↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
60/110

第六十話 百万人の食卓

冬の最初の雪が降った日、俺は北方救援の集計表を受け取った。

各地の備蓄、農家からの買い取り、港からの輸送、訪問配達。

数字は何枚もの紙に分かれている。

「救援対象の町と村は、百三十七か所です」

とミラが言った。

「全部に届いた?」

「いいえ。山間部の九村は、まだ予定量の半分以下です」

俺は地図を見た。

九村へ続く街道は、雪で閉ざされ始めている。

「先に運べる分を運ぼう」

だが、運送組合長は首を振った。

「馬車では危険だ。峠で事故が起きれば御者まで失う」

俺は山道の案内人を呼び、徒歩と橇を組み合わせた小口輸送を検討した。

運べる量は少ない。

村ごとの人口と残りの食料を照らし、優先順位を決めなければならなかった。

「なぜうちの村が後なんだ!」

代表者が怒鳴った。

「今ある食料の残日数と、道路の危険度で決めています」

「うちの子供は待てない!」

俺は目をそらさなかった。

「その通りです。だから、後になる村にも先に少量の緊急便を出します。足りない分は、到着予定日を明記します」

誰も満足していなかった。

それでも、理由を隠して決めるよりはよかった。

最初の橇便が出発した朝、俺は保存倉庫に医師の指示で選んだ食料を詰めた。

容量は五百キロ。

持てるのはほんの一部だ。

峠の途中で吹雪が始まった。

案内人が足を止める。

「これ以上は危険だ。引き返そう」

俺は悔しさで拳を握った。

しかし、無理に進んで全員が倒れれば、次の便も出せなくなる。

「戻ろう。別の道を探す」

峠の村で、配給を受けた父親が俺に尋ねた。

「来年もここに住めるだろうか」

俺は簡単に大丈夫とは言えなかった。

雪解け後の畑の状態、道の修理、備蓄倉庫の設置。

まだ決めなければならないことが山ほどある。

村の女性たちは、届いた豆の一部を翌日の共同炊事に回した。

少ない食料を一軒ずつ燃料を使って煮るより、まとめて調理した方が薪を節約できる。

俺はその工夫を他の村にも伝えるよう、記録係に頼んだ。

王都の掲示板には、救援を受けた人の数だけでなく、届かなかった人の数も載せた。

見栄えは悪い。

それでも俺は消さなかった。

数字を隠せば、次の配達先が見えなくなる。

彼は空白の欄に、翌週の確認日を書き込んだ。

村へ戻った彼らを待っていたのは、責める声ではなく、地元の炭焼き職人だった。

「冬でも通れる谷筋がある。ただし橋が狭い。橇は一台ずつだ」

雪道へ向かう女性は、地図の丸を指でなぞった。

「帰ってこなかったら、この村を忘れないで」

俺はその言葉を受け取らず、引き返す時刻を二人で決めた。

救援を英雄の犠牲で成り立たせるのではなく、帰って次の便を運べる仕組みにしたかった。


翌日、案内人と職人の協力で小さな隊列が出発した。

危険な箇所には縄を張り、交代で荷を運んだ。

三日目の夕方、山間の村に最初の食料が届いた。

村長は袋を数え、静かに言った。

「これで春まで足りるわけじゃない」

「分かっています。次の便の日付をここに書きます。もし遅れたら、連絡を出します」

村長は受領書に印を押した。

「それなら、村でも残りの食料を計算し直そう」

雪の夜、村の集会所に湯気が立った。

子供たちは温かい豆の煮込みを食べ、大人たちは次の作付けについて話していた。

俺は窓の外を見た。

遠くの村にも、今夜同じように食卓があるだろう。

まだ届かない家もある。

その事実を忘れてはいけない。

王都へ戻ると、食糧便の掲示板に新しい集計が貼られていた。

救援を受けた地域の数、配達完了率、未達の村、残る必要量。

数字は改善していたが、ゼロにはなっていない。

ミラが言った。

「百万人を救った、って言っていいのかな」

俺は相手の目を見て、首を横に振った。

「まだだ。今冬を越せても、来年また飢えたら終わりじゃない」

「じゃあ、何を目標にする?」

「食料がなくなる前に知らせが届いて、足りないところへ誰かが運べる世界」

そのとき、南の国境から急使が到着した。

封筒には王国軍の印がある。

軍の印が押された書類について、俺は発行元と受取先を一つずつ確かめた。

見慣れた印でも、荷物を渡す根拠にはならなかった。

ミラは明朝の最初の便に、まだ食事を受け取っていない人の印を付けた。

