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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第28章 名古屋城、鋼壁崩し

名古屋城の鋼壁重騎団は、救援を断ってきました。けれどその夜、城は内側から崩れはじめます。転送された黒殻騎と、操られて自分の城壁を壊しはじめる重装型の鎧巨兵。断られても、玄弥は迷わず助けに向かいます。ガレスが囮、玄弥が地下へ。守りの硬い城が、いちばんもろく崩される戦いです。


 名古屋城が、救援を断ってきた。


 灯里が各地の城に、窓を通じて文を送り続けていた。手伝ってほしい、と。けれど、名古屋城の鋼壁重騎団からの返事は、そっけなかった。「我らは、我らの城を守る。他城のことは、知らぬ」。それきり。


「石頭、って団長が言ってたとおりですね」灯里がため息をついた。「鋼壁重騎団。盾と籠城が得意。自分の城を、絶対抜かせない。だから、他を助ける気がないんです」


「ほっとくか」凪人が言った。


「いや」アヴァロンが首を横に振った。「籠城に強いということは、機動力がない、ということだ。背後を取られたら、もろい。あの硬さは――内側から崩されると、いちばん危ない」


 その言葉が的中したのは、その夜だった。


 灯里のタブレットが鳴った。名古屋からのニュース速報。名古屋城の天守が、内側から崩れはじめている、と。


「城内に、黒殻騎が出た」凪人がスケッチブックを開いて、青ざめた。「転送された。城のど真ん中に。鋼壁重騎団が外ばっかり固めてる隙に。中から、壊されてる」


「断られたのに、行くのか」澪が玄弥を見た。


「行くに決まってんだろ」玄弥はもう立ち上がっていた。「断られたから助けない、なんて、そんなの、なしだ。困ってるなら、行く。それだけ」


 澪は、ふっと笑った。「うん。あんたなら、そう言うと思った」


「窓を、名古屋城の地下へつなぐ」アヴァロンが剣を握った。「記憶鉱の脈は、四城と三島でつながっている。凪人の描いた、樹の絵を頼りにすれば――地下へ、直接抜けられる」


 凪人が脈の絵を広げた。地下を流れる記憶鉱の根。三島から名古屋城へ伸びる、太い一本。アヴァロンとガレスが、その絵の上で窓を開いた。


「待って」澪が出発の前に、玄弥の腕をつかんだ。「あんた、また剣、使うよね。記憶、削れるよね」


「……たぶん」玄弥は正直に言った。


「あたしも、行く」澪はゆずらなかった。「あんたが、あんたじゃなくなりかけたら、名前、呼ぶ。それが、あたしの役目でしょ。一人で行かせない」


「危ないぞ」


「あんたのほうが危ない」澪は玄弥をにらんだ。「自分の名前すら忘れそうなくせに。あたしがついてないと、駄目でしょ」


 玄弥は、何も言えなかった。澪の言うとおりだった。剣を握ると、玄弥は自分の輪郭がぼやける。澪の声だけが、それを描き直してくれる。だから澪は、いつもいちばん危ない場所についてくる。自分の名前を玄弥に忘れられるのを、いちばんこわがっているくせに。それを言うと、たぶん怒る。だから黙っておいた。


「……ありがとう」それだけ言った。


 くぐる。


 その一瞬、玄弥はなぜか、給食の揚げパンのことを思い出した。明日の献立、揚げパンだった気がする。こんな時に何を、と自分でもあきれた。たぶん、緊張すると、頭がどうでもいいことに逃げるんだろう。逃げきれてはいないけど。


 くぐった先は、地下だった。石組みの、暗い通路。頭上から、ごう、ごう、と地響きが降ってくる。崩れている。天守が。湿った土と石のにおいがした。玄弥たちは階段を駆け上がった。地上へ。城内へ。


 外へ出た瞬間、目の前に、巨大な影が立っていた。


 鎧巨兵だった。重装型。全身を分厚い甲殻で覆い、両手に城門ほどもある大盾を構えている。鋼壁重騎団の鎧巨兵。本来なら、城を守る、味方のはず。


 なのに。


 その鎧巨兵が、自分の守るべき城壁を――殴っていた。


 拳を振り上げ、石垣に叩きつける。何度も。何度も。石が崩れ、瓦が落ちる。守るはずの城を、自ら壊している。


「操られてる」凪人が震える指で、その鎧巨兵を指した。「胸の操縦槽。中の人の誓気に、黒いもやが巻きついてる。記憶をすり替えられてるんだ。城を、敵だと思い込まされてる」


「黒冠魔導団の術だ」アヴァロンが唇を噛んだ。「守る対象を、敵に見せている。駿府城の同士討ちと、同じ手口。だが――鎧巨兵をこれに使われると、城が内側から自壊する」


 城のあちこちで、同じことが起きていた。鋼壁重騎団の鎧巨兵が、何体も、自分たちの城壁を壊しはじめている。そして、崩れた壁の隙間から、黒殻騎がなだれ込んでくる。


 城は、地獄だった。


「先輩!」灯里がタブレットを見て叫んだ。「術の源を断たないと、止まりません! 駿府城のときと同じ! 誰かが記憶鉱を汚染してる! 地下の、脈です!」


「どこだ!」


「天守の真下! いちばん太い脈のところ! でも――」灯里の声がこわばった。「そこへ行くには、操られた鎧巨兵の間を抜けないと。正面からじゃ、無理です。あの大盾、現代のどんな兵器でも抜けないって」


