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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第六話 壊された橋と届かない豆

雨は夜半から降り始めた。

街道の泥は靴底にまとわりつき、川の水位はみるみる上がった。

俺は農家の納屋で雨宿りをした。


翌朝、橋へ向かうと、対岸に人影が集まっていた。

「タクト!」

ハンスが手を振っている。

橋は半分だけ修理されていた。

だが昨夜の増水で、仮に渡した板が流されている。

「今は渡れない!」

「分かった。水が引くまで待つ!」

俺が叫ぶと、向こう岸でトトが泣き出した。

「村の食べ物、もう少ないんだ!」

俺は倉庫の表示を見た。

豆、麦、パン。

十分とは言えないが、確かにここにある。

わずか数十歩先にいる人々へ届けられない。

保存倉庫は距離を越えて物を出せない。

自分の手が届く範囲にしか取り出せないのだ。

川を泳いで渡るのは論外だった。

濁流に飛び込んで死ねば、食料も二度と届かない。

俺は上流を歩き、浅瀬を探した。

昨日まで渡れた場所は水没している。

二時間かけても、安全な場所は見つからなかった。

昼、向こう岸からハンスが叫んだ。

「古い渡し舟がある! 底に穴が開いてるが、直せるかもしれん!」

「材料は?」

「板はある。樹脂が足りない!」

俺は納屋へ戻り、農夫に尋ねた。

防水用の樹脂なら、近くの樵が持っているという。

「銅貨で売ってもらえませんか」

樵は首を振った。

「今は金より食べ物が欲しい。家族が五人いる」

俺は倉庫のパンを数えた。

これを渡せば、村へ運ぶ分が減る。

だが樹脂がなければ、もっと多くの食料が川を越えられない。

「パンと豆を渡します。代わりに樹脂を分けてください」

樵は頷いた。

夕方、俺は樹脂を小さな防水袋に包み、川幅の狭い場所で長い縄を使って対岸へ送った。

まず石を結んだ細縄を投げ、ハンスが受け取る。

細縄で太縄を引き寄せ、袋を滑らせた。

舟を待つあいだ、俺は対岸へ食料を渡す別の方法を考えた。

縄に袋を吊るして滑らせればどうか。

だが濡れた袋は重く、縄が切れれば川へ落ちる。

保存倉庫から離れた場所に物を出せない以上、能力で対岸へ投げることもできない。

「便利な能力なのに、肝心なときに役に立たないな」

俺は川岸で膝を抱えた。

近くで樵が斧を研いでいた。

「役に立たないってのは、何もしない道具のことだ。使い方を考えるのが人間だろ」

「でも、村の人は待ってるんです」

「待ってるなら、渡れるようにするしかない」

彼は倒木の年輪を指さした。

「この辺りは水が増えると流れが速い。舟を出すなら、上流に縄を取れ。岸からまっすぐ押したら下へ持っていかれる」

俺はその助言をハンスへ伝える方法を考えた。

声は届くが、細かな説明は伝わりにくい。

そこで大きな布に矢印を描き、対岸から見えるように掲げた。

ハンスも木炭で板に返事を書いた。

「なるほど、向こうにも考える人がいる」

樵は感心したように笑った。

日が暮れるころ、川の向こうで小さな灯りがともった。

村人たちが交代で見張っているらしい。

俺もこちら岸で火を起こした。

遠く離れていても、火が見えれば互いの無事が分かる。

食料を届ける仕事には、届ける相手との連絡も必要なのだと知った。


翌朝、舟を試す前に、俺はハンスへ叫んだ。

「水がまた増えたら中止です! 無理はしないで!」

「分かってる!」

「食料より命が先です!」

向こう岸で、ハンスが大きく手を振った。

焦っていたのは俺だけではない。

それでも、誰かが中止の基準を決めなければならない。

無事に渡ったあと、俺は帳面の端に書き加えた。

『増水時は運行停止。

代替路と連絡手段を確保すること』

舟を使う日は、荷物を一度に積まないことにした。

俺の倉庫にあるからといって、舟の安全まで保証されるわけではない。

人を運ぶたびに岸で縄を確認し、流れが強くなれば止める。

村人たちも交代で見張りを引き受けた。

一度の成功を、次の事故の理由にしてはいけなかった。

途中で袋が水に触れたが、ハンスは引き上げた。

「受け取った!」

その声に、対岸から歓声が上がった。

しかし、舟の修理は夜までかかった。

水位もすぐには下がらない。

俺は農家で一晩待った。

待つことしかできない時間が、こんなに長いとは思わなかった。


翌朝、川の流れが少し落ち着いた。

ハンスたちは舟を岸沿いで試し、浸水がないか確かめた。

一人ずつ乗る小さな舟だ。

対岸まで縄を張り、流されないように慎重に渡る。

「俺が最初に行く」

ハンスが言った。

「お前は食料を持ってる。最後でいい」

「危険ならやめましょう」

橋のたもとで、トトが濡れた板を拾い集めていた。

