↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
72/110

第七十二話 買われた橋と渡れない荷車

黒穂連合商会が最初に動いたのは、谷の食糧便の幹線道路だった。

川をまたぐ石橋に、新しい札が立った。

『通行料、一台につき銀貨二枚』

昨日までは銅貨十枚だった。

バルクは御者たちを止め、札の前で腕を組んだ。

「こんな値段では、荷を運ぶほど赤字になる」

橋番は申し訳なさそうに言った。

「管理権が商会に移ったんです。俺たちも命令で」

俺は橋の石積みを見た。

古い橋だが、車輪の通行に問題はない。

修繕費という名目には無理があった。

「橋を買った契約は公開されていますか」

「町役場へ聞いてくれ」

役場で見つかった契約書には、意外な条項があった。

商会が得たのは橋の所有権ではなく、十年間の維持管理権だった。

通行料を設定できるのは、修繕に必要な範囲に限る。

「必要な範囲を誰が決める?」

ミラが尋ねた。

「町の土木監督官だ」

だが監督官は三日前から病気を理由に休んでいた。

俺は橋の脇で待っている荷車を見た。

積んであるのは乳児用の豆粉と、冬を越すための干し野菜だ。

今日中に渡れなければ、向こう岸の配給所が空になる。

「いったん渡す。費用は記録する」

バルクが驚いた。

「払うのか?」

「今日の食事を人質にして争いたくない。ただし、この値段を認めたわけじゃない」

俺は領収書を要求し、銀貨を渡した。

橋番は手を震わせながら書いた。

「俺の名前も残るのか」

「残る。でもあなたを犯人扱いするためじゃない。誰が何を命じたか、後で分かるようにするためだ」

橋の料金が上がった日の昼、荷車の列の最後尾に、足の悪い老人が座っていた。

「向こう岸の孫に薬草を持っていくんだが、渡し賃が足りん」

橋番は困り果てていた。

「徒歩の通行料は上げていないはずです」

俺が札を確認すると、たしかに『荷車一台』とだけ書かれていた。

「この人は歩いて渡れます。荷物は私が持ちます」

老人は礼を言ったが、橋の半ばで息が切れた。

俺は休憩を勧めた。

川面には風が吹き、遠くで水鳥が鳴いている。

「橋を作ったのは、わしの親父たちなんだ」

老人が言った。

「昔は春になると、みんなで石を運んだ。誰のものでもない橋だった」

俺は欄干に残る古い刻印を見た。

そこには、村ごとの名前が並んでいた。

「契約書に、この刻印のことは書かれていませんでした」

「そりゃそうだ。紙より先に橋があったからな」

向こう岸に食料が届いた夕方、町の石工ギルドが事務所へ来た。

代表の女性職人サーラは、橋の補修見積もりを机に置いた。

「こんなに金はかからない。しかも今年の春に、私たちが石を替えたばかりだ」

「証明できますか」

「請求書も、完成時の検査票もある」

俺はそれを借り、町議会の公開審議を申し入れた。


翌朝、審議室は御者と商人でいっぱいになった。

黒穂の代理人は余裕の笑みを浮かべた。

「橋が壊れたら誰が責任を取る。安全には金がかかるのです」

サーラが立ち上がった。

「その安全のための補修を、うちが終えたんです。追加工事の必要があるなら、場所を示してください」

代理人は答えられなかった。

代わりに

「専門家の意見が必要だ」

と言い出した。

「ここに専門家がいます」

ミラが検査票を差し出す。

その話は、町議会で重要な意味を持った。

橋の維持費には昔から共同の労働が含まれていた。

商会の見積もりは、それを無視して全額を新規工事として計上していたのだ。

サーラは古い工事記録を持参し、何人の石工が何日働いたかを示した。

「私たちの仕事を、存在しなかったことにしないで」

審議室が静まり返った。

議長は追加資料の提出を命じた。

代理人が慌てて紙を集める姿を、橋番も傍聴席から見ていた。

