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役立たずと追放された俺の保存倉庫は、飢えた世界を救う最後の希望だった  作者: レモンティー


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第二十七話 配った麦を売った母親

「無料で配った麦を、闇市で売っている人がいます」

エナの報告に、ハンスが顔をしかめた。

「助けてもらった食料を売るのか」

「事情を聞いてから判断しよう」

俺たちは北の集落へ向かった。

配給所の前には、長い列ができていた。

管理役の青年が帳面を握りしめている。

「麦を受け取ったはずの家が、また食料を求めに来たんです」

「家族構成は?」

「母親と子供二人。父親はいません」

家を訪ねると、若い母親が扉を開けた。

名前はノーラ。

痩せた頬に疲れが浮かんでいる。

「麦を売ったのは本当ですか」

俺が尋ねると、ノーラは唇を噛んだ。

「はい」

「どうして?」

「娘の薬を買うためです」

奥の寝台では、六歳ほどの少女が苦しそうに眠っていた。

額には汗が浮かんでいる。

「薬屋は現金しか受け取らない。麦を売れば銅貨になる。だから……」

ノーラの声が震えた。

「悪いことだと分かっています。でも、娘を見殺しにはできません」

ハンスは何も言わなかった。

俺は膝をつき、少女の呼吸を確かめた。

俺に診断はできない。

すぐに医師を呼ぶ必要がある。

「エナ、医師を呼べる?」

「隣町の診療所に伝令を出す」

「費用は緊急支援費から出そう。村の代表に連絡して承認をもらう」

ノーラは驚いた顔をした。

「私、食料を売ったのに」

「それと娘さんの治療は別です」

俺は答えた。

夕方、医師が到着した。

少女は肺の病気を疑われ、治療と安静が必要だという。

処方された薬と食事の管理について、医師の指示をノーラに伝えた。

「助かりますか」

「今夜の様子を見よう」

と医師。

その言葉に、ノーラは寝台の横へ崩れ落ちた。

俺は家を出て、配給所へ戻った。

「同じことはほかにも起きる」

とエナ。

「うん。食料だけ渡しても、薬や薪や家賃は払えない」

配給を不正利用する人がいないとは限らない。

だが、困っている理由を知らずに罰すれば、子供を危険にさらすことになる。


翌日、村の会議で議論した。

「食料を売るのを許したら、みんな売ってしまうぞ」

会議のあと、ノーラは広場の端で俺を待っていた。

「私の話、みんなに知られたんでしょうか」

「名前は出していません。でも噂が広がるのは止めきれないかもしれない」

彼女は俯いた。

「子供たちが、泥棒の子って言われたら……」

俺はすぐに答えられなかった。

制度を直しても、傷つけられた人の評判は簡単には戻らない。

「サラ先生に相談してみましょう。必要なら、子供たちの学校にも事情を説明する。ただし、あなたが望む範囲で」

ノーラはしばらく考えた。

「娘の病気のことは、言わないでください」

「分かりました」

ノーラの娘の熱が上がった夜、俺は配給所へ戻って医師への支払いを相談した。

麦を追加するだけでは薬は買えない。

だから食料と医療費を別の帳面で管理し、本人の同意なしに病名を広めないことにした。


翌朝、ノーラは娘の枕元から出てきて、売った麦のことを自分で村の代表に説明した。

「盗んだわけじゃない。でも黙っていたのは怖かったから」

代表は責める代わりに、同じ事情の家を調べると言った。

救援の規則は、人を追い詰めるためにあるのではない。

翌日、俺たちは配給所で短い説明会を開いた。

ノーラの娘は、回復してからもすぐには外へ出られなかった。

窓からほかの子供が遊ぶ声を聞き、毛布を握りしめている。

俺が見舞いに行くと、少女は小さな声で尋ねた。

「お母さん、悪いことしたの?」

俺は答えに迷った。

「お母さんは、君を助けたかったんだ。でも、困ったときに相談できる人がいなかった。それを変えようとしている」

少女は枕元の小さな袋を指した。

中には薬の包み紙が入っていた。

「お母さん、これを買うとき泣いてた」

俺は何も言えず、袋を元の場所へ戻した。

少女はしばらく考え、頷いた。

「じゃあ私、元気になったらお母さんとパンを焼く」

ノーラは背を向けて涙を拭った。

「受け取った食料を売ることは、配給の目的と違います。でも、薬や燃料が必要な人を責める前に、相談できる場所を作ります」

