第百三話 十三人目の配達先
夜明け前に雨が降り始めた。
小屋の屋根を叩く音で目を覚ますと、ロウが外に立っていた。
「東の道を見に行った若いのが戻らない」
カイトは夜明けに出ると言っていた。
時計のない山で、雨音だけが時間を長く感じさせる。
俺は飛び出しかけたが、ロウに止められた。
「二人で迷ったら、探す者が増えるだけだ」
その通りだった。
俺たちは小屋の周囲で安全な場所を確かめ、雨で崩れそうな壁から子供たちを離した。
昼前、カイトが戻ってきた。
袖は裂けていたが、歩ける。
「道は見つけた。でも谷を渡る木橋が流された。麓へ戻るには回り道が要る」
カイトは裂けた袖の下の擦り傷を隠さなかった。
「橋の端に足を乗せた瞬間、板ごと落ちた。岩にしがみついて戻ったんだ。次に渡った人は助からないかもしれない」
「倉庫に食料は?」
ロウが尋ねた。
「少しだけ。ここにある分を全部出しても、十三人の生活は長く支えられない」
俺は残量表示を見せた。
五百キロ入るからといって、五百キロの食料が生まれるわけではない。
「それにセラのためには、医療の助けが必要です」
オルナが顔をしかめた。
「医者が来る道がないのに?」
カイトは濡れた地図を広げた。
「東の尾根から狼煙が見える場所がある。麓の詰所へ合図を送れるかもしれない」
「狼煙だけで何を知らせる?」
「まず危険を知らせる。細かいことは、道が通ってからだ」
俺たちは勝手に新しい合図を決めず、詰所の番人が知っている昔の山の合図を確認することにした。
尾根へ登るのは危険だった。
カイトは村の若者二人と、雨脚が弱まるのを待って出た。
俺は残って、食事と避難の準備を手伝う。
ニノが小さな薪を運んできた。
「これでご飯できる?」
「できるよ。でも濡れた薪を全部燃やすと、明日の火がなくなる」
オルナが乾いた薪を一束だけ出した。
冬のために隠していたものだという。
「今日は使おう。明日はみんなで別の場所を探す」
子供たちが鍋のそばに座った。
俺は柔らかい粥を作りながら、ラトナ村の最初の炊き出しを思い出した。
あのときも、食料があればすべて解決すると考えかけた。
水、火、運ぶ手、受け取る人。
どれかが欠ければ食事にはならない。
午後、斜面の一部が崩れた。
最初は砂のような音だった。
次に石が小屋の裏壁を叩き、梁が低く鳴った。
ニノが鍋を持ったまま動けなくなる。
ロウが叫んだ。
「外へ! 広場の高い方だ!」
ニノは動かなかった。
熱い鍋を落とせば、今日の食事がなくなると思ったのだろう。
俺が駆け寄った瞬間、背後の柱が折れる音がした。
「鍋は置け!」
ニノの指から取っ手が離れ、粥が土に広がった。
泣き出した子を抱えたまま、俺は崩れた梁の下をくぐった。
外へ出ると、今度はセラが足を止めていた。
腹を押さえ、次の一歩が出ない。
「先に行って!」
と彼女が叫ぶ。
「十三人全員で行く!」
ロウとオルナが左右からセラを支えた。
斜面の石が足元を跳ね、尾根から戻ったカイトの
「そっちは崩れる!」
という声が高台から飛んだ。
俺たちは小屋の正面を諦め、壁沿いの狭い道を一列で抜けた。
俺は空いた両手でニノを抱えた。
だが全員を運ぶことはできない。
足の悪い老人を支えたのはオルナだった。
子供を数えたのは別の若者。
セラの歩幅に合わせたのはロウ。
十三人が高台に集まったとき、最後に出てきた男が振り返った。
「鍋が残ってる」
「取りに戻るな!」
狼煙を上げ、麓からの返答を確かめて尾根を下りていたカイトが、斜面の崩落に気づいて高台へ駆けつけた。
その声に男は立ち止まった。
次の瞬間、屋根の一部が崩れ落ちた。
ニノの手から器が滑った。
俺はその小さな音を聞いて、あと一歩遅ければ人が下敷きになったのだと知った。
鍋は失った。
だが誰も戻らなかった。
ロウは十三人をもう一度数えた。
十二、十三。
最後の一人の返事が聞こえたとき、膝から力が抜けた。
カイトは尾根から、麓に煙が返されたことを知らせた。
「詰所は合図を見た。向こうもこっちを探してる」
日が暮れる前に、尾根の向こうから人の声がした。
最初の呼びかけに返事をしたのはニノだった。
「十三人、ここにいるよ!」
番人が
「確認した、今から上がる!」
と返した。
ロウは声を出そうとして喉を詰まらせた。
