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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第七十七話 値上がりを待つ船

西の自由都市セレスは、巨大な穀物市場を持つ港町だった。

ノル港から出た小麦船がそこへ向かったと聞き、俺は嫌な予感を覚えた。

「飢えている地域ではなく、最も高く売れる地域へ運んでいる」

ミラは帳簿を閉じた。

「商売としては普通のことよ。でも、必要な人が買えなくなるほど値段をつり上げるなら話は別」

セレスの市場では、朝と夕方で小麦の価格が変わった。

買い手たちは値上がりを恐れ、必要以上に買い込む。

商人はさらに売り惜しむ。

俺が市場に着いたとき、パン屋の主人が声を荒らげていた。

「明日の粉がないんだ。子供たちの朝食をどうしろという!」

黒穂の仲買人は肩をすくめた。

「値段が気に入らないなら、買わなければいい」

俺はその場で大量の麦を買うことを諦めた。

今ここで買い上げれば、価格をさらに押し上げてしまう。

「まず、誰がどれだけ必要としているか調べよう」

パン屋、孤児院、病院、共同食堂。

ミラと手分けして、一週間分の必要量を集めた。

すると奇妙な数字が浮かんだ。

町全体の食料需要は、前年とほとんど変わっていない。

それなのに市場で売られる小麦だけが減っていた。

「足りないのは小麦じゃない。売りに出る小麦だ」

俺は港へ戻った。

停泊中の船には、小麦袋が山ほど積まれている。

船長たちは荷主の指示を待っていた。

潮が引けば出港できず、さらに二日停泊するしかないという。

「売れないんですか」

「売らないんだよ。明日になればもっと高くなるってさ」

若い船長は、停泊料の請求書を握り潰した。

「俺の船員には今日の賃金が要る。だが勝手に荷を降ろせば船を失う」

俺は積み荷を奪う提案を飲み込んだ。

代わりに、港の食堂から船員の夕食を正規の代金で買い付けた。

出港を止められた者まで飢えさせるわけにはいかなかった。

俺は小麦船の荷札を見直し、誰が値上がりを待っているのかを確かめた。

黒穂が小麦を出さないなら、別の食料を市場へ届けるしかない。

周辺の農村には豆や芋がある。

しかし都市の商人は小麦ばかり扱い、加工方法も広まっていなかった。

「パン屋さん、豆粉で焼いたことはありますか」

「あるが、膨らまないし、客が嫌がる」

「小麦と混ぜればどうでしょう」

「混ぜる小麦がないんだよ」

俺はラトナ村から運んだ少量の小麦を取り出した。

「試作に使ってください。売り物にする前に、食べられる味にしたい」

パン屋は渋々引き受けた。

一回目は硬すぎた。

二回目は塩が足りなかった。

三回目で、豆粉と芋を混ぜた平焼きパンができた。

「うまいとは言えない。でも、腹は満たせる」

主人がそう言うと、隣にいた子供が一口食べた。

「おいしいよ」

「お世辞はいらん」

「本当だよ。温かいもん」

パン屋は黙り込み、もう一枚焼いた。

俺は豆と芋の仕入れ先を増やし、共同食堂へ加工方法を伝えた。


翌日、市場には小麦以外の食料が並び始めた。

黒穂の仲買人は慌てて値段を下げた。

「今なら小麦が買えるぞ!」

だが人々は以前のように飛びつかなかった。

「今日は豆を買うよ。明日の分もある」

「小麦は必要な分だけでいい」

価格は少しずつ落ち着いた。

俺は胸を撫で下ろした。

ただし、これで飢饉が終わったわけではない。

豆も芋も無限にあるわけではない。

供給を増やしすぎれば、今度は生産地の備蓄がなくなる。

俺は各農村と相談し、来季の種と住民の食料を残した余剰分だけを買い付けた。


その夜、パン屋の主人が事務所を訪ねてきた。

「黒穂の小麦が安くなった。だが、俺はあんたの平焼きパンを売り続ける」

「どうしてです?」

「客が選べるようにするためだ。あいつらに小麦を止められたら、また子供が飢える」

