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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第29章 大阪城、雲海艦隊

大阪城の上空に、異世界の雲海が重なります。

蒼帆魔導艦隊と黒殻騎の、空中戦。けれど艦隊には、進路を漏らす内通者がいました。処刑されかけたその人を、凪人の絵が救います。震えの正体は、裏切りではなく、人質に取られた家族への恐怖でした。エクスカリバーの光が、艦隊全体を一枚の壁に変えます。


 大阪城の上空に、海があった。


 ニュースの映像。大阪城の天守の、はるか上。そこに、赤い雲の海が層になって、重なっていた。三島で見た、あの異世界の空。その雲海の間を、帆と翼を持つ巨大な船が、何隻も行き交っている。蒼帆魔導艦隊。レイグラス王国の、最強軍団。


 そして、その艦隊に、黒い影の群れが襲いかかっていた。


「黒殻騎の飛行部隊」灯里が画面を見ながら言った。「翼で飛ぶやつ。魔導船を囲んでる。空中戦です」


「三つ目の城だな」玄弥は立ち上がった。「駿府、名古屋、ときて、大阪。あと一つで四つ、ぜんぶだ。――行こう」


 窓を、大阪城の天守へつないだ。アヴァロンとガレスの力で。記憶鉱の脈の、いちばん端。凪人の絵を頼りに。


 くぐった先は、揺れる甲板の上だった。


 いきなり足場が傾いて、玄弥はたたらを踏んだ。船酔いとかしないといいけど、と一瞬よぎった。修学旅行のフェリーで盛大にやらかした記憶が、こんな時にかぎってよみがえる。あれは思い出したくない。深呼吸して、押しこめた。


 魔導船の上だった。足元が、ぐらぐら揺れる。帆を張る綱が、風で、ひゅうひゅう鳴っている。見上げると、赤い雲海。見下ろすと、はるか下に大阪の街並み。雲の隙間から、現代のビル群が、ミニチュアみたいにのぞいている。電車らしき細い線まで見えた。現実と異世界が、上下に重なった、奇妙な空だった。下を見て、玄弥はちょっと足の裏がすくんだ。高いところは、もともと得意じゃない。手すりを、思わず強く握った。


「よく来た、聖剣の使い手」


 甲板の奥から、声がした。


 艦長らしき男が立っていた。蒼い外套をまとった、痩せた男。鋭い目。けれど、その目には、疲れと苛立ちがにじんでいた。


「正直に言おう」艦長は前置きなく言った。「我が艦隊は、追い詰められている。だが、敵が強いから、ではない。――我らの進路が、漏れている。動くたびに、待ち伏せされる。艦隊の内側に、裏切り者がいる」


「内通者」アヴァロンが眉をひそめた。


「すでに一人、目星はついている」艦長は低く言った。「若い航海士だ。敵の動きを、先読みしすぎる。捕らえた。あとは――処刑するだけだ。見せしめに。裏切り者には、それ相応の」


「待ってください」玄弥が割って入ろうとした。


 その時、凪人がふらり、と前に出た。


 スケッチブックを開いて。鉛筆を握ったまま。じっと、何かを見ている。捕らえられている航海士の、いる方向を。


「……ちがう」凪人がぽつりと言った。「あの人、裏切り者じゃ、ない」


「何だと」艦長が凪人をにらんだ。「子どもに、何が分かる」


「あの人」凪人は構わず、鉛筆を走らせた。「すごく震えてる。怖がってる。裏切ったんじゃなくて――脅されてる。何かを、人質に取られてる。たぶん、家族。守りたい人を、盾にされてる。だから、情報を流すしかなかった人だ」


