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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第五話 買い手のいない香草

街へ戻ると、俺はまっすぐ市場へ向かった。

保存倉庫に入れた香草は乾燥したまま、香りも落ちていない。

問題は買い手だった。

「ラトナの香草? あそこはもう取引していない」

最初の問屋は首を振った。

「品質を見てください」

「見なくても分かる。今は北方商会の品しか扱えないんだ」

二軒目も、三軒目も同じ答えだった。

北方商会。

市場の香辛料と穀物をまとめて扱う大商会らしい。

個人商人が別の村から仕入れると、卸値を引き上げられるという。

俺は初めて、ラトナ村に商人が来なくなった理由を疑った。


昼過ぎ、以前売れ残りのパンを買った店を訪ねた。

「香草を売りたいんですが、取引先を知りませんか」

親父は袋を開け、指で少し揉んだ。

「悪くない。こいつは肉屋向けだな。だが、北方商会に睨まれるぞ」

「それでも買ってくれる人はいますか」

「食堂の女将なら、商会の言いなりにならん」

紹介された食堂は、市場の裏路地にあった。

女将のマルタは腕を組み、俺の持ってきた香草を嗅いだ。

「保存がいいね。どこで乾かした?」

「ラトナ村です」

「困った村から来たってだけで、高く買ってほしいのかい」

「いいえ。品質で値段をつけてください」

マルタは鍋に香草を少し入れ、煮込みの味を確かめた。

「いい香りだ。全部で銀貨二枚なら買える。ただし、明日の仕入れを確認してから正式に決めよう」

俺は思わず息を呑んだ。

予想より高い。

「次も同じ品質で持ってきてくれるなら、続けて買いたい。それが条件」

「村に伝えます」

俺は提示された銀貨二枚を帳面に仮記入した。

まだ受け取っていない代金を、村の収入として数えてはいけない。

香草は村の財産だ。

仕入れ費用と俺の交通費を差し引くとしても、勝手に使ってはいけない。

俺は豆屋の値段を聞いてから、マルタの食堂に戻った。

まだ香草の代金は受け取っていない。

食堂の卓で、俺は初めて食料の流れを紙に描いた。

生産する村、買い付ける商人、倉庫、店、食べる客。

矢印を結ぶと、どこで値段が上がるのかが見えてくる。

「この街では、誰が運送を引き受けるんですか」

「荷車組合だよ。でも北の橋を通る便は減ったね」

「どうして?」

「通行料が上がったうえに、帰りの荷がない。空の荷車で戻るなら損だろう」

俺は紙の矢印を二本描いた。

ラトナから香草を運ぶ。

帰りは穀物を運ぶ。

「往復とも荷があれば、運送費を下げられませんか」

「理屈はそうだね。でも、荷が毎回あると保証できるのかい」

「まだできません」

「なら、先に注文を集めることだ」

マルタは小さな帳面を出した。

「うちは香草を月にこれだけ使う。肉屋も使うはずだ。売れる見込みのないものを山ほど持ってきたら、あんたも村も困るよ」

「助かります」

「礼は安定して納品してから言いな」

彼女は厳しかったが、だから信用できた。


その日の午後、俺は宿で仮の売上と経費を整理した。

香草の商談が成立すれば、代金の大半を食料へ替えて村へ届けられる。

だが、全額を使えば次の輸送のための予備費がなくなる。

俺は費目を三つに分けた。

村へ渡す食料の購入費。

次回の輸送に使う費用。

村へ返す売上残金。

「帳簿の上で金が増えたらいいのにな」

独り言を言って、苦笑した。

現実には、数字を分けても総額は変わらない。

それでも、何に使える金なのかが分かれば、次の失敗を減らせる。

窓の外を商会の荷車が通った。

荷台には穀物が積まれている。

街には食料がある。

運ぶ手段もある。

ラトナへ届かないのは、自然災害だけが理由ではなかった。

その事実を、俺は初めてはっきり意識した。


翌朝、俺は豆屋を訪ねた。

「何袋だ」

店主に問われ、俺は市場の入口で足を止めた。

行き交う荷車の多さに、以前なら安心しただろう。

今は違う。

どの荷車がどこへ行き、何を積んでいるのかが気になる。

ラトナへ向かう車は、今日も一台もなかった。

その空白を埋める仕事が必要だった。

「二袋分の値段を教えてください。買うのは香草が売れてからです」

店主は笑った。

「二袋で大口の顔をするな」

「その通りです。でも、定期的に買いたい」

店主は帳簿を見せてくれた。

輸送費が上がり、店も仕入れに困っているという。

「ラトナから香草を運んで、帰りに豆を持っていきます。空荷で往復するより安くなる」

「それなら、少しは考えてもいい」

交渉は簡単ではなかったが、割れ豆と乾燥麦の値段を抑えてもらった。

代金はまだ払わず、香草の売上が確定してから買うことにした。

ところが市場を出ようとすると、黒い上着の男が道を塞いだ。

「お前がラトナの香草を売ろうとしている男か」

「まだ商談中です」

「北方商会の仕入れを邪魔するな。次は許さない」

男は俺の胸を指で突いた。

