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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第八十一話 雨雲のない三つの王国

北から届いた三枚の報告書には、同じ言葉が書かれていた。

「雨が降らない」

一枚目は山岳王国の牧草地。

二枚目は東の平原。

三枚目は海沿いの麦作地帯だった。

距離も気候も違う三地域で、同じ週に井戸の水位が下がっている。

「黒穂連合商会の買い占めとは違うな」

バルクが言った。

「そう。今度は、どこかに余っている麦を買えば済む話じゃない」

俺は地図の三点に墨を落とした。

王都の穀物取引所では、商人たちが互いの顔色をうかがっていた。

値段を決める掲示板の前で、老婆が小麦一升の値を見て引き返す。

昨日まで買えた量が、今日は買えない。

ミラは各地の観測記録を持ち寄った。

河川の水位、種まきの日、収穫予測。

数字の並びは不吉だったが、誰も

「飢饉」

という言葉を口にしたがらなかった。

「予測を公表したら、買い占めが始まる」

サーラが言う。

「隠せば、農家は作付けを変えられない」

俺は少し考えてから答えた。

二人はどちらも正しかった。

だからこそ、選択には責任が伴う。

俺は公開する資料を二つに分けた。

確定した水位と降水記録は誰でも読めるようにする。

収穫量の推計には幅を示し、断定しない。

さらに町ごとに備蓄を数え直す担当者を決めた。

最初の調査先は、北のクレフ村。

そこには冬用の種麦を担保に借金をしている農家が多かった。

村に着くと、畑の土は指で砕けた。

村長は笑ってみせたが、井戸の底をのぞいたとき、その笑顔は消えた。

「あと何日ですか」

俺が聞く。

「水なら十日。種をまくには、もう遅いかもしれん」

俺は倉庫を開いた。

五百キロの枠は変わらない。

そこへ入れるのは救援の豆か、遠方で採れた種か。

どちらかを選べば、もう片方を運べない。

「まず子供の食事を確保します。でも、明日からは村の畑をどう残すか考えたい」

村長はうつむいた。

「食べるものと、来年のものを同時に守れるのか」

「守れると約束はできません。だから、数字を一緒に見てください」

俺は地面に二本の線を引いた。

今日を生きるための線と、次の収穫へつなぐ線。

二つが交わる場所を探す仕事が始まった。

「予測が外れたら、俺たちは笑い者ですね」

若い書記が言った。

俺は首を横に振る。

「外れてほしい。雨が降って、備蓄が余るなら、それが一番いい」

しかし余った備蓄を腐らせるわけにはいかない。

保存倉庫の能力を知る者は、すべてをそこへ入れればいいと言った。

五百キロという上限を見せると、書記は黙った。

大陸の危機は一人の能力で解決できない。

だからこそ、各地の倉庫を点検する必要があった。

王都の議場では、三国の報告が同時に届いたことを不吉な噂として扱う者もいた。

俺は噂を止めるため、雨量だけでなく報告日と測定方法を並べた。

井戸の水位を測った場所が違えば、数字だけ比較しても意味がない。

観測員は同じ目盛りの棒を作ると約束した。

議場の外では、農家が早く種をまくべきか、雨を待つべきか迷っていた。

俺は決めつけず、少量の試験区画を作る案を出した。

成功すれば広げ、失敗しても種の損失を小さくするためだ。

村の若者が

「これなら俺にもできる」

と言ったとき、俺は初めて肩の力を抜いた。

大きな予測より、小さく確かめられる仕事が必要だった。


翌日、クレフ村から新しい報告が届いた。

村長は井戸の水位だけでなく、家畜の数、貯蔵している豆、種麦の残量を書いていた。

数字はまだ厳しい。

それでも前の報告より具体的だった。

俺は返信に、次の便で持っていける量と、持っていけない量を正直に記した。

期待させるための大きな約束はしない。

その代わり、来る日付と担当者の名を必ず書く。

届くと分かる約束を一つずつ積み上げることが、今できる支援だった。

その日の午後、北の観測所から届いた記録を読み直した。

山上の観測員は三十年分の雨量を石板に刻んでいた。

彼は今年の数字を指でなぞり、過去の干ばつと似ている点、違う点を一つずつ説明した。

俺は

「必ず凶作になる」

と書きかけた報告を破り、確かな観測と不確かな予測を別欄にした。

人を動かすには恐怖が早い。

しかし恐怖だけで動いた市場は、最も弱い人から食べ物を奪う。

俺は観測記録の欄を指さした。

「予測は予測として伝えよう。確実なことと混ぜたら、買い占めを招く」