 描き上げた絵を、艦長に見せた。


 縛られた航海士の絵。けれど、その背後に、薄く、震える影が描かれていた。小さな影。子どもと、女の人。航海士が守りたくて、けれど守れずにいる、誰か。


「これは……」艦長が絵を見て、言葉を呑んだ。握っていた地図の端が、くしゃりと折れる。


 玄弥は、横で鉛筆を動かしつづける凪人の手を見ていた。三島でも、こいつはこうだった。


「凪人」玄弥は小声で聞いた。「お前、なんで分かるんだ。その人の、震えとか」


「分かんない」凪人はぼそっと言った。「ただ、見てると、手が勝手に描く。怖がってる人は、線が震える。嘘ついてる人は、影が濃い。あの人は――線は震えてるけど、影は薄い。怖いけど、嘘はついてない。そういう線だった」


 玄弥は、凪人のその言葉を信じた。これまで、一度も外れたことがなかったから。


「玄弥」凪人は玄弥を見た。「あの人を処刑したら、駄目だ。あの人は、被害者だ。黒冠魔導団に家族を取られて、震えながら、味方を売らされてる。駿府城の子どもと、同じだよ。脅されてるんだ」


 玄弥はうなずいた。


「艦長」まっすぐ艦長を見た。「その人と、話させてください。処刑するのは、それからでも遅くない」


 艦長はしばらくためらった。それから、無言で玄弥たちを船倉へ案内した。


 縛られた航海士は、若い男だった。凪人の絵のとおりに、震えていた。玄弥が近づくと、男は目をそらした。


「あんた、家族を取られてるんだろ」玄弥はしゃがんで言った。静かに。「誰を、人質にされてる」


 男の肩が、びくっと揺れた。


「……女房と、娘だ」男は絞り出すように言った。「黒冠魔導団に、連れて行かれた。情報を流さなければ、二人の記憶を奪う、と。記憶を奪われたら――二人は、俺を忘れる。家族でなくなる。俺はそれがこわくて。だから……仲間を売った。最低だ。殺してくれて、いい」


「殺さねえよ」玄弥は言った。「家族、取り戻したいんだろ。一緒に、取り戻そう」


 男は、信じられない、という顔で玄弥を見た。


「あんた、俺を許すのか」


「許すとか、許さないとか、じゃない」玄弥は首を振った。「あんたは、悪くない。家族を守りたかっただけだ。間違ってない。間違ってるのは、それを利用したやつらだ」


 玄弥は立ち上がって、艦長に向き直った。


「作戦を変えましょう」玄弥は言った。「この人を処刑する代わりに、わざと嘘の進路を流させる。敵をおびき寄せて、迎え撃つ。その隙に、人質を取り戻す。――裏切り者を消すんじゃなくて、敵を引っ掛けるんです」


 艦長は長いこと、玄弥を見ていた。それから、ふっと息を吐いた。


「……賭けだな」艦長は言った。「だが、見せしめに味方を殺すよりは、ましかもしれん。やってみよう」


 偽の進路が、流された。


 黒殻騎の飛行部隊が、それに食いついた。艦隊のいるはずのない場所へ、群れで向かう。そして、そこには罠が待っていた。


「来た!」灯里が叫んだ。「ぜんぶ、こっちに来ます!」


 空が、黒く染まった。何百もの黒殻騎。翼を広げ、赤く光る継ぎ目を光らせて。魔導船を囲もうと迫る。一隻、二隻では退けられない数。


 魔導船の砲が、火を噴いた。蒼帆魔導艦隊の本領。雲海を震わせる轟音。黒殻騎が何体か撃ち落とされ、雲の海へ落ちていく。けれど、撃っても撃っても、敵の数は減らなかった。倒したそばから、新しい黒殻騎が湧いてくる。捕虜を乗せ替えて、補充される。終わりがない。


