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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第四話 種麦を食べるな

「残っている麦を全部炊けば、三日は延ばせる」

村長エルガの家で、ハンスがそう言った。

俺は卓上に置かれた小さな袋を見た。

春に蒔くための種麦だった。

「それを全部食べたら、春に蒔く分はどうなりますか」

「次の収穫まで生きられなきゃ、意味がない」

ハンスの声は鋭かった。

母親は昨夜から熱を出している。

彼にとって、来年の話は遠すぎるのだ。

「正しいです。今の命が最優先です。ただ、全部食べる前に別の道を探したい」

「道? 金もない村に何がある」

俺は村長の帳面を開いた。

ラトナ村では干ばつ以前、乾燥豆と薬草を街へ売っていた。

特に山裾に生える香草は、肉の保存や料理に使われるという。

「香草は残っていますか」

「丘の北側に生える。しかし、買い手が来なくなった」

「収穫できる人は?」

「数人なら」

俺は香草の束を確認した。

乾燥状態は悪くない。

食料用として倉庫に入るか試すと、表示は【食用香草】と判定した。

これなら街へ運べる。

「香草を売って、豆と麦を買う道を探します。買い手が見つかるまでは、約束できませんが」

「商人が来ないから困っているんだ」

「なら、こちらから行きます」

村人たちの顔に、かすかな期待が浮かんだ。

しかし村長は首を横に振った。

「街へ着くまで一日半。往復で三日以上だ。その間の食料がない」

その通りだった。

俺は残りの豆を量り、家族ごとの人数と体調に応じて配る計画を作った。

働ける大人に過剰な負担をかけず、子供と病人の食事を切らさない。

村の女性たちが、誰にどれだけ必要かを教えてくれた。

昼、ミリが小さな麦の粒を持ってきた。

「これ、食べていい?」

「どこで拾ったの」

「おばあちゃんの箱」

粒は乾いていた。

食べれば一瞬でなくなる。

「これは来年のパンになる種だよ」

「来年、パンができるの?」

「水があって、畑が使えて、ちゃんと育てばね」

香草を調べるため、俺は村の北側の丘へ登った。

案内してくれたのは、足の悪い老人ヨルンだった。

杖をつきながら、彼は草の生える場所を一つずつ指さした。

「こっちは料理に使える。あっちは似ているが食べるな。腹を壊す」

俺は慌ててメモを取った。

「似てますね」

「似ているから、間違えるんだ」

ヨルンは一束だけ刈り、匂いと葉の形を見せた。

「昔は子供に教えたもんだ。今は子供も山に来なくなった」

「なぜですか」

「採っても売れない。食べ物にならない仕事を、誰が続ける」

その言葉で、村の衰え方が少し分かった。

農作物が売れなくなる。

現金が入らない。

道具を直せない。

働き手が去る。

畑が荒れる。

食料がさらに減る。

どこか一つだけ直しても、すぐには元へ戻らない。

「この香草は、どれくらい採れますか」

「無理に刈れば今月は増える。だが根まで傷めれば、来年は生えない」

「なら、採る場所を分けましょう」

俺たちは丘に目印の石を置き、採取を休ませる区画を決めた。

村へ戻ると、ハンスが呆れた顔をした。

「食う物もないのに、草を残すのか」

「根を残せば、次の取引にもつながります」

ハンスは返事をしなかったが、採取を休ませる区画の石を運ぶのを手伝った。

夕方、村長は香草の採取量を帳面に記した。

「昔は当たり前にやっていた。何年も苦しくて、いつの間にか忘れていたよ」

俺はその言葉を聞き、食料を運ぶだけではない仕事の重さを感じた。

失われた習慣を戻すこと。

村の人が自分たちで選べる余地を取り戻すこと。

それもまた、明日の食事につながっている。

俺は村長に、種麦の残量を皆で確認してから封をする案を出した。

「今夜、村の皆で決めましょう」

村長は頷き、袋を家の棚へ戻した。

ミリは掌を閉じた。

「じゃあ、食べない」

その言葉を聞いて、俺は胸が痛くなった。

六歳の子供に、今の空腹と来年の収穫を天秤にかけさせている。

夕方、村長の家で再び話し合った。

「種麦をどう守るか、今夜みんなで決めましょう。街で香草が売れなければ、戻ってから判断し直す必要があります」

ハンスが不満そうに口を開いた。

「売れなかったら、誰が責任を取る」

「運ぶ責任は俺が負います。ただし、種麦をどうするか決めるのは村の皆さんです」

長い沈黙のあと、村長が村人を集めた。

