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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第七十六話 北の港で積まれた飢え

ノル港へ着いたのは、冷たい雨が降る朝だった。

岸壁には穀物船が並び、積み荷を待つ人夫たちが肩を寄せ合っていた。

「ここから帝国へ送るのか」

バルクが尋ねた。

「行き先はまだ分からない。まず船荷証券を調べよう」

俺たちは港の事務所を訪ねた。

前夜に同行を申し出た若者は、護衛とともに公開の荷捌き場へ向かった。

「袋の印と船の名前だけを確かめます。勝手に積み荷へは触れません」

若者は証券の写しを胸にしまい、公開された入出港記録と袋の印を照合する役を引き受けた。

俺は港湾長への聞き取りを担当し、後で照合結果を突き合わせることにした。

港湾長は黒穂の名を聞くと、疲れた顔で椅子に沈んだ。

「連中の荷が多すぎて、港が回らん。小麦を積んだ船が出ないせいで、魚の荷揚げまで遅れている」

「なぜ出港しないんです?」

「買い手の指示待ちだとさ。積んだまま三週間になる船もある」

俺は岸壁へ出た。

船の上では袋を雨から守るため、帆布が何重にもかけられていた。

船員たちは食事を切り詰めている。

「食料を積んでいるのに、船員が飢えているなんて」

ミラの声が震えた。

船長の一人、赤髪の女性リオが近づいてきた。

「荷主が出港を許さない。契約を破れば船を取り上げられる」

「船の所有者は?」

「私だ。でも船を担保に融資を受けている」

俺は契約書を見せてもらった。

黒穂は積み荷の売却先だけでなく、船の出港時刻まで指定できるようになっている。

「港に置いておくだけで、食料の値段が上がる」

リオは頷いた。

「それが狙いよ。北の町ではもうパンが倍の値段になってる」

俺は港の倉庫を回った。

漁師たちは魚を売れずに困っていた。

小麦船が岸壁を占有しているため、魚を下ろす場所がないのだ。

「魚はあるのに、町へ届かない」

俺は保存倉庫に新鮮な魚を収納した。

五百キロの容量を全部使っても、港全体の漁獲には遠く及ばない。

それでも、近くの病院と炊き出し所へ届ければ、今日の食事にはなる。

リオが言った。

「あなたは小麦を追ってきたんでしょう。なぜ魚を運ぶの」

「目の前で腐らせる理由がないからです」


午後、俺は港湾長に提案した。

「使っていない小麦船を沖へ移動し、魚の荷揚げ場所を空けられませんか」

「荷主が拒否する」

「港の利用規則には、長期間動かない船を移動させる条項があります」

港湾長は眉を上げた。

「よく調べたな」

「昨日、寝る前に読みました」

リオは笑った。

「変な人ね」

しかし、港湾長はすぐには決断できなかった。

「移動中に荷が傷めば、港が賠償を請求される」

そこでリオが名乗り出た。

「私が船長として立ち会う。移動前後の状態を記録して、荷主にも通知を出して」

他の船長たちも続いた。


翌朝、港の鐘が鳴り、長く岸壁を塞いでいた船が一隻ずつ移動した。

漁船が戻ってくる。

魚が荷車へ積まれる。

市場には久しぶりに新鮮な魚が並んだ。

「小麦を奪い返したわけじゃないのに、町の食卓が少し戻った」

ミラは言葉を選んで言った。

「一つの食料だけを見ていたら、気づかなかったな」

しかし夕方、黒穂の代理人が港へ現れた。

「勝手に船を動かしたな。損害賠償を請求する」

港湾長は記録を示した。

「規則に従った移動だ。積み荷は検査済みで、損傷もない」

代理人は黙ったが、すぐに別の紙を取り出した。

「ならば、この港への新規入港を止める」

リオが前に出た。

「止めればいい。私たちは別の港とも取引する」

俺は彼女を見た。

黒穂の力は、誰も代わりがいないと思わせることにある。

その思い込みが、少しずつ崩れ始めていた。

夕方、若者が護衛と一緒に戻った。

「証券の倉庫番号と同じ印が、岸壁の荷札に残っていました。ただし、中身が同じ麦かどうかはまだ分かりません」

彼は写しに見た場所と時刻を記した。

俺はそれを港湾長へ渡し、正式な調査の資料に加えてもらった。

若者は、見ていないことまで証言しなかった。

夜、港湾長から一通の報告が届いた。

黒穂の小麦船のうち一隻が、すでに秘密裏に出港していたという。

行き先は、飢饉の最も深刻な南部ではない。

穀物価格が上がり続けている、西の自由都市だった。

港で魚を運んだ日、俺は自分の能力が初めて役に立った王都の市場を思い出した。

あのときは硬いパンを十個買うのが精いっぱいだった。

今は五百キロの魚を運べる。

けれど港には、その何十倍もの魚が積み上がっている。

「倉庫がもっと大きければ」

思わず呟くと、リオが笑った。

「それなら私たち船乗りの仕事がなくなるわ」

「そういうつもりじゃ……」

「分かってる。でも、あんたが全部運ぶ必要はないんだよ」

リオは人夫たちを呼び、魚を傷めずに運ぶ方法を相談した。

塩を使う。

氷室を借りる。

朝のうちに近場へ運ぶ。