審議が続く間、傍聴席の橋番が俺を呼び止めた。

「俺、料金を取るしかないと思ってた。でも、命令をそのまま信じなくてよかったんだな」

「仕事を失う危険もあるでしょう」

「ある。でも次は、書面を見せてもらう」

橋番は懐から徴収記録の控えを出した。

そこには監督官が休みに入った後の、値上げ初日の時刻まで書かれていた。

「命令された日も、誰が札を持ってきたかも、俺が証言する」

サーラは彼の手が震えているのを見たが、控えを取り上げなかった。

議長は契約条項を読み上げた。

通行料の変更には監督官の承認が必要。

ところが、提出された承認書の日付は、監督官が休暇に入った後だった。

「署名が本物かどうか確認するまで、値上げを停止します」

議長の言葉に、傍聴席から歓声が上がった。

だが、俺はまだ喜べなかった。

黒穂の代理人が立ち上がり、低い声で告げたからだ。

「橋がだめなら、船を使えばよろしい。もっとも、船着場の契約もご存じでしょうね」

帰り道、サーラが俺を呼び止めた。

「今度はあいつらが渡し場を閉める。橋が開いているうちに、別の道を作りな」

「橋をもう一本?」

「そんな金はない。でも、川上の古い渡しなら、小舟を通せる」

俺は地図に印を付けた。

一つの橋を守っただけでは足りない。

道を一つしか持たない者は、その道を握られた瞬間に負ける。


その夜、食糧便の御者たちは二組に分かれた。

一組は通常の橋を通り、もう一組は川上の渡し場を調べる。

バルクは荷車の車輪を撫でた。

「明日から遠回りだな」

「遠回りでも、止まらないほうがいい」

翌朝、橋の通行料は元に戻っていた。

しかし俺の机には、黒穂から新たな通知が届いた。

『貴殿らの取引先に対し、信用審査を実施する』

今度は道ではなく、金を止めるつもりだった。

その朝、橋番は通行料の札の下へ、正式な料金表を貼り直した。

小さな紙一枚だったが、御者たちは一台ずつ立ち止まって確認した。

そして誰もが、渡る前に領収書を求めるようになった。

渡し場の調査に出た御者は、夕方になって泥だらけで帰ってきた。

「舟を出せる岸はある。ただし荷車をそのまま渡すのは無理だ」

バルクは現場の寸法を聞き、荷を小分けにする案を考えた。

俺は手順を書き留める。

「積み替えのときに袋が破れたら?」

「麻布を二重にする。濡れたらその場で分ける」

次の朝、三人は試験的に豆を一袋だけ運んだ。

途中で舟が傾き、袋の端が水に触れた。

成功とは呼べない。

それでも問題が見えた。

「本番で初めて試さなくてよかった」

とバルクが言う。

橋の値上げを止めることと、代わりの道を確保することは別の仕事だ。

どちらも必要だった。

橋を渡った老人から、後日一通の礼状が届いた。

孫の熱が下がり、薬草が間に合ったという。

俺は礼状を橋番へ見せた。

橋番は何度も読み返し、

「俺が毎日渡しているのは、荷車だけじゃないんだな」

と呟いた。


翌週、復帰した監督官へ橋番が改善申請を提出した。

通行料の値上げを撤回させても、雨の日には荷車の車輪が泥を押し出し、歩く子供の足元を奪う。

橋番は領収書の控えを示した。

「徴収済みの維持費から板と砂利を買わせてください。子供が落ちてからでは遅い」

監督官は修繕を認めた。

橋番はその足で橋へ戻り、泥の深い場所に板を敷いた。

荷車から降りた子供が一つ石を拾った。

「昨日、ここで転んだんだ」

「今日は転ばせないよ」

買われた橋の前で御者が手綱を引いた。

通行権の争いが片づくまで荷を腐らせるわけにはいかない。

俺は渡し舟の船頭を探しに走った。

橋番が差し出した手を、子供は握った。

補修した板を一歩ずつ渡り、二人は対岸で最後の車輪が上がるのを待った。

橋番はそれからようやく通行止めの札を外した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。