俺は笑った。

「それが一番の対策かもしれません」

少女の母親は、店先に並ぶ二種類のパンをしばらく見比べていた。

「小麦のパンを買わないと、子供に申し訳ないと思っていました」

店主は首を横に振った。

「食べさせられるものを選ぶのに、申し訳ないも何もない」

母親は豆のパンを一つ買い、半分を娘に渡した。

少女は温かい方を母親へ押し戻した。

「お母さんが先に食べて」

店主は二人が分け合う姿を見て、値札を外しかけた手を止めた。

安く売ることだけが目的ではない。

次の日も同じように選べることが大切だった。

俺は産地の村へ送る注文書に、必要量だけでなく残すべき種と備蓄の欄を書き足した。

一軒の店の成功のために、別の村の子供の皿を空にしてはいけない。

少女はパンの包みを抱え、店の外へ出た。

母親は何度も振り返ったが、値札は変わらなかった。

店主はその目線を受け止め、次の粉を量り始めた。

明日も売れるかは、明日の仕事で決まる。


翌朝、港に新しい知らせが届いた。

黒穂連合商会が、セレスの市場に残る小麦を買い集めると宣言したのだ。

港の船長には高い違約金をちらつかせ、積み荷を動かさないよう圧力をかけているという。

相場を再びつり上げるための、最後の大勝負。

しかしその裏で、黒穂の資金繰りが限界に近づいていることを、まだ誰も知らなかった。

その日の午前、港の知らせが町へ広がったころ、少女がパン屋へ来た。

手には銅貨が数枚だけ。

「昨日のパン、お母さんも喜んだよ。今日も買える?」

主人が包みかけたところへ、黒穂商会の買付人が入ってきた。

「その値段で売るな。明日からこの市場の小麦は、うちがまとめて扱う」

主人の手が止まった。

買付人は新しい卸値を書いた紙を突き出す。

「逆らえば粉を止める」

俺は掲示板に貼られた入荷予定を指した。

「小麦だけなら、そうでしょう。でも豆と芋の仕入れ先は別です」

買付人は鼻で笑った。

「そんな代用品が何日続く」

「続くかどうかは、店と客が決めます」

主人は豆の平焼きパンを二枚、少女の前に置いた。

「今日もこれを売る。値段は昨日と同じだ」

買付人が紙を叩きつけた。

「商会に逆らう気か」

「客を飢えさせない気だよ」

店の外で聞いていた農夫が一歩前へ出た。

「豆なら来週も運べる。俺たちの分を残したうえでな」

続いて芋農家も声を上げた。

「こっちは明後日だ」

俺は彼らの約束をその場で記録し、入荷量が足りない日は必ず知らせると確認した。

無理な安売りで産地を飢えさせては、商会と同じことになる。

買付人は舌打ちして出ていった。

だが若い船長からは、予定の潮に間に合わず一便を諦めたという知らせが届いた。

俺はパン屋の次週の注文を減らし、豆の便を一日早める手配をした。

商会を出し抜けても、船員の失った賃金と遅れた便は戻らない。

船長には次の寄港先への連絡費を支払い、停泊料の請求は荷主との契約に照らして争うことにした。

少女は包みを抱えたまま、主人に尋ねた。

「お母さんの分も、明日買える?」

「明日の材料が届いたらな。届かなかったら、先に知らせる」

「じゃあ、また来る」

少女は笑って走り出した。

主人は新しい値札に、小麦のパンと豆のパンを並べた。

値上がりを待つ船の甲板で、船員は袋の封を見つめていた。

陸では今夜の粥が足りない。

俺は船長に積み荷の所有者を尋ね、港の役人を呼んだ。

豆と芋を運ぶ荷車が港へ着くと、パン屋の主人はまず農夫に礼を言った。

俺は荷札と注文書を照らし、村の備蓄を削っていないか確かめた。

農夫は村に残した袋の数を指で示した。

パン屋の主人が豆のパンに明日の値札を貼ると、少女は値段を確かめた。

「明日も買える?」

主人が頷くと、少女は港の方を一度だけ見て帰った。

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