誰にも数えるなと言っていた老人が、救援を呼ぶために初めて人数を伝えたのだ。
麓の番人と、食糧便の若い御者たちだった。
荷車は途中までしか入れず、そこから背負える分を分けて運んできた。
「どうして場所が分かった?」
俺が尋ねると、御者は胸を張った。
「カイトが前に書いた迂回路の控えが詰所にありました。煙を見て、番人が道を教えてくれたんです」
俺の倉庫ではなく、残された記録と人の判断が彼らを導いた。
持ち込まれたのは食料だけではなかった。
乾いた毛布、調理用の小鍋、そして診療所へ知らせるための伝令役がいた。
「セラさんは?」
「今は休めています。でも診てもらいたい」
若い御者は頷き、医師への連絡を優先した。
ロウは救援の荷を前に、まだ手を出さなかった。
「これを受け取ったら、居場所が知られる」
御者は答えた。
「詰所には十三人いるとだけ伝えました。名前の扱いは、本人と相談してからにします。ただし、届けた数量は残します」
ロウは長い息を吐いた。
「名前を隠すために、数まで嘘をつく必要はないのか」
「ありません。どちらも同じ紙に書かなければならない決まりもない」
崩れた小屋を前に、ロウは長い間動かなかった。
「ここを建てたのは、流された村から来た最初の冬だ。屋根を直す木もなくて、三人で山を歩き回った」
オルナが言った。
「今夜は高台の物置を使える。屋根は低いけど、雨はしのげる」
「十三人は入らない」
「交代で休もう。子供とセラを先に」
誰も命令しなかったのに、寝床を譲る順番が決まった。
俺は保存倉庫から乾いた食料を出し、持ってきた飲み水の量を確かめた。
全員が一度にたくさん食べるのではなく、体調を見ながら少しずつ分ける。
尾根の合図が返ってきたとき、ロウは信じられないという顔をした。
「昔の煙の決まりを覚えてる者が、まだ麓にいたのか」
「番人が知ってた。俺たちだけで勝手に決めなくてよかった」
カイトは笑った。
「誰かが昔作った仕組みを、使えるなら使えばいい」
ロウは目を伏せた。
「俺たちは、誰にも知られずに生きるしかないと思ってた。だから昔の道も、昔の約束も、自分から切ってしまった」
「またつなげます」
俺が言うと、ロウは首を振った。
「お前一人で、とは言うな」
「分かりました。みんなで」
救援隊が運んだ小鍋から立つ湯気を、ニノはじっと見ていた。
「前の鍋、なくなっちゃったね」
「なくなった」
「でも今日は食べられるね」
「うん」
「明日は?」
俺が答えるより先に、オルナが言った。
「明日の分も数えてある。足りなくなったら、みんなで相談するよ」
ニノは器を両手で抱えた。
俺は胸が熱くなった。
食料を届けることだけでなく、答える人が増えること。
それが、この山で最初に起きた変化だった。
帰り道の下見を終えた御者が、泥にまみれた靴を脱いだ。
「荷車は上がれません。無理に入れば、帰りの車輪を失います」
カイトはその報告を記録した。
「じゃあ麓まで車で、そこからは人の足だ。運ぶ量は減るが、続けられる」
俺は頷いた。
一度に多く運ぶことより、次の便がまた来られることを優先した。
粥を食べ終えたニノは器を持って、御者のところへ行った。
「明日、来ない日も教えてくれる?」
御者は膝を折った。
「明日は道を調べる。通れなかったら、尾根の煙で知らせるよ」
「煙が見えなかったら?」
「そのときは、ここから詰所へ出す合図も決めよう」
道を調べていた御者の一人が、泥のついた縄を広場へ持ってきた。
「倒木の下で石が動いた。もう一歩進んでいたら足を挟まれた」
カイトは縄の傷を指でなぞり、荷を通す予定だった細道に大きな×を付けた。
「今日の近道は使わない。遠回りでも、戻って来られる道を選ぶ」
若い御者は悔しそうだったが、ニノが尋ねた。
「お兄ちゃん、また来られる?」
「来る。だから今日は無茶しない」
彼は泥を払わず、次の便の人間にも危険が分かるよう縄を見せた。
運べた食料の量だけではなく、通らなかった道も、この日の成果だった。
ニノは初めてパンを袖に隠さず食べた。
俺はカイトの地図に新しい印を付けた。
十三人目の配達先は、特別な魔法で開かれたのではない。
来られない日にも知らせると決めた人々の手で、ようやく道がつながり始めた。