 玄弥は、操られた鎧巨兵を見上げた。確かに、正面は無敵だった。あの大盾の前では、何も通らない。


「ガレス」玄弥は言った。「囮、頼めるか」


 ガレスが、にやりと笑った。


「言うと思った」剣を抜く。「俺は白角騎士団だ。高速型は、お手のものだ。あの図体の注意を、引いてやる。お前はその間に、地下へ。――昔の俺なら、こいつらを斬って止めただろう。だが、今は違う。中に、人がいるんだろう?」


「ああ」玄弥はうなずいた。「操られてるだけだ。中の人は、悪くない」


「なら、斬らん」ガレスは走り出した。鎧巨兵の足元をすり抜けるように。「おーい、でかぶつ! こっちだ! 俺を追ってみろ!」


 操られた鎧巨兵たちが、ガレスの挑発に乗った。大盾を振り回し、ガレスを追いはじめる。守るべき城を壊す手を、止めて。ガレスは城内を縦横に駆け回った。鎧巨兵の注意を、ぜんぶ自分に集めて。


「今だ!」


 玄弥は走った。空いた道を。天守の真下へ。


 地下へ降りる。記憶鉱の脈が、むき出しになっていた。本来、淡い青白い光を放つはずの脈が――どす黒く濁っている。汚染されていた。その黒い濁りが、地上の鎧巨兵たちへ伸びている。これが、操りの源だった。


「先輩! 黒く濁ったところだけ!」灯里の声が後ろから追ってきた。「きれいな脈は、城の命綱です! 切ったら、城が死ぬ! 黒い汚染だけを、切り離して!」


 玄弥は剣を抜いた。


 光の刃が伸びる。けれど、すぐには振らなかった。じっと脈を見る。きれいな青白い光と、どす黒い濁り。その境目を。糸みたいに細い、汚染の根を。


 息を整えた。


「……ここだ」


 光刃で、汚染された黒い部分だけを、すくい上げるように切り離した。きれいな脈は傷つけずに。黒い濁りだけが宙に浮き、ほどけて、消えていく。


 光刃を使った、その瞬間。


 玄弥の頭から、また何かが抜け落ちた。たぶん、誰かの名前。思い出せない。それが誰の名前だったかすら、もう分からない。剣を使うほど、自分がすり減っていく。指のあいだから、砂みたいに。


「玄弥! 伊勢崎玄弥!」澪の声が地下に響いた。いつのまにか追いついてきていた。「あんたの名前! あたしは白石澪! あんたの幼なじみ! 忘れんな!」


 その声で、玄弥は自分をつかみ直した。


 地上で、操られていた鎧巨兵たちが、いっせいに動きを止めた。汚染が断たれて。胸の操縦槽の黒いもやが消えていく。中の騎士たちが、われに返る。自分が城を壊していたことに気づいて、立ち尽くす。


 いちばん近くの鎧巨兵の操縦槽が、開いた。


 中から、よろよろと若い騎士が転がり出てきた。まだ二十歳そこそこに見える。顔が土気色だった。自分の壊した城壁を見て、その騎士は膝から崩れ落ちた。


「俺が……俺が、やったのか」騎士は震える手で口を覆った。手の甲に、自分で殴った石垣の擦り傷が、点々と血をにじませている。「守ると誓った城を。仲間を……俺の、この手で。なんてことを」


 玄弥は、その騎士に駆け寄った。


「あんたじゃない」はっきり言った。「操られてたんだ。あんたの誓気を、悪いやつが横取りして、逆向きに使った。あんたのせいじゃない」


「だが、動いたのは、俺の誓いの力だ」騎士はうつむいた。「守りたいって思いが強いほど、機体はよく動く。その力で、俺は壊した。皮肉だ。守りたいほど、強く壊してしまう」


「だったら、もう一回、その力使えばいい」玄弥はその肩に手を置いた。「今度はちゃんと、守るために。あんたの誓いは本物だろ。それは、誰にも消せない。立て。まだ、終わってない」


 騎士は玄弥を見上げた。それから、唇を噛んで、立ち上がった。「……すまない。礼を言う。もう一度、戦える」


 黒殻騎たちは、操りの後ろ盾を失って、浮き足立った。鋼壁重騎団が、本来の力を取り戻して迎え撃つ。城内の戦いの流れが、変わった。


 立ち上がった騎士の背を見送りながら、玄弥は、ほんの少しだけ、自分のことを思った。あの人は、自分の壊したものを覚えている。覚えているから、苦しめる。やり直せる。でも自分は、剣を振るたびに、何を壊したかすら忘れていく。どっちがましなんだろう。――そんなこと、今どうでもいい。玄弥は考えるのをやめて、剣を握り直した。