一人の男が声を上げた。

「ずるをした奴を許すのか」

「不正があれば確認します。ただ、困窮を隠させる仕組みにはしたくありません」

男は不満そうだった。

それでも、隣にいた老人が手を挙げた。

「わしも薪が買えん。相談していいのか」

「もちろんです」

その日の相談窓口には、思ったより多くの人が来た。

食料は足りていても、井戸が壊れて水を汲めない家。

家族の介護で働けない人。

薬代のために食事を減らしていた老人。

エナは一件ずつ聞き、急ぐものから担当者につないだ。

俺は初めて、食料を届ける仕事の出口が、食卓だけではないと知った。

夕方、ノーラが遠くから小さく頭を下げた。

俺は彼女の名前を呼ばず、ただ頷き返した。

「それなら現金も配れというのか」

「金なんてどこにある」

意見は割れた。

俺は提案した。

「配給は続けます。ただ、食料以外に緊急の支払いが必要な家は、別に相談できる窓口を作りたい」

「ずるい人が来たら?」

「確認は必要です。でも、最初から疑って追い返すのはやめたい」

エナが帳面を開いた。

「医療費、燃料費、移動費。全部は支えられないから、優先順位と上限を決めましょう」

マルタは静かに言った。

「相談したことを村中に言いふらさない約束も必要だよ」

ノーラの名前を広場で出さずに済んだことに安堵した。


翌朝、ノーラの娘の熱は少し下がった。

医師は治療を続けるよう指示し、再診の日を決めた。

ノーラは俺に小さな袋を差し出した。

「麦を売ったお金の残りです。返します」

「返済は会議で決めた規則に従えばいい。今は治療と食事を優先してください」

「でも……」

「娘さんが元気になったら、できる仕事を一緒に探しましょう」

ノーラは袋を握りしめたまま泣いた。

娘が目を覚まし、母親の手にある袋を見た。

「お母さん、あのお金、私の薬になったの?」

ノーラは答えられなかった。

少女は寝台から細い腕を伸ばした。

「じゃあ、悪いお金じゃないよ。私、まだお母さんとご飯食べたい」

ノーラは膝をついて娘を抱きしめた。

俺は部屋を出てから、エナにだけ言った。

「窓口を作るだけじゃ足りない。誰にも病気を言わずに相談できる道を作ろう」

エナは頷いた。

「配給所とは別の場所で、医師と担当者だけが聞けるようにする」

ノーラが娘の病気を村中に説明しなくても、助けを求められるように。

会議の後、ハンスが俺に尋ねた。

「お前は怒らないのか」

「怒ったよ。最初は。でも、娘さんを見たら怒る相手が違うと思った」

「薬が高いのは商会のせいか?」

「まだ分からない。分からないまま決めつけたくない」


その日の午後、俺たちは配給札を作り直した。

『食料を受け取ったあとも困ったことがあれば相談してください』

たった一行だ。

だが、今までの札にはなかった言葉だった。

夕方、サラ院長が孤児院からやって来た。

「相談窓口を作るなら、私も手伝います。子供のいる家庭の事情は、本人だけでは話しにくいこともありますから」

俺は頭を下げた。

「お願いします」

サラは頷き、少し表情を曇らせた。

「ただ、気になることがあるのです。北の村で配られた麦が、町の商会の倉庫に戻っているという噂を聞きました」

「買い戻している?」

「ええ。しかも、ずいぶん安い値段で」

俺は売られた麦の行き先を確かめ、帳面を閉じた。

食料を配って終わりではない。

困っている人から安く買い取り、再び高く売る者がいるなら、支援そのものが商売の道具にされる。

次に調べるべきなのは、麦がどこへ流れているかだった。

帰り際、ノーラの家の窓から、娘の声が聞こえた。


翌週、ノーラは配給所の前に自分の名を書いた札を置いた。

「売ったことを隠さない。でも子供を飢えさせたくもない」

非難しかけた男が黙り、代わりに薬代の相談先を教えた。

俺はそのやり取りを見届け、俺は薬代の相談先を配給所の札に書き足し、ノーラがそれを読める位置に掛けた。

「お母さん、明日も一緒にご飯を食べようね」

「うん。明日も、その次の日も」

麦を売った母親は、子供の寝顔から目を離せなかった。

俺は事情を聞いたうえで、次からは現金が必要な家も相談できる窓口を作ろうと村長に提案した。

俺は振り返らなかった。

ノーラは相談窓口の場所をもう一度確かめ、子供の手を握って帰った。

俺たちは彼女を呼び止めず、明日その窓口に立つ担当者を決めた。

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