。黒殻騎に取り込まれた、仲間が。速攻で敵陣を突くのは、武勲のためではない。一人でも早く、捕虜を奪い返したいからだ。時間が経つほど、記憶を削られる。手遅れになる前に」
四人の言葉を聞いて、玄弥は胸の奥が、ぐっと熱くなった。みんな、同じだ。帰したい誰かがいる。守りたい人がいる。戦い方が違うだけで、根っこは同じだった。
「だろ」玄弥は笑った。「みんな、誰かを帰したいんだ。村の年寄り。森の子ども。捕虜の仲間。港の住民。――それ、ばらばらに見えて、ぜんぶつながってる。あんたたちが一つになれば。鋼壁が城門で敵を止めて。その間に翡翠翼が住民を空から逃がして。白角が捕虜を奪い返して。蒼帆が遠くから援護する。ぜんぶ噛み合うじゃないか」
四人が、互いを見た。さっきまでの敵意は、もうなかった。黒いもやも、光の柱に焼かれて消えていた。
「……一理、ある」翡翠翼の女団長が、翅をそっとたたみ直した。「私は、貴公らの戦い方を、保身だの武勲だのと決めつけていた。あの黒いもやのせいも、あるが。それだけでは、ない。私が貴公らを、最初から信じていなかった」
「俺もだ」鋼壁の大男が唸るように言った。「貴公らの速さを、無謀と決めつけていた」
軍議は、ようやく軍議らしくなった。四人がそれぞれの、守りたいものを出し合った。どこの住民が危ないか。どの城がいつ攻められるか。誰がどこを援護できるか。少しずつ、戦線の絵が見えてきた。
最後まで一つだけ、決まらなかった。
「では、誰が全体を指揮する」蒼帆の男が言った。
また、沈黙が落ちた。
「白角が執る」白角の騎士が言った。「最も機動力がある」
「いや、籠城戦の要は鋼壁だ」鋼壁の大男が言った。
「住民救助を優先するなら、翡翠翼が」女団長が言った。
「全体を見るなら、遠距離の蒼帆が」蒼帆の男が言った。
誰も譲らなかった。今度は、黒いもやのせいではなかった。本当に、それぞれが、自分が指揮すべきだと信じていた。長年の不信は、もやを払っただけでは、消えなかった。
「……決まらないか」アヴァロンが外套の裾を払って、ため息をついた。「無理もない。四つの国は、何十年も互いを信じずに来た。一度の軍議で共同指揮官まで決まれば、苦労はしない」
「でも」玄弥は言った。「少なくとも、味方同士で斬り合うのは止まった。互いの守りたいものを知った。それだけでも前進、だろ」
「ああ」アヴァロンはうなずいた。「一時休戦。それが今日の成果だ。共同指揮官は決まらずとも。少なくとも、四つの城は当面、互いに援護し合う。それでいい。一歩ずつだ」
四人の軍団長が、互いにうなずき合った。完全な和解では、なかった。けれど、武器は収められていた。それぞれの窓の向こうで、自分の城へ戻っていく。
窓が閉じていく。四つ、同時に。
最後に、翡翠翼の女団長が、玄弥を振り返った。
「聖剣の子よ」団長は言った。「貴公の問いは、覚えておく。誰が強いかではなく、誰を帰したいか。――私は忘れていた。戦ううちに。何のために戦っているのかを」
窓が閉じた。
玄弥はエクスカリバーを地面から抜いて、また交差点の真ん中に刺し直した。汗が噴き出していた。剣を何度も出し入れしたせいか。頭の片隅が、また、すこしぼやけている。何か大切なことを忘れた気がする。けれど、それが何だったか、思い出せない。いつもの代償だ。
「先輩、大丈夫ですか」灯里がタブレットを抱え直して、覗き込んだ。
「ああ」玄弥は笑った。「ちょっと、疲れただけ」
「指揮官、決まらなかったね」澪が隣に来た。
「うん」玄弥は空を見上げた。「まだ、人間側は劣勢だ。一つになれてない。でも――みんな、帰したい誰かがいるんだって、分かった。それが分かれば。いつか、つながる。たぶん」
澪は何も言わなかった。けれど、玄弥の隣で、同じ空を見上げていた。
信号が青に変わった。四つの最強が、まだ一つにはなれない、夕暮れの交差点で。それでもその青は、いつものように、誰かを待っているみたいに光っていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
四つの最強が、ひとつになれない。これは、この戦争で人間側がずっと負け続けてきた理由そのものです。どの軍団も自国では無敗。だから、自分のやり方を譲れない。誰が一番強いか、で争ってしまう。そこに黒冠魔導団がつけ込み、言葉をねじ曲げ、不信を煽る。
玄弥が投げた問い――「誰が一番強いかじゃなく、誰を帰したいかを言え」。これは、戦術論を超えた問いでした。森の子ども、鍛冶村の年寄り、捕虜の仲間、港の住民。みんな、帰したい誰かがいた。それが分かったとき、ばらばらの戦い方が、すこしだけ噛み合う。
ただ、現実は甘くありません。一時休戦はできても、共同指揮官は決まらない。何十年もの不信は、一度の軍議では消えない。人間側の劣勢は続きます。この「決まらなさ」も、あえて残しました。次章は、ついにエクスカリバーの本当の役割が明かされます。聖剣は、誰かを縛る装置でもあった――玄弥の代償の、本当の意味が見えてきます。




