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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第五十三話 畑を捨てる日

セリオ村へ向かう途中、カラン村の井戸を通った。

前日に母親の縄を支えた青年は、今朝も桶の列を整理していた。

だが、井戸の管理を一人で任されたわけではない。

水位の印を測る役は村の老人が、順番を決める役は母親たちが引き受けている。

青年が記録を間違えると、母親の一人がその場で書き直させた。

「昨日、水を運んだことは見ている。でも、数字を間違えたら今日も直してもらうよ」

「分かっています。明日も数字を見てください」

青年は顔を上げずに答えた。

俺はそのやり取りを見届け、セリオ村へ向かった。

信用を取り戻す仕事は、許してもらう日を待つことではなく、確かめられる仕事を毎日続けることなのだ。

セリオ村の畑には、枯れた麦が立っていた。

「もう全部刈って燃やすしかない」

農夫のガルンは鎌を握りしめた。

「虫がつく前に片づける」

俺は穂を割った。

実は小さく、ほとんど空だった。

だが茎の一部は家畜の飼料にできる。

「燃やす前に、使える分を分けませんか」

「食える麦なんて残ってない」

「人が食べる分は少ない。でも家畜を残せれば、来年の畑仕事が変わる」

ガルンは笑わなかった。

村には牛が四頭いたが、飼料が尽きかけている。

売れば当面の小麦を買える。

しかし牛を失えば、来春の耕作が遅れる。

村の集会で、意見は真っ二つに割れた。

「牛を売れ。子供を先に食わせろ」

「牛を売ったら来年も飢える」

俺は黒板に数字を書いた。

村の人口、現在の穀物、配給予定、牛の飼料。

数字を並べると、どちらの意見にも理由があった。

「全頭を残すのは難しい。でも全部売る必要もない。近隣の村と耕作用の牛を共有できないか」

「隣村も困っているぞ」

とガルン。

「だからこそ、各村が別々に牛を維持するより、順番を決める方が負担が減る」


翌朝、俺は五村の代表を集めた。

だが話し合いはすぐに行き詰まった。

「先に使う村が牛を弱らせたらどうする」

「貸した牛が死んだら誰が弁償する」

「畑の広い村ばかり得をする」

俺は契約書を一枚ずつ書き直した。

利用日、飼料負担、病気になった場合の共同基金、移動中の責任。

全員が納得するまで、何度もやり直した。

牛を共同で使う案には、思いがけない障害があった。

村ごとに道具の寸法が違い、同じ牛に犂を付け替えられなかったのだ。

鍛冶職人は古い金具を並べ、共通の留め具を作る方法を提案した。

修理費は共同基金から出し、使った村が少しずつ返すことにした。

村の若者は

「今年は町へ働きに出る」

と言った。

俺は止めなかった。

農地を守ることと、全員を村に縛りつけることは違う。

出稼ぎで得た金が種の購入に回るなら、それも村を支える仕事だ。

刈り取った茎を束ねる手は、どれも荒れていた。

俺も一緒に働き、慣れない鎌で指を切った。

ガルンは布を渡して言った。

「口だけじゃないのは分かった。だが、次からは刃の向きを見ろ」

その忠告が妙に嬉しかった。

夕方、ガルンが小声で言った。

「お前、食料を運ぶだけじゃなかったのか」

「そのつもりだったんですけどね」

俺は笑ったが、胸の奥は重かった。

自分がいなくなったあとも続く約束にしなければ、意味がない。

次の日、畑で刈り取りが始まった。

食用にならない麦を選び、家畜用に束ねる。

作業を手伝った子供が、枯れた穂を握って尋ねた。

「これ、来年はちゃんと実る?」

俺は答えに迷った。

「雨が戻るかは分からない。でも、次の種と畑を守るために、今できることはある」

畑の端で、ガルンの息子が枯れた麦わらを一本折った。

「牛がいなくなったら、父さんはもう畑を耕せないの?」

ガルンは答えず、折れた茎を受け取った。

俺は飼料に使える束と、腐敗して使えない束を分けて見せた。

全部を救えるわけではない。

だからこそ、残せるものを目で確かめて選ぶ必要があった。

「牛を残すなら、今日から水と飼料の当番がいる」

ガルンは息子の手に一本の縄を渡した。

「まず小屋の掃除だ。明日もできるか」

少年は黙って頷いた。


その晩、村長が保存していた種麦を持ってきた。

わずか二袋。

昨年の収穫の最後の希望だった。

「これを食べれば、一週間は延びる」

「食べずに済むように、別の食料を手配します」

「約束できるのか」

俺は乾いた土を掌で崩し、畑に残せる水の量を尋ねた。

「今すぐ全部とは言えません。ただ、手配先と到着予定を明日までに出します。届かなければ、隠さず知らせます」

村長はしばらく黙り、袋を納屋へ戻した。

翌朝、食糧便の御者たちが豆と干し芋を積んで到着した。

約束した量には足りなかった。

俺は不足分を帳簿に記し、配給所の壁にも貼った。

「足りないと書いたら、不安になるぞ」

とガルン。

「足りると嘘をつく方が危険です」

畑を残すと決めた農家と離れると決めた農家の双方に、必要な飼料と移動手段を聞き取った。

決断の違いを失敗として扱わないためだった。

ガルンは紙を見つめ、やがて自分の名を書き足した。

『飼料の運搬は俺が引き受ける』

村人が次々と仕事を書き込んだ。

牛の世話、水路の清掃、病人への配達。

畑を捨てるかどうかを決める日だったはずが、村は畑を残すための仕事を分け始めていた。

俺は空になった荷車を見た。

次に運ぶべきものは、食料だけではなかった。

ガルンは家族を呼び、町へ移る間も共同耕作の約束を守ると告げた。

「ここに残って飢えるより、来春に戻って耕せる道を残したい」

妻は保存していた種麦の袋を納屋の奥に置いた。

子供は黙って牛の首を撫でている。

隣村の農夫が牛を預かり、共同の畑を耕す。

ガルンは帰る便に乗って農作業を手伝う。

その日取りと飼料の負担を、互いの目の前で木札に記した。

村を離れる荷車には、家具よりも種と農具が多かった。

ガルンの息子は牛の綱を握ったまま、動こうとしない。

「この牛も連れていくの?」

「いや。来春、うちの畑を耕してもらうために、隣村へ預ける」

「本当に戻れる?」

ガルンは答えを急がず、木札を裏返して帰りの作業日を示した。

「戻るために、今は離れるんだ」

ガルンは息子の背丈を刻んだ家の柱を外そうとして、やめた。

「ここに残す。帰ったとき、お前がどれだけ大きくなったか比べよう」

隣村の農夫が手を差し出した。

少年は牛の額に頬を寄せ、しばらくしてから綱を渡した。

牛が一歩進むと、少年も一歩だけ荷車へ近づいた。

妻が小さく言った。

「捨てるんじゃない。預けるんだね」

妻は荷車の上から畑を見つめた。

「それでも、今夜は帰る家がないのね」

妻は息子の寝具を抱き直した。

「隣村で世話になるなら、収穫のときには手伝わせて。もらうだけでは、あの子が肩身の狭い思いをする」

ガルンは答えず、隣村で泊まれる家の名前をもう一度確かめた。

ガルンは頷いた。

顔を上げるまで、少し時間がかかった。

少年は牛の背に結んだ木札に来春の日付を書き、隣村の農夫へ渡した。

帰る約束が破られない保証はない。

それでも畑を離れる荷車の上で、少年は初めて来年の話をした。

「春になったら、僕が綱を引く」

父親はその手を握り、もう一度だけ畑を振り返った。

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