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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第七十五話 空っぽの倉庫証券

王都北部の軍用倉庫は、戦争が始まる前から使われていた古い石造りの建物だった。

門には王国軍の紋章があり、黒穂連合商会の荷車が次々と入っていく。

「軍が商会に倉庫を貸しているのか」

バルクが唸った。

「貸しているだけなら問題はない。でも、ここにあるはずの小麦が別の場所にも計上されていたら?」

俺はオルムから預かった輸送記録を見た。

同じ番号の倉庫証券が、王都の銀行と帝国側の商会にそれぞれ担保として差し入れられていた。

「一袋の麦を、二回借金の担保に使っている」

ミラが顔をしかめた。

「もし現物がなかったら、どちらかが損をする」

「それだけじゃない。証券を信じて小麦を買った村が、冬に食料を受け取れなくなる」

証券の真偽を調べるため、俺は王都の銀行へ向かった。

支店長は書類を見て、笑顔を消した。

「これは当行の内部情報です」

「証券を買った農民の代表として、現物確認を求めています」

「所有者以外には開示できません」

俺は引き下がった。


翌日、証券を持つ農民たちを集めた。

一人は老夫婦、一人は冬の食料を確保しようとした孤児院の院長、もう一人は隣町のパン屋だった。

「皆さんが直接、現物確認を申し入れてください。私は手続きを手伝います」

院長は震える手で証券を握った。

「これが空っぽなら、子供たちの冬のパンがない」

その言葉が、俺の胸に刺さった。

自分が救援を広げる間に、同じような不安を抱える人が増えていた。

三日後、銀行と倉庫の共同検査が決まった。

門が開き、封印された扉の前に関係者が並ぶ。

鍵が回った。

倉庫の中には袋が積まれていた。

院長が安堵の息を漏らす。

しかし、俺は袋の並び方に違和感を覚えた。

入口から見える列だけが高く積まれ、奥が暗い。

「奥も確認してください」

倉庫番は渋ったが、銀行の検査官が頷いた。

松明が運ばれる。

検査官が奥の袋を持ち上げると、縫い目から麦ではなく乾いた籾殻がこぼれた。

続けて十袋を開け、半分以上が空だと判明した。

院長は証券を握りしめたまま、検査官に

「この結果を記録してください」

と頼んだ。

「そんな……」

パン屋が膝をついた。

黒穂の代理人は叫んだ。

「盗難だ! 誰かが盗んだ!」

俺は反論を急がなかった。

袋の口には新しい縫い目がある。

盗まれたのなら、なぜ空袋を元どおりに積み直したのか。

「検査前に出入りした人の記録を見せてください」

倉庫番は帳簿を差し出した。

最後の搬出記録には、黒穂の支配人の署名があった。

ただし署名だけでは搬出先も現物の所在も確定しない。

銀行の検査官は青ざめた。

「この証券は、実物の麦を保証していない」

「だから今すぐ、持ち主ごとの不足量を確定してください」

俺は相手の目を見て言った。

「先に責任者を探すより、冬の食料を失う人の数を把握する必要があります」

銀行は証券の新規取引を停止し、既存の所有者へ通知を出した。

王都では騒ぎが広がった。

黒穂の倉庫に麦がない。

それは、商会の不正が暴かれたというだけではない。

これから配られるはずだった食料が、実際には存在しないという意味だった。

俺は院長に言った。

「不足分を全部すぐに埋めることはできません。でも、子供たちの一週間分は確保します。その間に、別の仕入れ先を探します」

院長は涙をこらえて頷いた。

銀行の検査官は不足分の一覧を掲示した。

パン屋の証券に対応する小麦は六割も足りなかった。

検査を終えた日の帰り道、卒院生が俺に追いついた。

「俺、昔は院長先生がパンを隠してると思ってた」

彼は足元を見つめた。

「皆が腹を空かせてるのに、倉庫の鍵を持ってたから」

俺は何も言わずに聞いた。

「でも今日分かった。鍵があっても、中身がないことがあるんだな」

俺は答えた。

「だから、鍵を持つ人だけに任せない。中身を確かめる人も必要なんです」

青年は頷いた。

「次の検査、俺も手伝わせてください」

孤児院へ戻る背中は、朝より少し真っすぐに見えた。

不足量を聞いたパン屋は怒鳴った。

「六割? うちは店を閉めろというのか!」

銀行員は謝ったが、失った麦は戻らない。

俺は一度外へ出た。

冷たい風に当たり、頭を冷やす。

自分の保存倉庫には、配達用の豆と乾燥野菜が入っている。

全部出せば一時しのぎにはなる。

しかし、明日の村への配送が止まる。

「どちらを選んでも、誰かが待つことになる」

ミラが隣に立った。

「なら、優先順位を一人で決めないで」

俺は関係者を集め、病人、乳児、孤児院の食事を先に確保する案を示した。

パン屋は不満そうだったが、最後には言った。

「うちの店は二日休める。でも病院の患者は休めないな」

銀行は緊急の仕入れ費用を一部負担することになり、商人組合が小口の納入を手配した。

検査の夜、農家の代表は倉庫の前に空袋を並べた。

「証券一枚につき、この袋の麦があるはずだった」

銀行の立会人は不足量を読み上げた。

老人は言った。

「担保の数字じゃない。これは来春にまく種だ」

銀行は翌朝から種麦の手当てを審査すると約束したが、全額の補償は決まらなかった。

農家たちは拍手しなかった。

まだ麦は戻っていない。


翌朝、証券を持つ若者が銀行の窓口へ来た。

原本は胸にしまい、写しと倉庫の立会記録を差し出す。

「補償がすぐにできないなら、誰が最後に麦を動かしたのか教えてください」

支店長は答えを渋ったが、搬出記録の開示を求める申立書を受け取った。

昨日までただ待っていた若者が、今日は自分の名前で手続きを進めていた。

その日の午後、孤児院へ豆粉と少量の小麦が届いた。

院長は小さなパンを割って子供たちへ渡した。

「前より小さいね」

「ごめんなさい。でも、明日の分も手配してあるわ」

院長は納入予定表を確かめてから答えた。

「じゃあ、今日は豆のスープもある?」

子供が尋ねると、院長は笑って頷いた。

夜、ミラが倉庫の搬出帳を広げた。

「搬出先が三つある。二つは黒穂の倉庫。でも三つ目は……」

指の先には、王国北端のノル港という名があった。

麦は消えたのではない。

誰かが運んだのだ。

若者は俺に追いつき、証券の写しを差し出した。

「港の公開荷捌き場なら、袋の印を見分けられます。僕も確認させてください」

危険な場所へは入らず、護衛とともに公開の荷捌き場まで。

それを条件に同行を認めた。

若者は証券の番号を指でなぞった。

「父はこの紙を信じて、春の種を買ったんです」

俺は補償を約束できない。

ただ、港で現物を確かめる道だけは閉ざしたくなかった。

若者は写しを懐にしまい、護衛の集合場所を確かめた。

俺はミラと顔を見合わせた。

「追いかけよう。紙じゃなく、本物の麦を」

調査隊が翌朝に出発すると決まったその日の夕方、農家の若者は父の畑へ戻った。

空の畝を前に、父は残った種を掌に広げた。

「これで蒔けるのは半分だ」

若者は鍬を取り、種がある側の土から起こした。

「ない分は探す。でも、ある分まで春を待たせたくない」

父は息子の背を見てから、隣の畝に膝をついた。

銀行からの返事はまだない。

それでも二人の鍬の音は、日が沈みかけた畑に続いた。


翌朝、若者は残りの畝を父に託して港へ向かう。

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