「きりがない」ガレスが舌打ちした。剣を握りしめて。「数で押してくる。この戦い方は、たちが悪い」


 甲板が、大きく傾いた。黒殻騎の一体が、帆を引き裂いたのだ。マストが軋む。船員たちが悲鳴を上げる。船が雲海へ傾いていく。


「玄弥!」アヴァロンが叫んだ。「数が多すぎる! 一体ずつ救う暇はない! 艦隊全体を守る、何かを!」


 玄弥は剣を握った。エクスカリバー。


 ふと、思いついた。これまで、光刃で一体ずつ鎖を断ってきた。けど、今はそれじゃ間に合わない。だったら――守ることだけに、集中したら。


「艦長」玄弥は言った。「船の帆、ぜんぶつなげますか。船と船を。隊列を組んで」


「できるが、何を」


「俺の剣の光を、帆に流します」玄弥は剣を掲げた。「一枚の、でかい壁を作る。艦隊、ぜんぶで」


 玄弥は、エクスカリバーを甲板に突き立てた。


「守る」つぶやいた。「この船を。乗ってる、みんなを。黒殻騎の中の人も。家族を取られた、あの人も。ぜんぶ」


 刃から、光があふれた。これまでで、いちばん大きな光。それが帆の布を伝って、隣の船へ、また隣の船へ走っていく。艦隊ぜんぶの帆が、青白く光った。光の帆がつながって――空に、巨大な光の壁ができあがった。


 黒殻騎の群れが、その壁にぶつかった。


 弾かれる。次々と。光の壁は攻撃を跳ね返した。けれど、ただ跳ね返すだけじゃなかった。壁に触れた黒殻騎の黒い鎖が、光にほどけて、何体かの操縦槽が開いた。中から、記憶を削られた捕虜が、こぼれ落ちる。それを、魔導船の網が受け止めた。


「……すげえ」凪人がつぶやいた。


 黒殻騎の群れが、退いていく。光の壁を抜けられずに。空が、すこしずつ晴れていった。


 その瞬間、玄弥はよろめいた。


 膨大な光を使った。代償も、大きかった。玄弥の頭の中で、いくつもの記憶がいっぺんに薄れていく。誰かの顔。どこかの景色。自分の名前さえ、あやしくなる。


「玄弥! 伊勢崎玄弥!」澪が駆け寄って、両手で玄弥の顔をはさんだ。「あんたは伊勢崎玄弥! あたしは白石澪! あんたの幼なじみ! 大河くんを迎えに行くって、約束した! 忘れんな! 絶対!」


 玄弥は澪の声を頼りに、必死で自分をたぐり寄せた。一本ずつ、糸を手繰るように。澪。白石澪。大河。約束。少しずつ、戻ってきた。


「……戻った」玄弥は息をついた。「ありがとう。澪」


「ばか」澪の目が潤んでいた。「もう、無茶しないで。お願いだから」


 戦いが、終わった。


 別の船が、人質を救出して戻ってきた。航海士の妻と、娘。記憶を奪われる、寸前だった。甲板の縄ばしごから、青ざめた女の人が降りてくる。その手を、五つか六つくらいの女の子が、ぎゅっと握っている。航海士は二人に駆け寄って、抱きしめた。三人まとめて、つぶれそうなくらい強く。


「お父さん」


 女の子が言った。たった三文字。けれどその三文字で、男の背中が、ぐにゃりと折れた。膝をついて、子どもの肩に顔をうずめて、声を上げて泣いた。娘は、なんで泣いてるの、という顔で、父親の頭をぽんぽん叩いていた。


「……忘れられて、なかった」男は玄弥に頭を下げた。何度も。「ありがとう。あんたがいなければ、俺は家族に忘れられて。仲間にも、殺されて。何も、残らなかった」


「よかったな」玄弥は笑った。


 笑ってから、ふいに、鼻の奥がつんとした。なんで自分が泣きそうになるんだ、と思った。助かったのはあの人たちで、自分はべつに、何も。それでも、娘が「お父さん」と呼んだ、あの一言が、頭から離れない。記憶って、こんなに簡単に奪われそうになるのに、こんなに強いのか。玄弥は、わざと乱暴に、目元をこすった。汗だ、ということにしておいた。


