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エクスカリバーが交差点の真ん中にささってるんだが…  作者: 源三郎


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第23章 東海道四城戦線

助け出した青年の、途切れ途切れの証言から、敵の正体が見えてきます。鎧巨兵。その動力、誓気。そして、四つの城に立てこもる、四つの「最強」――白角騎士団、翡翠翼騎団、鋼壁重騎団、蒼帆魔導艦隊。けれど彼らは、ひとつに、なれない。



 救い出した青年が目を覚ましたのは、その夜だった。


 玄弥の家の和室。仏壇の脇に、客用の布団を一組だけ引っぱり出してきて、そこに寝かせた。母さんは「とにかく、寝かせときなさい」とだけ言って、麦茶と、冷凍のうどんを一玉、黙って枕もとに置いていった。事情を聞かないでいてくれるのが、玄弥にはありがたかった。青年は、天井をしばらく、ぼんやり見ていた。自分の名前も、故郷も、思い出せない。けれど、削られなかった断片だけが、ときどき、うわごとみたいにこぼれ出した。灯里はその一言ひとことを、逃さずノートに書き取っていった。


「……白い、角の、騎士たち」青年はつぶやいた。「江戸の、城に……籠もって……。翼の、騎団は、駿府……。鋼の、壁は、名古屋……。蒼い、帆は、大坂の、海……」


「先輩」灯里が顔を上げた。声が上ずっていた。「これ、四つの城と合います。東京の江戸城、静岡の駿府城、名古屋城、大阪城。それぞれに、別々の軍団が立てこもってるんです」


 アヴァロンが腕を組んで、壁にもたれていた。青年の言葉を、ひとつずつ訳すように補っていく。


「白角騎士団。剣の一族に近い、突撃の軍だ。翡翠翼騎団は、翅を持つ鎧巨兵を操る。鋼壁重騎団は重装で、守りに長ける。蒼帆魔導艦隊は……空を、船でゆく者たち」アヴァロンは目を伏せた。「いずれも、四つの王国の最強と謳われた軍団。それがこちらへ、城ごと引きずり込まれた」


「鎧巨兵、って」玄弥は聞いた。「昼の、あの黒いやつも、それなのか」


「あれは量産型の、黒殻騎だ。鎧巨兵の、いちばん安い、なれの果て」アヴァロンの声が低くなった。「鎧巨兵というのは本来、生きた者の――誓気で、動く。誓いの、気。守りたい、帰りたい、会いたい。そういう強い想いを、力に変える。だが魔王軍は、それをねじ曲げた。人から記憶ごと想いを抜き取って、燃やす。怯えだけを、残してな」


 玄弥は、昼間の黒殻騎の胸にうずくまっていた、人影を思い出した。あれは誰かの、抜き取られた想いの、なれの果てだったのだ。


「動力が、記憶なら」澪が、ぽつりと言った。「いくらでも補充できるってこと? 人がいる限り」


 誰も答えなかった。答えが、こわかった。


 青年は、また、うわごとをこぼした。今度は、もう少し長かった。


「……母さんの、顔が……思い出せ、ない……。なのに、味噌汁の、においだけ、覚えてて……。あの、においの、人が……母さん、だったはず、なのに……」


 玄弥は思わず、布団のそばに膝をついた。


 顔は奪われた。それでも、においだけは残っている。記憶を抜き取るというのは、そういうことなのだ。いちばん太い、大事な記憶から引っこ抜かれて、細い、はしっこの、においや手触りだけが、ぽつんと取り残される。それが、いちばん残酷だと玄弥は思った。半分忘れて、半分覚えている。そのほうが、ぜんぶ忘れるより、ずっと苦しい。


「……だから、誓気なんだ」アヴァロンが低く言った。「記憶そのものより、記憶にこびりついた想いのほうが、強く燃える。母を思う気持ち。守りたいという願い。魔王軍はそれを燃料にしている。人の、いちばんやさしい部分を、火にくべて、巨人を動かす」


 玄弥は、青年の手を握った。冷たかった。


「俺、絶対、あんたの母さんの、味噌汁、また飲ませてやる」玄弥は小さく言った。眠っている相手に。「顔も、ぜんぶ思い出させてやる。だから、それまで――生きてて」


 青年は、答えない。ただ、握った手を、かすかに握り返した気がした。気のせいかもしれない。電車の中で、つり革を握っていただけの、その手の感覚を、思い出しているだけかもしれない。それでも玄弥は、その「気がした」を、信じることにした。


 翌日。学校が終わってから、みんなはまた玄弥の家に集まった。灯里が、模造紙を畳の上に広げる。手書きの表ができていた。


「対応表、作ってみました」灯里は、ペンの先で表をなぞった。「向こうの世界とこっちは、等価交換でつながってる。向こうの何かがこっちへ来ると、こっちの、同じ重さの何かが、向こうへ行く。三島で、それが起きました。城の影が来て――伊豆の住民が、向こうへ持っていかれた」