印が残る村には、今日の食卓にまだ何も並んでいない家がある。

「食卓が空いたままの家を、完了の数字に隠したくないの」

とミラは言った。

俺は配られた椀の数と、列から離れた老人の背中を見比べた。

診療所へ届いた箱は、予定より一つ少なかった。

ミラは到着印を押さず、輸送途中で預けた場所へ使いを出した。

受け取ったことにしてしまえば、足りない薬を待つ患者の名前まで帳面から消えてしまう。

誰もが違う事情を抱えている。

運ぶ順番を変えるたび、遅れる家には伝言を託し、理由を記録に残した。

『敵国領内に大規模な飢餓。

民間人の越境を禁止する』

俺は手紙を読み終え、窓の向こうの雪を見た。

飢えた子供に国境は関係ない。

だが、食料を届ける道には、これまでで最も高い壁が立ちはだかろうとしていた。

百万人の食卓という言葉を聞いて、料理人は首を傾げた。

「同じ料理を百万人に出すのかい」

俺は答えられなかった。

乾燥した麦があっても、火を起こす薪がない地域がある。

塩が不足する村も、噛む力の弱い病人が多い避難所もある。

エナは各地の炊き出し担当者から調理方法を集め、食料の種類だけでなく必要な燃料と水の量を書き添えた。

ある村では麦を粉にせず粒のまま煮る方が燃料を節約できた。

別の町では共同窯を一度に熱し、複数の家族のパンを焼いた。

俺は地図の横に献立表を貼った。

食卓を増やすとは、袋の数を増やすだけではない。

食べられる形にするところまで届けることだった。

雪の中から戻った御者が、荷台に空の木箱を載せていた。

「食料は全部渡せた。でも村からこれを預かった」

箱の底には、受け取った人々の名前と、来春に返せるかもしれない作物の種が入っていた。

俺は返礼を断ろうとしたが、御者が止めた。

「これは代金じゃない。生き延びた証拠だそうだ」

ミラは百三十七か所の一覧に、到着した便と未到着の便を別の色で記した。

九村の不足はまだ消えない。

だが報告を遅らせていた峠の村が、隣村へ伝令を出す役目を自ら引き受けてくれた。

俺は集計表を閉じず、机の中央に置いた。

そこへ国境の向こうから届いた封書が重なった。

差出人の名はなく、ただ『子供が先に倒れている』と記されていた。

ミラは九村の欄を見つめた。

「届いた場所だけ数えて、終わったことにしたくない」

俺はその欄に翌日の担当者を書いた。

百万人分という目標を書いた紙の端に、今日届かなかった村の名を残した。

達成した数で、待ち続ける人の存在を消してはいけない。

雪の深さは変えられなくても、誰が確かめに行くかは決められた。

九村の欄を指したミラが、空欄の一つを丸で囲んだ。

「ここは私が行く」

俺は雪道の危険を伝え、同行者と引き返す条件を決めた。

届かなかった村の名を残すだけでは足りない。

そこへ向かう人を無事に帰す責任もある。


翌朝、ミラが向かった峠から最初の伝令が戻った。

九村のうち二村では、村人が古い狩猟道を通って隣村へ知らせを運んでいた。

ただし橇は通れず、一度に背負える食料にも限りがある。

「無理に進めば、運ぶ人が戻れません」

伝令の言葉に、俺は急がせる命令を書きかけた筆を止めた。

ミラは九村の残りの食料を確かめ、最も危険な家へ少量ずつ届ける案を出した。

ほかの袋は近くの倉庫で守り、天候を見て運ぶ。

「届いたことにしてしまわないでね」

と彼女は言った。

「もちろんだ」

夕刻、峠から小さな木札が届いた。

『今日の粥は食べられた。

明日は隣村の道を見に行く』

裏には、村人自身が決めた伝令当番の名前が刻まれていた。

俺は百万人の集計表の上に、その木札を置いた。

数字の端に、小さな村の食卓が一つ灯ったようだった。

まだ届かない七村がある。

机には国境の向こうから届いた『子供が先に倒れている』という封書も残っている。

「ここを忘れずに、向こうへも行くのね」

とミラが言った。

俺は頷いた。

雪の峠にも国境にも、待っている人がいる。

百万人の食卓は完成していない。

けれど今日、食べられた村の人が明日の伝令を引き受けた。

百万人分の食卓を語る席で、料理人は空の鍋を一つ差し出した。

「明日の分は?」

俺は祝杯より先に、翌朝の補給便の出発を確かめた。

次の伝令を引き受けた農家が、まだ食料の届かない七村の名を読み上げた。

俺は最後の村まで聞き、出発する彼に新しい地図を渡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。