「まず三日、種麦は食べずに守ろう。半分は春のために封じ、残りは緊急時に村の皆で使い道を決める」

反対したハンスも、母親の分の粥を確保する条件で頷いた。

袋を二つに分けて量り、残す半分を共同倉へ運ぶ。

鍵は村長とヨルンが別々に預かり、封には二人の印を押した。

先ほどまで食べたがっていた若者が見張りを申し出た。

村長は彼を一人にせず、別の村人と二人一組の当番にした。

「疑うためじゃない。互いが空腹に負けそうなとき、止められるようにだ」

出発の準備を始めると、村の少年が駆け込んできた。

「井戸の水が、変な匂いがする!」

俺たちは井戸へ走った。

底の泥がかき回され、濁りが強くなっている。

近くに落ちた小動物の死骸が見つかった。

「この井戸はしばらく飲まないでください」


その夜、村長は共同倉の前で眠りかけているミリを見つけた。

「種がなくならないか、見てたの」

と少女は言った。

村長は鍵を見せ、

「ここから先は大人の仕事だ」

とミリを家まで送った。

「こんな役目を背負わせたくなかった」

と村長は呟いた。

俺は答えられなかった。

代わりに、翌朝の出発時刻と帰還予定を紙に書いた。

せめて大人が責任を引き受ける。

そのために必要な仕事を、一つずつ片づけるしかなかった。

そのとき井戸のそばで、ハンスが封をしていない緊急用の種麦の袋を持って立っていた。

「水まで失った。種を守るだけでは、母ちゃんは今夜を越せない」

ミリは袋の縫い目を握ったまま首を振ったが、ハンスを責めなかった。

「母ちゃんに飲ませる水がないんだ」

と彼は言った。

俺は種を取り上げず、空の樽を彼の前に置いた。

「湧き水を探しに行きます。ハンスさんも手を貸してください。戻れなければ、種の使い道をもう一度皆で考えます」

ハンスは俺を睨み、やがて袋を村長に渡した。

「……水を先に運ぼう」

村の未来を守ると決めるのは、今夜の命を救う手段を示してからだ。

村長が井戸を見下ろした。

「水が戻らなければ、炊き出しも止まる……」

俺は倉庫を見た。

飲み水は少ししかない。

食料を運べても、水を無から作れない。

丘の湧き水を知る老人がいたが、そこまで片道一時間かかるという。

俺は密閉できる水容器を借り、ハンスと若い村人二人と湧き水へ向かった。

水が飲用に適するかは分からない。

現地の経験者に確認し、濁りの少ない場所から汲んで、持ち帰った水は煮沸することにした。

倉庫は飲み水も収納できる。

水を入れた密閉容器を順番に収納し、村へ運んだ。

飲用に使う分は村で十分に煮沸した。

「水まで運べるのか」

ハンスが驚いた。

「運べる。でも、運ぶ前に水が必要だ」

「それでも、樽を背負わなくて済む」

彼は初めて笑った。

ミリは種麦の袋につけるため、小さな布切れを縫った。

「春になっても、これなら間違えない」

空腹で震えていた手が針を動かしている。

俺はその布の色を覚えた。

次に戻るときは、袋の数だけでなく、畑に芽が出たかを尋ねよう。

ミリが共同倉の扉を指した。

「この袋を食べれば、お腹は痛くなくなる?」

ハンスは娘ほど年の離れた少女の目線に膝を折った。

「今夜は水が届いた。母ちゃんの粥も作れる。種は春まで取っておこう」

村長が頷き、エナに病人の食事を頼んだ。

ミリは小さな布札を種麦の袋の結び目に通した。


翌朝、村人たちは香草を集め、乾燥の悪いものを選り分けた。

売るものに粗悪品を混ぜれば、次から取引してもらえない。

トトが袋の口を縛り、ミリが小さな札をつけた。

「これは何?」

「数を間違えないための札だよ」

「じゃあ、いっぱい書く」

ミリは一生懸命に数字を書いた。

出発前、ハンスが俺を呼び止めた。

「昨日は怒鳴って悪かった。母ちゃんが……怖くてな」

俺はすぐには答えられなかった。

ハンスは自分の手を見下ろした。

「橋の修理は俺が始める。次の荷車が来られるように」

俺は手を差し出した。

「頼みます。次は一人で運ぶつもりはありません」

村の出口で振り返ると、ハンスが病気の母親のための豆を炊事場へ運んでいた。

共同倉の鍵を持つ村長は、種麦の袋を確かめに戻らず、今夜の食事を待つ家々へ歩いていく。

大人たちが目の前の空腹を引き受けたのだ。

俺が香草を収納し終えると、共同倉の戸口に立ったミリが、結び目の布札を指さして言った。

「来年、この麦でパンを焼こうね」

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