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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第六十四話 橋を渡れない母親

救援の列に、一人だけ並ばない女性がいた。

対岸のエルザが教えてくれた。

名はサナ。

乳飲み子を抱え、国境からさらに三里離れた丘の小屋に暮らしている。

「配給所へ来ればいいのに」

と若い隊員が言った。

エルザは首を振った。

「夫が戦場で亡くなってから、橋を渡る兵士を見ると動けなくなるの」

サナは橋の鐘が鳴るたび、赤ん坊の耳を塞いでいたという。

食料がある場所へ来いと言うだけでは、あの母子には届かない。

俺は医師と相談し、母子へ届ける食料を選んだ。

赤ん坊には年齢に合う食事と清潔な水が必要だ。

大人用の硬い麦をそのまま渡しても助けにならない。

「私が行く」

とエルザ。

「一人で運べる量じゃない。道を知る人を二人頼める?」

サナの小屋へ向かう道は雪解けの泥に沈んでいた。

荷車は通れず、食料は背負って運ぶしかない。

俺の倉庫なら軽く運べるが、本人が国境を越える許可はない。

「俺が行けば早いのに」

ミラは俺の肩を押さえた。

「あなたが逮捕されたら、明日の便は誰が組むの」

訪問配達の名簿には、家の場所だけでなく

「扉を叩く前に名前を呼ぶ」

「犬を連れて行かない」

といった注意も書かれた。

サナのように兵士を怖がる人に、制服姿の配達人を向かわせないためだ。

エルザは

「届ける側の都合で決めない」

と念を押した。

俺は歯を食いしばり、川のこちら側で袋を分けた。

持ち手を二重に縫い、途中で濡れないよう油布を巻く。

運ぶのはエルザたちだ。

出発から半日後、使いの少年が戻ってきた。

「小屋の前まで行ったけど、扉を開けてもらえなかった」

袋は外に置いたという。

しかし夜の気温は下がり、野犬も出る。

食料を置くだけでは、届けたことにならない。


翌朝、エルザは一人で小屋を訪ねた。

兵の服を脱ぎ、村で使う古い外套を着た。

戸口から聞こえたのは赤ん坊の弱い泣き声だった。

配達係の女性は、サナの家から戻ると

「食料より先に薪が必要だった」

と言った。

鍋はあっても火が起こせなければ豆は食べられない。

俺は食料と調理環境を別々に確認する欄を作った。

水、薪、鍋、体調。

記入する項目は増えたが、配達人は文句を言わなかった。

実際に困っている家を見たからだ。

十九世帯のうち、家が空だった三世帯について、エルザは避難記録を調べた。

一家は親戚の村へ移り、もう一家は教会の建物に身を寄せていた。

最後の一家だけが見つからない。

俺は『死亡』と書こうとした若い係員を止めた。

「確認できないなら、確認できないと書こう」

その日の終わりに、山道の見張りが一家を保護したとの知らせが届いた。

サナは次の訪問で、自分から戸口へ出てきたという。

まだ人の多い場所には行けない。

それでもなお、配達人の顔を見て礼を言えた。

俺はその報告に安堵した。

大きな数字は変わらないが、一つの扉が昨日より少し広く開いた。

「サナ。私よ。扉を開けなくてもいい。水を沸かす薪はある?」

俺はサナの家までの距離を地図で測った。

平地なら一時間の道が、泥道では半日かかる。

配給所に来ない理由を怠慢と決めつければ、最も助けを必要とする人ほど見落とす。

数字の外側にいる人を探す仕事が始まった。

配達を終えた女性たちは、集会所で靴の泥を落としながら報告を交換した。

誰かの家では水が足りず、別の家では鍋が壊れていた。

俺はその話を一つずつ聞いた。

最初は食料の重さしか書いていなかった帳簿に、暮らしの様子が増えていく。

数字は人を見失わないためにあるのだと、改めて感じた。

前便で初回十人と追加十八人への配給を確認したあとも、未救援の二百三十六人が名簿に残っていた。

今回の訪問配達は、その人たちの中から配給所に来られない世帯を探すためのものだ。

人数の重複を避けるため、受領欄には前便の番号を添えることにした。

訪問配達を始める前、エルザは村の女性たちを集めた。

誰がどの家を知っているか、どの道が夜になると危険か、地図に書き込んでもらう。

若い配達人が

「一番近い順に回ればいい」