観測員は、器具の目盛りがずれていないか定期的に確かめる必要もあると教えた。

俺は使者たちに、三国で測定方法を揃えることを提案した。

間違いがあれば訂正する。

井戸を測り直した時刻と担当者の名を、訂正欄に残した。

日が落ちる前に、俺は倉庫に残る食料の量を確認した。

能力の数字は増えていない。

増えたのは、数字の向こうにいる人々を知ったことだけだった。

三国の使者が議場に集まると、山岳王国の代表が先に麦を要求した。

「雪解けが遅れれば、家畜を売っても冬を越せない。港に積まれた麦をこちらへ回せ」

海沿いの代表は机を叩いた。

「その麦は港の子供たちの分だ。船を出すにも船員へ食べさせねばならん」

東の平原の使者は黙っていた。

彼の国では種麦を食べ始めた農家がいると、ミラが報告書を差し出した。

「全員が麦だけを奪い合えば、来春の収穫まで失います」

俺は三国の地図を横に並べた。

必要なものを麦、水、種、輸送手段に分け、それぞれの不足を使者自身に書いてもらった。

「私の国は船なら出せる。ただし港の給水を削れば船員の家族が困る」

と海沿いの代表が言った。

「山の職人なら井戸を掘れる。だが堰の修理を待つ村には、出発の理由を自分で説明する」

と山岳王国の代表が続いた。

東の使者はためらった末、残った種麦を試験区画に回し、結果を他国にも知らせると約束した。

協力は善意の宣言ではなく、誰が何をいつ運ぶかを記した表になった。

そのときエナが地図を広げ、国ごとに風向きと河川の水位が違うことを示した。

山岳王国では雪解け水が減り、東の平原では井戸の水位が下がり、海沿いの麦作地帯では雨雲が沖で消えていた。

俺は同じ対策を三か国へ送る案を取り下げた。

山岳王国には雪解け水を貯める堰の補修材、東の平原には飲み水を守る容器、海沿いの地域には船で運べる保存食を優先する。

使者たちは

「なぜ我が国だけ麦が少ない」

と不満を言ったが、各地の現状を地図に並べると、ようやく黙った。

公平とは同じ袋数を渡すことではなく、必要に応じて違うものを届けることだと、俺は改めて思った。

三国の使者は、麦の分配量を今すぐ固定せず、互いの観測記録を毎週交換して輸送計画を更新する約束に署名した。

雨が降らなければ協定は何の役にも立たないと、山の使者は言った。

「だからこそ、降らないと分かった日に何をするか決めておくんです」

俺が答えると、海沿いの使者が自国の船を一隻、緊急輸送に回すと申し出た。

三つの国が初めて同じ地図を見た夜だった。

三国の使者が署名した翌朝、北の観測員から急報が来た。

山の水位計が壊れ、昨日の数字は実際より高く出ていたという。

山岳王国の使者は顔色を失った。

「このまま帰れば、我が国の備蓄が足りなくなる」

海沿いの代表は、昨夜約束した船を取り消すか迷った。

俺は二人に訂正前後の数字を並べて見せた。

誤りを隠せば協定は守られたように見えるが、最初の配達先で命を失う。

使者は自国の失敗を公表し、海沿いの代表は船の積み荷を麦から水樽と修理材へ変更した。

協定が初めて役立ったのは、誰かの間違いを責めるときではなく、間違いに合わせて約束を直したときだった。

会議を終えた山岳王国の使者は、帰国する前に海沿いの代表を呼び止めた。

「水位の誤りを報告したら、我が国でも責任を問われるだろう。それでも、井戸を掘る職人二人は予定どおり出す」

「こちらも船を出す。訂正した数字に合わせて、水樽と修理材を積み直そう」

どちらの国にも余裕はなかった。

それでも、足りないものを隠して奪い合うより、差し出せるものを数えるほうが前へ進める。

出発前、山岳王国の使者が懐から小さな布袋を取り出した。

中には娘が学校で書いた文字が一枚入っていた。

『井戸の水が戻ったら、また花を育てたい』

「娘は、花を育てる水がないことより、弟に飲ませる水がないことを怖がっています」

海沿いの使者は船員に命じ、水樽の積み込みを急がせた。

「私の港でも、魚を洗う水を減らしている。余裕があるから送るんじゃない。明日は私たちが助けてもらうかもしれないからだ」

山の使者は布袋をしまい、船が岸を離れるまで見送った。

水樽を積んだ船を見送る少女は、空の植木鉢を抱えていた。

使者は花の水を約束しなかった。

ただ、弟が飲める水を先に届けると伝えた。

船が沖へ出ても空は晴れたままだった。

山の使者が少女に弟の名を尋ねると、少女は空の植木鉢を抱え直して答えた。

使者はその名を受け取り先の欄に書き、水樽を積んだ船を見送った。

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