「僕にもできることがあるかな」

「もちろん。使える板と割れた板を分けてくれ」

少年は真剣な顔で一枚ずつ調べた。

小さな仕事でも、誰かの役に立つと分かれば、人の顔は変わる。

俺はその姿を見て、次の配達では村の人にもっと仕事を任せようと決めた。

「危険だから試すんだ。何もしなければ、村は腹を空かせたままだ」

彼は舟を操り、こちらへ渡ってきた。

岸に着くと、俺の肩を叩いた。

「母ちゃんが、昨日は少し笑った。あんたの豆粥のおかげだ」

俺は言葉に詰まった。

舟に乗り、ゆっくり対岸へ渡った。

水が船縁を叩くたびに、胸が縮む。


やがて靴が岸の泥に触れた。

トトが駆け寄った。

「おかえり!」

「ただいま。食料、持ってきたぞ」

倉庫から袋を出すと、村人たちが手分けして運んだ。

「今度はみんなの仕事で買った食料です」

俺は香草の売上と購入費を村長に説明した。

帳面を見せると、村長は眼鏡を外して目元を押さえた。

「村の品が、まだ売れるのか」

「売れます。ただし、毎回同じ品質で届ける必要があります」

ハンスが濡れた手を拭った。

「なら橋を直そう。次は舟じゃなく、荷車を通す」


その晩、村では久しぶりに豆の煮える匂いがした。

橋の向こうから運び込んだ豆を煮る鍋の前で、トトが椀を二つ抱えていた。

「一つは母ちゃんの。もう一つは、昨日まで食べられなかった隣の婆ちゃんの」

ハンスが黙って鍋をかき混ぜた。

舟で川を渡ったときには震えていた手が、今は湯気の中で落ち着いている。

俺は橋の修理費を数えるために持ってきた紙を伏せた。

今だけは数字より、椀を持つ手を見ていたかった。

トトが家へ走り、ほどなく母親を支えて戻ってきた。

痩せた女性は鍋の前で立ち止まり、ハンスに言った。

「あなたが帰ってこないかと思った」

「俺だって怖かったよ」

「だったら、次は一人で行かないで」

ハンスは頷き、トトの肩を抱いた。

「次は橋を直して、みんなで渡る」

村人たちが一人、また一人と修理に使える板を持ち寄った。

食べ物が届いた喜びが、次の便を自分たちで迎える準備に変わっていく。

俺は熱い豆粥を一口飲んだ。

救援が成功したのは、倉庫の力だけではない。

怖くても舟を出した人と、待つ人を諦めなかった人がいたからだ。

板を運んだ村長は、橋のたもとで立ち止まった。

「修理が終わるまで、荷をどう渡す」

若者が空の豆袋を縄に結び、向こう岸へ滑らせてみせた。

まずは軽い物だけを渡し、重い荷は渡し舟を待つ。

村人たちは失敗した袋を拾い、もう一度縄を張った。

橋の修理を見に行くと、縄を張った若者の手に血がにじんでいた。

「今夜までに通せれば、豆が届くんだろ」

俺は手を止めさせた。

怪我人を増やしてまで荷を急がせれば、次の便を運ぶ人がいなくなる。

ハンスは不満げだったが、荷を小分けにして渡し舟へ回す案を出した。

村長が渡し舟の順番を書き、子供たちは空袋を集めた。

橋は一晩で直らなかった。

それでも、傷ついた若者が手を休めている間にも豆は対岸へ渡った。

だが村長は浮かない顔だった。

「タクト。北方商会から使いが来た。香草を外へ売るなら、村の借金を一括で返せと言っている」

「借金はいくらですか」

「銀貨百二十枚」

せっかく戻った笑顔を、たった一通の請求で奪わせたくなかった。

村長は帳面を差し出した。

「逃げずに、これを見てくれ」

俺は燭台の明かりを近づけた。

借金の記録には、同じ日付の利息が二度記されていた。

「これ、誰が書いた数字ですか」

ハンスは補修した板の端に自分の印を刻んだ。

「壊れたら俺を呼べ」

トトは橋の向こうの母親を見て、今度は運んだ豆の重さではなく、帰ってこられる道を数えた。

「商会の者が来るたび、言われたとおり写した」

俺は最初の貸付日から順に印をつけた。

「今夜の豆粥を、明日の借金で取り上げられるわけにはいきません」

橋の板が一枚軋むたび、対岸の炊き出しの火が弱くなる。

ハンスは

「急ぐなら荷を減らせ」

と叫んだ。

俺は豆袋を二便に分け、先に子供の分だけ渡した。

ハンスは次の便の前に橋板をもう一度検めると決め、村長は収穫物の運搬日を川の水位に合わせて書き直した。

橋を渡った最後の袋には泥がついていた。

ハンスは中身を確かめてから子供の鍋へ運び、空になった袋を補修用の縄のそばに掛けた。

次便の重さを忘れないためだ。

トトは豆粥を母親の前へ運び、器を両手で支えた。

「冷める前に食べて」

母親が一口飲むと、少年はようやく泣いた。

トトが母親の空の器を抱えて橋を振り返ると、ハンスは濡れた橋板を確かめていた。

「次の荷車まで、俺が見張る」

その声に、トトはようやく器から手を離した。

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