 大河のことだった。誰も口に出さなかったけれど、全員がそれを思った。


「四つの城も、たぶん同じです」灯里は続けた。「江戸城が来た分、東京のどこかが向こうへ。駿府城の分、静岡のどこかが。だから――城をこっちから、向こうへ押し返せば。きっと、向こうへ持っていかれた人も、こっちへ戻ってくる」


 玄弥の心臓が、跳ねた。


「それ……大河も、戻せるってことか」


「理屈の上では」灯里は慎重に言った。「でも、釣り合いを間違えたら、別の誰かが向こうへ行きます。等価交換は、勝手な足し引きを許してくれない。だから、四つの城ぜんぶの釣り合いを、いっぺんに計算しないといけないんです。一つだけ動かしたら、ほかが崩れる」


 簡単じゃ、なかった。それでも、初めて「大河を戻す」という言葉に、道筋が見えた気がした。玄弥はそれだけで、胸がいっぱいになりかけた。喉の奥が、勝手につかえた。慌てて、咳のふりをして、ごまかした。


 その時、凪人が襖の隅で、スケッチブックをめくった。


「……ねえ」凪人は、めずらしく自分から口を開いた。「ゆうべから、これ、ずっと頭に浮かんでて」


 差し出された絵に、玄弥は言葉をなくした。


 地面の下。土の中に、巨大な樹が描かれていた。根が四方へ伸びている。その根の先には、五つの光の玉。一つは三島。残りの四つは、たぶん四つの城。根はすべて、いったん三島の玉を通ってから、ほかの玉へつながっていた。


「地面の、ずっと下に、川みたいなのが流れてる気がする」凪人はぼそぼそと言った。「記憶の、鉱脈、みたいな。光ってて。それが、四つの城と三島をつないでる。でも――真ん中の三島を通らないと、どの城にも行けない。そういう、形」


「記憶鉱の、脈だ」アヴァロンが絵を覗き込んで、つぶやいた。「向こうにもある。記憶が結晶になって、地下を流れる脈が。それが、城を動かす誓気の源だ。この子は……それを、地中ごと見ている」


 玄弥は、模造紙の表と、凪人の絵を見比べた。


 答えは、同じことを言っていた。三島が真ん中。乗り換え駅。四つの城のどこへ行くにも、ここを通る。逆に言えば――三島が、四つの戦線へつながる、たった一つの中継点だということ。


「なら、話は早い」玄弥は顔を上げた。「四つの城に連絡を取って、力を合わせれば。記憶鉱の脈を、三島からたどって。協力してもらえば、釣り合いも計算できるし、大河も戻せる」


 アヴァロンが、ゆっくりと首を横に振った。


「それができれば、苦労はない」


 その横顔は、苦かった。


「白角騎士団も、翡翠翼騎団も、鋼壁重騎団も、蒼帆魔導艦隊も――どれもが、自分たちこそ世界一強いと信じている。だから、向こうの世界でも、ひとつにまとまれなかった。城に籠もり、互いを見下し、救援要請にも応じない。一国が攻められても、ほかの三国は動かない。『あいつらが落ちれば、自分たちの脅威がひとつ減る』とすら考える」


 部屋が、しんとした。


「白角騎士団の団長は、誇り高く、退くことを恥と思う」アヴァロンは、指を折りながら四つの軍団を並べた。「鋼壁重騎団は、城から一歩も出ない。守りこそ最強と信じて。翡翠翼騎団は、空を飛べる自分たちだけが特別だと思っている。蒼帆魔導艦隊は……どこの王にも、本心から従ってはいない。船さえ無事なら、城が落ちても、逃げればいいと考える節がある」


「ばらばらの、四人」澪がつぶやいた。「クラスにいるわ。そういう、絶対つるまない、四人組。委員決めのとき、誰も手を挙げないで、にらみ合ってるやつら」


 その、ちょっとずれた感想に、玄弥はすこし笑いそうになった。けれど、本質を突いていた。誇り。守り。特別意識。打算。理由は四つとも違う。でも、結果は同じ。誰も、隣の手を取らない。


「魔王軍は、それを知っている」アヴァロンは続けた。「だから、四つを別々に囲んで、ひとつずつ削っていく。人間側の最強たちは、四つにばらばらのまま、各個に敗れていく。――それが、向こうで起きていたことだ。そして今、こちらでも、同じことが始まろうとしている」


 玄弥は、こぶしを握った。


 四つの、最強。なのに、ばらばら。協力すれば勝てるかもしれないのに、誰も隣の手を取らない。守る範囲は四つに広がったのに、味方は四つに割れている。


「……バカみたいだ」玄弥は、ぽつりと言った。怒りでも、呆れでもない、ただ悲しい声で。「強いやつらが四人もいて。なのに、誰も、誰かを助けない。それで、ぜんぶ負けるなんて」


