第五十六話 救援船を止めた港
南の港には、穀物を積んだ船が十二隻停泊していた。
それなのに北の村々では、子供が空腹で眠っている。
「どうして荷揚げしないんですか」
俺が尋ねると、港湾組合長は疲れた顔で答えた。
「倉庫がいっぱいだ。港から出す荷車も足りない」
倉庫の扉を開けると、袋が天井近くまで積まれていた。
通路は狭く、雨漏りの跡がある。
「ここに置けば腐る」
と俺。
「分かっている。だが、順番を飛ばせば契約違反だ」
港には食料だけでなく、木材、鉄、布、軍需品が到着していた。
荷役の人手は限られ、船主たちは自分の貨物を先に降ろせと怒鳴っている。
俺は保存倉庫を使って、傷みやすい豆と粉の一部を一時的に保護した。
しかし五百キロでは、船一隻の貨物にも足りない。
「お前の能力で全部片づけられないのか」
と船主。
「できません。だから、港全体の流れを変えたいんです」
俺は荷役の作業を半日見た。
荷を降ろしたあと、同じ袋を倉庫へ入れ、数日後にまた荷車へ積み直している。
「直接、荷車へ積めないんですか」
「荷車が決まっていないから倉庫へ入れる」
と組合長。
「では到着前に行き先を決めて、荷車を岸壁へ並べましょう」
話は簡単だったが、実行は難しかった。
荷役人は仕事を奪われると疑い、倉庫業者は保管料が減ると反発した。
港の作業員には、船が遅れるほど残業が増えるという事情もあった。
俺は効率化だけを押しつけず、試験期間の賃金を下げないと文書で約束した。
早く運ぶほど誰かが損をする仕組みでは、改善は長続きしない。
雨漏りする倉庫では、袋の底が湿っていた。
検品係は表面だけを見て合格印を押していたが、俺は袋をいくつか開き、内部の状態を確かめた。
傷んだ食料を無理に配れば病人を増やす。
廃棄する量を記録し、次の保管方法を変えることにした。
岸壁の片隅で、老船乗りが色旗を眺めていた。
「昔も似たことをやった。戦争で船が集まったときだ」
俺は新しい発明をしたつもりでいた自分を恥じた。
知恵はいつも、現場の人たちの中に残っている。
俺は全員を集め、試験便を提案した。
最初の一隻だけ、荷役人の賃金を保証し、倉庫業者には検品と仕分けの仕事を依頼する。
「失敗したら誰が責任を取る」
組合長は続けた。
「荷役人がけがをしたら、賃金保証だけでは済まんぞ」
「食糧便の共同基金から追加費用を払います。ただし上限はここに書きます」
組合長は書類を読み、ようやく頷いた。
翌朝、第一便の船が接岸した。
岸壁には行き先ごとに色の違う旗が立っている。
荷役人が袋の印を確認し、対応する荷車へ積んでいく。
最初は混乱した。
赤い旗の荷車に青い札の袋が載り、検品係が止めた。
「間違いを隠さず、ここで直そう」
俺は記録係に言った。
昼過ぎ、最初の荷車の積み込みが終わった。
通常なら二日かかる仕分けが、半日で街道へ出せる状態になった。
だが夕方、北へ向かう橋が重量制限で閉鎖されたという知らせが届く。
「結局、運べないじゃないか」
と船主が怒鳴った。
俺は地図を広げた。
橋を通れない大型車を港に残し、小型車へ積み替える案を出す。
さらに沿岸の小舟を使い、橋の先へ回す経路を確認した。
荷車の出発を待つ間、若い荷役人は岸壁に白い粉で線を引いた。
「ここは人が逃げる場所だ。袋を積むな」
別の男は船ごとの札を色分けし、行き先の違う荷が混ざらないようにした。
港長は規則の写しを持って立ち会った。
救援船を急がせたい船主は、検査を簡略化するよう求めたが、検査官は袋の底に水滴を見つけた。
「濡れた麦はこのまま積めない。乾かす場所が要る」
港の倉庫は満杯だった。
組合長は自分たちの休憩室を一時的に空けると申し出た。
ただし床に直接袋を置かず、木枠を敷き、作業する人が通れる幅を残す条件だった。
「休む場所がなくなる」
と若い男が呟いた。
「交代で隣の作業場を使う。休みをなくすんじゃない」
俺はその費用も帳簿に載せた。
誰かの無償の我慢を前提にして食料を届ければ、次の船が来たとき、同じ人が倒れてしまう。
最初の十袋が無事に積み替えられたとき、港長は小さく頷いた。
だが、十一袋目の縄がきしんだ瞬間、その場の全員が作業の速さより命の重さを思い知ることになる。
同じ日の午後、港の修理場で船大工が古い板を裏返した。
表は乾いているのに、裏には深い亀裂が走っていた。
「見えるところだけ直せば、次の便で沈む」
船主が顔をしかめる。
「待っている村があるんだぞ」
「知っています」
と俺は答えた。
「だから遅れを隠さず伝えます。人を乗せて沈むより、今日の遅れを引き受けたい」
リオは出航予定を消し、検査の終わる時刻を書き直した。
船主と荷役人は積み替え場所を確かめた。
だが試験便の十一袋目で縄が緩み、積荷が傾いた。
若い荷役人が反射的に手を伸ばす。
「離れろ!」
組合長の声で男は飛び退いた。
袋だけが岸壁へ落ち、破れて麦が散った。
「止めるから損をするんだ!」
と船主が怒鳴った。
組合長は破れた麦を秤に載せた。
「麦は量って補える。人間はそうはいかない」
組合長は船主へ向き直った。
「出航を遅らせた責任は俺が負う。だが危険な縄で働けとは命じない」
俺は損失を共同基金から支払うと約束し、点検が済むまで作業を止めた。
賃金も減らさない。
危険を引き受けた働き手にだけ、犠牲を押しつけたくなかった。
夕方、補強した縄と退避場所を確かめ、最初の便がようやく港を出た。
御者は遅延理由を書いた手紙を携えていた。
危うく袋の下敷きになるところだった若者は、船を見送りながら組合長に言った。
「明日も俺、ここで働いていいですか」
「ああ。ただし明日も、危なければ止めるんだ」
港に戻った男たちは、散った麦を掃き集めた。
遅れて出た船を見送りながら、俺は次の便にも彼らが立てることを、今日の何より大きな成果だと思った。
若い荷役人は床に落ちた麦を拾いながら、休憩室に貼った退避線を指さした。
「あれを引いてなかったら、俺は逃げる場所も分からなかった」
組合長は頷き、線を消さずに残すよう命じた。
次の便を急がせる声はまだ港にあった。
それでも誰かが縄を点検すると言えば、今度は誰も笑わなかった。
俺は帰り支度をする船頭たちに、水と温かい食事を渡した。
明日の船を出すために、今夜は全員が休まなければならない。
組合長は翌朝の点検を若い荷役人にも任せた。
組合長は
「綱に傷があれば誰でも止めてよい」
と板に書き、若い荷役人へ点検用の灯りを渡した。
港の鎖が外れたとき、船長はすぐには帆を上げなかった。
積み荷の封と航路を確認し、波が高くなる前に出ると決めた。
待つ人のためにも沈められない。
若い荷役人は退避線の外に置かれた袋を一つずつ移し、翌朝の担当者へ危険箇所を説明した。
若い荷役人が傷んだ縄に赤い札を付け、新しい綱を船長へ渡した。
船長は結び目を自分で確かめて頷いた。
出航の合図を出したのは、最初に危険を知らせたその若者だった。