「ラトナには借金がある。あの村の品を買うなら、まず商会に通せ」

「借金の証文を見せてください」

男の眉が動いた。

「お前に見せる義務はない」

「なら、村の香草を正規の買い手に売ることを妨げる理由もありませんね」

男は舌打ちし、立ち去った。

俺は背中に冷たい汗を感じた。

相手は商会だ。

俺には資金も後ろ盾もない。


昼過ぎ、マルタの食堂へ戻ると、彼女が一枚の古い伝票を見せた。

「ラトナの香草は、昔はうちの定番だった。去年から急に届かなくなったのさ」

「北方商会が原因ですか」

「決めつけるには証拠がない。ただ、橋の通行料を上げたのは商会と取引している領主だよ」

俺は伝票の日付を書き写した。

マルタは伝票を裏返した。

「香草を売りたいなら、うちの台所を見な。商会が粉を止めたら、鍋そのものが消える」

その言葉が終わる前に、小僧が空の粉袋を抱えて駆け込んだ。

「粉屋が、もう卸せないって!」

店の奥で、パンを待っていた荷運びの男が立ち上がった。

「明日の弁当はどうなる。俺たちは腹を空かせて荷を運べってのか」

マルタは返事をせず、火の落ちかけた竈を見た。

その場で小僧が俺の袖を引いた。

「北方商会の使いが来てた。香草を仕入れたら、粉は二度と卸さないって」

銀貨二枚と書いた帳面を握る手が冷たくなる。

売れると思った瞬間、取引先を失いかけた。

マルタは空の粉袋を卓に置いた。

「香草は欲しい。でもパンも焼けない店じゃ客を養えない」

「無理に買ってくださいとは言いません」

俺は試食用に取っておいた少量の豆を卓に置いた。

「今夜の献立に使えませんか。売れ残りではなく、まず一皿だけ試してほしい」

彼女は眉を上げた。

「粉がないなら、鍋を変える。今夜の客には麦の煮込みを出せないと正直に伝えるよ」

俺が豆を洗い、マルタが香草を刻む。

待っていた荷運びの男が火を強め、他の客が空の器を並べた。

豆が煮えるまで、誰も帰らなかった。

店にいた荷運びの男が匂いに振り返った。

「それなら肉なしでも食える。明日の荷仕事に持たせてくれ」

マルタは俺を見た。

「粉を止められても、豆の煮込みなら出せる。香草を売るんじゃない。うちの新しい飯を売るんだ」

マルタは鍋の前で紙片を切り、明日の昼に出す豆の煮込みの値段を書いた。

「この味なら、香草は買いたい。ただし、豆の仕入れ先はあたしが選ぶ。あんたも商会と同じことをするなら取引は終わりだよ」

「それで構いません。ラトナの人にも、次の注文が来るまでは約束しないと伝えます」

マルタが銀貨を出そうとしたとき、裏口から粉屋の使いが飛び込んできた。

「明日の小麦粉は届けられません。北方商会の指示です」

鍋の前で働いていた若い料理人が顔を上げた。

「女将、やめましょう。粉が来なけりゃ、うちは終わりです」

マルタは香草の袋と空になりかけた粉樽を見比べた。

俺も、買ってくださいとは言えなかった。

ここで店が潰れたら、村を救うつもりで別の人の食卓を奪う。

「試食は客に出したかい」

「荷運びが三人、うまいって」

「なら明日も出そう。粉はなくても、豆も鍋も火もある」

マルタは料理人に匙を渡した。

「怖いなら無理に残れとは言わない。でも、私の店の献立を商会に決めさせる気はないよ」

料理人は一度だけ裏口を見たあと、豆を洗う桶を引き寄せた。

「俺、豆を煮るのは得意です。香草の量は女将が決めてください」

俺は銀貨より先に、その二人の手が動き出したことを見た。

女将は約束どおり銀貨を二枚、卓に置いた。

俺はそこで初めて代金を受け取り、帳面の仮記入を確定させた。

村の香草の売上なので、仕入れに使った分と残金は帰ってから村長に報告する。

香草が売れたのは、マルタたちが自分の店の新しい料理を選んだからだ。

俺の能力が誰かの商売を支配したからではない。


夕刻、マルタは試食した荷運びたちから予約を三つ受けた。

売上はまだ小さい。

だが粉を止められた食堂が、翌日の献立を自分で決め直した。

商会に勝ったわけではない。

明日の小麦粉もない。

マルタは献立を消した板を捨てず、豆の煮込みを書き足した。

客が戻る保証はない。

それでも彼女は店を閉めなかった。

誰かの脅しで閉じかけた鍋から、もう一度湯気が立った。

翌朝、マルタの食堂には豆の煮込みを求める荷運びが五人並んだ。

粉を止められたことを知らずに来た客も、鍋の匂いを嗅いで席についた。

俺は確定した銀貨二枚の使い道を帳面に記し、村と相談した予備費を残して、豆屋で値段を確認しておいた豆と麦を買った。

その日のうちに街を出て、途中の農家で一泊し、翌日ラトナへ戻った。

村の農婦は売上を聞くより先に、次の香草を自分の秤で量った。

「今度は私が値段を決めてもいい?」

と彼女が尋ねる。

「もちろん」

彼女は一束だけ取り分けた。

「これは村の食堂に残す。売る分は、こっち」

街で受け取った銀貨より、自分たちで売り方を選ぶ彼女の姿がうれしかった。

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