「玄弥」澪が、静かに言った。「あんた、いま、すごい顔、してる」


「だって」玄弥は顔を上げた。目に、火がともっていた。「俺、三島しか守れない。弱い。四つの城なんて、行けない。けど――あいつらは、強い。強いのに、ばらばらで、負ける。だったら、俺のやることは、ひとつだろ」


 玄弥は、凪人の絵の真ん中の、三島の玉を、指で押さえた。


「斬ることじゃ、ない。つなぐことだ。ここが中継点なら。四つの城を、ここでつなぐ。隣同士、手を取らせる。――それ、俺にしかできないかもしれない」


 しばらく、誰もしゃべらなかった。


 それから、ガレスが、ふっと笑った。鎧の肩を揺らして。


「戦場で、いちばん難しいのは、敵を斬ることではない。味方をひとつにすることだ」ガレスは玄弥を見た。「玄弥どの。あなたは、いちばん難しいほうを選んだ」


「うん」玄弥はうなずいた。「でも、それがたぶん、いちばん大河の近くに行ける道だから」


 灯里が、タブレットで各地のニュース映像をつないで見せた。


 名古屋の、鋼壁重騎団らしき灰色の巨人は、城の堀の内側から一歩も出ず、ただ壁になっていた。その周りで、逃げ遅れた人たちが右往左往している。映像の隅に、別の黒殻騎が住宅街へ向かうのが映っていた。けれど、灰色の巨人は動かない。城だけを守っている。城の外の人は、守らない。


「……助けに、行けるのに」澪が画面を見ながら、唇を噛んだ。「すぐそこに、困ってる人が、いるのに。動かないの、あいつ」


「あれが、鋼壁だ」アヴァロンが静かに言った。「『守れと命じられた城』しか、守らない。命じられていない命は、視界に入れない。誇りでも、悪意でもない。ただ、そういうふうにできあがってしまった軍だ」


 玄弥は、その映像を、長いこと見ていた。


 強い。あの巨人は、たぶん昼間の黒殻騎より、ずっと強い。なのに、目の前のたった一人すら、助けようとしない。強さって、なんだろう、と玄弥は思った。誰も救わない強さなら、それはただの、大きな壁だ。


「……つなぐ、しかない」玄弥は、もう一度、自分に言い聞かせた。「あの壁に、城の外を見せる。隣に、誰がいるか。それを見せるのが、たぶん、俺の役目だ」


 夜が、更けていく。


 布団の中で、名もない青年が寝返りを打った。うわごとで、また、ひとつ断片をこぼした。「……たすけて……だれか……」。灯里がそれを書き取る。玄弥はその声を聞きながら、決めた。


 四つの城を、つなぐ。誰も置いていかない。大河も、この青年も、向こうへ持っていかれたみんなも。たとえ自分の記憶が、すこしずつ削れていっても。


 玄弥は、布団のそばに、しばらく座っていた。


 青年の寝息を聞きながら。窓の外の、赤い森のざわめきを聞きながら。四つの城。等価交換。誓気。鎧巨兵。覚えなきゃいけないことが、山ほどあった。けれど、いちばん覚えていたいのは、たぶん、そういうことじゃない。この青年の、寝息。大河の、笑い声。澪の、口の悪さ。源兵衛川の水が、夏でも指が痛いくらい冷たいこと。通学路の角の、たい焼き屋が、しっぽまであんこを入れてくれること。そういう、どうでもいいくらいささいなものを、忘れたくない。剣を使うたびに、まっさきに削れていくのは、たぶん、そういうものなのだ。


 明日、まず、いちばん近い城へ行く。静岡の、駿府城へ。


読んでくださり、ありがとうございます。

この章は、敵の仕組みと、世界の地図を見せる回です。母さんの顔は奪われたのに、味噌汁のにおいだけ残っている――記憶を抜かれるとは、いちばん太い記憶から引っこ抜かれて、はしっこのにおいや手触りだけが取り残される、ということ。半分忘れて半分覚えている。そのほうが、ぜんぶ忘れるより、ずっと苦しい。玄弥はその手を握って、「また味噌汁を飲ませてやる」と誓います。

そして、四つの最強。誇り、守り、特別意識、打算。理由は違っても、誰も隣の手を取らない。魔王軍はその分断を利用して、ひとつずつ削っていく。玄弥は弱い。四つの城へは行けない。でも、三島は「乗り換え駅」――四つをつなぐ、たった一つの中継点。だから玄弥は決めます。「斬ることじゃない。つなぐことだ」と。

灯里の対応表は、大河を戻す道筋でもあります。けれど釣り合いを間違えれば、別の誰かが向こうへ行く。簡単では、ありません。

次章、いちばん近い城――静岡・駿府城へ。空の騎士たちが、同士討ちを始めます。

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玄弥たちが向き合うのは、倒すだけでは終わらない怪物たち。
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