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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第九十二話 封印を押した手

王宮倉庫の偽の封印を調べるため、ミラは印章職人を訪ねた。

職人は押し型を見ただけで首を振った。

「これは王室の工房じゃない。外側の輪に小さな傷がある。港の検査所で使う複製型だ」

港では救援船の積み荷を検査する役人が、昨夜から姿を消していた。

机には書きかけの報告書と、子供用の靴が片方残っていた。

役人の娘が病に倒れ、薬を買うために借金をしていたという。

俺は役人を追うより先に、娘のいる診療所へ向かった。

医師は薬が足りないと告げた。

倉庫から消えた麦が売られた金の一部は、確かに治療費になっていた。

だがそれだけでは数千袋分の行方を説明できない。

役人の行方はまだ分からなかった。

診療所の裏口には、彼が娘のために置いた古い外套だけが残されていた。

母親はそれを拾い、夫が戻るまで診療所を離れないと言った。

印章職人は作業台の引き出しから、古い注文帳を取り出した。

港の検査所へ納めた複製型は三年前のものだった。

注文者の欄には役所の名前があり、受領印には財務官の補佐官の署名がある。

「偽造に使われるとは思わなかった」

「当時は正式な注文だったんですね」

ミラが確認すると、職人は頷いた。

正式な道具が不正に使われることもある。

その区別を曖昧にすれば、無関係の職人まで罪を負う。

俺は注文帳の写しだけを頼み、原本は職人の手元へ戻した。

診療所では役人の娘が浅い呼吸を繰り返していた。

母親は俺の顔を見るなり身構えた。

「夫を捕まえに来たんですか」

「娘さんの様子を聞きに来ました」

「治療費なら、もう払っています」

その言葉にミラが目を伏せた。

盗まれた食料の代金で薬が買われたとしても、娘の病気が嘘になるわけではない。

医師は必要な薬の種類と、足りない量を説明した。

俺の倉庫にあるのは食料と飲み水だけだ。

薬を作る力はない。

だから薬問屋への支払いを、支援団体の予備費から立て替えられないか相談した。

返事が出るまで母親は椅子から立たなかった。

「助ける代わりに、夫を売れと言うのですか」

「違います。治療と証言を交換条件にはしません」

俺はそれだけ答えた。

夜半、裏口に現れた役人の手は震えていた。

彼は封印を押した回数を覚えていなかった。

代わりに、馬車が通るたび車輪の音が変わったことを覚えていた。

「最初は重かった。最後の二台は軽かった。積み替えたんだ」

「どこで?」

「税関の地下だ。あそこは夜間の巡回がない」

ミラは日付と馬車の数を記した。

役人は何度も娘のいる窓を見上げた。

「俺の名前を出したら、あの子が狙われる」

「証言は公証人へ預けます。誰が閲覧できるかも記録します」

ただし匿名にすれば、裁判で証拠として使えない可能性もある。

ミラはその危険を隠さず説明した。

役人は長い時間をかけて考え、条件付きで署名した。


翌朝、港の帳簿には見慣れない空白が見つかった。

同じ日に、二台の馬車が入場した記録はあるのに、退出の記録がない。

門番は『見落とした』と答えた。

しかし地下通路の鍵は、入場印のある役人しか借りられない。

「逃げた役人一人の仕業ではない」

バルクは地下への道を調べに向かった。

俺は診療所の前で立ち止まり、窓から差す朝日を見た。

娘が目を覚ましたと医師が告げた。

父親がしたことは消えない。

それでも、娘が明日を迎えた事実まで消してよいはずがなかった。

港の検査所では、帳簿を燃やそうとした形跡が見つかった。

炉の灰から半分焦げた紙片を拾ったのは、夜番の少年だった。

「捨てるなら、どうして夜に火をつけたんだろうと思って」