 澪は、そのあいだに、別の仕事をしていた。


 崩れかけた天守の、避難民。逃げ遅れた城の人たちが、崩落の幻影におびえて、動けなくなっていた。記憶鉱の汚染で、ありもしない崩落が見えていたのだ。床が抜ける幻。天井が落ちる幻。


「こっち! 大丈夫だから!」澪は避難民の手を引いた。「その崩れてるの、嘘だから! 幻だから! あたしの声、聞いて! 足元、ちゃんとある! 一歩ずつ!」


 澪の声が、幻に勝った。人々が一人ずつ、安全な出口へ導かれていく。澪は最後の一人まで見送ってから、ようやく息をついた。


 戦いが、終わった。


 鋼壁重騎団の団長が、玄弥たちの前に現れた。岩のようにごつい、初老の男だった。鎧のあちこちが、自分の城を壊した拳で傷ついている。団長は玄弥をじっと見た。長いこと。


「……我らは、お前たちの救援を断った」団長は低く言った。重い声だった。「断った相手に、お前たちは来た。そして、我らの城を、我らの騎士を、一人も斬らずに救った。汚染だけを切り離して。――借りができた。重い、借りだ」


「借りとか、いいです」玄弥は首を横に振った。「困ってる人がいたから、来ただけです」


「いや」団長は首を振った。「借りは、借りだ。鋼壁重騎団は、借りを忘れぬ。窓を開くときは、我らの盾を貸そう。我らの城は、抜かせぬ。それが、礼だ」


 玄弥は、思わず拳を握った。二つ目の城が、味方に。


「ただし」団長はきっぱりと言った。駿府城の団長と、同じように。「白角騎士団の指揮下には、入らん。あの跳ねっ返りどもに、命令されるいわれはない。我らは、我らの判断で動く。お前個人への礼として、力を貸す。それ以上でも、以下でもない」


 玄弥は、苦笑した。


 また、同じだ。誰も、ひとつにはならない。みんな、玄弥には力を貸すと言う。けれど、互いには頭を下げない。四つの誇り。それをひとつに束ねる日は、まだ、ずっと遠い。


「分かりました」玄弥は言った。「それでも、ありがとうございます。一個ずつでもつながれば、いつか、ぜんぶつながるって、信じてます」


 団長は、ふん、と鼻を鳴らした。けれど、その目は少しだけ和らいでいた。


 帰りの地下道。


 ガレスが汗だくで笑っていた。「あの図体を走り回らせるのは、骨が折れた。だが――昔より、ずっといい戦いだった。誰も死なせずに勝つ。こんな終わり方が、あったとはな」


「ガレスも、変わったな」玄弥は笑った。


「お前に毒された」ガレスは肩をすくめた。「悪くない、毒だ」


 その言い方が、なんだかおかしくて、玄弥は笑った。汗だくの大男が、岩みたいな顔で、毒、毒、と真顔で言うのが。地響きと悲鳴が、まだ耳の奥に残っているのに。笑ってから、ふと、笑える余裕があることに自分で驚いた。さっきまで、城がひとつ崩れかけていたのに。人間って、わりとすぐ、ふつうに戻るものらしい。たぶん、そうしないと、もたないからだ。


 窓をくぐって、三島へ戻った。


 夜明けの交差点。玄弥はまだ、削れた記憶の穴を感じていた。何が抜けたのかも分からない、穴。けれど隣に、澪がいた。澪が名前を呼んでくれる限り、自分は自分でいられる。それだけは、確かだった。


「腹、減ったな」玄弥はだれにともなく言った。


「あんた、揚げパンとか言ってたもんね」澪があきれたように笑う。


 なんでそれを知ってるんだ、と言いかけて、玄弥はやめた。たぶん、くぐる前に口走ったんだろう。覚えていないのが、すこし怖くて、それ以上に、隣でそれを覚えていてくれるのが、ありがたかった。


読んでくださり、ありがとうございます。

「断られたから助けない、なんて、なしだ」。玄弥のこの一言から始まる回でした。籠城に強いということは、機動力がないということ。背後を取られると、いちばん硬い守りが、いちばんもろく崩れる。守るはずの鎧巨兵が、操られて自分の城を殴る――この皮肉を、戦いの中心に置きました。

正面では無敵の大盾を、ガレスが囮になって引きつけ、玄弥は地下の汚染された記憶鉱だけを切り離す。きれいな脈は城の命綱だから、傷つけられない。黒い濁りだけを、糸をすくうように。澪は、ありもしない崩落の幻におびえる避難民を、声で導く。それぞれの役割で、誰も斬らずに城を救いました。

我に返った若い騎士の「守りたいほど、強く壊してしまう」という嘆きは、玄弥の代償――剣を使うほど大切な記憶を失うこと――と同じ根を持っています。守る力が、裏返ると人を壊す。この物語が、ずっと抱えているテーマです。

鋼壁重騎団長も、駿府城の団長と同じく「白角騎士団の指揮下には入らぬ」と。二つ目の味方。けれど、四つの誇りをひとつに束ねる日は、まだ遠い。次章、三つ目の城――大阪城の、雲海の戦いへ。

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ここまで読んでくださりありがとうございます!
玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
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