第十四話 子供三十七人の朝食
二度目のベルク便は、夜明け前に出発した。
大麦の粉と乾燥根菜。
少量の塩。
さらにラトナの村人が分けてくれた香草を積んだ。
「香草なんか腹の足しにならないだろ」
ハンスが言った。
「食欲が落ちた人でも、匂いで口にできるかもしれません。薬の代わりにはならないけど、食事を楽しむ助けにはなる」
峠の山羊道には昨日の雨が残っていた。
セヴが縄を張り、危ない石を避ける道筋を示した。
村に着くと、広場には三十七人の子供が並んでいた。
「みんな、ずっと待っていたのか」
俺が尋ねると、マルタが首を振った。
「昨日から、次の便が来るかどうか聞かれ続けた。並ばせたのは今朝だ」
俺は少しほっとした。
待たせるだけでも体力を奪う。
最初の鍋を火にかける。
粉を水に溶いてゆっくり加え、根菜を柔らかく煮た。
大麦は小麦とは味が違う。
甘くもないし、豪華でもない。
それでも湯気が立つと、子供たちの顔が上がった。
「パンじゃないの?」
小さな少年が聞いた。
「今日は粥だ。お腹に優しいように、少しずつ食べよう」
前回、弟の分を心配していた少女がいた。
名をフィアといった。
彼女は器を受け取る前に、弟の姿を探した。
「弟は?」
「家で寝てる」
俺は配給係に確認し、寝たきりの人の分を別に確保した。
「これを運んでいい?」
フィアが聞いた。
「一緒に行こう。こぼさないように」
弟は小さな寝台に横たわっていた。
唇が乾いている。
熱もあるらしい。
俺は食べ物を無理に口へ入れず、マルタに医者の手配を頼んだ。
食料が届いても、病気まで治せるわけではない。
「街の医師は高い」
「費用は調べます。ここで診断するふりはできません」
フィアは弟の手を握った。
「明日も食べられる?」
「そのために、村の人と一緒に仕組みを作っている」
俺は一拍置いて答えた。
広場へ戻ると、男たちが揉めていた。
働ける大人の配給を減らし、子供へ回そうという話だった。
「子供が先だろう」
「畑を直す大人が倒れたら、来年の食料がなくなる」
どちらも間違っていない。
俺は人数と作業量を確認し、マルタに提案した。
「全員の最低限を確保したうえで、体調や作業の負担に応じて調整しましょう。誰か一人が勝手に決めないように」
「その最低限さえ、足りんのだ」
マルタの声は低かった。
「だから、今日の量だけではなく、次の入荷日を一緒に決めます」
セヴが手を挙げた。
「俺がラトナへ戻って荷を受け取る」
別の若者が続いた。
「山羊道なら俺も知ってる。交代で運べる」
その場で三人の運び手が決まった。
昼過ぎ、フィアが空の器を持って戻ってきた。
フィアが差し出した椀の底には、粥が一口だけ残っていた。
「これ、弟が残したの。捨てたら怒る?」
俺は答えに迷った。
食料を大切にすることと、熱のある子に無理に食べさせることは違う。
マルタが椀を受け取り、
「食べられた量を書いておこう。次はもっと少なく盛る」
と言った。
フィアはほっとした顔で頷いた。
三十七人の朝食を成功と呼ぶなら、椀を空にできなかった子のことも数に入れなければならない。
「弟、少し食べた」
フィアは笑いかけて、すぐに目を伏せた。
「でも、前みたいに笑わないの」
「よかった」
「それでね、パンの夢を見たって」
俺は言葉を飲み込み、子供三十七人の朝食の行方を考えた。
ラトナのミリも、パンの匂いを知らなかった。
この世界には、食べ物の話を夢の中でする子供が何人いるのだろう。
夕方、マルタが村の古い地図を持ってきた。
「谷の向こうに廃れた水車がある。道が直れば粉を挽ける」
「水車?」
「十年前に橋が落ちて、使わなくなった」
俺は地図を広げた。
水車は川の下流。
街道を直すより、短い迂回路を作れるかもしれない。
食料を買って運ぶだけでは限界がある。
村自身が食料を加工し、外へ売れるようになれば、次の冬が変わる。
帰る前、フィアが俺の袖を引いた。
「お兄ちゃん、また来る?」
「来るよ」
食事を終えた子供たちの器を集めると、洗い水が足りなかった。
井戸の水位が低く、汲み上げるのに時間がかかる。
俺は大人たちに相談し、食事の配膳と片づけを別の班に分けた。
病人の器は区別して洗うことにし、リーナが来たときに衛生の方法を確認する予定も書き込んだ。
「じゃあ、今度は私も何か作って待ってる」
「無理はしなくていい」
「ううん。もらうだけじゃなくて、ありがとうってしたいの」
その言葉が、胸の奥に残った。
その夜、医師への伝令が戻った。
医師は明け方に着けるという。
俺はほっとしかけたが、フィアの家に灯りがついているのを見て足を止めた。
彼女は弟のそばで、冷めた粥を握りしめていた。
「弟の分を残せば、元気になる?」
「君が食べないと、君まで倒れてしまう」
俺はそう答え、マルタに頼んで彼女の食事を温め直してもらった。
食料は病気を治せない。
それでも、看病する人が倒れないようにすることはできる。
翌朝、医師が弟を診察した。
すぐに治るとは言われなかったが、必要な手当てを教えてもらえた。
フィアは泣きながら頷いた。
広場では、配給係が三十七人の子供のために器を並べていた。
だが、回収した器は三十六個しかない。
フィアが先に気づいた。
弟の分を含む三十七個のうち、一つは寝たきりの老人の家へ運ばれていたのだ。
子供たちへの配膳数と、老人への届け分を混同しないよう、マルタは配給表を分けて書き直した。
マルタは器を回収するだけでなく、老人が食べられたかを確かめに行った。
「数が合えばいいわけじゃないんだね」
フィアが言った。
「そうだ。器の向こうに人がいる」
俺は配給係に、翌日から二人で配膳と回収を確認してほしいと頼んだ。
子供の気づきを褒めても、その責任まで負わせてはいけない。
フィアは配給表を見上げた。
「明日も、弟の名前はある?」
マルタは表を指でなぞった。
「あるよ。食べられない日も、名前は消さない」
フィアは弟の欄をじっと見つめ、それから自分の欄を確かめた。
俺は二人の配給係に、翌朝も家まで食事を運び、医師の指示を守るよう頼んだ。
峠の道が崩れれば便は遅れる。
だから村の備蓄を一度に使い切らず、危険な道を通らない知らせ方も決めた。
帰り際、フィアが小さく手を振った。
「今度は、待っているだけじゃない。弟が食べられたら、私が器を洗う」
マルタが彼女の肩に手を置いた。
「まずは自分も食べて。それが一番の手伝いよ」
フィアは照れたように頷き、家へ駆けていった。
二日後、ラトナへ戻ると、セヴから峠の道が崩れたという知らせが届いた。
胸が冷えたが、続きにはベルクの若者たちが安全な迂回路を確かめ、備蓄を使いながら次便を待つとあった。
「俺たちが駆けつけなくても、あの村は考えて動いているんだな」
とハンスが言った。
俺は集荷場所だけを変更し、無理な通行を禁じる伝言を返した。
その夜、セヴから小さな空袋が届いた。
弟はようやく自分で匙を握り、フィアも粥を残さず食べたという。
袋の底には、不揃いな丸が二つ描かれていた。
俺はそれを窓辺に置き、翌朝の荷車の出発時刻だけを確かめて灯りを消した。