紙片には、荷を積み替えた時刻だけが残っていた。

ミラはその数字を夜間台帳に重ねた。

「この時刻、港は閉門している。普通の荷車なら出られない」

「王宮の通行許可があったんだな」

俺は少年に礼を言い、紙片を布で包んだ。


その日の夕方、娘は父親の袖を掴んだまま、静かに眠っていた。

役人は俺に頭を下げた。

「罪を軽くしてほしいとは言わない。でも娘には、俺が何をしたかを自分の言葉で話したい」

「その機会を奪うつもりはありません」

ただし盗まれた麦で命を落とした人がいるかもしれない。

俺はその可能性も隠さなかった。

役人は頷き、夜間に渡した許可証の枚数を思い出せる限り書いた。

一枚ずつ、紙に数字が増えていった。

彼が守ろうとした家族と、彼の行為で食料を失った人々。

どちらも帳簿の外へ追い出してはいけなかった。

ミラは職人から写しを受け取った型の図と、焦げた検査票を重ねた。

印章の傷は同じ位置にあった。

複製型が不正に使われた可能性は高い。

しかし、それを誰が命じたのかはまだ分からない。

俺は翌日の調査先を地下税関に決めた。

役人は娘の手を握り、もう逃げないと言った。

俺は許すとも許さないとも答えなかった。

麦を失った人々へ説明する日が来る。

そのとき彼自身の言葉で話せるよう、今日の証言を正確に残すだけだった。

その手がかりを次の調査へつなぐため、ミラと俺は証拠の出所を一覧にまとめた。

ミラは港の門番にも確認を求めた。

返事はすぐには来なかったが、確認を依頼した時刻を残した。

誰かが黙っていたとしても、沈黙を勝手に同意へ変えてはいけない。

役人が追加で差し出した運搬票には、行き先として『北の軍用保管庫』とあった。

地図には載っていない倉庫だった。

ミラが写しを取ると、役人は紙を取り戻そうとした。

「原本を持っていけば、娘を人質にされる」

「原本はあなたが持っていてください。私たちは写しで調べます」

俺はそう答え、役人を無理に連れ出さなかった。


その日の午後、再び訪ねた印章職人は木箱を机に置いた。

中には、港の検査所で使われた複製型の失敗した印影が何枚も残っていた。

「消せと言われたが、捨てられなかった」

と彼は言った。

「これを出せば、工房が閉じられる。弟子も家族も食えなくなる」

ミラはすぐに署名を求めなかった。

まず別の工房で傷の位置を照合し、印影が一致することを確かめた。

職人一人の言葉だけに事件を背負わせないためだ。

「あなたが型を作ったことと、倉庫から麦を運び出す命令を出したことは別です」

と俺は告げた。

職人は頷いたが、手は震えたままだった。

「それでも、誰が注文したかは知っている」

「話す前に、安全な場所を確保しましょう」

公証人と立会人二人の前で木箱を封じ、職人と弟子の避難先を決めた。

娘の治療を待つ港の役人も、運搬票の時刻について証言すると申し出た。

職人は最後に、木箱の底から一枚の注文控えを取り出した。

宛名の欄は空白だったが、引き渡し場所には王宮の地下税関と書かれていた。

職人は注文控えの引き渡し場所を指で示した。

「私は型を作った。誰が押したのかは知らない。それでも、この注文を黙っていた責任はあります」

公証人が控えを封じ、職人の家族を避難先へ送る馬車が裏口についた。

弟子は師匠の荷物を積み終えると、工房の扉の前に残った。

「師匠がいなくなれば、全部あの人の罪にされる」

彼は失敗した印影を一枚だけ公証人に差し出した。

木の傷がどこに刻まれているか、自分なら説明できるという。

「怖くないのか」

と俺が聞くと、弟子は鍵を握ったまま答えた。

「怖いです。だから、一人で話させたくない」

職人は馬車の窓から弟子を見た。

言葉はなかった。

弟子が工房の鍵を掛ける音だけが、通りに響いた。

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