と提案すると、老女が首を振った。

「あの坂の上の家は、朝になると水汲みに出る。昼なら会えるよ」

机上の最短距離より、人の暮らしに合わせる方が確実だった。

俺は王国側で医師と話し合い、弱った人に適した食事の作り方を簡単な紙にまとめた。

だが最初の案は細かすぎた。

エルザは

「薪がない家で長時間煮込めとは言えない」

と指摘した。

そこで共同炊事場で調理してから運ぶ方法も加えた。

食料の保存と、食べられる状態にすることは別の仕事だった。

サナの手紙には続きがあった。

『子供が泣くと、外の兵士に見つかる気がして怖かった』

俺は文字を追い、戦争が終わっていないことを思い知った。

空腹を満たしても、すぐには消えない恐怖がある。

エルザは彼女に無理に配給所へ来るよう求めず、少しずつ村の集まりへ誘うつもりだという。

俺はその判断を尊重した。

助けることを、相手を思いどおりに動かすことと混同してはいけない。

返事はない。

「去年、あなたが私にくれた青い布、まだ持っているの」

長い沈黙のあと、扉が少しだけ開いた。


その日の夕方、エルザから報告が届いた。

母親は衰弱していたが、赤ん坊は医師の助言を受けて診察につなげられた。

食料だけでなく、村の女性たちが交代で水と薪を運ぶことになった。

俺は安堵した。

しかし報告の最後に、別の数字が書かれていた。

十九世帯の調査で、独り暮らしの老人が配給所の場所を知らなかったことも分かった。

知らせを掲示板に貼っただけで伝えたつもりになっていた。

ミラは王国側でも同じ問題がないか調べ始めた。

国境の向こうの失敗は、自分たちの仕事を見直す鏡にもなった。

『配給所へ来られない世帯、少なくとも十九』

「十九も?」

ミラは配給名簿を見直した。

これまで『未受領』とだけ書いていた人々の中には、病人や高齢者、移動できない親子がいた。

俺は配給方式を変える提案をした。


数日後、十九世帯のうち十六世帯に食料が届いた。

ただし十六世帯は人数ではない。

エルザは一軒ずつ食べた人の名を確認し、前便の二十八人と重なる人を除いて数えることにした。

残る三世帯のうち二つは避難先が判明したが、最後の一家だけが見つからない。

「私が探しに行く」

とサナが言った。

乳飲み子を抱いたままだった。

「一人では行かせられない」

とエルザが答えた。

「私も行く。兵士には道を見てもらうだけにしよう」

橋の見張りをしていた帝国兵は、最初は首を横に振った。

「持ち場を離れれば処罰される」

そのときサナの子が泣き出した。

兵士は腰の水筒を差し出しかけ、手を止めた。

「この水は軍の支給だ」

「なら、道だけ教えて」

とサナは言った。

「私たちは帰ってくる。あの家の子供も、帰れるようにしたい」

兵士はしばらく俯いたあと、見張りの交代時刻と安全な道を紙に描いた。

命令を破って同行するのではなく、上官に避難民の捜索協力を申請したのだ。


夕刻、三人は最後の一家を丘の納屋で見つけた。

父親は足を痛め、幼い娘が扉を内側から押さえていた。

サナはすぐには扉を開けなかった。

「食べ物を持ってきました。ここで待ちます」

やがて細い隙間から手が伸びた。

サナは包みをその手に預けた。

サナは橋の手前で立ち止まり、娘の手を離せなかった。

「渡れば助かる」

と言われても、向こう岸に夫がいないことを知っている。

俺は急かさず、彼女が選ぶまで待った。

翌朝、エルザは訪問先の受領記録を二十八人の既配給名簿と照合した。

新たに食事を受け取ったのは四十一人。

二百六十四人のうち累計六十九人に届き、未受領は百九十五人となった。

受領者の重複を避けるため、家族ごとの受領札と配達人の控えを照合し、次の便でもこの百九十五人を優先することにした。

避難先が判明した二世帯については、所在を確かめただけで配給済みには数えない。

最後に見つかった一家も、実際に食べたことを確認できた人だけを四十一人に含めた。

全員を救えたわけではない。

だからこそ次便の申請書には、まだ待つ百九十五人の人数を残した。


翌朝、見張りの兵士はサナから渡された短い礼状を読んだ。

『待ってくれてありがとう』敵国の母親の字を、彼は何度も指でなぞった。

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