どれも新しい魔法ではない。

しかし、港の人々が自分たちで決めた方法は、俺の保存倉庫より多くの食料を動かした。


翌日の夕方、病院の料理人が港へ来た。

「今日の魚で、患者に温かい汁を出せました」

リオは照れくさそうに帽子を直した。

「漁師に言ってよ。私は船を動かしただけ」

「その船が動かなかったら、魚は届かなかった」

俺が言うと、リオは少し黙った。

翌日、港の労働者たちは自主的に荷揚げの順番を決めた。

傷みやすい魚と野菜を先に下ろし、長く保管できる穀物は後に回す。

黒穂の代理人は『不公平だ』と抗議した。

港湾長は答えた。

「荷物の性質に応じた順番だ。どの荷主にも同じ規則を適用する」

代理人は引き下がったが、リオは不安そうだった。

「私の船の融資はまだ黒穂にある。報復されるかもしれない」

俺はすぐに別の融資を約束しなかった。

「契約を調べましょう。返済の期限と、担保の条件を確認してから考えたい」

リオは頷いた。

「急がないでくれるのが、かえってありがたいよ」

船主の女性は融資の条件を読み終えると、紙を机へ戻した。

「父の船を守るために、次の人の食料を担保にはできない」

俺は別の港の共同出資者へ連絡を取り、荷を小分けに運ぶ案を示した。

船を残す決断と、飢えた人を待たせない決断を両立させたかった。


その夜、港の酒場では、船員たちが久しぶりに魚の煮込みを食べた。

誰も大声で勝利を叫ばなかった。

ただ、明日も港が動くと知っている人々の顔は、昨日より少し明るかった。

港湾長は翌週、岸壁の利用記録を誰でも読める場所へ掲示した。

船の名前、入港日、荷の種類、予定された出港日。

商会の代理人は抗議したが、港湾長は

「商売の秘密は書いていない。公共の岸壁を誰が使っているかだけだ」

と答えた。

リオは掲示板を見上げて言った。

「これなら私たちも、空いている時間を相談できる」

翌朝、漁師と穀物船の船長が自分たちで順番を入れ替えた。

誰かが命じたわけではない。

港が止まれば、皆が困ると知ったからだ。

港の片隅で、幼い兄弟が魚の骨を拾っていた。

料理人は二人を炊き出し所へ連れていき、温かい汁を渡した。

兄は弟の器を先に確かめてから、自分の分を口にした。

俺はその様子を見て、岸壁を空けた判断が数字だけの成果ではないと知った。

リオの船の甲板には、古い傷がいくつもあった。

彼女は傷を指でなぞり、

「この船で父と十年働いた」

と話した。

黒穂に船を取られることは、仕事だけでなく家族の記憶を失うことでもあった。

俺はその重みを知り、融資の話を急がないと決めた。

リオは賃金を削る案を船員に隠さなかった。

一人が

「それでも行く」

と言いかけると、別の船員が止めた。

「全員が払う代償を、全員で決めよう」

船はまだ岸にあったが、出港の意味は変わった。

荷役人が一人、買付人の前で帽子を脱がずに立った。

俺はその小さな反抗が、仕事を失う覚悟の上にあると知っていた。

契約書の一行が、誰かの人生を左右するのだ。

船を守りたい女性は、傷のある舷側を撫でて言った。

「父はこの船で人を運んだ。私は食料を運びたい」

俺は融資の条件を一つずつ読み上げ、彼女が断れる時間を残した。

脅しに対抗するために、別の借金で縛っては意味がない。

出港要求を出した翌週、リオの船に新しい問題が生じた。

荷主は出港を認める代わりに、航路変更で生じる損失を船員の賃金から差し引くと言ってきた。

リオは契約書を机に広げ、船員全員に条件を読んで聞かせた。

「船を守るために、お前たちの給金を差し出すつもりはない」

俺たちは代替の荷役費を共同出資者に相談したが、全額は集まらない。

「一日で、北の町の配給が一回減る」

と港湾長が告げた。

リオは唇を噛んだ。

出港を急げば船員の家族が食べられなくなる。

待てば荷を待つ病院の鍋が空になる。

俺たちは港の掲示板で到着予定を確認し、病院向けの麦だけを小舟と陸路の便に分けた。

運べる量は予定の三分の一。

足りない分を

「明日届く」

と言い換えることはしなかった。

リオは自分の名で遅延通知に署名し、船員たちにも受取側にも同じ説明を渡した。

船員の一人が

「賃金を削られるなら家に帰れない」

と告げた。

リオは出港の条件に賃金の保全を加えた。

リオは船員の一人が濡れた靴を縫い直しているのを見て、出港を一日遅らせ、賃金の保証を先に取り付けると決めた。

港で待つ人には遅延を知らせ、食料の一部を別便へ移した。


夕刻、北の町から返事が来た。

先に着いた麦で病院の朝食は賄えるが、孤児院の夕食は豆の粥に切り替えるという。

リオは返事を最後まで読み、賃金保証の書面を船員に手渡した。

「遅らせた責任は私が負う。だから明日は、待つ人に必ず届ける」

船員の一人が無言で帆綱を点検し始めた。

船を出す日を決める前に、船員の暮らしを守る。

リオが選んだのは、契約書に書かれていなかった順番だった。

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