 その光景を、凪人がスケッチブックに描いていた。今度は、震える影はなかった。父と、母と、娘が、ただ抱き合っている絵。線はまっすぐで、影は薄い。安心している人の、線だった。


「描けた」凪人はぽつりと言った。誰にともなく。「やっと、こういう絵、描けた。怖がってる人じゃなくて。助かった人の、絵」


 玄弥は、その絵をのぞき込んで笑った。「お前の絵、いつも見えないもの、映すよな。今度は、ちゃんといい未来が見えてるじゃん」


「……まあ」凪人は照れたように、スケッチブックを閉じた。けれど、その口元は、ほんの少しゆるんでいた。


 救われた航海士が、玄弥に近づいて、声をひそめた。


「礼に、一つ教えておく」男は言った。「俺を脅したやつら。あれは、黒冠魔導団という。魔王直属の、魔道士軍団だ。手を汚さず、人質を取って、人を操る。そして――その頂点に、七人の大魔道士がいる。七禍卿、と呼ばれている。転送、呪い、記憶のすり替え……それぞれ、一国を滅ぼせる禁術を、持っている」


 七禍卿。聞き慣れない四文字が、舌の上で重かった。


「七禍卿」玄弥は繰り返した。「そいつらが、ぜんぶの糸を引いてるのか」


「ああ」男はうなずいた。「気をつけろ。やつらは、人のいちばん大事な記憶を狙う。お前が誰かを守りたいと思えば思うほど――その想いを、奪いに来る。それが、やつらの戦い方だ」


 艦長が、近づいてきた。


「礼を言う」艦長は玄弥に頭を垂れた。「裏切り者を殺さずに、艦隊を救い、人質まで取り戻した。蒼帆魔導艦隊は、お前に力を貸す。窓を開くときは、空を押さえよう。――ただし」


「分かってます」玄弥は苦笑した。「他の三軍団の指揮下には、入らない。でしょ」


 艦長は、すこし驚いた顔をして、それから笑った。「察しがいいな。そのとおりだ。だが――いつか、お前が四つを束ねる日が来たら。その時は、考え直してもいい。お前なら、できるかもしれん」


 三つ目の城が、味方になった。


 帰りの窓をくぐりながら、玄弥は、あの娘が「お父さん」と呼んだ声を、まだ耳の奥に残していた。七禍卿。手強そうな名前だ。それでも、足は前にしか向いていなかった。


 三島の、夜明けの交差点に戻った。


 信号が、青に変わった。玄弥はそれを見上げて、深く息を吸った。三つ、つながった。あと、一つ。


読んでくださり、ありがとうございます。

三つ目の城、大阪城。雲海の上、揺れる甲板の上での戦いでした。内通者を処刑する――その寸前で、凪人がぽつりと「あの人、裏切り者じゃない」。震える線、薄い影。怖がっているけれど、嘘はついていない。凪人の鉛筆は、いつも目に見えないものをすくい上げます。三島の頃から、ずっと変わらない、この子の役割です。

玄弥が選んだのは、裏切り者を消すことではなく、敵を引っ掛けて、人質を取り戻すこと。「あんたは悪くない。間違ってるのは、それを利用したやつらだ」。家族を守りたかっただけの人を、責めない。この姿勢を、空の上でも貫きました。

エクスカリバーの光を帆に流して、艦隊全体で巨大な壁を作る場面は、書いていて気持ちのいいところでした。けれど、その大きな光の代償は、玄弥の記憶を大きく削る。澪が名前を呼んで、つなぎ止める。守る力と、失う痛みは、いつも背中合わせです。

そして救われた航海士が、新しい名前を教えてくれます。七禍卿――黒冠魔導団の頂点に立つ、七人の大魔道士。敵の輪郭が、すこしずつ見えてきました。次章、いよいよ魔王が、玄弥の名を呼びます。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
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